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工学部/工学系研究科 プレスリリース

非磁性/強磁性半導体ヘテロ接合において 磁場の向きを変えると符号が変わる巨大な磁気抵抗効果を発見 ―物質中の「対称性の破れ」による特異な電子伝導現象、次世代量子デバイスの可能性―

 

1.発表のポイント

◆非磁性半導体と強磁性半導体からなる二層のヘテロ接合(異なる物質を積層した構造)を作製し、新しい電子伝導現象を発見しました。一般に物質に磁場を印加したときの電気抵抗の変化(磁気抵抗効果)は磁場の向きを反転させても全く同じ(偶関数)になりますが、本研究では磁場の向きを反転させると電気抵抗変化の符号が変わる奇関数の磁気抵抗効果を見出し、史上最も大きい27%もの変化率を示す巨大な奇関数磁気抵抗効果を観測しました。
◆本研究で発見された従来よりも10倍以上大きい奇関数磁気抵抗効果は、非磁性半導体薄膜の端(側面)に電子が流れるチャネルが形成され、この伝導電子が非対称的な静電場(空間反転対称性の破れ)と隣接する強磁性半導体の磁化(時間反転対称性の破れ)を感じることによって生じることがわかりました。このヘテロ接合に電圧を印加し、空間反転対称性と時間反転対称性を変化させることによって、奇関数磁気抵抗効果を外部電場で制御できることも明らかにしました。
◆本研究は、「対称性の破れ」が物質の性質や機能に与える効果を明らかにし、外場に対する巨大な応答現象(抵抗の大きな変化など)を半導体において実現したという点で大きな意義を持つとともに、高感度磁気センサなど強磁性半導体を用いた次世代のスピントロニクスや量子デバイスの実現に新たな道筋を示したといえます。

 

2.発表概要

東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻の瀧口耕介大学院生(研究当時)、Le Duc Anh准教授、白谷治憲大学院生および田中雅明教授の研究グループは、東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻の福澤亮太大学院生(研究当時)、東京大学生産技術研究所の高橋琢二教授の研究グループ、福島工業高等専門学校の千葉貴裕講師のグループと共同で、すべて半導体でできた非磁性半導体/強磁性半導体(注1)からなる二層ヘテロ接合を作製し、新しい電子伝導現象を発見しました。通常の物質では磁場を印加したときの電気抵抗の変化(磁気抵抗効果、注2)は磁場の向きを変えても全く同じですが、研究グループが作製した半導体ヘテロ構造では外部磁場の向きを反転させると電気抵抗が27%も変化する巨大な奇関数磁気抵抗効果(注3)を発見しました。この新しい奇関数磁気抵抗は、非磁性半導体層の側面(エッジ)に形成される一次元伝導チャネルにおいて発生し、試料端(側面)の表面ポテンシャルによる「空間反転対称性の破れ」と隣接する強磁性半導体からの磁気近接効果による「時間反転対称性の破れ」が同時に存在することに起因していることが判明しました(図参照)。この現象は、対称性の破れによる巨大電磁気応答がエレクトロニクスに整合性の良い半導体ヘテロ接合で現れたことに意義があり、高感度磁気センサなど次世代のスピントロニクス(注4)や量子デバイスに応用可能と考えられます。

本研究成果は、2022119日(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載されました。

 

3.発表内容

研究の背景

現代の情報化社会は、多数の半導体デバイスを動作させることによって成り立っています。特に情報処理に用いられているトランジスタの技術は、コンピュータやスマートフォンなどあらゆる電子機器で使われ、現代社会を支えています。近年では、IoTや人工知能の実現にますます注目が集まる中で、演算や記憶を担うトランジスタを代表とする半導体デバイスの性能向上を目指した研究はますます重要度が高まっています。そこで問題となっているのが、演算や情報の記憶と保持に必要な電力が増大していることです。既存のトランジスタでは、情報は電流や電荷の有無により表現されるので、その保持に大きなエネルギーを必要とします。

本研究グループが取り組む「スピントロニクス」という分野では、この問題を電子のスピン自由度(注5)を用いて解決しようとしています。スピンが私たちの生活の中で現れるのは、磁石の磁化(N極とS極が生ずること)であり、スピンが揃って同じ向きを向くと磁化が生じます。この磁化の向きは一度決まればその保持にエネルギーは必要ありません(不揮発性)。したがってN極とS極の向きの違いを情報の01に対応させ、それを電気的に読み出すことができれば、情報の保持に必要な電力を大幅に減らすことができると期待されています。本研究グループでは、高速で動作するトランジスタ、LED、レーザなどを構成する半導体材料に、磁性元素(FeMnなど)を添加することによって、半導体と磁石の性質も合わせ持つ「強磁性半導体」を作製し、不揮発性などの新しい機能を開発する研究に関して多くの実績を挙げてきており、既存のエレクトロニクスと相性の良い強磁性半導体を用いたスピントロニクスを開拓しつつあります。

スピントロニクスや物性物理学において重要な研究対象の一つに、物質中での対称性の破れがあります。例えば磁化は、物質中を流れる電子の時間反転対称性(注6)を破り、その特性に大きな影響を及ぼします。また空間反転対称性(注7)の破れによって電子スピンの向きを分離させることができることもわかっています。これを用いれば、例えば上向きのスピンのみを輸送することも可能になります。このように対称性の破れはスピンや磁性と密接に関連しており、対称性の破れた物質の中でどのように電子伝導が生じているかを明らかにすることは基礎科学および応用上も極めて重要です。

ここで対称性が関わる興味深い現象の一つとして挙げられるのが奇関数磁気抵抗効果です(図参照)。通常、物質に磁場を印加した時の電気抵抗の変化は、磁場の向きを反転させても同じ(磁場に対する偶関数)になりますが、時間反転対称性が破られている場合にはその限りではなく、磁場の向きを反転させても同じふるまいをしない場合があります。これを奇関数磁気抵抗効果と呼びます。この現象は磁気センサなどへの応用が期待できるものの、磁気抵抗効果の大きさが極めて小さい(0.11%程度以下)という問題がありました。

 

研究内容

研究グループは、分子線エピタキシー法を用いた結晶成長により、すべて半導体でできた非磁性半導体/強磁性半導体からなる二層の単結晶ヘテロ接合(異なる物質を積層した構造)を作製し、新しい電子伝導現象を発見しました。磁場反転させた場合の電気抵抗の変化(奇関数磁気抵抗効果)の大きさは最大で27%で、これまでの記録を10倍以上更新したことがわかりました。研究グループが作製した構造は、非磁性半導体であるヒ化インジウム(InAs)薄膜(厚さ15 nm)とアンチモン化ガリウムに鉄を添加した強磁性半導体GaFeSbの薄膜(15 nm)を積層した二層のヘテロ接合です。この構造では、伝導電子はInAs層に存在し、抵抗率の違いによりInAs層のみに電流が流れますが、GaFeSb層との界面において量子力学的な結合が磁化と電流の間に生じることにより時間反転対称性の破れが生じます(図参照)。一方でこのヘテロ接合中では、側面付近の静電場がつくるポテンシャルによって部分的に電子が一次元のエッジチャネルに流れることが知られており、これが空間反転対称性の破れを引き起こします。このような二つの対称性が同時に破れていることによって、大きな奇関数磁気抵抗効果が生じることになります。この機構は本研究の実験と理論解析によって明らかになりました。また、上記の磁気的な結合と側面付近の静電場が作るポテンシャルはどちらも電圧印加によって変調可能であるため、ゲート電圧という外場で奇関数磁気抵抗効果を変化させることにも成功しました。

 

社会的意義・今後の予定

本研究は、物質中の特異な対称性の破れによって大きな奇関数磁気抵抗効果という物理現象が引き起こされたという点で非常に大きなインパクトがあるといえます。物質の対称性は、物性や機能を決める最も基本的な要因であり、それに起因した物理現象の開拓は学問的にも応用的にも広い分野で意義があると考えられます。研究グループでは今回のヘテロ接合にとどまらず、同様の対称性を持つ他の物質群においてもこのような現象が生じうると考えています。本研究を発展させることで、さらに大きく実用的な磁気抵抗現象が確認されれば、次世代のスピントロニクス・デバイスや磁気センサなど広範な応用が期待されます。

 

謝辞

本研究は、科学技術振興機構(JST)さきがけ「トポロジカル材料科学と革新的機能創出(研究総括:村上 修一)」研究領域における「強磁性半導体を用いたトポロジカル超伝導状態の実現(JPMJPR19LB)」、CREST「量子状態の高度な制御に基づく革新的量子技術基盤の創出(研究総括:荒川 泰彦)」研究領域における「強磁性量子ヘテロ構造による物性機能の創出と不揮発・低消費電力スピンデバイスへの応用(JPMJCR1777)」、科学研究費補助金(Nos. 18H0534520H0565020K15163)、スピントロニクス学術研究基盤と連携ネットワーク(Spin-RNJ)、文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム、UTEC-UTokyo FSI、村田学術振興財団の支援を受けて実施されました。

 

4.発表雑誌: 

雑誌名:Nature Communications

論文タイトル:Giant gate-controlled odd-parity magnetoresistance in one-dimensional channels with a magnetic proximity effect

著者:Kosuke Takiguchi, Le Duc Anh, Takahiro Chiba, Harunori Shiratani, Ryota Fukuzawa, Takuji Takahashi and Masaaki Tanaka

DOI番号: 10.1038/s41467-022-34177-w

 

5.発表者

瀧口 耕介(研究当時:東京大学 大学院工学系研究科電気系工学専攻 博士課程)

デゥック アイン(Le Duc Anh)(東京大学 大学院工学系研究科電気系工学専攻 准教授)

千葉 貴裕(福島工業高等専門学校 講師)

白谷 治憲(東京大学 大学院工学系研究科電気系工学専攻 修士課程)

福澤 亮太(研究当時:東京大学 大学院工学系研究科電気系工学専攻 博士課程)

高橋 琢二(東京大学 生産技術研究所 教授)

田中 雅明(東京大学 大学院工学系研究科電気系工学専攻 教授/スピントロニクス学術連携研究教育センター センター長)

 

6.用語解説

(注1)強磁性半導体:半導体と強磁性体の両方の性質を併せ持つ物質であり、現在は、主に半導体(II-VI族、III-V族)の結晶成長中に磁性元素(MnFeCoなど)を添加した混晶半導体が主流である。既存の半導体材料や半導体デバイス技術との整合性が良いので、将来のスピントロニクス・デバイスに使われる材料として期待されている。最近、本研究グループでは、キュリー温度(強磁性を示す温度の上限)が室温を超えるn型強磁性半導体 (In,Fe)Sbおよびp型強磁性半導体 (Ga,Fe)Sbを開発した。

 

(注2)磁気抵抗効果:物質の電気抵抗が磁場を印加すると変化する現象。この抵抗の変化率(磁気抵抗比)が大きいほど利用価値が高く、センサに応用する場合には感度が高く、メモリに応用する場合には読み出しの効率が良い。

 

(注3)奇関数磁気抵抗効果:通常、時間反転対称性の保たれた物質中では、その磁気抵抗効果は磁場の向きを反転させても変わらず、偶関数でなくてはならない(オンサーガーの相反性)。一方で磁気的な相互作用があり、時間反転対称性が破れている場合には、磁場の向きを反転させるとわずかながら抵抗変化が生じる。これを奇関数磁気抵抗効果と呼ぶ。電気抵抗の磁場に対する奇関数成分は小さいため、直流電流のみで観測された例は稀である。

 

(注4)スピントロニクス:電子は「電荷」とともに自転の角運動量に相当する「スピン」を持っている。スピントロニクス(Spintronics)とは、「電荷」と「スピン」の両方を活用して、新しい機能を持つ物質や材料の設計、デバイス、エレクトロニクス、情報処理技術などに応用しようとする分野である。

 

(注5)スピン自由度:電子がスピンを持つことによる自由度。スピンは古典的には電子の自転に相当する角運動量である。電子はスピンを持つことによって磁気モーメントを持ち、物質中でこの磁気モーメントが一つの向きに揃った状態が強磁性であり、磁気モーメントの合計が磁化である。これが磁石の磁化や磁力の主な起源となっている。

 

(注6)時間反転対称性:ある物理現象を時間的に巻き戻した場合に、もとの物理現象が再現するような性質。例えばボールを投げ上げることを考えると、時間を巻き戻しても現象を再現できるので「時間反転対称性が保たれている」。一方で磁場が存在する場合には、例えば電子が運動中に働くローレンツ力の向きが時間を巻き戻すと逆向きになってしまうことからわかるように、この対称性が破れている。

 

(注7)空間反転対称性:ある物理現象の空間的な位置関係を逆向きにした場合に同じ物理現象が再現するような性質。特に半導体結晶の中は比較的「空間反転対称性が保たれている」のに対して、界面や表面付近ではその境界付近で環境が大きく変わるので「空間反転対称性が破れている」。InAsの表面や界面付近では、空間反転対称性の破れが著しく、伝導電子にあたえる影響も大きい。

 

.添付資料

 

fig1

 

図1 (左図)本研究で用いたInAs/GaFeSbからなるヘテロ接合。電流を担う電子の波(波動関数)は、InAs層中に存在し二次元電子となるが、量子力学的な効果により隣接するGaFeSb層(強磁性で磁化を持つ)と磁気的に結合し時間反転対称性の破れをもたらす。一方、InAs層の側面(エッジ)では内部電場により電子に外向きの力が働くため、電子による電流を一次元(1D)的に閉じ込め、側面に一次元的なエッジチャネルによる伝導が生じ、InAs層内の二次元的(2D)な電子伝導と共存する。この閉じ込め電場は空間反転対称性を破るので、結果としてInAs/GaFeSbの一次元チャネル中では時間反転対称性と空間反転対称性の両方が破れていることになる。(右図)これによって、このヘテロ接合における電気抵抗は外部磁場の向きを反転させると27%も変化し、巨大な奇関数磁気抵抗効果が発生した。

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Nature Communications:https://www.nature.com/articles/s41467-022-34177-w