プレスリリース

スキルミオンによるトポロジカル磁気光学効果の観測に成功 ―スキルミオンメモリの高速光読み取りに道筋―

 

発表のポイント

◆磁気スキルミオン(以下スキルミオン)はナノメートルサイズの磁石(スピン)が作る粒子で、次世代の超高密度メモリのビットとして利用できることから世界的に研究が進んでいます。このスキルミオンが光の偏光面をねじる「トポロジカル磁気光学カー効果」の観測に初めて成功しました。
◆今回の観測でトポロジカル磁気光学効果が広い周波数帯の光で生じることが明らかになり、レーザーフォトニクスを利用しスキルミオンが検出できることを示しました。
◆将来的には光を使った高速かつ非接触なスキルミオン読み取りへの応用が期待できます。

 

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スキルミオンによるトポロジカル磁気光学カー効果の模式図

 

発表概要
東京大学大学院工学系研究科の加藤喜大 大学院生、岡村嘉大 助教、マクシミリアン ヒルシュベルガー 准教授、高橋陽太郎 准教授、理化学研究所創発物性科学研究センターの十倉好紀 センター長らの研究グループは、次世代メモリの候補として世界的な研究が進められているスキルミオン(注1)が光の偏光面(注2)をねじる「トポロジカル磁気光学カー効果」(注3)の観測に初めて成功しました。
スキルミオンはナノメートルサイズのスピンの渦構造を持ち、一つの渦が粒子としての性質を持っています。スキルミオン粒子は1ビットとして機能し、高密度かつ外乱などによって壊れにくいことから次世代のメモリデバイスへの応用が期待されています。これまでの研究は、スキルミオンを発現する物質やデバイスの開発、スキルミオンの電流駆動が中心でした。しかし、スキルミオンの読み取りの手法は極めて限定されており、高速かつ簡易な読み取り手法の開拓が不可欠です。本研究では、磁性体に照射した光の偏光面が回転する磁気光学カー効果に着目しました。スキルミオンは創発磁場(注4)と呼ばれる仮想的な磁場を持つため、それに由来した磁気光学カー効果を示す可能性があります。高密度のスキルミオンを持つGd2PdSi3において磁気光学カー効果の測定を行ったところ、赤外領域でスキルミオンの創発磁場に由来した「トポロジカル磁気光学カー効果」を観測しました。本研究成果は、スキルミオンに新しい光学機能性を与えるものであり、将来的にはレーザーフォトニクスと融合したスキルミオンデバイスの実現につながる可能性があります。
本研究成果は、2023年9月5日(英国夏時間)に英国科学雑誌「Nature Communications」に掲載されました。

発表内容
〈研究の背景〉
ナノスケールの微小なスピンの渦構造であるスキルミオン(図1(a))は、そのトポロジカルな性質により安定性、低電流での駆動、高密度化が可能であることからメモリとしての応用が期待されています。このため、現在世界的に活発な研究が行われていますが、これまでの研究の中心はスキルミオンを持つ物質やデバイスの作製、また電流駆動に関わるもので、高速読み取りにつながる検出手法の開拓が求められていました。スキルミオンは仮想的な磁場である「創発磁場」を生成するため、この創発磁場を用いたスキルミオンの読み取りが可能です。これまでは、トポロジカルホール効果(注5)と呼ばれる創発磁場によるホール効果を利用し、電気的にスキルミオンを検出するという手法が用いられてきました。しかしスキルミオンの超高速な読み取りを可能とする光学的な応答については、基礎科学とスキルミオンメモリ実現の両面において重要であるにも関わらず、観測例はありませんでした。

 

fig2

図1:(a)スキルミオン粒子。スピンが渦状の構造を持ち、トポロジカルに安定な状態として存在する。(b)スキルミオンが高密度で整列したスキルミオン格子。(c)トポロジカル磁気光学効果の観測。スキルミオン格子が存在する領域でのみ、大きな磁気光学カー効果(光の偏光面のねじれ)が現れる。

 

〈研究の内容〉

本研究では、高密度に整列したスキルミオン格子(図1(b))を持つGd2PdSi3という物質に着目し、磁気光学カー効果の測定を行いました。磁気光学カー効果は光の偏光面をねじる現象であり、磁気光学デバイスの読み取り原理として利用されていました。通常は光の偏光面のねじれ角の大きさは、物質の磁化の大きさに比例します。もしスキルミオンによる創発磁場が存在するなら、物質の磁化の大きさとは関係なく光の偏光面はねじれることになります。この現象は「トポロジカル磁気光学カー効果」と呼ばれ、スキルミオンを読み取るための原理となります。

実際にGd2PdSi3で、幅広い光の周波数帯域で磁気光学カー効果の測定を行ったところ、スキルミオンが出現した時に大きな偏光面のねじれが生じることが明らかになりました。磁場をかけてスキルミオンを消すと、この現象が消失したことから、スキルミオンから生じる創発磁場による効果であることを確認できました(図1(c))。今回の研究では、このトポロジカル磁気光学効果が近赤外領域にも出現することが明らかになりました。近赤外領域ではさまざまなレーザー技術が存在することから、今後はレーザーフォトニクスとの融合により精密なスキルミオンの読み取りが可能になると期待できます。

このようなスキルミオンデバイスへの応用に加えて、本研究成果は基礎科学的な面でも大きな意味を持っています。磁気光学カー効果は、物質の磁化を検出するためのプローブとしてスピントロニクスなどの分野で広く利用されています。今回観測したトポロジカル磁気光学効果はスキルミオンの創発磁場に由来したものであり、物質の磁化の大きさとは全く関係ない新しい磁気光学現象です。従来、磁気光学効果を大きくするためには、原子番号の大きい重い元素を用いる必要があると考えられてきました。しかし、創発磁場を利用することにより、原子番号の小さい比較的安価な材料でも大きな磁気光学効果を実現できる可能性があります。

 

〈今後の展望〉

本研究で初めて観測されたスキルミオンから生じるトポロジカル磁気光学カー効果を利用すると、スキルミオンの高速かつ非接触な検出が可能になり、将来的にはレーザーフォトニクスと融合したスキルミオンデバイスの実現が期待できます。また、本研究成果は、スキルミオンの創発磁場によって磁気光学効果が生じることを示しており、磁気光学効果を増大させるための新しい指針となります。

 

発表者                                          

東京大学 大学院工学系研究科

加藤 喜大(博士課程・日本学術振興会特別研究員)

岡村 嘉大(助教)

マクシミリアン ヒルシュベルガー(准教授)

〈理化学研究所 創発物性科学研究センター トポロジカル量子物質研究ユニット ユニットリーダー〉

高橋 陽太郎(准教授)

〈理化学研究所 創発物性科学研究センター 創発分光学研究ユニット ユニットリーダー〉

 

理化学研究所 創発物性科学研究センター

十倉 好紀(センター長)

〈東京大学卓越教授(国際高等研究所東京カレッジ)〉

 

論文情報                                          

〈雑誌〉Nature Communications

〈題名〉Topological magneto-optical effect from skyrmion lattice

〈著者〉Yoshihiro D. Kato, Yoshihiro Okamura*, Max Hirschberger, Yoshinori Tokura, Youtarou Takahashi*

〈DOI〉10.1038/s41467-023-41203-y

〈URL〉https://www.nature.com/articles/s41467-023-41203-y

 

研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(課題番号:JPMJFR212X)、科研費「基盤研究B(課題番号:21H01796)」、「新学術領域研究(研究領域提案型)(課題番号:22H04470)」の支援により実施されました。

 

用語解説

(注1)磁気スキルミオン

物質中の電子の持つスピン(磁気モーメント)がナノメートルサイズの渦状に配列した構造。トポロジカルに安定な粒子としての性質を持ちビットとして機能することから、メモリとしての応用が期待されています。

 

(注2)偏光面

光は進行方向と垂直な面内で電場と磁場が振動する横波です。偏光面とはこの振動電場と光の進行方向を含む面を指します。この偏光面をねじる(回転させる)現象の一つが磁気光学効果です。

 

(注3)磁気光学カー効果

磁化を持った磁性体に直線偏光を入射した時に、その反射光の偏光面がねじれる現象。透過光の偏光面が回転する現象であるファラデー効果と合わせて磁気光学効果と呼ばれます。これらの効果は、物質の磁気的性質の測定、光アイソレータや光磁気ディスクなどに活用されています。また、創発磁場が引き起こす磁気光学効果をトポロジカル磁気光学効果と呼びます。

 

(注4)創発磁場

スキルミオンのようなスピン構造と結晶中の電子の相互作用から生じた磁場。電子は実効的に磁場を受けたように振る舞います。実際の磁場ではないが、あたかも磁場が存在するように電子が振る舞うことから、その仮想的な磁場のことを創発磁場と呼びます。

 

(注5)トポロジカルホール効果

創発磁場が引き起こすホール効果。一般的なホール効果は磁場により電子の軌道が曲がることで生じますが、スキルミオンの創発磁場も電子の軌道を曲げ、実効的なホール効果が生じます。この効果を用いて電気的にスキルミオンが検出できます。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Nature Communications:https://www.nature.com/articles/s41467-023-41203-y