プレスリリース

新規抗ウイルス材料のハイスループットスクリーニング系を共同開発


国立大学法人東京大学大学院工学系研究科(研究科長:染谷隆夫、以下東京大学)の中木戸 誠講師、津本 浩平特任教授らを中心とした研究グループと日本ペイントホールディングス株式会社(本社:東京都中央区、取締役 代表執行役共同社長:若月 雄一郎、ウィー・シューキム)のグループ会社である日本ペイント株式会社は、抗ウイルス材料およびコーティングの開発段階でのハイスループットスクリーニング系(※1)を新たに共同開発しました。本研究は、2020年5月18日に締結しました産学協創協定に基づく共同研究の一環によるものです。

本研究において開発したシステムでは、大腸菌に感染するウイルスであるファージの一種であるM13ファージと、ファージミドベクターと呼ばれる人工DNA分子(※2)を活用することにより、従来のシステムよりも効率的なスクリーニングが可能となります。実際に本スクリーニングシステムを活用して市販の抗ウイルス材料およびコーティングの活性を評価し、接触時間依存的な抗ウイルス効果を明らかにしました。このスクリーニングシステムにより、抗ウイルス材料およびコーティングの開発研究が加速し、ウイルス感染リスクの低減に貢献すると期待されます。

【本研究成果の特長】
◆大腸菌に感染するウイルスであるファージを活用した抗ウイルス材料およびコーティングの活性評価系を構築。
◆従来の手法に比べてより効率の高いスクリーニングが可能。
◆新規抗ウイルス材料およびコーティング開発の加速化へとつながることを期待。

【研究概要】
東京大学の研究グループと日本ペイント株式会社は、産学協創協定の共同研究テーマの一つである「抗ウイルス・抗菌機能を有し、感染リスク低減を実現するコーティング技術の研究」において、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるパンデミックのなかで人々が受けるリスクを減らすべく、共同研究を行っています。     
長らくCOVID-19が猛威を奮っている昨今ですが、コロナウイルスを含む病原性ウイルスの感染経路として、直接的な飛沫感染の他、ウイルスを含むエアロゾル(※3)が付着した、あるいは感染者が触れた壁面や手すり、ドアノブやスイッチなど生活環境で接触する器具表面を経由したウイルス感染も起こると考えられています。そのため、これら表面や手指のアルコール消毒が推奨されています。しかし、アルコールによる消毒は効果が持続せず、十分な感染予防に至っていないのが現状です。このような状況を背景に、本研究グループは器具表面において抗ウイルス効果を発揮するような材料およびコーティングの開発を目指した研究を行っています。
抗ウイルス材料を含むコーティングの開発研究において、安全性の担保や実験効率を高めるため、インフルエンザウイルスのようなヒトに対する病原性ウイルスの他に、猫に感染するウイルスであるネコカリシウイルスや大腸菌に感染するバクテリオファージの一種であるQβファージなどがモデルウイルスとしてしばしば使用されます。

本研究では、大腸菌に感染するバクテリオファージであるM13ファージを新たなモデルウイルスとして活用し、ファージミドベクターと呼ばれる人工DNA分子を併用した新規なスクリーニングシステムを構築しました。ファージミドベクターを保持したM13ファージが大腸菌に感染することによって菌に抗生物質に対する耐性が付与されます。そのため、M13ファージが感染した大腸菌を抗生物質を含む寒天培地上で培養することにより、大腸菌に対する感染能を有するM13ファージの粒子数を計測することができます。
今回開発したシステムでは、抗ウイルス活性を評価したい材料を塗料と混ぜてガラス基板表面に塗装し、その上にM13ファージを含む溶液を滴下します。その後フィルムでカバーして一定時間培養した後に、回収して大腸菌に感染させ、抗生物質を含む寒天培地上で培養することにより、感染力を保持したM13ファージの粒子数を計測します。抗ウイルス材料を含むサンプルと含まない対照サンプルを比較することにより、塗膜中での抗ウイルス材料の抗ウイルス活性を評価します。本システムでは、一条件あたり5ulという微量なサンプルを用いて感染能を有するファージ粒子数を計測するため、従来のスクリーニングシステムに比べて効率的なスクリーニングを可能とします。
実際に、市販されている抗ウイルスコーティングを用いた評価を行い、インフルエンザウイルスやQβファージを用いた従来の抗ウイルス活性評価と比較することにより、本スクリーニングシステムが抗ウイルス活性を適切に評価できていることを確認しました。さらにこのシステムを活用し、抗ウイルス材料の濃度依存的な抗ウイルス活性の増減や接触時間依存的なM13ファージの失活も確認することができました。このように、本スクリーニングシステムを活用することにより、抗ウイルス材料や塗膜成分、さらには温度や湿度の変化などさまざまな条件での抗ウイルス活性を迅速かつ効率的に評価することができます。
今後、今回開発したスクリーニングシステムを活用して効率的に新規材料の抗ウイルス活性を評価していくことにより、抗ウイルス材料およびコーティングの開発研究が加速し、ウイルス感染症のリスク低減に貢献していくことが期待されます。

【発表者】
中木戸 誠(東京大学 大学院工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻 講師)
田中 直樹(日本ペイント株式会社 R&D本部 商品開発部)
下城 綾子(日本ペイント株式会社 R&D本部 商品開発部)
宮前 治広(日本ペイント株式会社 R&D本部 商品開発部)
津本 浩平(東京大学 大学院工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻 特任教授)

【社会連携講座について】
本研究は、東京大学と日本ペイントホールディングス株式会社との産学協創協定における具体的活動として設置された社会連携講座「革新的コーティング技術の創生」の共同研究テーマの一つとして推進されました。この社会連携講座は、2020年10月1日~2025年9月30日までの5年間、日本ペイントホールディングス株式会社による11億円の経費負担という内容で、2020年10月1日に設置契約を締結しています。

【発表媒体】 
雑誌名:「PLOS ONE」(オンライン版:4月27日)
論文タイトル:Development of a high-throughput method to screen novel antiviral materials
著者:Makoto Nakakido*, Naoki Tanaka, Ayako Shimojo, Nobuhiro Miyamae, and Kouhei Tsumoto*
DOI番号:10.1371/journal.pone.0266474
アブストラクトURL:https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0266474

【用語解説】
※1:主に創薬やバイオマーカーなどにおいてよく使われる、膨大な数の化合物などから候補物質を迅速かつ効率的に選別するプロセスを意味します。本研究では多数の抗ウイルス材料の候補となる物質の抗ウイルス活性の評価を迅速かつ効率的に評価するシステムへと応用しました。
※2:細菌が有するDNAを基にして改変した分子で、大腸菌の遺伝子組換え実験に広く用いられているプラスミドベクターの一種です。
※3:エアロゾルとは気体の中に微粒子が多数浮かんだ物質のことであり、ここでは感染者から呼気として鼻や口から放出される、感染性ウイルスを含む微粒子のことを指しています。

【添付資料】

32fig1本研究で開発したスクリーニングシステムの概略図

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