プレスリリース

せめぎ合うゼロ質量電子 ~ 相互作用が織り成す多彩な競合現象の解明 ~:物理工学専攻 宮川和也助教、鹿野田一司教授ら

 

真空中に静止した電子は有限の一定質量をもつことが知られています。一方、物質中の電子は、物質の結晶構造や元素組成などによって決まるさまざまな大きさの見かけ上の質量をもつことになり、特定の条件がそろったときには、あたかも質量がゼロのように振舞うことがあります。このように質量がゼロの特異な粒子のことを「ディラック電子」と呼び、その新奇な物理特性が基礎・応用の両面から盛んに研究されています。ディラック電子は、グラファイトを単層剥離し作製するグラフェン中で10年ほど前に初めて確認され、その後、表面のみ金属的な伝導特性を示す特殊な絶縁体やその類縁物質、さらには分子性結晶中などでも見つかり、「ディラック物質」の科学として、近年、新たな広がりを見せています。

中でも、ディラック電子間の電気・磁気的な相互作用は、通常の金属や半導体中の有限質量をもった電子間のそれとは著しく異なる特質をもつことが予想され、そのため、普通の物質とは全く異なる電子の集団的挙動(社会性)が期待されます。実際、たとえばグラフェンにおいては、相互作用の帰結として物質内を動き回る電子の速度が(通常とは逆に)異常に増大する現象が確認されています。しかし、グラフェンでは本質的に電子間の電気・磁気的な相互作用自体が弱く、このため、ディラック物質における電子社会の多様性については、実験的にまだ十分に理解が進んでいないのが現状です。

今回、仏グルノーブル国立科学研究センターの平田倫啓博士(日本学術振興会海外特別研究員(当時)/現 東北大学 金属材料研究所 助教)、Claude Berthier研究員、Denis Basko研究員、東京大学大学院工学系研究科の石川恭平大学院生(当時)、宮川和也助教、鹿野田一司教授、東京理科大学理工学部の田村雅史教授、そして名古屋大学理学研究科物質理学専攻の松野元樹大学院生、小林晃人准教授らの研究チームは、グラフェンよりも強く相互作用したディラック電子社会を内包する分子性結晶に着目し、電子のミクロな磁気的特性を評価するための核磁気共鳴測定と、相補的な理論計算を行いました。

詳細な実験とその解析の結果、強い電気的な反発によってディラック電子の速度が増大する効果に加え、電子のもつ小さな磁石(スピン)の一部が、磁場と反平行にそろおうとするフェリ磁性が生じることを、分子レベルのミクロなスケールで、実験・理論の両面から初めて明らかにしました。

この結果は、ディラック電子の集団が、従来知られているよりもずっと多彩な集団的挙動を示しうることを実験的に初めて示したものであり、今後、電気・磁気的相互作用をキーワードに、ディラック電子社会のさらなる多様性を探索していく上で、重要な知見を提供するものと考えられます。

本研究は、仏グルノーブル国立科学研究所、東京理科大学、名古屋大学と共同で行われ、2016年8月31日(日本時間)に英国科学誌「Nature Communications」(電子版)で公開されます。

 

 

分子性結晶  a-(ET)2I3  におけるフェリ磁性の模式図
結晶単位胞中に4つある分子サイト(A, A’, B, C)上に存在する電子のうち、電子間の電気的な反発力(相互作用)により、電子のスピン(図中の矢印)の向きが一部のサイト(Bサイト)でのみ磁場の向き(図面上向き)と逆向きになる「フェリ磁性」が生じる。

 

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Nature Communications URL : http://www.nature.com/ncomms/2016/160831/ncomms12666/full/ncomms12666.html