プレスリリース

多言語にまたがる偽情報の拡散 ―新型コロナ禍のイベルメクチン情報の場合―

 

発表のポイント

◆COVID-19SARS-CoV-2)の治療法としてのイベルメクチンの使用に関連する日本語と英語のTwitterデータの多言語分析を行い、多言語間での誤情報拡散の特徴を明らかにした。
日本語ユーザーは英語ユーザーとは独立して、英語の誤情報を見つけて広範囲に共有していることが明らかとなった。
本研究は、誤情報対策には言語圏を超えた対応を考える必要があることを示唆している。

 

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日本語ユーザーのツイートと英語ユーザーのURL入りツイートの時間差:

日本語ユーザーの方が英語ユーザーよりも先んじてツイートしていることも多い

 

 

発表概要

東京大学大学院工学系研究科の鳥海不二夫教授、筑波大学ビジネスサイエンス系の吉田光男准教授らの研究グループは、多言語間での誤情報拡散の特徴を明らかにしました。

誤情報の例として、COVID-19の治療法としてのイベルメクチンの使用に関連する日本語と英語のTwitterデータの多言語分析を行い、英語の誤情報が日本のメディアに与える影響を調査しました。その結果、影響力のある日本語ユーザーが英語の誤情報を自分たちのコミュニティの中で広く共有していることが明らかになりました。さらに、日本語ユーザーは、英語ユーザーがその情報をTwitter上で共有する前に、誤情報を発見し広く日本語で共有していることが明らかになりました。これまで、日本語ユーザーはTwitter上で人気のある英語の誤情報を取り上げる傾向があると考えられていましたが、実際はそうではないという事が示されました。

本研究は、誤情報対策を行う場合の異言語間の対策の重要性を示しており、誤情報対策には言語圏を超えた対応を考える必要があることを示唆しています。

本研究成果は、202396日付でScientific Reportsに掲載されました。

 

発表内容

〈研究の背景〉

COVID-19のパンデミック下では、ワクチンへの不信感や入手困難などの要因から、一部のソーシャルメディアユーザーの間で、効果が証明されていない代替療法が提案されていました。その一つにイベルメクチンがありました。2020年にオーストラリアの研究者グループにより、イベルメクチンが実験室の環境においてウイルスの阻害剤であることが明らかにされ、COVID-19の治療法としての関心が高まりました。しかし、その後の研究で実施された医療介入の有効性を確認する最も高い基準であるランダム化比較試験(RCT)では、イベルメクチンの使用とCOVID-19の死亡率の低下との関連は証明されませんでした。それにも関わらず、一部のソーシャルメディアユーザーの間ではイベルメクチンがCOVID-19の治療法として提案され続けています。この議論には、科学的・非科学的な議論が双方含まれており、公衆衛生に大きな影響をおよぼす誤情報として、非常に複雑なものになっています。

本研究では、20202月から20223月までの2年間のTwitterデータを用いて、英語と日本語でそれぞれ共有されたイベルメクチンが含まれるツイートに関して、そのトピックや影響力のあるユーザーを比較し、2つの言語間で情報がどのように拡散されたかを分析しました。

 

〈研究の内容〉

まず、各言語で流通しているツイートに含まれるイベルメクチン以外のキーワードを分析しました。イベルメクチン以外の代替療法も両言語で頻繁に言及されており、オーストラリアの医師が推奨するカクテル療法の一部として「亜鉛」がその一例として挙げられました。その医師の名前もトップのキーワードに含まれていました。一方日本では、インフルエンザの治療によく使用される薬である「アビガン」が人気の用語でした。

影響力の強いユーザー(インフルエンサー)については、Twitterにおける情報拡散であるリツイートに着目し、リツイートネットワーク(注1)を利用構築し、ネットワーク内でユーザー(ノード)が持っている接続の数によって影響力を計測しました(図1)。リツイートネットワークを月ごとに構築した結果、これらの影響力のあるユーザーはその影響力を一貫して維持する傾向があることを示しました。特に、日本語ユーザーの間ではインフルエンサーを中心とした強固なコミュニティが形成されていることが明らかになりました。

 

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1:イベルメクチンへの態度の推定手法

イベルメクチン賛成派と反対派を抽出するため、リツイートネットワーク内の各個人の立場を、その立場が既知の周囲の個人との相互作用に基づいて推定しました。ユーザーが反対派よりも賛成派のツイートをより多く拡散する場合(a)に賛成派と推定し、反対派の情報をより多く拡散する場合(b)に反対派と推定しました。

 

また、各言語のユーザーが共有するリツイートの言語を分析した結果、英語の誤情報は日本語ユーザーの間で拡散しがち(図2)で、特にインフルエンサーによって広く共有されていることがわかりました。英語ユーザーと日本語ユーザーが、ソーシャルメディア外の英語のWEBページを共有するタイミングを比較すると、英語の誤情報は英語ユーザーのトレンドとは独立して日本語ユーザー間で頻繁に共有されていることも明らかになりました。すなわち、日本のインフルエンサーは英語のTwitterを観察してトレンドとなった情報を日本語で紹介しているという予想に反して、英語の情報を直接キャッチアップし、時に英語ユーザーに先んじて日本語で情報を紹介していることが明らかになりました。

 

fig3

2:イベルメクチン支持者による英語日本語のURL共有数の比較

英語と日本語で共有するURLは異なることが多いが、どちらの言語でも共有されるWEBページも一定数存在していることが確認されました。

 

〈今後の展望〉

本研究チームは、異なる言語の設定により誤情報がどのように共有されているかについて、従来の見解とは異なる新しい姿を明らかにしました。この成果は、多言語社会における情報拡散の本質的な理解を深めるための重要な一歩となり、今後の研究の発展に向け大きな貢献となると期待されます。

 

研究チームの構成

東京大学大学院工学系研究科

鳥海 不二夫(教授)

ライ・キャメロン(博士課程)

 

筑波大学ビジネスサイエンス系

吉田 光男(准教授)

 

論文情報                                          

〈雑誌〉Scientific Reports

〈題名〉A cross-lingual analysis on the spread of misinformation using the case of Ivermectin as a treatment for Covid-19

〈著者〉Cameron Lai*, Fujio Toriumi, Mitsuo Yoshida

〈DOI〉10.1038/s41598-023-41760-8

〈URL〉https://doi.org/10.1038/s41598-023-41760-8

 

研究助成

本研究は、科研費23H00216JST RISTEX JPMJRX20J3の支援により実施されました。

 

用語解説

(注1)リツイートネットワーク

Twitterにおける情報拡散機能であるリツイートを行った関係に基づいて作成したネットワーク。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Scientific Reports:https://doi.org/10.1038/s41598-023-41760-8