プレスリリース

コンパクトな集光ミラー光学系で軟X線のナノ集光を実現 ―ナノ分解能の軟X線蛍光顕微鏡を開発―

 

発表のポイント

最短2 mm長の超精密小型集光ミラーを開発しました。

◆ 大型放射光施設SPring-8において軟X線を集光し、集光サイズ20.4 nmを達成しました。

◆ コンパクトな走査型軟X線顕微鏡を開発し、100 nmの空間分解能で神経細胞等の観察に成功しました。

 

fig01

超精密小型集光ミラーを用いた集光ミラー光学系の模式図

 

概要

東京大学物性研究所の島村勇德特任助教、同大学先端科学技術研究センターの三村秀和教授、同大学大学院工学系研究科の神保泰彦教授、理化学研究所放射光科学研究センターの志村まり研究員、高輝度光科学研究センターの大橋治彦室長らによる研究グループは、コンパクトな集光ミラー光学系の開発によって従来に無いナノ集光と蛍光顕微鏡観察を実現しました。

本研究の転換点は、図のように、ミラー長およびミラーと集光点までの距離が共に最短2 mmとなる、極めて短い設計を採用したことです。独自の加工・計測技術を開発し、本設計を具現化しました。作製した超精密小型集光ミラーによる軟X線の集光サイズ(注1は、最小20.4 nmを記録しました。この集光点を多色軟X線分析手法に応用し、神経細胞中の元素量と濃度を100 nm空間分解能で評価することに成功しました。

本研究によって、細胞中で新薬が到達する場所が可視化できる等、生物学・薬学・物理学での貢献が期待されます。コンパクトな光学系により、大型放射光施設に限定されたナノ分析をラボベースで行える可能性があります。

本研究成果は、国際雑誌「Nature Communications」(202427日)にオンライン掲載されました。

 

ー研究者からのひとことー

 

fig02長さ2mmの小型で高精度のX線ミラーは世の中に存在しませんでした。このミラーの実現により軟X線を20 nmサイズにまで集光でき、さらに、X線顕微鏡に応用し、小さな神経細胞を観察することに成功しました。今後、さらにミラーの精度を向上させ集光サイズを小さくし、より高い性能のX線顕微鏡の開発に取り組みます。(三村秀和教授)

 

 

 

発表内容

 

研究の背景

X線領域(注2)では走査型顕微鏡(注3)が用いられており、X線集光素子が重要です。理想的な集光素子(注4)はX線集光ミラーですが、反射面には原子レベルの誤差(1 nm程度)しか許されません。作製精度の厳しい要求が障壁となり、従来の軟X線用の集光ミラーは理論的性能から程遠いものでした。

 

研究の内容

本研究チームは、作製技術を改善する従来戦略に加え、集光ミラーの設計そのものも刷新しました。作製精度が低い集光ミラーは、ミラー表面の凹凸でX線を散らしてしまい、本来狙うべき集光点にX線を集められていません。しかし、ダーツの的が近ければ中心点に当てやすいように、仮に標的となる集光点が極限まで集光ミラーに近ければ、多少X線の反射方向がズレてもX線は微小点に収まります。つまり、理論的性能を達成しやすくなります。しかし、X線集光ミラーは斜入射配置(注5)が必要です。従来、最長1 mにまで到達する長い集光ミラーでは、ミラー本体が邪魔で、集光点を近づけられません。そこで、従来設計の真逆を行く、ミラー長を最短2 mmとして50倍急峻な形をした集光ミラー(注6)を考案し、超小型集光ミラーを設計しました。

この設計を実現するには、急峻な形を原子レベルの誤差(1 nm程度)で実現する作製技術が新たに必要です。5年にわたり、加工・計測法を地道に開発し、軟X線全域で回折限界集光(注7)可能な超小型集光ミラーを作製しました。

大型放射光施設SPring-8(注8)で図1のように超小型集光ミラーを評価した結果、図2に示す通り、光子エネルギー2 keV(波長0.62 nm)の軟X線で鉛直20.4 nm・水平40.7 nmの集光サイズを記録しました。鉛直方向は回折限界に到達しており、作製精度の厳しい要求を満たしています。

 

fig03

1:開発した軟X線顕微鏡の装置の写真

 

 

fig04

2:光子エネルギー2 keVでの超精密小型ミラーによる集光プロファイル

 

超精密小型ミラーによって、新しい透視観察法が高解像度で可能になります。例えば、2色のX線を同時に試料に集め、発生頻度が少ない軟X線域の蛍光発光(注9)を引き起こします。試料として図3に示す化学固定した神経細胞(注10)を使用し、蛍光発光と吸収X線を同時計測して元素分析を行いました。最小100 nm空間分解能で、細胞に不可欠な元素の量や濃度が定量分析できることを示しました。高分解能でこれらの情報を一括で取得できる分析手法は、本手法が唯一です。

 

fig05

3:多色集光点を用いた軟X線蛍光分析手法で明らかになった、化学固定済み神経細胞の厚み分布と元素濃度分布

 

本研究により、将来的には、薬のように添加された物質の場所を細胞中で特定できると期待されます。薬中の元素の分布と細胞の応答を紐づければ、新薬の効能や副作用の議論に新たな手がかりをもたらすかもしれません。本手法は細胞以外にも応用可能で、物理学的現象の解明・デバイス開発等に大きく貢献すると期待できます。また、このコンパクトな光学系をラボベースのX線光源(注11と組み合わせれば、従来大型放射光施設でしかできなかったX線ナノ分析を、一研究室で行える可能性があります。

 

発表者・研究者等情報

東京大学

 物性研究所

     島村 勇德 特任助教

   研究当時:東京大学大学院工学系研究科 博士課程3年

 

 先端科学技術研究センター超精密製造科学分野

     三村 秀和 教授

 

 大学院工学系研究科精密工学専攻

     神保 泰彦 教授

 

 理化学研究所放射光科学研究センター

     志村 まり 研究員

   兼:国立国際医療研究センター研究所 研究員

 

 高輝度光科学研究センタービームライン技術推進室

  大橋 治彦 室長

 

論文情報                                          

雑誌名:Nature Communications

題 名:Ultracompact mirror device for forming 20-nm achromatic soft-X-ray focus toward multimodal and multicolor nanoanalyses

著者名:Takenori Shimamura*, Yoko Takeo, Fumika Moriya, Takashi Kimura, Mari Shimura, Yasunori Senba, Hikaru Kishimoto, Haruhiko Ohashi, Kenta Shimba, Yasuhiko Jimbo, Hidekazu Mimura

*責任著者

DOI10.1038/s41467-023-44269-w

 

研究助成

本研究は、科研費JP20J21562JP21K20394JP20H04451JP20K20444JP23H00156の支援により実施されました。大型放射光施設SPring-8での実験は、高輝度光科学研究センターによって課題番号2021B18362021A1612として認可されたものです。本研究の一部は、文部科学省「ナノテクノロジープラットフォーム」事業(課題番号:JPMXP09A19UT0306JPMXP09A20UT038JPMXP09F21UT0117)の支援に加え、文部科学省「マテリアル先端リサーチインフラ」事業(課題番号:JPMXP1222UT1008)の支援を受けて、東京大学武田先端知ビルクリーンルームで実施されました。

 

用語解説

(注1)集光サイズ

虫眼鏡を使い、太陽の光を黒い紙に集める場合、黒い紙に映る集光点は、中心ほど明るく、端に行くほど暗くなります。ある程度明るく見える範囲の幅を測れば、これを集光点の大きさ(集光サイズ)として定義できます。前述3ページの図2のように、縦軸に光の強度、横軸に位置を表した際、光の強度が最大値の半分となるまでの位置範囲(半値幅)を集光サイズとして定義しています。

 

(注2)軟X線領域

波長という光の特徴を用いると、X線は波長が4 nmから0.001 nmの光と定義できます。可視光の波長は800 nmから400 nm程度であり、X線は200倍以上短い波長を持つと言えます。このX線の中でも、波長が4 nmから0.6 nm程度の範囲を軟X線領域と呼んでいます。

 軟X線は、適度な透過力を持ちつつ、軽元素や比較的軽い金属の検出に適しています。そのため、こうした元素が豊富な細胞試料の計測に効果を発揮し、近年注目されています。

 

(注3)走査型顕微鏡

虫眼鏡を用いて太陽の光を黒い紙に集めると、集光点で紙を燃やすことができます。黒い紙を動かすと、集光点で紙をなぞることが可能です。このように、光を空間的・エネルギー的に微小点に集め、試料を動かしながら物理的・化学現象を発生・観察する装置を、走査型顕微鏡と呼びます。

 

(注4)理想的な集光素子

ここでは、①集光サイズを小さくできること、②入射X線の利用効率が高いこと、③X線の光子エネルギー(波長)に応じて集光点位置が変化しないこと(色収差がないこと)、の3つの指標に照らし合わせ、これら全てを満たす集光素子を理想的と表現しています。

 

(注5斜入射配置

X線集光ミラーは図1で示すように、X線の進む向きに対して集光ミラーの表面がすれすれとなるような置き方が必要です。つまり、反射面を寝かせた状態で配置します。透過力が高いX線は、可視光よりはるかに反射しません。しかし、このような斜入射配置にすれば、X線をほとんど反射(全反射)させられます。

 

(注6急峻な形をした集光ミラー

X線を1点に集めるために、X線集光ミラーの断面は楕円形状をしています。楕円の焦点は、光源点と集光点に一致するように設計され、光源点から出た光は幾何学的に集光点に集まります。この楕円に円をフィッティングした際の円の半径を以て、集光ミラーの急峻さを定義することができます。従来のX線集光ミラーはこの半径がおよそ10 m以上でした。今回採用した超小型集光ミラーはその半径が160 mmです。バスを振り回して描ける円弧程度の曲面が、バスケットボール大の曲面となることで、作製の難易度は格段に上がります。

 

(注7)回折限界集光

光は波の性質を持っており、波長という特徴を持っています。波が一点に集められた際、厳密にはその点は無限小ではありません。点は僅かに広がり、その広がり幅は、点から見た波の広がり角および波長に依存します。この波が広がる現象を回折と呼び、回折による広がり幅を回折限界と言います。波の性質を持つ光も回折を起こします。そのため、集光サイズは回折限界が下限値であり、この集光サイズを達成するような集光を回折限界集光と呼びます。

X線集光ミラーの表面が滑らかであれば、X線を回折限界集光できます。しかし、現実には原子スケール以上の凹凸が表面に存在するため、集光サイズは回折限界ではなく、作製限界で決まってしまいます。従来の軟X線用の集光ミラーは要求精度に対して作製精度が悪く、一部の軟X線域でかろうじて回折限界集光を実現するに留まっていました。

 

(注8)大型放射光施設SPring-8

兵庫県播磨科学公園都市にある周長約1.4 kmの巨大装置で、強力なX線を発生できます。明るいX線を特定の向きに対して発生させることができ、図1のような配置を採用するX線分析手法に適しています。この強力なX線を利用し、例えば、小惑星イトカワの微粒子が分析されています。

 

(注9)蛍光発光

原子には電子が複数含まれています。X線はこの電子と相互作用し、時に原子の束縛から電子を弾き出すことが可能です。弾き出された電子の穴は原子中の別の電子が埋めようとし、この際に元素に特有の光が放出されます。これを蛍光と呼びます。蛍光の波長を解析することで、元素種を特定することができます。

 

(注10)化学固定した神経細胞

本研究では、ラットの胎児由来の初代海馬細胞(神経細胞)を観察しました。ホルムアルデヒドと呼ばれる薬品を使用し、柔らかい細胞骨格を化学的に固定・乾燥させています。乾燥すると細胞中の液体は失われますが、細胞骨格は残ります。今回観察した結果では、この細胞骨格に埋め込まれた元素が観察されています。

 

(注11ラボベースのX線光源

病院にあるようなX線光源は、部屋(研究室)に収まるという意味でラボベースのX線光源と呼ばれます。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Nature Communications:https://www.nature.com/articles/s41467-023-44269-w