プレスリリース
- 研究
- 2024
溶液中での高い安定性と反応性を両立した金ナノ粒子を開発 ―酸素を用いる環境にやさしい触媒反応に利用可能―
発表のポイント
◆ 金属酸化物ナノクラスターで表面を保護することにより、溶液中での高い安定性と反応性を両立した微小な金ナノ粒子(直径約3ナノメートル)を開発した。
◆ 開発した金ナノ粒子は、空気中に豊富に存在する酸素を酸化剤として用いると、アルコールなどの有機化合物の酸化反応に優れた触媒特性を示す。
◆ 金以外にもさまざまな金属ナノ粒子を合成でき、触媒、センサー、エレクトロニクスなど幅広い応用が期待される。
概要
東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻の鈴木康介准教授、夏康大学院生、谷田部孝文助教、米里健太郎助教、山口和也教授らによる研究グループは、同研究科附属総合研究機構の石川亮特任准教授、柴田直哉教授、幾原雄一教授、東京都立大学大学院理学研究科の吉川聡一助教、山添誠司教授、物質・材料研究機構の中田彩子主幹研究員と共同で、金属酸化物ナノクラスター(注1)で保護することにより、高い安定性と触媒活性を両立した金ナノ粒子(注2)の開発に成功しました。
金は安定で反応性に乏しい金属とされてきましたが、サイズを小さくすることで優れた触媒作用を示します。しかし、小さな金ナノ粒子は溶液中で集合しやすいため、高い安定性と反応性を両立できる技術の開発が求められています。本研究では、有機溶媒中で金属酸化物ナノクラスターを保護剤として用いた合成法により、直径約3ナノメートルの小さな金ナノ粒子を開発しました。この金ナノ粒子は、触媒反応を行う条件で安定であり、空気中に豊富に存在する酸素を酸化剤として用いると、アルコールなどの有機化合物の酸化反応(注3)に優れた触媒特性を示します。また、この技術を用いることで、金以外にもさまざまな金属のナノ粒子を合成することができます。本成果は、金ナノ粒子を利用した環境に優しい化学反応プロセスの開発、資源循環やエネルギー変換を実現する触媒、センサー、エレクトロニクスなど幅広い応用が期待されます。
本研究成果は、2月6日(英国時間)に英国学術誌「Nature Communications」誌のオンライン版に掲載されました。
発表内容
〈研究の背景〉
金は安定で反応性が乏しい金属元素として知られています。そのため、古くから装飾品や貨幣として用いられてきました。一方、その大きさを数ナノメートルまで小さくした金ナノ粒子は、通常の金とは異なる高い反応性を示し、有用化学品の合成、エネルギー変換、環境汚染物質の除去などを行うための触媒として利用できます。しかし、小さな金ナノ粒子は溶液中で集合して大きな金ナノ粒子に変化しやすいため、高い触媒活性を保ちながら安定に保持する技術が求められています。これまでに、金ナノ粒子を安定化するために、金属酸化物ナノクラスター(直径約1ナノメートル)が保護剤としてはたらくことが知られています。しかし、従来の水溶液中での合成法では、金属酸化物ナノクラスターで保護された小さな金ナノ粒子を合成できますが、得られた金ナノ粒子は触媒反応を行う条件において安定性が低いことが問題でした。
〈研究の内容〉
本研究では、有機溶媒中で金属酸化物ナノクラスターを保護剤として用いることで、優れた触媒活性を示す3ナノメートル程度の小さな金ナノ粒子を合成し、溶液中で触媒反応を行う条件においても安定に保持できる技術を開発しました。この金ナノ粒子の合成には、水とトルエン(注4)を混ざらない溶媒として用いる2相系システムを用いました(図1)。金イオンと金属酸化物ナノクラスターを水に溶かした後、相間移動剤(テトラオクチルアンモニウム)(注5)を加えてこれらをトルエン中に移動させました。このトルエン溶液に還元剤を加えることで、金属酸化物ナノクラスターで保護された金ナノ粒子を合成することに成功しました。
図1:安定性と反応性を両立した金ナノ粒子触媒の合成方法
水とトルエンの2相系システムを利用して、金属酸化物ナノクラスターで保護された金ナノ粒子を合成する方法の概略図。本研究で開発した金ナノ粒子は、溶液中で高い安定性と触媒活性を両立できることが特徴である。また、この技術を用いることで、金以外にさまざまな金属のナノ粒子を合成することができる。
合成した金ナノ粒子の電子顕微鏡観察(注6)では、金属酸化物ナノクラスターに囲まれた小さな金ナノ粒子(直径約3ナノメートル)が合成できたことが分かりました。この金ナノ粒子は、溶液中で1年経過しても大きさが変わらず安定であることが特徴です。さらに、塩基(注7)の添加や加熱などの触媒反応を行う条件でも安定しています。
本研究で開発した金ナノ粒子は、空気中に豊富に存在する酸素を酸化剤とするアルコールの酸化反応に高い触媒活性を示し、90%以上の高い収率でアルデヒドを生成しました(図2)。さらに、この金ナノ粒子触媒は、アルコール以外にもさまざまな有機化合物の酸化反応を高い効率と選択性で進行させることができます(図2)。
これらの結果から、本研究で開発した金属酸化物ナノクラスターで保護された金ナノ粒子は、高い安定性と触媒活性をあわせ持つことが明らかになりました。
図2:本研究で開発した金ナノ粒子による触媒反応
本研究で開発した金ナノ粒子は、空気中に豊富に存在する酸素を酸化剤として用いて、さまざまな有機化合物の酸化反応を効率的に進行させる触媒として機能する。
〈今後の展望〉
本研究で開発した高い安定性と活性を両立した金ナノ粒子触媒を利用することにより、環境負荷を低減した反応条件で、医薬品や機能性材料などの化学品の合成が可能になります。また、本技術は金以外にもルテニウム、レニウム、ロジウムなどさまざまな金属のナノ粒子の合成に利用できることから、資源循環やエネルギー変換のための触媒、光機能材料、センサー、分子エレクトロニクスなどの材料開発への応用が期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院工学系研究科
応用化学専攻
夏 康 博士課程
谷田部 孝文 助教
米里 健太郎 助教
山口 和也 教授
鈴木 康介 准教授
附属総合研究機構
石川 亮 特任准教授
柴田 直哉 教授
幾原 雄一 教授
東京都立大学 大学院理学研究科化学専攻
吉川 聡一 助教
山添 誠司 教授
物質・材料研究機構 ナノアーキテクトニクス材料研究センター
中田 彩子 主幹研究員
論文情報
雑誌名:Nature Communications
題 名:Ultra-stable and highly reactive colloidal gold nanoparticle catalysts protected using multi-dentate metal oxide nanoclusters
著者名:Kang Xia, Takafumi Yatabe, Kentaro Yonesato, Soichi Kikkawa, Seiji Yamazoe, Ayako Nakata, Ryo Ishikawa, Naoya Shibata, Yuichi Ikuhara, Kazuya Yamaguchi, Kosuke Suzuki*
DOI:10.1038/s41467-024-45066-9
URL:https://doi.org/10.1038/s41467-024-45066-9
研究助成
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(課題番号:JPMJFR213M、JPMJFR2033)、JST戦略的創造研究推進事業 さきがけ(課題番号:JPMJPR18T7、JPMJPR19T9、JPMJPR20T4、JPMJPR227A)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(課題番号:22H04971)、JSPS研究拠点形成事業などの支援により実施されました。
用語解説
(注1)金属酸化物ナノクラスター:
複数個の金属原子が酸素原子を介して結合したナノメートルサイズの分子状化合物。本研究では、原子番号74のタングステンの酸化物ナノクラスターを用いている。
(注2)金ナノ粒子:
金の粒径が1~100ナノメートル程度の金の微粒子。通常の金は安定で反応性が乏しいが、小さくすることで高い触媒活性を示す。
(注3)酸化反応:
物質が電子を失う化学反応。酸素と結合する場合や、水素を失う場合などがある。
(注4)トルエン:
さまざまな化学物質を溶かすことができるため、広く用いられる有機溶媒の1つ。
(注5)相間移動剤:
水とトルエンの2相系に加えることで、水溶液中に溶解している金イオンや金属酸化物ナノクラスターをトルエン中に移動させることができる物質。
(注6)電子顕微鏡観察:
電子線を用いて、光学顕微鏡では見えないほどの微小な構造や形状を観察する手段。
(注7)塩基:
水素イオン(H+)を受け取ることができる物質。
プレスリリース本文:PDFファイル
Nature Communications:https://www.nature.com/articles/s41467-024-45066-9