プレスリリース

訂正情報がもたらす社会的混乱 ~コロナ禍のトイレットペーパーデマの詳細分析〜


1.発表者

鳥海 不二夫(東京大学 大学院工学系研究科システム創成学専攻 教授)

 
2.発表のポイント

◆コロナ禍におけるトイレットペーパー不足デマに関する4,476,754ツイートを分析した結果、デマ情報よりもその訂正情報の方がトイレットペーパー不足を引き起こした可能性が高いことを明らかにした。また、デマ情報の拡散者のみが訂正情報を拡散することが社会的混乱の収束に効果的であることをシミュレーションによって示した。
◆訂正情報が人々に届かない要因としてバックファイア効果(注1)が知られているが、本分析ではバックファイア効果が存在しない場合でも訂正情報が社会に影響を与えることを定量的に示した初めての研究である。また、訂正情報の適切な拡散量を計算し、その拡散方法について言及した点も本研究の新規性の一つである。
誤情報の拡散には、その訂正情報が効果的であると素朴に信じられてきていたが、必要以上の訂正情報が社会に混乱をもたらす可能性を示し、適切な訂正の在り方をシミュレーションによって示した点に社会的意義がある。今回はソーシャルメディア上の情報を中心に分析を行ったが、今後それ以外のメディアの影響も併せて明らかにすることが今後の課題である。

 
3.発表概要

東京大学大学院工学系研究科の鳥海教授らのグループは、コロナ禍に拡散したデマの一つであるトイレットペーパー不足について、ソーシャルメディア上での情報の広がりと実際のトイレットペーパーの売り上げを比較分析した。その結果、デマ情報よりも訂正情報の拡散がトイレットペーパー不足を引き起こした要因である可能性が高いことを示した。また、訂正情報の拡散量が変化したときにトイレットペーパーの売り上げがどのように変化するかを分析し、適切な訂正情報の拡散量が存在することを示した。また実践的な方策として「デマ情報を見ていないユーザーは訂正ツイートを拡散しない」というルールを設定することでトイレットペーパーの売上指数を48.7%まで減少させることが可能であることを示し、デマ情報の訂正だけをみた人々の「多元的無知(注2)」による社会的混乱を防ぐことができる可能性を示した。

本研究成果は、202244日(米国東部標準時)に米国科学誌「PLOS ONE」のオンライン版に掲載されました。

 本研究は、科研費「情報コストゼロ社会における過剰懲罰とリスク軽減のための社会制度設計(課題番号:19H02376)」、JST RISTEX 「現代メディア空間におけるELSI構築と専門知の介入」の支援により実施された。

 

4.発表内容

現代の情報化社会においては、ソーシャルメディアなどネット上の情報源から多くの情報を得られるようになった。しかし、それらの情報の中には誤ったものが含まれることもあり、その拡散は社会の混乱を招く恐れがある。特に、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)は、真偽や事実関係が不確かな情報を容易に拡散させる可能性があり、時に社会的な問題を引き起こすこともある。

20202月のコロナ禍においてトイレットペーパーが不足するという事態が発生した。この事態を引き起こした要因はSNSにおけるデマ情報であるといわれていたが、実際にはデマ情報を訂正する情報が拡散したことが一因であった。

SNS上での誤情報の拡散をいかに抑えるかについて取り組んだ研究は多いが、誤情報とその訂正情報の両方を拡散することが社会に与える影響について検討した研究は少ない。本研究は、誤情報と訂正情報の拡散が社会の混乱に与える影響をモデル化しその効果を明らかにする目的で行われた。

本研究では、次のように2020年のCOVID-19パンデミック時に日本で発生したトイレットペーパー不足を対象にTwitter上のデータとトイレットペーパーの売り上げ指数との関係を分析し、デマ情報とその訂正が社会的の混乱に与えた影響をモデル化した。

1SNS上で誤情報とその訂正がどの程度拡散しているかを分析し、

2)誤情報とその訂正が世の中に与える影響を推定するモデルを作成した。

3)誤情報と訂正の拡散量が変化したときの売り上げの変化を推定し、訂正情報の最適化手法をシミュレーションによって検討した。
その結果、(1)の過程で、誤情報を見たユーザよりも訂正情報を見たユーザの方がはるかに多いことが明らかになった。日本のメディアでは、トイレットペーパーの購買行動が誤情報によって促進されたとの報道が多かったが、問題の原因が当初の誤情報ではなく、その後の訂正情報にあることを明らかにしたことは本研究の貢献の一つである。なお、誤情報よりも訂正情報の方がはるかに広く拡散していたことから、本件については社会的混乱の要因がバックファイア効果ではなく「多元的無知」によるものである可能性が示唆された。

また、(2)ではツイートを説明変数、トイレットペーパーの売り上げ指数を被説明変数とした売上予測モデルを構築し、決定係数0.963と高い精度を持つモデルの構築に成功した。その回帰式の係数より、訂正情報の重要度が高いことが明らかとなり、訂正情報が過剰な購買行動を引き起こしていたことを示した。

3)では得られたモデルを用いて、誤情報や訂正情報をRTしたユーザー数が変化した場合の売上指数を推定した。その結果、誤情報の信憑性が高い場合、訂正情報は買いすぎを抑制する効果を持つが、訂正情報の過度な拡散は買いすぎを促進することが示された。これまで、誤情報の拡散量によって適正な訂正情報の量が異なることを示した研究はなく、この点は本研究の貢献の一つである。最後に、現実的な施策として「デマ情報を見ていないユーザーは訂正ツイートをRTしない」というルールを設定した場合に売上指数がどのように変化するかを確認した。その結果、このような施策を行うことで売上指数を48.7%まで減少させることが可能であることが示された。これは、誤情報の拡散が大きくない場合は、誤情報を見たユーザーだけが訂正情報を拡散することで社会的混乱を最小化することが可能であることを示唆している。先行研究の多くは、誤情報に対する訂正情報の態度への影響に集中しているのに対し、本研究では適切な訂正情報の拡散方法を明らかにした点に大きな新規性がある。
本研究では2020年に発生したトイレットペーパー不足について、ソーシャルメディア上の誤情報と訂正情報が売り上げに与えた影響を分析した。しかしながら、ソーシャルメディアの影響のみを仮定している点は本研究の限界である。他のマスメディアや口コミの影響も含めた分析が今後必要であろう。
また、他の誤情報の拡散によってどのように社会的混乱が発生したのかについても分析する必要がある。多元的無知による社会的混乱だけではなく、バックファイア効果がもたらす社会的混乱についても適切な訂正方法があるのかを明らかにすることも重要な今後の課題である。

発表雑誌

雑誌名:「PLOS ONE」(オンライン版:44日)

論文タイトル:Impact of correcting misinformation on social disruption

著者:Ryusuke Iizuka*, Fujio Toriumi, Mao Nishiguchi, Masanori Takano, Mitsuo Yoshida

DOI番号:10.1371/journal.pone.0265734

論文URLhttps://doi.org/10.1371/journal.pone.0265734

用語解説

(注1)バックファイア効果

何らかの認識を持った人がその認識への反論や誤りの指摘などに接すると、かえってその認識を盲信してしまうこと。

 (注2)多元的無知

集団の過半数がデマを信じていなくても、他者が信じていることを想定しそれに沿った行動をする状況。

プレスリリース本文:PDFファイル
PLOS ONE:https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0265734