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図1:野口祐二准教授

 
「地味ながら欠かせない部品に注目!」

「コンデンサ(図2)」という電子部品をご存じでしょうか。「電子工作が趣味」という人でもなければあまり馴染みが無いかもしれませんが(ちなみに筆者の家の部品ケースには常に10種類くらいはストックがあります)、ほとんどの電気製品で使われていると言っても過言では無いほど、じつは一般的で重要な部品です。

図2:コンデンサ

CPUなどと比べるとやや地味な部品ですが、コンデンサにはこんな綺麗な製品もあって、見かけるとつい買ってしまいます。
コンデンサの役割は、電気を一時的に貯めておくこと。用途は様々で、たとえば電源部分に付けておくと、消費電力が増えたときに電気がコンデンサから供給されるので、電圧を安定させることができます。貯水池のようなものですね。

このコンデンサ、今や皆さんの最も身近な電気製品となったスマートフォンにも、数百個単位で使われています。内部の電子回路で大量に使われているのは、コンデンサの一種であるセラミックコンデンサと呼ばれるもの。小さな基板に搭載するため、1つ1つはとても小さな、チップ状の部品になっています。

セラミックコンデンサの材料としては、長年、「チタン酸バリウム」という物質が使われ続けてきました。でも近年、全く新しいタイプの材料が見つかり、注目されているといいます。その研究をしているのが、今回紹介する野口祐二准教授。もしかすると、将来、スマートフォンがさらに進化するカギとなるかも?


図3:スマートフォン基盤
以前、修理のために筆者がバラしたスマートフォンの基板(図3)。こういうものに、大量のコンデンサが使われています。

 
「Q1:コンデンサで使われるのはどんな材料?」

大塚記者:「コンデンサの材料としては、どんな性質が必要なんでしょうか」

野口先生:「指標となるのは物質の「誘電率」です。この数字が高ければ高いほど、たくさんの電気を貯められることになるので、材料としては望ましい。水の誘電率は80ですが、チタン酸バリウムは4,000もあって、非常に優秀な材料と言えます。」


図4:左 大塚記者/右 野口先生


「Q2:ほかにはどんな材料が使われているんですか?」

野口先生:「じつはチタン酸バリウムがトップに君臨していて、ナンバー2がいないような状況なんです。これまで半世紀以上も研究されていますが、チタン酸バリウムは安く作れて、特性も安定しているため、ほぼこれしか使われていませんでした。」

大塚記者:「良い材料があるのなら、そのままずっとチタン酸バリウムで良いのでは?」

野口先生:「これまでのニーズでは問題ありませんでしたが、今後、さらなる高性能化を求める声に応えていくのは難しいと考えられています。材料が同じままでは向上に限界があるので、世界中の研究者が新材料を探していて、毎年、多くの論文が発表されています。」

大塚記者:「その中に有力な候補はありましたか?」

野口先生:「論文では、誘電率が1万とか10万とかいう発表もありました。ただ、それはほとんど電圧をかけていない時の性能であって、普通に使う電圧にすると、誘電率が激減してしまう。これではコンデンサとして使うことはできません。」

大塚記者:「先生が見つけたのはどんな物質なのでしょう。」

野口先生:「先ほど述べたチタン酸バリウムは「強誘電体」材料の1つです。私たちはそれとは種類が違う、「フェリ誘電体」の材料を世界で初めて発見しました。この材料には、それまでの強誘電体には無い面白い特徴があります。強誘電体は、電圧を上げると誘電率が下がっていましたが、フェリ誘電体は逆に誘電率が上がるのです。」

 

「Q3:これまでの常識とは真逆の不思議な性質」

大塚記者:「どういう仕組みで誘電率が上がるんですか?」

野口先生:「その前に、まずは誘電体がどうして電気を貯めておけるのか、そこから説明した方が良いですね。私たちはもともと、「分極」を持つ材料の研究をしていました。分極というのは、プラスとマイナスの電気の中心がズレていて、一方にプラス、反対側にマイナスが現れた状態のことです。」

大塚記者:「棒磁石のN極とS極のような感じ?」

野口先生:「そのイメージです。チタン酸バリウムの結晶構造(図5)を見ると、真ん中にあるチタンイオンの位置が上にズレていることが分かります。これによって、結晶は上側がプラス、下側がマイナスに帯電するわけです。


図5:チタン酸バリウムの結晶構造


野口先生:「中央の赤丸がチタン(Ti)で、上に偏っていることが分かります」

大塚記者:「それに対し、フェリ誘電体(図6)の構造は……」

野口先生:「下図のように、フェリ誘電体の結晶構造は、チタン酸バリウムとよく似ています。結晶はどちらもサイコロ形。その中に酸素の8面体があって、中央にはチタンが入っているところも同じです。」


図6:フェリ誘電体(左)と強誘電体(右)の構造


野口先生:「変位の向きを矢印で表しています」

大塚記者:「あれ? でも緑色の矢印の向きが違いますね」

野口先生:「それが大きな特徴です。強誘電体(図6)は、中心(青)とコーナー(緑)のイオンの位置がともに上側にズレていて、そのため大きな分極となっていました。しかしフェリ誘電体は、中心とコーナーのズレの向きが正反対。その差が結晶全体の分極となるため、外側から見ると、小さくなってしまっています。」

大塚記者:「足の引っ張り合いみたいで、なんだかもったいないですね。これでは誘電率が低いのでは」

野口先生:「いえ、じつは分極の大きさと誘電率には、直接的な関係はありません。誘電率は分極の変化率に相当するので、たとえば分極が「位置」だとすると、誘電率は「速度」のような関係になります。実際、電圧をかけない状態だと、強誘電体より分極は小さいですが、誘電率は同じくらいあります。」

 

「Q4:誘電率が高くなるとコンデンサはどうなる?」

大塚記者:「それでなぜ電圧を上げると誘電率が高くなるかということですが……」

野口先生:「かなりマニアックな話になるので、相当ざっくりした説明になりますが…。ポイントは、酸素の8面体の位置が回転したようにズレていることです。」


図7:回転変位

大塚記者:「この回転分の分極は相殺されるので、合計はゼロになりますね」

野口先生:「はい。しかし電圧を上げていくと、このひねりが小さくなってきます。フェリ誘電体の上下の分極が併存する奇妙な状態は、このひねりによって存在しているため、ひねりが小さくなっていくと、青矢印は上に伸び、緑矢印は縮みます。このとき、分極の変化が大きい、つまり誘電率が高くなっているわけです。先ほどの、図:7では省略しましたが、酸素(赤)には回転方向の変位があります。電圧をかけると、回転変位(図7)は小さくなります」

大塚記者:「肝心の誘電率ですが、どのくらいになるんですか?」

野口先生:「電圧をかけない状態では4000くらい。電圧をかけていくと、ピークは6万くらいまで上がることが分かっていますが、実用的な範囲では4万程度といったところです。」

大塚記者:「チタン酸バリウムの10倍! これで、どんなコンデンサが実現できるのでしょうか」

野口先生:「10倍の電気を貯められるので、同じ容量であれば、小型化できますね。また用途にもよるでしょうが、私が期待しているのは、4万の誘電率をそのまま使うのではなく、自由に変えられるようなデバイスにすることです。たとえば1万でも2万でも、電圧を適切に加えることで、欲しい誘電率が得られますね。」

大塚記者:「そういうニーズがあるんですか?」

野口先生:「それはまだ分かりません(笑)。従来、容量を下げられるコンデンサは使われていたんですが、上げられるものがありませんでした。そういうデバイスを作ることができるとなれば、新しい使い方が考えられるかもしれません。」

 

「Q5:研究室に潜入! 意外に地味な作業も…」

大塚記者:「しかしこのフェリ誘電体はどうやって見つけたんですか?」

野口先生:「これは偶然ではなく、狙って作りました。私たちが見つけたフェリ誘電体は、「チタン酸ビスマスナトリウム」という物質に、前述のチタン酸バリウムを7%混ぜたものです。この2つの物質はどちらも強誘電体なんですが、少しずつ割合を変えて調べたところ、7%前後のときだけフェリ誘電体になることを見つけました。」


図8:人物:野口先生
大塚記者(さらにマニアックな説明が続きます。なかなか難しい……)

 
大塚記者:「強誘電体同士を混ぜてフェリ誘電体になるのは不思議な感じがします」

野口先生:「この2つの物質はどちらも強誘電体ですが、前者には回転変位があって、後者にはありません。それぞれ単独では安定していて、電圧をかけても回転は動きません。でも構造が違うので、この2つを混ぜると、0%と100%の間のどこかで構造が不安定になります。不安定なのは動かしやすいということでもあるので、そこを狙いました。」


図9:チタン酸ビスマスナトリウム

(チタン酸ビスマスナトリウム(図9)に、チタン酸バリウム(図10)を混ぜていく。すると7%付近(グラフの緑の領域)でフェリ誘電体(中央)になった)


 図10:チタン酸バリウム

 

大塚記者:「具体的には、どんな作業で研究をしているんですか?」

野口先生:「まずは、電気炉で素材の単結晶を作ります。普通は1気圧の酸素環境で成長させるんですが、この電気炉ではいろいろ工夫して、酸素を10気圧に上げています。ビスマス系の結晶は、高い酸素濃度でないと高品質になりません。私たちが世界に先駆けてフェリ誘電体を見つけられたのは、この装置で高品質な単結晶を作れたおかげです。」


図11:フェリ誘電体の単結晶を世界で初めて引き上げたのはこちらの電気炉。メーカーと協力して開発した特注品だ

 
大塚記者:「装置の開発や、実験方法の工夫も重要なんですね」

野口先生:「単結晶の特性を調べるときにも工夫があります。普通は厚さ0.3mmで評価することが多いんですが、いろいろ試してみると、ちょっと厚いなと。薄くするのは手間がかかって大変だけど、0.2mmや0.1mmにすると綺麗に特性が取れて、違う世界が見えてきました。」

大塚記者:「そんなに大変なんですか?」

野口先生:「結構しんどいですね。ダイヤモンドカッターだとそこまで薄くできないので、手でやるしかない。急いだら割れてしまい、やり直すことも多々あります。カーボンの研磨剤を水に溶かして、人差し指で均等に削っていくんですが、最初、素手でやっていたら、皮膚が削れて気がついたら水がピンク色に……。」


図12:大塚記者(ガラス板の上に単結晶を乗せて、人差し指で0.1mmまで薄くするとか……。根気が必要そうだ)

 
大塚記者:「うわあ……、それは痛そう……」

野口先生:「このときは指が痛くて1週間くらい使えませんでしたが、今は薄い指サックをしているので大丈夫です(笑)。高価な大型装置を買えば自動で薄くすることもできるんですが、予算的にも場所的にもそんなものを置くのは難しいので、指でやった方がいいだろうという結論になっています。」


図13:研究室の中には、ほかにも様々な装置が所狭しと並んでいました

 
「Q6:新しい材料には世界を変える力がある」

大塚記者:「フェリ誘電体は、コンデンサ以外での用途もありそうですか?」

野口先生:「強誘電体はコンデンサのほか、圧電や不揮発性メモリといった分野でも利用されています。圧電は、圧力を加えて電気を発生させたり、逆に電気を力に変えたりするもので、病院の超音波診断などで利用されています。不揮発性メモリは、変位の向きで「1」「0」を記憶していて、JRのICカード「Suica」などで使われています。」

大塚先生:「フェリ誘電体はこの分野でも有望ですか?」

野口先生:「圧電やメモリでは、「チタン酸ジルコン酸鉛(図14)」という物質が良く使われています。しかしこれは、名前を見て分かるように、中に鉛が入っています。鉛は環境面での問題が大きいため、現在は世界的に鉛フリーの流れになっていますが、他に代替材料が無いこともあって、例外的に使用が認められている状況です。」



図14:チタン酸ジルコン酸鉛の結晶構造。コーナー(青)がバリウムではなく、鉛になっている

 
大塚記者:「フェリ誘電体が使えるとなると、置き換わる可能性があると」

野口先生:「その可能性は十分あると思っています。1つの材料が発見されると、世の中のデバイスが一変するということが、過去に何度もありました。たとえば高温超伝導材料によって、病院で使うMRI装置の実用化と普及が一気に進みました。」

大塚記者:「材料には、社会を変えられる可能性があるんですね」

野口先生:「それが私たち材料開発者の夢ですね。実際には、研究した材料のほとんどが、日の目を見ることはありません。99%がボツになる世界です。それが基礎研究というものですが、その中から大当たりが出る可能性がある。私の研究者人生はあと15年くらいありますので、夢を持ち続けて、新しい材料を作っていきたいと思っています。」

大塚記者:「そのモチベーションはどこから来るのでしょうか」

野口先生:「私は鯛釣りが趣味なんですが、釣りと研究は似ているところがあります。どちらも、プロセスを工夫することで、劇的に良くなる。プロセスがぴったりはまって、狙い通りの成果が得られたりすると、本当に面白いですね。ただ、釣りはガツンとアタリが出るまでのプロセスが面白いと思っていて、そこから釣り上げるのは惰性です(笑)。」



図15:鯛釣りの画像

大塚先生:「最後に、若い人へのメッセージをお願いします」

野口先生:「まずは、「面白い」と思えるものを見つけて欲しいですね。他の人に面白いと思ってもらえなくても構わない。自分が面白いと思うことが一番重要なんです。そして面白いことを見つけたら、とことん面白さを追求して欲しい。その先に、きっと君にしかできない道が開けています。」

「ラスト:インタビューを終えて」

今回、筆者は研究内容を全く知らないまま、ぶっつけ本番で取材に行ったのですが、話を聞いてみると、世界初の発見があったりして、とても興味深かったです。野口先生は自身の研究内容を「地味」「マニアック」と話していましたが、化学というものの可能性を強く感じました。
新しい技術や製品というものは、開発者本人が想像もしなかったような使われ方をして、普及していくことが良くあります。フェリ誘電体も、将来、もしかしたらそうなるかもしれませんね。
筆者は高校生のとき(もう30年以上も前ですが…)、化学が一番得意で好きな科目だったのに、なんとなく職業としてイメージできなかったため(当時はネットで簡単に調べる、という手段が無かったのです)、進路としては物理を選んだのでした。それはそれで良かったものの、化学も楽しかったかもなあ……と今になって思っているところです(笑)。

取材・文・撮影:大塚 実

【関連リンク】

宮山研究室
http://www.crm.rcast.u-tokyo.ac.jp/index.html

2019【若手研究者紹介:021】応用化学専攻 宮山研究室 野口祐二准教授
http://www.t.u-tokyo.ac.jp/foe/topics/setnws_201905270933145639501415.html