プレスリリース

サーキュラーエコノミー(循環経済)の取り組みを事前評価する消費者行動シミュレーションモデルを開発

 

国立環境研究所 資源循環領域と東京大学 大学院工学系研究科の研究チームは、サーキュラーエコノミー(循環経済)の取り組みを事前評価する消費者行動シミュレーションモデルを開発しました。このシミュレーションモデルは、シェアリング、リユース、リペアなど7種類のサーキュラーエコノミー施策に「エージェントベースシミュレーション」の手法を初めて適用したものです。この手法の最大の特徴は、必ずしも経済合理性に従わず、クチコミなどの社会的影響を強く受け、人によって製品の好みなどの特徴が多様な消費者行動を反映できる点です。研究チームは、開発したシミュレーションモデルを用いたケーススタディにより、施策導入に伴う30年間にわたる将来の環境影響(温室効果ガス排出量など)と循環性(廃棄物発生量など)を推計することに成功しました。
本シミュレーションモデルを広く活用することで、サーキュラーエコノミーの取り組みが実社会に広く普及する前の早い段階で評価を行い、脱炭素・循環型かつ消費者に広く受け入れられる製品やサービスの設計、これを後押しする政策立案の支援につながることが期待されます。本研究の成果は、2023年9月22日付でElsevier社から刊行される環境分野の学術誌『Resources, Conservation and Recycling』に掲載されました。

 

1. 研究の背景と目的

近年、環境負荷と廃棄物発生を低減し、素材や製品の価値を有効活用するサーキュラーエコノミー(循環経済)の取り組みが国内外において注目されています。また、近年、脱炭素化(カーボンニュートラル)に向けた対策が加速しており、サーキュラーエコノミーの取り組みにも脱炭素化への貢献が期待されています。こうした中で、消費者が使用するさまざまな耐久消費財(家電製品、衣類、自動車など)についても、シェアリング、リユース、リペアなど、サーキュラーエコノミー施策の導入が模索されています。

 

これらの施策は、温室効果ガス排出をはじめとする環境負荷の低減が意図されていても、その効果の一部が相殺される「リバウンド効果」注釈1や正味の排出量が増加する「バックファイア効果」注釈2の懸念が指摘されています。国立環境研究所と東京大学の研究チームでは、学術文献の系統的文献レビューに基づき、バックファイア効果の潜在的な要因として、製品の購入や使用に関する消費者行動の影響が大きいことを明らかにしました(詳細:20211215日付報道発表注釈3)。また、サーキュラーエコノミーの取り組みに対する、循環性(サーキュラリティ)の評価が近年重視されています。国際標準化機構(ISO)においても、評価手法の検討がなされていますが、特に製品レベルの取り組みに関する評価の方法論が確立していないことが課題となっています注釈4

 

このように、近年広がりを見せるサーキュラーエコノミーの取り組みに対し、その環境面と循環性を早い段階から評価することが望まれます。消費者行動は、サーキュラーエコノミーの普及や環境影響を決定づける鍵となるにも関わらず、その評価は既存手法では十分に行われてきませんでした。例えば、環境影響を定量化する「ライフサイクルアセスメント(LCA)」注釈5、物質の流れを定量化する「物質フロー分析(MFA)」注釈6は、一般に過去のデータに基づき、平均的な消費者を仮定した評価が中心であり、消費者行動の多様性や将来へのダイナミックな行動変容を考慮した環境影響の評価を行うことは困難でした。

 

そこで、国立環境研究所 資源循環領域の小出 瑠 主任研究員、東京大学 大学院工学系研究科 村上進亮 教授らの研究チーム(以下「当研究チーム」という。)は、サーキュラーエコノミーの取り組みによる環境影響の変化を事前評価できる消費者行動シミュレーションモデルを開発しました。この研究を実施することで、さまざまなサーキュラーエコノミーの取り組みに関する将来的な普及予測を行うとともに、環境影響(温室効果ガス排出量など)や循環性(廃棄物発生量など)を早期に定量化し、脱炭素・循環型かつ消費者に広く受け入れられる製品やサービスの設計と、これを後押しする政策立案に役立てることを目的としました。

 

2. 研究手法

当研究チームは、「エージェントベースシミュレーション」手法注釈7をシェアリング、リユース、リペアなど7種類のサーキュラーエコノミー施策に適用する、世界で初めてのシミュレーションモデルを開発しました。この手法を用いることで、数千から数万以上もの消費者や製品をコンピュータ上に再現したうえで、個々の消費者に行動ルールを設定し、消費者や製品の相互作用をモデル化し、施策導入に伴う製品循環や環境影響の変化をダイナミックにシミュレーションすることができます。従来、この手法では、コンピュータの計算能力やデータの入手可能性が制約となっていましたが、近年、計算能力の向上やビッグデータなどの蓄積に伴い、広範囲な社会現象に適用可能なシミュレーション手法として注目を集めています。当研究チームが新たに開発したシミュレーションモデルの特徴は次のとおりです。

 

7種類のサーキュラーエコノミー施策に適用可能な評価手法

本手法では、個々の製品の製造、購入、使用、廃棄から循環までの流れをコンピュータ上に再現し、消費者によって異なる製品の使用期間や廃棄理由、製品が稼働していない待機期間、使用済みの製品を廃棄せずに世帯で一定期間保管される退蔵などの特徴を反映したシミュレーションを行います(図1)。対象とするサーキュラーエコノミー施策は次の7種類です。また、1つの施策のみならず、リファービッシュ品のレンタルサービスのような複数の施策の組み合わせ、リユースとシェアリングのような施策間の比較を可能としました。

 

リペア(修理すること)

リユース(中古品を再使用すること)

リファービッシュ(使用済み品を再整備し、一定の品質を保証して提供すること)

機能アップグレード(使用済み品に一部の機能を付加すること)

リース(消費者に製品を長期間貸し出すこと)

レンタル(消費者に製品を短期間貸し出すこと)

シェアリング(消費者どうしが製品を共有すること)

 

fig1

図1 本シミュレーションモデルにおける製品の流れとサーキュラーエコノミー施策

 

消費者行動の多様性・限定合理性・社会的影響を踏まえたシミュレーション

本手法では、個々の消費者の意思決定プロセスと消費者どうしの相互作用をコンピュータ上に再現することで、次のような消費者行動の特徴を踏まえた分析を行います(図2)。これにより、サーキュラーエコノミーの取り組みを普及する価格、広告、サービス改善などの促進策の効果を、消費者行動に関する理論と入手可能なデータに基づき推計することを可能としました。

 

多様性

製品の購入や使用に関する好みや行動パターンは、消費者それぞれで異なります。従来手法では「平均的な消費者」が仮定されることが多いですが、本手法では、異なる好みや行動パターンを有する数多くの消費者をコンピュータ上に再現することで、消費者行動の多様性を踏まえた評価を可能としました。

 

限定合理性

消費者の意思決定は、必ずしも経済合理性に従うわけではないことが知られています。本手法では、消費者が新しいサービスを知る段階(知名集合の形成)や、最終的に検討する候補を絞り込む段階(考慮集合の形成)をモデル化することにより、こうした「限定合理性」を考慮した新たな製品やサービスの普及予測を行います。

 

社会的影響

消費者の行動は、知人・友人などからの社会的な影響を受けることが知られています。本手法では、クチコミを通して新たなサービスが知られること、あるサービスを利用する知人や友人が多いと消費者の好みが変化するなどの「社会的影響」を考慮した評価を行います。

fig2

2 本シミュレーションモデルにおける消費者の意思決定プロセス

 

実社会にまだ大規模に実装されていない施策の環境影響と循環性の事前評価

本シミュレーションは、製品ライフサイクルにわたる環境影響と循環性を一貫したモデルを用いて評価します(図3)。従来手法のように、過去のある時点を対象とする静的な評価ではなく、サーキュラーエコノミーの取り組みが普及し、消費者行動に変容が生じる将来にわたる動的な評価を行います。実社会においてまだ大規模に取り組みが実装されていない段階においても、消費者調査やパイロット実験注釈8などの収集可能なデータに基づいて、将来的な環境影響と循環性を早期に評価・診断することを意図しています。

 

3. 研究結果と考察

当研究チームは、家電製品を対象とする次の2種類の仮想的なケーススタディに関するシミュレーション実験を行い、モデルの実用性を検討しました。

サーキュラーエコノミー施策の組み合わせ(リファービッシュ品のリースサービス)

サーキュラーエコノミー施策の比較(リユース、レンタル、シェアリングサービス)

 

合計で2,000人から8,000人の消費者をコンピュータ上に再現し、製品の購入、使用、故障、廃棄から循環までの30年間にわたる分析を多数回繰り返すシミュレーション実験を行いました。その結果、将来にわたるサーキュラーエコノミーに関する取り組みの普及状況(製品やサービスの選択率)、環境影響、循環性の定量化に成功しました。また、さまざまなシナリオを想定したシミュレーション実験により、サーキュラーエコノミーの取り組みに対する促進策(価格、広告、サービス水準など)、ボトルネック(回収製品の不足、消費者選好の偏りなど)、リバウンド効果(新製品の製造や輸送の増加による温室効果ガス排出量の増加など)を定量的に推計・検討できることが確認されました。

 

こうした結果は、平均的な消費者行動を仮定した従来手法とは異なり、消費者どうしの相互作用や意思決定の変化を通じ、普及率が徐々に上昇する過程を再現しています。また、特定の時点における複数のサービスによる環境影響の比較のみならず、何らかの施策導入に伴う社会全体における経時的な環境影響の変化を推定できるなど、本モデルの特徴が反映されています。

 

fig3

図3 本シミュレーションモデル活用の流れと評価結果の例

 

4. 今後の展望

本研究で開発したシミュレーションモデルは、「エージェントベースシミュレーション」手法を製品ライフサイクルの評価に活用する新たなアプローチを切り開くものです。さまざまなサーキュラーエコノミーに関する取り組みは、登場したばかりのものも多く、実社会における施策導入には多額のコストがかかることが想定されます。本手法では、さまざまなサーキュラーエコノミー施策や促進策を想定したシミュレーション実験をコンピュータ上で行うことができます。これにより、サーキュラーエコノミーの取り組みに関する環境影響や循環性を施策実施前の早い段階で把握することで、効果的な施策、リバウンド効果が生じるリスク、普及を妨げるボトルネックの特定が期待されます。

 

また、本研究は、将来にわたるダイナミックな消費者行動の変容を踏まえたライフサイクル環境影響を定量化することから、国立環境研究所が連携機関を務める東京大学未来戦略LCA連携研究機構(UTLCA)が提唱する「未来の持続可能な社会を戦略的に構築するための先制的LCA注釈9の方法論確立に消費者行動の観点から貢献するものです。

 

本研究では、モデル開発と仮想的なケーススタディを通して手法の実用性を検討しましたが、具体的なサーキュラーエコノミーの取り組みに関するモデルの適用は今後の研究課題となります。今後、消費者調査やパイロット実験などのデータに基づいたシミュレーション研究の展開を通し、脱炭素・循環型かつ消費者に広く受け入れられる持続可能なサーキュラーエコノミーに関する製品やサービスの設計と、これを後押しする政策的な知見の蓄積が期待されます。

 

5. 注釈

注釈1:輸送の増加や使用パターンの変化等により、意図していたGHG排出削減効果の一部が打ち消されること

注釈2:GHG排出の削減量よりも、リバウンド効果に伴うGHG排出の増加量が大きくなることで、結果的に正味のGHG排出量が増加すること

注釈3:国立環境研究所・東京大学報道発表「サーキュラーエコノミーを脱炭素化につなげるための必須条件を解明」を参照https://www.nies.go.jp/whatsnew/20211215/20211215.html

注釈4:村上進亮「サーキュラリティの評価とクリティカリティ」日本LCA学会誌を参照
https://www.jstage.jst.go.jp/article/lca/19/2/19_58/_article/-char/ja
(外部サイトに接続します)

注釈5:国立環境研究所 環境展望台「ライフサイクルアセスメント(LCA)」を参照
https://tenbou.nies.go.jp/science/description/detail.php?id=57

注釈6:国立環境研究所 環境展望台「物質フロー分析(MFA)」を参照
https://tenbou.nies.go.jp/science/description/detail.php?id=58

注釈7:システムをミクロな行動ルールに基づいて相互作用するエージェント(消費者や企業など)の集合としてモデル化し、施策導入などの介入による帰結を動的にシミュレーションする手法

注釈8:実社会における新たな取り組みの本格的な実施前に、小規模の社会実験を行うこと

注釈9:東京大学未来戦略LCA連携研究機構(UTLCA)ウェブサイトを参照
https://www.utlca.u-tokyo.ac.jp/
(外部サイトに接続します)

 

6. 研究助成

本研究は、JSPS科研費(JP21K12374JP19H04325)、環境研究総合推進費(JPMEERF20223001)の支援を受けて実施されました。

 

7. 発表論文

【タイトル】
Agent-based Model for Assessment of Multiple Circular Economy Strategies: Quantifying Product-Service Diffusion, Circularity, and Sustainability

【著者】
Ryu Koide, Haruhisa Yamamoto, Keisuke Nansai, Shinsuke Murakami

【掲載誌】Resources, Conservation and Recycling
URLhttps://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0921344923003506(外部サイトに接続します)
DOIhttps://doi.org/10.1016/j.resconrec.2023.107216(外部サイトに接続します)

 

8. 発表者

本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立環境研究所
資源循環領域国際資源持続性研究室
 室長(PG総括) 南齋 規介
 主任研究員  小出 瑠
資源循環領域資源循環社会システム研究室
 特別研究員  山本 悠久
東京大学
大学院工学系研究科 技術経営戦略学専攻  

 教授     村上 進亮

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Resources, Conservation and Recycling:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0921344923003506