強磁性半導体の世界最高のキュリー温度を実現 -スピン機能半導体デバイスの実現へ前進-

2025/05/27

【ポイント】

○強磁性半導体(Ga,Fe)Sbとして世界最高のキュリー温度 530 K257°C)を達成

○ステップフロー成長法を使い、高濃度のFeを含む(Ga,Fe)Sb成膜方法を確立

○室温動作可能なスピン機能半導体デバイスの実現へ前進

 

【概要】

東京科学大学(Science Tokyo)工学院 電気電子系のファム・ナムハイ教授、江尻航汰大学院生、高林健太大学院生(研究当時)と東京大学大学院工学系研究科 電気系工学専攻の田中雅明教授の研究チームは、強磁性半導体(Ga,Fe)Sbにおける世界最高のキュリー温度 530 K257°C)を達成しました。

強磁性半導体は半導体と磁性体の両方の特徴を有する材料で、半導体デバイスと磁性デバイスの機能性を融合するスピン機能半導体デバイスの実現に寄与すると期待されています。強磁性半導体は半導体材料に磁性元素を添加することによって、磁性を発現させることができます。従来研究されてきた(Ga,Mn)Asなど、Mnを添加した強磁性半導体のキュリー温度(用語1)は室温よりも低いため、室温動作が困難でした。ファム教授らは、バンドギャップ(用語2)が狭い半導体(InAs, InSb, GaSb)Fe元素を添加することによって、高いキュリー温度を実現できることを見出しました。しかし、それらの半導体に添加できるFe濃度に限界があり、これまで(Ga,Fe)Sb強磁性半導体において達成できたキュリー温度は、最高で420 K (147 °C)でした。この値は室温より高いですが、室温でスピン機能の半導体デバイスを安定的に動作させるためには、不十分でした。

そこで、研究チームはステップフロー成長法(用語3)を用いて、高濃度のFe添加でも、高い結晶性を有する(Ga,Fe)Sb強磁性半導体を作製しました。この方法で作製した(Ga,Fe)Sbのキュリー温度は530 K(257°C)に達成し、従来の方法で作製したものよりも大幅にキュリー温度を上昇させることができました。本研究成果は、室温で動作可能な低消費電力スピン機能半導体デバイスの実現に寄与すると考えられます。本成果は、4月24日付(現地時間)のApplied Physics Letters誌に掲載されました。

 

●背景

半導体と強磁性体は情報化社会を支える材料として、それぞれ大きな役割を果たしています。半導体は集積回路や光通信素子などの様々なデバイスに応用されており、これらの半導体デバイスはその機能が高速な電子の電荷によって支えられているため、動作が高速であることが特徴です。一方、強磁性体はハードディスクなどの情報記録媒体に広く利用されており、これらの磁性体デバイスには電子のスピンが持つ「不揮発性」という特徴が生かされています。磁性体デバイスは電力をまったく使わずにデータを保存できる「低消費電力」という性質も有しています。もし半導体と磁性体の特徴を融合することができれば、磁性体の不揮発性と高いエネルギー効率を持ちあわせる半導体デバイスが実現できると期待されます。

磁性材料と半導体材料の特長を融合できる新材料として、強磁性半導体は特に重要な材料系であり、注目を集めています。図1に示すように、強磁性半導体は非磁性半導体の一部の原子が磁性原子で置換された半導体であり、既存の半導体結晶成長技術およびデバイスプロセス技術と極めて高い親和性を持つ上、電界効果や光照射による磁気特性の変調など、従来の半導体や強磁性金属では得られない機能を有する材料でもあります。さらに、強磁性半導体は単結晶かつエピタキシャル成長可能であるため、膜厚を原子レベルで制御することが可能である点も特徴です。

fig01
図1. 通常の半導体と強磁性半導体の結晶構造

 

強磁性半導体として、マンガン(Mn)を添加した族強磁性半導体 (Ga,Mn)As(In,Mn)Asはキャリア密度によって強磁性が変化する「キャリア誘起強磁性」が発現するために、2000年台から大変注目されています。しかしながら、(Ga,Mn)Asをはじめ、今まで研究されてきた強磁性半導体には次のような欠点があります:1p型強磁性半導体しかできない、(2)キュリー温度が室温より低く、室温では強磁性にならない(最高でも-73℃程度)、(3)強磁性の起源に関する統一的な理解がない。これらの欠点は強磁性半導体のデバイス応用に大きな障壁となっており、この三つの問題点を解決しなければ、強磁性半導体を用いたデバイス化は難しいと考えられます。実際に、米国科学誌Science2005年に「Is it possible to create magnetic semiconductors that work at room temperature? 」(室温以上で動作可能な強磁性半導体が作製可能か?)という課題が、2030年までに解決すべき125科学技術の課題の一つとして挙げられています。

ファム教授らは2010年ごろにバンドギャップが狭い半導体(InAs, InSb, GaSb)に鉄(Fe)元素を添加することによって、より高いキュリー温度を示す強磁性半導体を見出だしました。従来の強磁性半導体では、磁性原子(Mn)が母体である半導体にスピンとキャリアを同時に提供するため、キャリアタイプの制御ができませんでしたが、鉄(Fe)の原子はIII-V族半導体中に中性状態で存在するため、スピンのみがFe原子によって提供されます。そのため、別のドナーやアクセプターを提供することによって、強磁性半導体のキャリアタイプ(電子・正孔)を選択することができます。その結果、n(In,Fe)As(In,Fe)Sbおよびp(Ga,Fe)Sbにおいて室温以上のキュリー温度を達成することに成功しました(参考文献1-3)。また、これらの強磁性半導体において、電界印加、光照射、さらに波動関数制御などの手法を用いて強磁性を変調できることを実証しました。さらに、2023年には、室温において(Ga,Fe)Sbからのスピン注入を実証するなど、スピン機能半導体材料として室温動作できることを実証してきました(参考文献4)

しかしながら、それらの半導体に添加できるFe濃度に限界があり、今までに(Ga,Fe)Sb強磁性半導体において達成できたキュリー温度は最高で420 K (147 °C)でした。この値は室温より高いものですが、室温でスピン機能の半導体デバイスを安定的に動作させるためには、不十分です。また、添加したFe原子あたりの磁気モーメントが2~3 ボーア磁子(用語4)程度であり、理想的な値の5ボーア磁子よりも小さいことから、添加したFe原子がすべて活性化しない(磁性へ貢献しない)ことが分かります。従って、室温でスピン機能の半導体デバイスを安定的に動作させるためには、強磁性半導体の高品質化(キュリー温度の増大、ボーア磁子の増大)の手法を開発する必要があると考えました。

●研究成果
強磁性半導体は、低温分子線エピタキシャル結晶成長法という方法を使って結晶性成長を行いますが、結晶性が低下しやすい傾向があります。そこで、研究チームは(Ga,Fe)Sb強磁性半導体の結晶性を改善するために、ステップフロー成長法を用いて、高濃度のFe添加でも、高い結晶性を有する(Ga,Fe)Sb強磁性半導体を作製することを試みました。ステップフロー成長法は、基板の表面に原子ステップ(階段状の構造)を形成し、そのステップに沿って結晶成長を促す手法で、結晶表面の平坦化や欠陥の低減が期待できます。このようなステップフロー成長を実現するために、微小な傾斜を持たせたオフ基板を用いました。オフ基板はベースとなる基板を数度から十数度の角度でカットしたものです。図2に示すように、オフ基板には「ステップ」と呼ばれる階段状の構造があり、その高さは理想的には1原子層とされています。微小な傾斜の角度はオフ角と呼ばれ、これによってステップ間隔(テラス幅)が決定します。しかし、低温成長(~280°C)では原子表面拡散長が短いため、ステップフロー成長法が十分に機能しない可能性があります。そこで、研究チームはテラス幅が短い10°オフGaAs(001)基板上に(Ga,Fe)SbFe濃度24%)の成膜を試みました。

 

fig02
図2.オフ基板の構造

 

3(a)に作製したサンプルの断面構造を示します。GaAs(Ga,Fe)Sbの格子定数が異なるため、AlSbバッファー層を挿入しました。RHEED(用語5)による表面観察で、今回の成膜温度280℃でも、ステップフロー成長法が十分に機能したことを確認しました。図3(b)に作製したサンプルの電子顕微鏡像を示します。

 

fig03
3. (a)作製したサンプルの断面構造. (b)電子顕微鏡像

 

(Ga,Fe)Sb層の半導体バンド構造のスピン分裂は磁気円二色性分光法Magnetic circular dichroism : MCD、用語6)を用いて評価し、真性の強磁性半導体であることを確認しました。このサンプルにおいて、キュリー温度は最高で530 K257°C)に達し、従来の方法で成膜したものよりも大幅に上昇しました。達成したキュリー温度は金属系のネオジム磁石のキュリー温度(310℃~330℃)に近づいており、強磁性半導体の安定な室温動作が期待できます。さらに、室温におけるFe原子あたりの磁気モーメントは、従来よりも2倍大きい4.5ボーア磁子を達成しました。これらの結果から、本研究で作製した(Ga,Fe)Sbが高い品質を示していると言えます。

 

●社会的インパクトと今後の展開

本研究で開発した高いキュリー温度とボーア磁子をもつ高品質な強磁性半導体は、室温で安定動作できるため、将来的に様々な低消費電力スピン機能半導体デバイスへ応用できると考えられます。例えば、半導体ベースの超高速不揮発性メモリ、ノーマリーオフ論理回路や再構成可能な超高速論理回路など、従来の半導体デバイスに無い新しい機能性半導体デバイスの創製が期待できます。

 

●付記

本研究は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)「強磁性量子ヘテロ構造による物性機能の創出と不揮発・低消費電力スピンデバイスへの応用」(課題番号:JPMJCR1777)および 科学研究費基盤研究(S)「強磁性半導体ルネサンスによる新しいスピン機能材料とデバイスの創出」(課題番号:20H05650)の支援を受けて行われました。

 

【参考文献】

[1]N. Hai, M. Yoshida, A. Nagamine, and M. Tanaka, Jpn. J. Appl. Phys. 59, 063002 (2020).
[2]T. Tu, P. N. Hai, L. D. Anh, and M. Tanaka, Appl. Phys. Express 11, 063005 (2018).
[3]T. Tu, P. N. Hai, L. D. Anh, and M. Tanaka, Appl. Phys. Lett. 108, 192401 (2016).
[4]Goel, N. H. D. Khang, Y. Osada, L. D. Anh, P. N. Hai, and M. Tanaka, Sci. Rep. 13, 2181 (2023).

 

【用語説明】

(1)キュリー温度:磁性体が常磁性状態から強磁性状態となる転移温度
(2)バンドギャップ:半導体の価電子帯(電子が結晶内で束縛された状態)と伝導帯(電子が自由に移動可能な状態)のエネルギーレベルの差
(3)ステップフロー成長法:結晶の表面に階段状のステップを形成させ、結晶がそ      のステップに沿って成長することによって、表面平坦性が向上し、欠陥を低減できるため、高品質な結晶を育成する手法
(4)ボーア磁子:電子の磁気モーメントの単位となる物理定数
(5)RHEED:反射高速電子線回折法(Reflection High Energy Electron Diffraction : RHEED)は、真空中で約1020 keVの高いエネルギーの電子線を試料表面に浅い角度で入射させ、試料表面の結晶格子で回折した反射図形を検出することで結晶表面の状態を調べる分析手法
(6)磁気円二色性分光法Magnetic circular dichroismMCD)。右回りおよび左 回りの円偏光を照射し、その吸収或いは反射率の差を測定する手法。真性強磁性半導体では、バンド構造のスピン分裂によって、その半導体の特徴を表す大きなMCD信号が出るため、真性強磁性半導体の判定に使われる。

 

【論文情報】

掲載誌:Applied Physics Letters

論文タイトル:Very high Curie temperature (470 ~ 530 K) in (Ga,Fe)Sb ferromagnetic semiconductor grown by step-flow mode on vicinal GaAs substrates

著者:Pham Nam Hai, Ken Takabayashi, Kota Ejiri, Masaaki Tanaka

DOI:https://doi.org/10.1063/5.0227990

 

【研究者プロフィール】

ファム・ナムハイ

東京科学大学 工学院 電気電子系 教授

研究分野:半導体スピントロニクス、トポロジカルスピントロニクス

 

田中 雅明(タナカ マサアキ)

東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 教授

東京大学 大学院工学系研究科 附属スピントロニクス学術連携研究教育センター・センター長

研究分野:半導体スピントロニクス、ナノ電子デバイス

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Applied Physics Letters:https://pubs.aip.org/aip/apl/article/126/16/162407/3345196/Very-high-Curie-temperature-470-530-K-in-Ga-Fe-Sb