プレスリリース
- 研究
- 2023
高品質の多重量子井戸型半導体ナノワイヤの作製に成功 ~熱安定性に優れたシリコン搭載可能な光通信帯ナノスケール光源を実現~
ポイント
・シリコン基板上で多重量子井戸型半導体ナノワイヤの作製に成功。
・高品質で熱安定性に優れた発光・受光性能を持つGaAs/GaInNAs材料。
・シリコンテクノロジーに実装可能な高性能光通信、太陽電池などへの展開に期待。
概要
北海道大学大学院情報科学院の博士前期課程学生の中間海音氏、同大学量子集積エレクトロニクス研究センターの石川史太郎教授、同大学大学院情報科学研究院の樋浦諭志准教授、村山明宏教授、東京大学大学院工学系研究科の肥後昭男特任講師、東レリサーチセンターの川崎直彦博士、スウェーデン・リンショピン大学のウェイミンチェン教授、イリーナブヤノバ教授らの研究グループは、発光・受光機能と熱安定性に優れたガリウムヒ素・ガリウムインジウム窒素ヒ素半導体ナノワイヤを、シリコン基板上に多重量子井戸構造を持つナノワイヤとして合成することに成功しました。 ナノワイヤはその一本一本をレーザーやLEDなどとして機能させることができます。本研究では、可変成形ビーム法を用いた大面積電子線描画装置によって、微細な開口を持つマスクパターンを形成の上、ナノワイヤの結晶成長が可能になる温度・圧力領域を拡大し、高品質なナノワイヤ結晶を得ることができました。同材料からは良好な発光特性が光通信帯域の波長1.3μmまで得られており、シリコンテクノロジーへ融合可能な熱安定性に優れた極微細通信光源となることが期待されます。 なお、本研究成果は、2023年8月22日(火)公開のApplied Physics Letters誌に掲載されました。 |
シリコンウエハ上に形成された微細パターンを反映したナノワイヤ配列と、ワイヤ単体の断面構造。整った形状の約10ナノメートルの幅を持つ3重のGaInNAs量子井戸が積層されている。窒素濃度を増やすことで近赤外の光通信帯域波長1.3μmまで発光を長波長化できた。
【背景】
物質中で最高峰の光電変換機能と電子移動度を持つIII-V族化合物半導体は、高性能なレーザーやセンサー、LED等に用いられています。その中で、4個の元素を組み合わせたGaInNAs材料は、特にGaAs材料との接合を形成することで、温度上昇時の性能安定性に優れた光通信帯域で動作する光源材料となることや、太陽光吸収にも優れた特性を示すことが知られています。一方、その混合結晶を合成する際には元素分離などが発生しやすく、高品質な結晶合成は困難でした。特に、LSIなどに用いられるシリコン基板上での同材料の高品質合成は困難を極めるものでした。
【研究手法】
本研究では、結晶を原子層ごとに積み上げていく分子線エピタキシー結晶成長という手法を使い、目的の半導体ナノワイヤ結晶を作製しました。結晶を積み上げるシリコン基板上に極高精度の配列開口を持つ酸化膜マスクを用いることで、ナノワイヤ結晶が合成可能になる温度・圧力領域を拡大し、その高品質合成に取り組みました。
まず、シリコン(111)基板上にシリコン酸化膜を堆積し、可変成形ビーム法による大面積電子線描画装置(F7000S-VD02)を用いてナノワイヤ形成に適した微細な開口を持つマスクパターンを形成しました(図1)。これにより、このマスクを用いない状態と比較して10分の1程度の低いガリウム供給圧力下でナノワイヤ結晶を生成することを可能にしました。さらに同条件下では、結晶欠陥の非常に少ない高品質なナノワイヤ結晶となり、原子層が一層分ほども乱れることなくガリウムヒ素:GaAs結晶が出来上がっていくことを見出しました。それに加えて、インジウムと窒素を加えたGaInNAs結晶形成に適した結晶成長温度を探求し、同混合結晶が元素ごとに分離することなく合成される条件を得ることに成功しました。
上記までで得られた結晶成長条件を駆使し、優れた発光・受光性能を発現する、多重量子井戸構造を作製しました。具体的には、電子が波の性質を発現する10nmほどのGaInNAs薄膜をGaAsで挟み込んだ量子井戸構造を多層化させます。出来上がったナノワイヤ結晶試料に対して、特殊な前処理を施すことで、変形させることなくナノワイヤを抽出し、透過電子顕微鏡観察が可能な数10 nm程度厚まで薄片化させました。この薄片試料を用いて電子顕微鏡観察を行うことで、ナノワイヤの断面形状を正確に評価することに成功しました。また、そこで得られた構造特性を踏まえた上で、その発光性能を検証しました。
【研究成果】
高精度に作製したマスク開口ではナノワイヤの発生が確認され、その後ナノワイヤ結晶を成長させることで開口位置を反映したナノワイヤ配列を得ることができました。ナノワイヤは、基板から垂直方向に配向して直径約300nm、長さ約8μmで、基板全面で開口位置に揃った大きさのナノワイヤ群として得ることができました(図1)。それぞれのワイヤの断面は整った六角形構造をしており、その内部に約10nmの井戸幅をもつGaInNAs量子井戸が3重に積層した、多重量子井戸構造が形成されていることを明確に確認することができました。さらに透過電子顕微鏡で行う高空間分解能の元素組成分析によって、量子井戸層におけるインジウムと窒素の存在をも確認することができました。同ワイヤからは室温で良好な発光が得られ、窒素濃度を0%から2%まで増加させることで、光ファイバー通信帯域の波長1.3μmまで発光波長を長波長化することができました(図2)。
【今後への期待】
GaInNAs多重量子井戸構造ナノワイヤから良好な近赤外通信帯波長1.3μmの発光が得られたことにより、シリコンテクノロジーに搭載可能なナノスケールの光通信光源の実現が期待されます。その中で、透過電子顕微鏡観察の前処理の工夫により、変形させることなく本来のナノワイヤ構造を評価できるようになったことは、今後の微細な半導体ナノ構造の正確な評価を可能にします。さらに、同材料の優れた温度特性から、一般的なファイバー通信で必要となる冷却機構の必要エネルギーを劇的に低減できる可能性があります。また、同材料の光電変換動作帯域は太陽光吸収にも適した波長域であるため、高性能なシリコン基板上太陽電池への展開も期待できます。
【謝辞】
本研究の一部は、科学研究費補助金(課題番号19H00855、16H05970、21KK0068、23H0520)、文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ(課題番号22UT1160)、Swedish Foundation for International Cooperation in Research and Higher Education(STINT)(課題番号JA2014-5698)、Swedish Research Council(課題番号2019-04312)、Swedish Government Strategic Research Area in Materials Science on Functional Materials at Linköping University(Faculty Grant SFO-Mat-LiU No. 2009 00971)の助成を受けて実施されました。
論文情報
論文名 GaAs/GaInNAs core-multishell nanowires with a triple quantum-well structure emitting in the telecommunication range(通信帯域で発光するGaAs/GaInNAs半導体多重量子井戸構造) 著者名 中間海音1、行宗詳規2、川崎直彦3、肥後昭男4、樋浦諭志5、村山明宏5、Mattias Jansson 6、Weimin M. Chen 6、Irina A. Buyanova 6、石川史太郎 7(1北海道大学大学院情報科学院、2愛媛大学大学院理工学研究科、3株式会社東レリサーチセンター、4東京大学大学院工学系研究科、5北海道大学大学院情報科学研究院、6スウェーデン・リンショピン大学、⁷北海道大学量子集積エレクトロニクス研究センター) 雑誌名 Applied Physics Letters(応用物理学の専門誌) DOI 10.1063/5.0160080 公表日 2023年8月22日(火)(オンライン公開) |
【参考図】
図1.結晶成長初期の開口位置に出来上がったナノワイヤの種と、ナノワイヤ成長後のナノワイヤ配列の電子顕微鏡観察像。シリコン基板から垂直に整った形状のナノワイヤが配列して得られている。
図2.ナノワイヤの断面構造。正確に構造制御された約10nmの幅をもつGaInNAs量子井戸が3重に積層され、多重量子井戸構造を形成している。同構造から近赤外通信帯域の発光が観測され、窒素濃度を変化させることで光通信帯域の波長1.3μmまで発光波長を延長することができた。
プレスリリース本文:PDFファイル
Applied Physics Letters:https://doi.org/10.1063/5.0160080