プレスリリース

2次元結晶の積層構造由来の電気分極を反映した光起電力応答を発見 ―2次元物質の積層自由度を用いた新たな機能性の可能性―


1.発表のポイント:

◆積層方向に電気分極(注1)を持つような特徴的積層構造を持つ2次元結晶(注2)において、大きな光起電力効果(注3)が室温で生じることを発見した。
◆分極を持たない単層試料や別の積層構造を持つ試料では光起電力効果が小さいことを確認して、観測された光起電力効果が積層構造に由来する分極を反映したものであることを明らかにした。
◆2次元物質の積層自由度を用いた機能性開拓への新しい可能性を見出した。

2.発表概要:
東京大学大学院工学系研究科の井手上敏也助教(研究当時、現同大学物性研究所准教授)と岩佐義宏教授(理化学研究所 創発物性科学研究センター 創発デバイス研究チーム チームリーダー兼任)の研究グループは、The University of British Columbiaのグループや物質・材料研究機構のグループと共同で、積層方向に分極を持つような2次元結晶において、電気分極を反映した巨大な光起電力効果が生じることを発見した。
原子層数枚だけからなる2次元結晶は、各々の層の積み重なり方によって物性が大きく変化することが近年注目を集めており、その積層構造の自由度に起因する物性や機能性の解明が急速に進んできている。
本研究では、面直積層方向に電気分極を持つような、特徴的積層構造を持つ数層の2次元半導体に着目して、そのような2次元半導体を炭素の原子層物質であるグラフェンの電極で挟んだデバイスに光を照射すると、電圧を印加しない状態でも電流が流れることを発見した。これは従来の半導体pn接合からなる光起電力効果とは本質的に異なる現象であり、さらに、電気分極を持たないような単層試料や別の積層構造を持つ試料では光電流は流れないことを確認することで、観測した光起電力効果が分極に由来することを明らかにした。
本研究成果は、2次元結晶における機能性開拓に新しい方向性を与えるものであり、今後、2次元結晶のさまざまな積層構造を反映した新奇物性の開拓を推進する契機となると期待される。
本研究成果は、5月26日(英国夏時間)に英国科学雑誌「Nature Photonics」にオンライン掲載された。

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ研究領域「トポロジカル材料科学と革新的機能創出(課題番号:JPMJPR19L1)」、CREST研究領域「二次元機能性原子・分子薄膜の創製と利用に資する基盤技術の創出(課題番号:JPMJCR15F3)」、科研費「基盤研究S(課題番号:JP19H05602)」、「基盤研究B(課題番号:JP19H01819)」、「新学術領域研究(課題番号:JP20H05264)」の支援により実施された。

3.発表内容:
①背景
原子層数枚だけからなる2次元結晶では、各層の積層の仕方が物性に本質的影響を与えることが分かってきており、積層構造の違いによる多彩な機能性の開拓が可能になる。特に近年、積層方向に電気分極を持つような特徴的積層構造を持つ2次元結晶に大きな注目が集まっている。そのような面直電気分極を有する2次元結晶において、電気分極を反映した特異な電子構造や光物性、電気伝導特性の報告がなされるようになってきた。しかしながら、そのような特徴的積層構造に由来する分極を反映した光起電力機能に着目した研究はなかった。

②研究内容
本研究では、積層方向に電気分極を持つ2次元結晶である二硫化モリブデン(MoS2)において、分極を反映した光起電力応答を調べた。MoS2は単層(図1A)や隣接する層が180度反転しながら積層した構造であるH型積層(図1B)では電気分極はないが、隣接する層が同じ向きにずれて積層した構造であるR形積層構造(図1C)では面直に電気分極が生じることが知られている。このR型積層構造を持つMoS2試料を電極の役割を担うグラフェンで挟んだデバイス(図2A)を作製し、上から光を照射したところ、電圧を印加しない状態でも電流が流れることを発見した(図2B)。このデバイス構造には半導体pn接合がないため、従来の光起電力効果とは異なる機構で光電流が生じていることが分かる。また、さまざまな試料での光起電力効果を測定し、電気分極を持たないような単層試料や別の積層構造を持つ試料では光電流は流れないことが確認されたため、R型積層試料で観測した光起電力効果が積層構造に由来する分極を反映したものであることが明らかになった。さらに、光電流のキャリア数依存性や電圧依存性、光照射依存性等を詳細に調べることで、観測された光起電力効果が、分極を遮蔽するように上下のグラフェン中にキャリアが非対称に集積することによって生じる機構によって説明できることを見出すと同時に、層数を増やすことによって光電流が増大していく様子も観測した。

③今後の展望
本研究では、2次元結晶の積層自由度に着目し、電気分極を持つような特殊な積層構造を持つ2次元半導体において、電気分極を反映した光起電力効果が生じることを報告した。今後は、他の類似積層構造を持つ物質における光起電力機能の検証や電極物質とデバイス構造の最適化による光発電効率のさらなる向上が期待される。また、本研究を契機として、光起電力機能だけに限らず、積層構造に由来するさまざまな新奇物性や機能性の開拓が今後ますます推進されるものと期待される。

4.発表雑誌:
雑誌名:「Nature Photonics」(オンライン版:5月26日)
論文タイトル:Spontaneous Polarization Induced Photovoltaic Effect In Rhombohedrally Stacked MoS2
著者:Dongyang Yang, Jingda Wu, Benjamin T. Zhou, Jing Liang, Toshiya Ideue, Teri Siu, Kashif Masud Awan, Kenji Watanabe, Takashi Taniguchi, Yoshihiro Iwasa, Marcel Franz, and Ziliang Ye*
DOI番号:10.1038/s41566-022-01008-9
URL:https://www.nature.com/articles/s41566-022-01008-9

5.発表者:
Dongyang Yang(Department of Physics & Astronomy and Quantum Matter Institute, The University of British Columbia)
Jingda Wu(Department of Physics & Astronomy and Quantum Matter Institute, The University of British Columbia)
Benjamin T. Zhou(Department of Physics & Astronomy and Quantum Matter Institute, The University of British Columbia)
Jing Liang(Department of Physics & Astronomy and Quantum Matter Institute, The University of British Columbia)
Teri Siu(Quantum Matter Institute, The University of British Columbia)
井手上 敏也(研究当時:東京大学 大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター 助教、現所属:東京大学 物性研究所 准教授)
Kashif Masud Awan(Department of Physics & Astronomy and Quantum Matter Institute, The University of British Columbia)
渡邊 賢司(物質・材料研究機構 機能性材料研究拠点 主席研究員)
谷口 尚(物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 拠点長)
岩佐  義宏(東京大学 大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター、同研究科物理工学専攻 教授/理化学研究所 創発物性科学研究センター 創発デバイス研究チーム チームリーダー)
Marcel Franz(Department of Physics & Astronomy and Quantum Matter Institute, The University of British Columbia)
Ziliang Ye(Department of Physics & Astronomy and Quantum Matter Institute, The University of British Columbia)

6.用語解説:
注1:電気分極
電荷の偏った状態、およびそれを定量的に表した物理量。

注2:2次元結晶
原子や分子が、1つの層の二次元平面内で周期性を持って配列した物質。炭素からなるグラフェンが代表例。

注3:光起電力効果
物質に光を照射すると電流が流れる現象のこと。

7.添付資料:

fig1
図1. 単層MoS2、H型積層MoS2、およびR型積層MoS2の模式図

fig2図2. R型積層2層MoS2の面直光電流測定の模式図(A)及び光照射下での電流‐電圧特性(B)


プレスリリース本文:PDFファイル
Nature Photonics:https://www.nature.com/articles/s41566-022-01008-9