プレスリリース

非磁性半導体に大きなスピン分裂を観測、 電圧で制御できることを実証 ―次世代半導体スピントロニクス・デバイス実現可能性の開拓―

 

発表のポイント

◆ 非磁性半導体と強磁性半導体からなる二層のヘテロ接合(異なる物質を積層した構造)を作製し、界面の磁気的な結合(相互作用)によって生じた非磁性半導体の大きなスピン分裂を観測しました。
◆ スピン分裂は最大で18 meVに達し、先行研究と比べて4倍以上大きな値となっています。さらに外部からゲート電圧を印加し界面の磁気的相互作用の強さを制御することで、スピン分裂の大きさを変調可能であることを示しました。
◆ 本研究は、強磁性半導体を用いた次世代スピントロニクスや量子デバイスの実現に向けて重要な成果といえます。

 

UTokyo_2024016-001

本研究で用いたInAs/GaFeSbからなるヘテロ接合。電流を担う電子の波(波動関数)は、非磁性半導体InAs層中に存在し二次元電子となるが、量子力学的な効果により隣接するGaFeSb層(強磁性半導体で磁化を持つ)に浸み出す。これによって二次元電子と磁化の結合が生じ、InAs層にスピン分裂が生じる。

 

概要

東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻の白谷治憲大学院生、瀧口耕介大学院生(研究当時)、レデゥックアイン准教授および田中雅明教授の研究グループは、すべて半導体でできた非磁性半導体/強磁性半導体(注1)からなる二層ヘテロ接合を作製し、非磁性半導体の中で界面の磁気結合による巨大なスピン分裂(注2)を観測しました。このスピン分裂のエネルギーは最大で18 meVに達し、同研究グループの先行研究の報告と比べて4倍以上大きな値となっています。研究グループが作製した構造は、非磁性半導体であるヒ化インジウム(InAs)薄膜(厚さ12 nm)とアンチモン化ガリウムに鉄を添加した強磁性半導体GaFeSbの薄膜(15 nm)を積層した二層のヘテロ接合です。このヘテロ接合をトランジスタに加工しゲート電圧を印加することでInAs中の電子とGaFeSbの磁性との結合強度を増減し、非磁性InAsの電子状態におけるスピン分裂を誘起し変調できることを示しました。

本研究成果は、2024115日(英国時間)に英国科学誌「Communications Physics」のオンライン版に掲載されました。

 

発表内容

〈研究の背景〉

現代の情報化社会は、大量の半導体デバイスを動作させることで成り立っています。特に情報処理で用いられているトランジスタの技術は、現代社会に不可欠な存在であるコンピュータやスマートフォンをはじめとしたあらゆる電子機器に使用され、我々の生活を支えています。近年では、生成AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット化)のさらなる発展に注目が集まる中で、演算や記憶を担うトランジスタを代表とする半導体デバイスの性能向上を目指した研究は重要度が高まっています。そこで問題となっているのが、電子機器の普及やデータセンターの増加に伴い、演算や情報の記憶と保持に必要な電力が爆発的に増大していることです。既存のトランジスタでは、情報は電流や電荷の有無により表現されており、その保持に大きなエネルギーを必要とします。

本研究グループが取り組む「スピントロニクス(注3)」という分野では、この問題を電子のスピン自由度(注4)を用いて解決しようとしています。スピンが私たちの生活の中で現れるのは、磁石の磁化(N極とS極が生ずること)であり、この磁化の向きは一度決まればその保持にエネルギーは必要ありません(不揮発性)。したがってN極とS極の向きの違いを情報の01に対応させ、それを電気的に読み出すことができれば、情報の保持に必要な電力を大幅に減らすことができると期待されます。

本研究グループでは、高速で動作するトランジスタ、LED、レーザなどを構成する半導体材料に磁性元素(FeMnなど)を添加することによって、半導体と強磁性体(磁石)の性質を融合した「強磁性半導体」を作製し、不揮発性、再構成可能、柔軟な情報処理などの新しい機能を開発する研究に関して多くの実績を挙げてきており、既存のエレクトロニクスと相性の良い強磁性半導体を用いたスピントロニクスを開拓しつつあります。しかし、半導体に多くの磁性不純物を添加すると、電子移動度の低下や不純物エネルギー帯の形成など半導体の基本特性が変わってしまうという問題点もあります。そこで、磁性不純物を添加しない非磁性半導体に強磁性体の特性を持たせる方法の開発が強く求められています。

 

〈研究内容〉

研究グループは、すべて半導体でできた非磁性半導体/強磁性半導体からなる二層の単結晶ヘテロ接合を作製し、非磁性半導体の電子と強磁性半導体の磁性との結合(相互作用)によって非磁性半導体の電子状態に大きなスピン分裂を誘起しました。スピン分裂の大きさは最大で18 meVに達し、これまでの記録を4倍以上更新したことが分かりました。研究グループが作製した構造は、非磁性半導体であるヒ化インジウム(InAs)薄膜(厚さ12 nm)とアンチモン化ガリウムに鉄を添加した強磁性半導体GaFeSbの薄膜(厚さ15 nm)を積層した二層のヘテロ接合です(図1a)。この構造では、伝導電子はInAs層に存在し、抵抗率の大きな違いによりInAs層のみに電流が流れます。非磁性InAs層の結晶性は高品質であり、伝導電子はこのInAs層に閉じ込められるため、高移動度の二次元電子系(注5)となります。この構造に磁場を膜面に垂直方向にかけたときの電気伝導度を測定したところ、鮮明なシュブニコフ-ドハース(Shubnikov-de Haas)振動(注6)を観測し、その解析によって半導体の性質を支配するフェルミ面(注7)の構造を解明しました(図1b)。InAsは非磁性の半導体ですが、隣接するGaFeSb薄膜の磁気的な性質が界面における近接効果によってInAsの電子状態に付与され、大きなスピン分裂を発現することを明らかにしました(図1c)。これは、図1aに示すようにInAsの二次元電子の波動関数が、量子力学的効果により隣接するGaFeSb層(強磁性で磁化をもつ)にも部分的に浸み出し、電子キャリアと磁化の結合が生じたことに起因します。また、ゲート電圧により波動関数の浸み出しを変えてInAsの電子キャリアとGaFeSbの磁性の結合の強さを制御することができ、スピン分裂の大きさを変調可能であることを示しました(図1d)。この結果は、本来磁性を持たない非磁性半導体に磁気的な性質を付与し、その強度を電気的にコントロールすることが可能であることを意味します。

 

fig02

1a左図)本研究で用いたInAs/GaFeSbからなるヘテロ接合。電流を担う電子の波(波動関数)は、非磁性半導体InAs層中に存在し二次元電子となるが、量子力学的な効果により隣接するGaFeSbに波動関数の一部が浸み出す。この電子の波動関数のGaFeSb側への浸み出しによって、二次元電子と磁化の結合が生じ、InAs層にスピン分裂が生じる。(a右図)本研究で作製したヘテロ接合を透過型電子顕微鏡で観察した結晶格子像。原子が規則正しく並んでおり、高品質結晶が得られていることが分かる。(b)シュブニコフ-ドハース振動のフーリエ解析の結果。F+F-2つのピークがスピン分裂に対応する。(cInAsの電子状態は外部磁場によってエネルギーの量子化とスピン分裂を起こす。ここでゲート電圧を印加すると、界面における磁気的な相互作用が強くなり、スピン分裂が増大する。(d)外部からのゲート電圧VgによってInAsの波動関数の位置を制御できるので、この結合そのものを電気的な手段で制御することが可能であり、Vgを変えるとスピン分裂の大きさを変調することができる。

 

〈社会的意義・今後の予定〉

本研究は、非磁性半導体の電子状態に強磁性半導体が持つ磁性(磁石)の性質を付与し、半導体の基本特性(電子の移動度や有効質量、エネルギーバンドの幾何学的な特徴など)を維持しながら大きなスピン分裂を自発的に誘起するという点で、大きなインパクトがあるといえます。さらにゲート電圧によりスピン分裂の大きさを変調できることを示したことも意義があります。本研究を発展させることで、電気的特性と磁性を組み合わせた次世代のスピントロニクスやトポロジカル量子デバイスへの応用が期待されます。

 

〇関連情報:

「プレスリリース①非磁性/強磁性半導体ヘテロ接合において磁場の向きを変えると符号が変わる巨大な磁気抵抗効果を発見物質中の「対称性の破れ」による特異な電子伝導現象、次世代量子デバイスの可能性」(2022/11/10

https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2022-11-10-001

 

「プレスリリース②非磁性半導体/強磁性半導体ヘテロ接合における新しい電子伝導現象を発見 ~次世代のスピントロニクス・デバイスの実現に新たな道筋~」(2019/8/27

https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/foe/press/setnws_201908271542346541551828.html

 

発表者・研究者等情報

東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻

白谷 治憲 修士課程

瀧口 耕介 博士課程:研究当時

レ デゥック アイン(Le Duc Anh) 准教授

田中 雅明 教授

兼:スピントロニクス学術連携研究教育センター センター長

 

論文情報

雑誌名:Communications Physics

題 名:Observation of large spin-polarized Fermi surface of a magnetically proximitized semiconductor quantum well

著者名:Harunori Shiratani, Kosuke Takiguchi, Le Duc Anh* and Masaaki Tanaka*

DOI10.1038/s42005-023-01485-6

URLhttps://www.nature.com/articles/s42005-023-01485-6

 

研究助成

本研究は、科学研究費助成事業(19K2196120H0565023K17324)、科学技術振興機構(JST)さきがけ「トポロジカル材料科学と革新的機能創出(研究総括:村上 修一)」研究領域における「強磁性半導体を用いたトポロジカル超伝導状態の実現(JPMJPR19LB)」、CREST「量子状態の高度な制御に基づく革新的量子技術基盤の創出(研究総括:荒川 泰彦)」研究領域における「強磁性量子ヘテロ構造による物性機能の創出と不揮発・低消費電力スピンデバイスへの応用(JPMJCR1777)」、スピントロニクス学術研究基盤と連携ネットワーク(Spin-RNJ)、文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム、UTEC-UTokyo FSI、村田学術振興財団の支援を受けて実施されました。

 

用語解説

(注1)強磁性半導体:

半導体と強磁性体の両方の性質を併せ持つ物質であり、現在は、主に半導体(II-VI族、III-V族)の結晶成長中に磁性元素(MnFeCoなど)を添加した混晶半導体が主流である。既存の半導体材料や半導体デバイス技術との整合性が良いので、将来のスピントロニクス・デバイスに使われる材料として期待されている。最近、本研究グループでは、キュリー温度(強磁性を示す温度の上限)が室温を超えるn型強磁性半導体(In,Fe)Sbおよびp型強磁性半導体(Ga,Fe)Sbを開発した。

 

(注2)スピン分裂:

電子は古典的描像として自転の角運動量に相当する「スピン」を持っている。スピンには上向き(アップ)と下向き(ダウン)の2つの状態が存在することが知られている。このアップとダウンを持つ電子は通常同じエネルギーを持つが、磁場がかかるとエネルギーがスピンの状態によって分裂する。このエネルギー分裂のことをスピン分裂と呼ぶ。本研究のスピン分裂は、GaFeSbによる物質内部の磁場によるエネルギー分裂を観測したことになる。

 

(注3)スピントロニクス:

電子は「電荷」とともに自転の角運動量に相当する「スピン」を持っている。スピントロニクス(Spintronics)とは、「電荷」と「スピン」の両方を活用して、新しい機能を持つ物質や材料の設計、デバイス、エレクトロニクス、情報処理技術などに応用しようとする分野である。

 

(注4)スピン自由度:

電子がスピンを持つことによる自由度。電子はスピンによる磁気モーメントを持つ。物質中でこの磁気モーメントが1つの向きに揃った状態が強磁性であり、磁気モーメントの合計が磁化である。これが磁石の磁化や磁力の主な起源である。

 

(注5)二次元電子系:

量子井戸構造、界面、表面など井戸型ポテンシャルに閉じ込められた電子系。量子力学的な閉じ込め効果により、電子は閉じ込められた界面の垂直方向に動くことができず、波動関数は定在波となり、エネルギーは量子化される。界面に平行な方向には自由に動くことができる。

 

(注6)シュブニコフ-ドハース(Shubnikov-de Haas)振動:

磁場中の金属や半導体の抵抗値が磁場の関数として振動すること。強力な磁場のために電子のエネルギーが量子化されることが原因である。観測された振動の周期、強度、位相を解析することによって、電子の有効質量、濃度、移動度、バンド構造の幾何学的な特性など物質の電子状態を解明することができる。

 

(注7)フェルミ面:

固体中の電子はパウリの排他律に従ってエネルギー準位を低い方から順に占有してゆく。量子力学では電子が波動性を持つと考えられ、その波数の空間内で最もエネルギーの高い電子を入れた点と等しいエネルギー(フェルミエネルギー)の点をつないだ等エネルギー面をフェルミ面と呼ぶ。フェルミ面上の電子は、基底状態において最も高いエネルギーを持つ電子であり、電気伝導などの物性に最も大きな影響を与える。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Communications Physics:https://www.nature.com/articles/s42005-023-01485-6