プレスリリース
- 研究
- 2024
脆いセラミックス同士を組み合わせると壊れずに変形するようになる現象を発見 ―強靭なセラミックス材料開発のための新たな設計指針を提案―
発表のポイント
◆ 脆くて壊れやすい高強度セラミックス同士を組み合わせて、微細な界面を形成することで、壊れず変形するようになる現象を発見。
◆ 微細な界面の導入によって転位の運動が促進されるという、セラミックスの新たな変形メカニズムが見出された。
◆ セラミックスの弱点である「脆さ」を克服することで、構造材料分野で大幅な用途拡大が期待される。
壊れず変形する高強度セラミックスの開発
概要
東京大学大学院工学系研究科の吉田英弘教授、増田紘士講師、青木勇太大学院生、東京大学生産技術研究所の栃木栄太准教授らによる研究グループは、単独では高強度ながら脆性材料であるアルミナ(Al2O3)(注1)セラミックスとガドリニウム-アルミニウムペロブスカイト(GdAlO3、GAP)(注2)セラミックスからなる微細な複合組織を形成することで、塑性変形能(注3)が発現し脆性破壊(注4)が抑制される現象を発見しました。アルミナに代表されるエンジニアリングセラミックスは、優れた硬度・耐熱性・耐食性等を活かして先端構造材料として利用されていますが、脆く壊れやすいことから材料信頼性が低く、その用途は未だ限定的です。転位(注5)の運動を活性化することでセラミックスの塑性変形能を本質的に向上させ、材料の破壊を抑制することができれば、高信頼性セラミックスの実現につながり、構造材料としての用途が大きく広がることが期待できます。
本研究成果は、2024年10月16日(英国夏時間)に英国科学誌「Nature Communications」にて掲載されました。
発表内容
〈研究の背景〉
セラミックスとは金属以外の無機材料の総称で、硬度や耐摩耗性、耐熱性、耐食性等に優れ、また、独特の誘電特性を有しています。こうした特性から、陶磁器やガラスのような身近な道具から、耐火物・切削工具のような産業用部品、さらには電子部品・半導体材料および製造装置等のハイテク産業用部材等さまざまな領域で用いられています。近年では、航空宇宙分野をはじめとした過酷な環境下での利用が想定される領域において、構造材料としての需要がさらに高まっています。一方で、セラミックスは脆く、材料としての信頼性が低いため、その用途の幅は金属と比べると未だに限定的です。
これまでセラミックスの脆性を克服するため、材料中に繊維状の他材料を分散させたり、材料の相変態(注6)を利用することで、材料中の亀裂の進展を抑え、材料の壊れにくさ(靭性)の向上が図られてきました。一方で、セラミックスの脆さは転位の生成・運動が困難なことによる塑性変形能の乏しさに由来することから、転位の活動の活性化を通じて塑性変形能を向上させ、材料の破壊を抑制することができれば、セラミックスの信頼性の向上への新たな抜本的なアプローチとなり得ます。
〈研究内容〉
本研究グループは、セラミックス材料において異種材料間の界面を作り込むことで転位運動を活性化させることが、本質的なセラミックスの塑性変形能向上につながるのではないかという考えに至りました。本研究では、Al2O3および酸化ガドリニウム(Gd2O3)(注7)セラミックスからなる混合粉末を融かして高速で冷やし固めることで、Al2O3結晶の中に100 nm程度の太さの微細なロッド状のGAP結晶が並んだ、からし蓮根のような共晶材料(注8)を作製しました(図1)。
図1:Al2O3-GAP共晶材料の電子顕微鏡像
コントラストが暗い部分がAl2O3、明るい部分がGAPに対応する。Al2O3中にロッド状のGAPが平行に並んでおり、GAP成長方向に対し(a)は垂直、(b)は平行方向から観察している。
この材料に対して室温でマイクロピラー圧縮試験(注9)を実施して微視的な力学応答の評価を行い、Al2O3およびGAP単結晶材料との比較を行いました。その結果、Al2O3およびGAP単結晶材料は全く塑性変形せず割れてしまったのに対し、Al2O3-GAP共晶材料は破壊せずに、曲がって塑性変形しました(図2)。また、変形後の共晶材料を透過型電子顕微鏡により観察した結果、Al2O3中において、本来室温では活動しないはずの転位の運動が確認されました(図3)。この結果は、異相界面の作り込みによって材料中の転位の運動を促進させ、硬く脆い材料の組み合わせから塑性変形能を引き出し、硬くかつ壊れにくい材料を実現した点で画期的な成果です。
図2:マイクロピラー圧縮試験前後のAl2O3、GAP、Al2O3-GAP共晶材料各材料の電子顕微鏡像
Al2O3、GAPそれぞれ単一の材料ではセラミックスにおいて一般的な挙動である脆性破壊を示したのに対し、Al2O3-GAP共晶材料は曲がって塑性変形を示し、破壊が抑制された。
図3:圧縮試験後の共晶材料マイクロピラーの縦断面(左)および横断面(右)の電子顕微鏡像
左図からは、Al2O3およびGAPの両相が、剥離せずに連続的に屈曲している様子が分かる。右図で、Al2O3中に見られる白い線状コントラストが転位であり、共晶材料の変形が転位の運動を伴った塑性変形であることを裏付けている。
〈社会的意義・今後の予定〉
本研究では、セラミックスの脆性の克服につながり得る全く新しい現象を見出しました。今後の研究で、セラミックスの塑性変形を担う転位の生成ならびに運動のメカニズム、さらに微細組織や材料の選択が力学応答に与える影響を明らかにできれば、セラミックスに秘められた塑性変形能を引き出し、耐環境性と高信頼性を兼ね備えた優れた構造材料としてのセラミックスを実現するための新たな材料設計指針を見出すことが期待できます。
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院工学系研究科
吉田 英弘 教授
増田 紘士 講師
青木 勇太 博士課程/日本学術振興会特別研究員
生産技術研究所
栃木 栄太 准教授
論文情報
雑誌名:Nature Communications
題 名:Overcoming the intrinsic brittleness of high-strength Al2O3–GdAlO3 ceramics through refined eutectic microstructure
著者名:Yuta Aoki, Hiroshi Masuda, Eita Tochigi, Hidehiro Yoshida*
DOI:10.1038/s41467-024-53026-6
URL:https://doi.org/10.1038/s41467-024-53026-6
研究助成
本研究成果は、JST CREST「ナノ力学(課題番号:JPMJCR1996)」、科研費「ミルフィーユ構造の材料科学(課題番号:19H05137、21H00094)」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)アルミナ(Al2O3):
アルミニウムの酸化物で、構造材料として最も一般的に用いられるセラミックスの1つ。
(注2)ガドリニウム-アルミニウムペロブスカイト(GdAlO3、GAP)
ペロブスカイト構造を取る、ガドリニウムとアルミニウムの複合酸化物の結晶。
(注3)塑性変形:
応力を除去してもひずみが回復しない不可逆的な変形を指し、主に金属等で生じる。また、塑性変形を受容する能力を塑性変形能と呼ぶ。
(注4)脆性破壊:
一定以上の応力を加えた際に塑性変形をほとんど伴わず破壊する現象を指す。主にセラミックス等の硬く脆い材料で見られる。
(注5)転位:
セラミックスや金属は原子が周期的に並んだ結晶構造をもつが、結晶中には周期構造の乱れを生む格子欠陥が含まれる。そのうち1次元の格子欠陥を転位と呼ぶ。結晶材料の塑性変形は転位の生成および運動によって生じる。
(注6)相変態:
材料の化学組成や物理的状態が変化することを指す。代表的なセラミックス構造材料の1つであるジルコニアは、体積膨張を伴う相変態によって亀裂の進展を抑制し、優れた靭性を示す。
(注7)酸化ガドリニウム(Gd2O3):
希土類元素の1つであるガドリニウムの酸化物。
(注8)共晶材料:
融液を凝固させた際に2種類以上の固体の材料相が析出してできる材料組織。凝固速度によって組織の構造が変わり、凝固速度が速いほどより微細な組織が生じる。
(注9)マイクロピラー圧縮試験:
材料のミクロな力学特性を調べる手法の一種。材料からマイクロスケールの円柱状試料を作製し、ダイヤモンド等の硬質圧子を用いて圧縮応力を加える。その際の荷重と試料の変形量の関係、変形後の試料の様子から力学特性を評価する。
プレスリリース本文:PDFファイル
Nature Communications:https://doi.org/10.1038/s41467-024-53026-6