発表のポイント
◆ 出芽酵母において、トランスファーRNA(tRNA)の前駆体(pre-tRNA)が熱ストレスに応答して積極的にキャップ修飾される現象(pre-tRNAキャッピング)を発見しました。◆ キャップ化pre-tRNAが翻訳開始因子を捕捉してmRNAの翻訳を抑制することで、生育環境の変化を感知しタンパク質合成を制御する新たな遺伝子発現制御機構を明らかにしました。
◆ pre-tRNAキャッピングによる翻訳制御機構は、広く真核生物に共通する新たなストレス応答機構である可能性があり、細胞が環境変化に適応する仕組みの理解がさらに深まることが期待されます。

概念図:熱ストレス時におけるpre-tRNAキャッピングによるタンパク質合成の調節機構
概要
東京大学大学院工学系研究科の大平 高之 助教、鈴木 勉 教授らの研究グループは、出芽酵母(注1)において、トランスファーRNA(tRNA)(注2)の前駆体(pre-tRNA)(注3)が熱ストレスに応答して積極的にキャップ修飾(注4)されることを発見しました。また、その形成機構を解明するとともに、キャップ修飾がpre-tRNAの安定化に寄与することを明らかにしました。さらに、熱ストレス下で蓄積したキャップ化pre-tRNAがタンパク質合成を抑制することを見出しました。加えて、キャップ化pre-tRNAを網羅的に解析することで、全tRNA遺伝子の転写単位を特定し、高精度な転写地図(注5)を作成しました。
タンパク質合成において、tRNAはリボソーム(注6)上でメッセンジャーRNA(mRNA)(注7)のコドン(注8)を読み取り、対応するアミノ酸を運ぶアダプター分子として機能します。研究グループはこれまでに、出芽酵母においてpre-tRNAの一部にキャップ修飾が付加されることを発見し、この現象を「pre-tRNAキャッピング(注9)」と名付けました。しかし、pre-tRNAキャッピングがどのような条件で起こり、細胞内でどのような役割を果たしているのかは不明でした。そこで本研究では、pre-tRNAキャッピングが誘導される生育条件を明らかにするとともに、その生物学的意義の解明に取り組みました。
出芽酵母の至適生育温度は30℃ですが、37℃で培養するとキャップ化pre-tRNAが顕著に増加することがわかりました。そこで研究グループは、キャップ化された低分子RNAを網羅的に解析する新手法CaSh-seq(Capped Short RNA-sequencing)法(注10)を開発し、キャップ化pre-tRNAの全体像を調べました。この解析により、各tRNA遺伝子の転写開始点から転写終結領域までを含む転写単位が正確に決まり、全tRNA遺伝子の転写地図が作成されました。その結果、ほぼ全てのtRNA種がキャップ化されることが明らかになりました。さらに、熱ストレス下では、分解されやすいtRNA種ほどキャップ化される傾向が認められました。この結果は、キャップ修飾がこれらのtRNAを優先的に分解から保護する役割を担うことを示しています。さらなる解析の結果、pre-tRNAキャッピングの効率はpre-tRNAの5′末端構造の柔軟性に依存することが明らかになりました。このことから、高温環境下ではpre-tRNAの5′末端構造が緩み、キャップ化酵素がアクセスしやすくなることで、pre-tRNAキャッピングが促進されると考えられます。次に、細胞内でキャップ化pre-tRNAと相互作用するタンパク質を解析したところ、翻訳開始因子eIF4E(注11)と結合することを突き止めました。さらに、キャップ化pre-tRNAがeIF4Eを捕捉することで、mRNAの翻訳開始を阻害し、タンパク質合成を抑制することを明らかにしました。
これらの結果は、pre-tRNAが単なるtRNAの前駆体ではなく、熱ストレスに応答してキャップ化されることで翻訳開始因子を捕捉し、タンパク質合成を抑制する機能性RNAとして働くことを示しています。すなわちpre-tRNAが細胞環境の変化を感知するセンサー分子として機能し、遺伝子発現を直接制御する新たな翻訳調節因子であることを明らかにしたものです。
発表内容
〈研究の背景〉
全ての生物は、ゲノムDNAに記録された遺伝情報をmRNAへ転写し、それをタンパク質へ翻訳することで生命活動を維持しています。細胞が環境の変化に適応して生存するためには、温度や栄養状態などに応じて遺伝子発現を適切に制御する必要があります。その制御機構の1つとして、RNAの転写後修飾すなわち「RNA修飾(注12)」が重要な役割を担っています。これまでに150種類以上のRNA修飾が発見されており、その多くは生物種ごとに独自に進化したものであることから、RNA修飾は環境変化への適応を支える仕組みの1つとして発達してきたと考えられています。
tRNAは、mRNA上の遺伝暗号を対応するアミノ酸へと変換するアダプター分子として、タンパク質合成に必須の役割を担っています。しかし近年、tRNAは単なる翻訳装置の構成因子ではなく、遺伝子発現を積極的に制御する機能性RNAであることが明らかになりつつあります。例えば、tRNAの発現量や修飾状態の変化はmRNAの安定性や翻訳効率に影響を及ぼし、さらに翻訳と共役した新生ポリペプチド鎖の折り畳みやプロテオスタシス(注13)の維持にも深く関与することが示されています。また、tRNAから産生される断片RNA(tRNA-derived fragments; tRFs)は、翻訳制御やストレス応答など多様な生命現象を調節する機能性RNAとして注目されています。このように、tRNAは遺伝暗号を解読するアダプター分子としての古典的役割に加え、遺伝子発現ネットワークや細胞恒常性を制御する新たな調節因子として認識されるようになっています。
真核生物において、tRNAはRNAポリメラーゼIII(注14)によってpre-tRNAとして転写された後、余剰配列の除去や多様なRNA修飾の導入などのプロセシングを経て、成熟tRNAとなります(図1左)。研究グループはこれまでの研究で、一部のpre-tRNAにキャップ修飾が付加されることを発見しました(Ohira and Suzuki, Nature Chemical Biology, 2016)。さらに、このキャップ修飾がpre-tRNAを分解から保護し、その安定性を維持することを明らかにし、この現象を「pre-tRNAキャッピング」と名付けました。当時、キャップ修飾はRNAポリメラーゼII(注15)によって転写されるmRNAなどに特有の修飾であり、RNAポリメラーゼIIIの転写産物であるtRNAには存在しないと考えられていました。そのため、この発見はRNAキャップ修飾に関する従来の概念を覆し、tRNA生合成に新たな制御機構が存在することを示す画期的な成果でした。しかしながら、pre-tRNAキャッピングがどのtRNA種にどの程度導入されているのか、どのような環境変化や生理条件に応答して誘導されるのか、さらにはキャップ修飾を介して遺伝子発現や翻訳制御にどのような影響を及ぼすのかなど、その全体像と生理学的意義については明らかになっていませんでした。

図1:熱ストレスに応答したpre-tRNAキャッピングによる翻訳開始制御機構
通常の生育温度では、tRNA一次転写産物(pri-tRNA)は核内で効率よくプロセスされ、成熟tRNAとして細胞質へ輸送される。細胞質では成熟tRNAがタンパク質合成に利用され、eIF4E、eIF4G、eIF4Aなどからなる翻訳開始複合体がmRNAの翻訳開始を促進する(左)。一方、熱ストレス下では、一部のpri-tRNAが熱変性によって構造変化を起こし、通常の成熟化経路から外れて新たにキャップ修飾を受ける(pre-tRNAキャッピング)。キャップ化されたpre-tRNAは5′エキソヌクレアーゼによる分解を回避しながら細胞質へ輸送され、mRNAキャップ結合タンパク質eIF4Eを捕捉する。その結果、eIF4Eが翻訳開始複合体から隔離され、mRNAへのリクルートが阻害されることで、キャップ依存的翻訳開始が抑制される(右)。本研究は、pre-tRNAが熱ストレスを感知するセンサーとして機能し、キャップ化pre-tRNAを介して細胞全体のタンパク質合成を制御する新しい翻訳調節機構を明らかにした。
そこで本研究では、出芽酵母をモデル生物として、pre-tRNAキャッピングが誘導される生育環境や細胞内条件を探索するとともに、次世代シーケンス(NGS)(注16)を用いた網羅的解析により、キャップ化pre-tRNAの全体像を明らかにしました。さらに、キャップ化pre-tRNAがタンパク質合成に及ぼす影響を解析することで、pre-tRNAキャッピングが関与する新たな遺伝子発現制御機構とその生理学的意義の解明を目指しました。
〈研究の内容〉
東京大学大学院工学系研究科の菊池 一徳 大学院生(研究当時)と大平 高之 助教らは、出芽酵母を30℃(至適生育温度)および37℃(熱ストレス条件)で培養し、細胞から調製したRNAに対して抗キャップ修飾抗体を用いた免疫沈降(注17)とノーザンブロッティング解析(注18)を行いました。その結果、熱ストレスを付与すると、時間の経過に伴ってキャップ化pre-tRNAが増加することを見出しました(図2A)。興味深いことに、pre-tRNAが分解されて生じる断片RNA(5′ pre-tRF)にもキャップ修飾が保持されていることが明らかになりました。この5′ pre-tRFの生成にはリボヌクレアーゼRny1pが主に関与することも判明しました(図2B)。熱ストレスに応答したpre-tRNAキャッピングの変動パターンや5′ pre-tRFの生成量は、tRNA種ごとに大きく異なっていました。この結果は、pre-tRNAキャッピングが全てのpre-tRNAに一律に起こる現象ではなく、特定のtRNA種や遺伝子ごとに選択的かつ動的に制御されていることを示しています。

図2:熱ストレスによって誘導されるpre-tRNAキャッピングと5′ pre-tRFの生成
(A)出芽酵母を37℃の熱ストレス条件に曝露し、経時的に回収した全RNA(Input)および抗キャップ抗体によって濃縮したキャップ化RNA画分(IP)をノーザンブロットで解析した。Input画分では成熟tRNA量に大きな変化は認められなかった一方、IP画分ではtRNAArg(UCU) [tR(UCU)]およびtRNATrp(CCA) [tW(CCA)]由来のキャップ化pre-tRNAが熱ストレスに応答して増加した。また、熱ストレス開始後2時間以降には、5′側断片である5′ pre-tRFが検出され、pre-tRNAのキャッピングに続いて切断が起こることが示された。
(B)野生株およびrny1Δ株を30℃または37℃で培養し、全RNA(Input)およびキャップ化RNA画分(IP)を解析した。野生株では37℃でキャップ化pre-tRNAと5′ pre-tRFの蓄積が観察されたのに対し、rny1Δ株では5′ pre-tRFの生成が著しく減少した。一方、キャップ化pre-tRNAは依然として検出されたことから、Rny1がキャップ化pre-tRNAの切断に関与し、5′ pre-tRFの生成を担うことが示唆された。
そこで、pre-tRNAキャッピングの全容を解明するため、東京大学大学院工学系研究科の石神 宥真 特任研究員(研究当時、現コールドスプリングハーバー研究所研究員)とともに、抗キャップ修飾抗体による免疫沈降とNGSを組み合わせたCaSh-seq(Capped Short RNA-sequencing)法を開発し、キャップ化pre-tRNAおよび5′ pre-tRFの網羅的解析を行いました(図3A, B)。また、ポジティブコントロールとして、ドキシサイクリン(Dox)(注19)依存的にpre-tRNAを蓄積する酵母株(tetO7-POP4)を用い、Dox存在下で培養した細胞についてもCaSh-seq解析を実施しました。その結果、ほぼ全てのpre-tRNA種でキャップ修飾が検出され、pre-tRNAキャッピングが広範なtRNA種に共通して起こる現象であることが明らかになりました。さらに、本手法によってtRNA遺伝子の転写開始点および転写終結領域を高精度に特定することが可能となり、多くのtRNA遺伝子が複数の転写開始点を利用していることも明らかになりました。この成果により、pre-tRNAキャッピングの全容が初めて解明されるとともに、これまで不明であったtRNA遺伝子の転写単位の全体像も明らかになりました。

図3:CaSh-seqによるpre-tRNAキャッピングの包括的解析と転写地図の作成
(A)CaSh-seq(Capped Short RNA sequencing)の実験手順。出芽酵母野生株を至適生育温度(30℃)または熱ストレス条件(37℃)で培養し、さらにtetO7-POP4株ではDox処理によってtRNA前駆体の成熟化を阻害した。細胞から回収した短鎖RNA画分を精製後、3′末端を脱リン酸化したライブラリー(Input)と、抗キャップ抗体を用いてキャップ化RNAを免疫沈降した後に3′末端を脱リン酸化したライブラリー(IP)を調製し、次世代シーケンサー(NGS)で解析した。
(B)CaSh-seqにより得られたリードのゲノム上での分布例。tR(UCU)G1およびイントロン含有tW(CCA)Jでは、Inputライブラリーでは主に成熟tRNA由来のリードが検出されたのに対し、IPライブラリーでは転写開始点付近に由来するキャップ化pre-tRNAリードが選択的に濃縮された。これらの結果から、各tRNA遺伝子の転写開始点および転写終結領域を高精度に決定することが可能となった。ポジティブコントロールであるSNR14(U4 snRNA)ではIP画分への濃縮が観察された一方、メチルグアノシンキャップ構造を持たないSNR6 (U6 snRNA)では濃縮は認められなかった。これにより、CaSh-seqがキャップ化RNAを特異的に検出できることが確認された。
次に、pre-tRNAキャッピングをより詳細に解析するため、キャップ化率を定量的に評価する指標として「キャップスコア」を定義し、pre-tRNAのキャップ化状態を網羅的に解析しました。その結果、キャップスコアはtRNA遺伝子ごとに大きく異なることが明らかになりました(図4A)。さらに、30℃と37℃の条件を比較したところ、熱ストレス下ではpre-tRNAのキャップスコアが全体的に上昇していました(図4A)。一方、tetO7-POP4株では、Dox存在下での培養時間の経過に伴いキャップスコアが全体的に増加することが確認されました(図4B)。興味深いことに、熱ストレス時に定常状態量が大きく減少するpre-tRNAほど高いキャップスコアを示す傾向が認められました(図4C)。この結果は、キャップ修飾が分解されやすいpre-tRNAを優先的に保護し、その安定性を維持していることを示唆しています(図1右)。さらに研究グループは、tRNA種ごとにキャップスコアが異なる要因を明らかにするため、各pre-tRNAの5′末端および3′末端における塩基対形成確率(注20)とキャップスコアとの関係を解析しました。その結果、5′末端がフレキシブルなpre-tRNAほどキャップ化されやすいことが明らかになりました。このことから、pre-tRNAの5′末端構造が生育温度の変化を感知し、キャップ修飾の導入を制御する「温度センサー」として機能している可能性が示されました(図1右)。

図4:CaSh-seqによるpre-tRNAキャッピングの定量解析
(A)野生株を至適生育温度(30℃)および熱ストレス条件(37℃)で培養し、CaSh-seqによって各pre-tRNAのキャップスコアを算出した。累積分布解析の結果、熱ストレス条件では至適生育温度と比較してキャップスコアが全体的に上昇し、pre-tRNAキャッピングが広範に誘導されることが示された。図中の括弧内の値は各条件におけるキャップスコアの中央値を示す。挿入図は個々のpre-tRNAのキャップスコア分布を示し、熱ストレス条件で有意な増加が認められた(*P < 0.05)。
(B)tetO7-POP4株においてDox処理によりRNase P活性を低下させ、pre-tRNAの成熟化を阻害した条件で同様に解析した。Dox処理7時間後には4時間後と比較してキャップスコアが顕著に上昇し、未成熟pre-tRNAの蓄積に伴ってキャッピングが促進されることが示された。括弧内の値はキャップスコアの中央値を示す。
(C)野生株における熱ストレス応答時のpre-tRNA発現変動とキャッピング変動の関係を示す散布図。横軸はInputライブラリーにおけるpre-tRNAリード数の変化量[log2(熱ストレス/至適生育温度)]、縦軸はキャップスコアの変化量[log2(熱ストレス/至適生育温度)]を示す。両者の間には弱い負の相関(r = −0.29)が認められ、熱ストレスによるキャッピング誘導はpre-tRNAの発現量変化のみでは説明できないことが示唆された。
RPM(Reads Per Million)は、シーケンスで得られた各RNAのリード数をライブラリー全体の総リード数で正規化した値であり、異なるサンプル間でRNA量を比較するための指標である。本解析ではInputライブラリーにおけるpre-tRNA由来リード数をRPMとして算出し、pre-tRNA発現量の比較に用いた。
さらに東京大学工学部化学生命工学科の中塚 太一 学部学生(研究当時)とともに、キャップ化pre-tRNAの機能を明らかにするため、翻訳開始複合体のキャップ結合タンパク質eIF4Eに着目しました。eIF4Eを免疫沈降し、共沈したRNAをノーザンブロッティングで解析したところ、キャップ化pre-tRNAがeIF4Eと相互作用していることが明らかになりました(図5A)。次に、この相互作用がタンパク質合成に与える影響を調べるため、キャップ依存的またはIRES(注21)依存的に翻訳されるナノルシフェラーゼ(Nluc)(注22)mRNAをレポーターとしたウサギ網状赤血球溶解物由来の試験管内翻訳系(注23)を用いて解析しました。その結果、キャップ化pre-tRNAを添加した場合にのみ、キャップ依存的なNlucの発光シグナルが顕著に低下し、脱キャップ処理したpre-tRNAではその効果が認められませんでした(図5B)。この結果は、キャップ化pre-tRNAがキャップ依存的なタンパク質合成を特異的に阻害することを示しています。さらに研究グループは、この現象が細胞内でも起こるかを検証しました。キャップ依存的に翻訳されるウミシイタケルシフェラーゼ(Rluc)と、IRES依存的に翻訳されるホタルルシフェラーゼ(Fluc)を用いてレポーター解析したところ、熱ストレス条件下ではFlucに対するRlucの活性比が低下し、キャップ依存的な翻訳が選択的に抑制されることが確認されました(図5C)。さらに、熱ストレスによって誘導される他の適応応答の影響を排除するため、tetO7-POP4株を用いてpre-tRNAを蓄積させた条件で同様の解析を行いました。その結果、熱ストレスを与えなくてもキャップ依存的な翻訳が顕著に抑制されることが明らかになりました(図5C)。
以上の結果から、キャップ化pre-tRNAはeIF4Eを捕捉することでmRNAへの結合を競合的に阻害し、翻訳開始を抑制していると考えられます。すなわち、pre-tRNAは単なる成熟tRNAの前駆体ではなく、熱ストレスを感知してタンパク質合成の開始を制御する新たな機能性RNAとして働くことが示されました。今回の発見は、pre-tRNAが“生育温度応答性の翻訳調節因子”として機能する可能性を示すものであり、tRNA前駆体に未知の生理機能が存在することを明らかにした重要な成果です。

図5:キャップ化pre-tRNAによるeIF4Eの隔離を介したキャップ依存的タンパク質合成の調節
(A)eIF4E-FLAGを発現するtetO7-POP4株の細胞抽出物(Input)および抗FLAG抗体の精製画分(IP)におけるtRNAIle (UAU) [tI(UAU)]およびtRNATrp(CCA) [tW(CCA)]についてノーザンブロッティング解析した結果。
(B)ウサギ網状赤血球溶解物を用いた試験管内翻訳系にキャップ化pre-tRNA(赤)あるいは脱キャップ処理したpre-tRNA(黒)を添加した時のNlucの相対発光量(%, Cap/IRES比)。pre-tRNA非添加時の値を100%とした。エラーバーは測定を3回行った時の標準偏差を示す。
(C)FlucとRlucを用いた細胞内におけるタンパク質合成の解析。解析に使用したルシフェラーゼ発現ベクターの模式図(左)。熱ストレスの有無(中央)、またはDox添加(+)・非添加(–)で培養した野生株、tetO7-POP4株、およびtetO7-POP4 rny1Δ株(右)における相対発光量(%, Rluc/Fluc比)。熱ストレスまたはDox非添加時の値を100%とした。エラーバーは測定を3回行った時の標準偏差を示す。*p < 0.05。
〈今後の展望〉
本研究は、pre-tRNAが単なる成熟tRNAの前駆体ではなく、熱ストレスを感知してタンパク質合成を制御する新たな機能性RNAとして働くことを示したものです。これにより、これまで主にRNAの安定性維持に関与すると考えられていたキャップ修飾が、翻訳制御にも直接関与することが明らかとなり、その生理学的意義に新たな視点をもたらしました。
キャップ修飾は真核生物に広く保存された分子機構であることから、本研究で見出されたpre-tRNAキャッピングによる翻訳制御機構は、酵母にとどまらず広く真核生物に共通する新たなストレス応答機構である可能性があります。今後、ヒトを含む高等真核生物において同様の機構が存在するかを解明することで、細胞が環境変化に適応する仕組みの理解がさらに深まることが期待されます。
さらに、本研究で開発したCaSh-seq法は、pre-tRNAキャッピングの網羅的解析に加え、tRNA遺伝子の転写開始・終結機構や成熟過程におけるRNA代謝の解析にも応用可能です。本手法は、tRNA生合成とその制御機構の理解を大きく前進させる基盤技術として、今後のtRNA研究の発展に貢献することが期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学大学院工学系研究科
鈴木 勉 教授
大平 高之 助教
菊池 一徳 博士課程:研究当時
論文情報
雑誌名:Nature Communications
題 名:Heat stress promotes pre-tRNA capping to modulate cap-dependent translation in Saccharomyces cerevisiae
著者名:Ittoku Kikuchi, Takayuki Ohira*, Taichi Nakatsuka, Yuma Ishigami, and Tsutomu Suzuki*
*責任著者
DOI:10.1038/s41467-026-76325-6
URL:https://doi.org/10.1038/s41467-026-76325-6
研究助成
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業の基盤研究(S)「RNA エピジェネティックスと高次生命現象」(代表:鈴木勉、JP26220205)、基盤研究(S)「RNA 修飾の変動と生命現象」(代表:鈴木勉、JP18H05272)、基盤研究(S)「環境変化に誘導されるRNA修飾の生理機能と多様性獲得機構」(代表:鈴木勉、JP26K21763)、新学術領域研究 研究領域提案型「ncRNAのケミカルタクソノミ」(代表:鈴木勉、JP26113003)、若手研究(A)「Pre-tRNA cappingが関与する遺伝子発現制御機構の探究」(代表:大平高之、JP17H04997)、若手研究(B)「tRNAの新規成熟経路の解析と5′キャップによる成熟制御機構の解析」(代表:大平高之、JP26840005)、特別研究員奨励費「pre-tRNA cappingが担う新規翻訳制御機構の解明」(代表:菊池一徳、JP21J10419)、公益財団法人住友財団の基礎科学研究助成「Pre-tRNA cappingの関与する新規遺伝子発現制御機構の探索」(代表:大平高之)、公益財団法人千里ライフサイエンス振興財団の岸本基金研究助成「Pre-tRNA cappingの関与する新規遺伝子発現制御機構の探求」(代表:大平高之)、公益財団法人中島記念国際交流財団の日本人若手研究者研究助成金「RNAの5′末端構造に基づいたRNA発現プロファイリング」(代表:大平高之)、および科学技術振興機構(JST)の創発的研究支援事業「tRNA工学による細胞機能の発現と制御」(代表:大平高之、JPMJFR230S)、戦略的創造研究推進事業ERATO「鈴木RNA修飾生命機能プロジェクト」(研究総括:鈴木勉、JPMJER2002)などの支援を受けて実施されました。
用語解説
(注1)出芽酵母
ヒトを含む真核生物に共通する生命現象のモデル生物として広く利用されている。遺伝学的解析が容易であり、多くの研究グループによってtRNAに関する研究が長年進められているため知見が豊富である。
(注2)トランスファーRNA(tRNA)
mRNA上の遺伝暗号(コドン)を読み取り、対応するアミノ酸をリボソームへ運ぶRNA。タンパク質合成におけるアダプター分子として機能する。
(注3)tRNA前駆体(pre-tRNA)
未成熟なtRNA。余剰配列の除去や多種多様なRNA修飾など複数の成熟化過程を経て、タンパク質合成に利用される成熟したtRNAとなる。
(注4)キャップ修飾
RNAの5′末端に付加される化学修飾。真核生物のmRNAではN7-メチルグアノシン(m7G)が付加され、mRNAの安定化や核外輸送、翻訳開始の促進など重要な役割を担う。pre-tRNAは主にN2, N2, N7-トリメチルグアノシンが付加されたトリメチルグアノシンキャップ構造を持つ。キャップ化酵素およびメチル化酵素がこの修飾の形成に関与する。
(注5)転写地図
各tRNA遺伝子について、RNAが作られ始める位置(転写開始点)と終わる位置(転写終結領域)を高精度に決定し、転写単位を網羅的に整理したデータベース。
(注6)リボソーム
mRNA上の遺伝情報に基づきtRNAによって運び込まれたアミノ酸をつなげるタンパク質合成の場であり、多数のタンパク質と数種のRNAから成る巨大複合体。
(注7)メッセンジャーRNA(mRNA)
DNAに保存された遺伝情報をタンパク質合成の場であるリボソームへ伝達するRNA。
(注8)コドン
mRNA上に並ぶ3塩基からなる遺伝暗号の単位。各コドンは特定のアミノ酸またはタンパク質合成の開始・終了を指定する。
(注9)pre-tRNAキャッピング
pre-tRNAの5′末端にメチル化グアノシンキャップ修飾が付加される現象。従来、キャップ修飾は主にmRNAに見られると考えられていたが、研究グループは酵母などの真核生物においてpre-tRNAもキャップ修飾を付加されていることを発見した。
(注10)CaSh-seq(Capped Short RNA-sequencing)法
本研究で開発した、キャップ修飾を持つ短鎖RNAを網羅的に検出・解析する手法。抗キャップ修飾抗体を用いた免疫沈降法とNGS解析を組み合わせることで、キャップ化されたRNAを高感度かつ包括的に同定する。
(注11)翻訳開始因子eIF4E
真核生物の翻訳開始因子複合体を構成するキャップ結合タンパク質。mRNAのキャップ修飾を認識し、リボソームを呼び込むことでキャップ依存的なタンパク質合成を促進する。
(注12)RNA修飾
RNAに修飾酵素によって導入される化学的な修飾。これまでに約150種類が報告されており、RNAの機能・安定性・細胞内局在、タンパク質合成の効率や精度、自己非自己の認識などに関わることが知られ、遺伝子発現制御に重要な役割を果たしている。
(注13)プロテオスタシス
細胞内のタンパク質の合成、折りたたみ、輸送、分解を適切に制御し、タンパク質の量と品質を維持する仕組み。プロテオスタシスの破綻は細胞機能の異常や疾患の原因となることが知られている。
(注14)RNAポリメラーゼIII
DNA上の遺伝情報をRNAへ転写するRNA合成酵素の1つ。真核生物においてRNAポリメラーゼIIIはtRNAや5S rRNAなどの機能性RNAを合成する。RNAポリメラーゼIIのようなキャップ修飾を導入する仕組みを持たない。
(注15)RNAポリメラーゼII
DNA上の遺伝情報をRNAへ転写するRNA合成酵素の1つ。真核生物においてRNAポリメラーゼIIはmRNAやsnRNAなどを合成する。転写時にmRNAの5′末端へキャップ修飾を導入する仕組みを持つ。
(注16)次世代シーケンス(NGS)解析
次世代シーケンサー(Next Generation Sequencer)を用いて大量のDNAやRNA配列を網羅的に解析する手法。遺伝子発現解析や変異解析など生命科学研究に広く利用されている。
(注17)免疫沈降
抗体の特異性と親和性を利用して特定のタンパク質やRNAを選択的に回収する実験手法。
(注18)ノーザンブロッティング解析
RNAの種類や量を検出する解析手法。電気泳動で分離したRNAをメンブレンへ転写し、目的RNAに結合する標識プローブを用いて検出する。
(注19)ドキシサイクリン(Dox)
テトラサイクリン系抗生物質の一種。細菌のタンパク質合成を阻害する作用を持つ。分子生物学研究では遺伝子発現を転写レベルで制御するTet-On/Tet-Offシステムに利用されている。
(注20)塩基対形成確率
RNA分子内で2つの塩基が対を形成する可能性を数値化したもの。RNAの二次構造予測に利用され、値が高いほど安定な塩基対を形成しやすいことを示す。
(注21)IRES
Internal Ribosome Entry Siteの略。mRNAの内部にあるリボソームを呼び込むRNA配列であり、通常必要なキャップ修飾を介さずに翻訳を開始させる。
(注22)ナノルシフェラーゼ(Nluc)
深海エビ由来の高輝度ルシフェラーゼ。遺伝子発現や翻訳効率を測定するレポーターとして広く利用されている。
(注23)試験管内翻訳系
細胞から調製した抽出液を用いて、試験管内でタンパク質合成を再現する実験系。
プレスリリース本文:PDFファイル
Nature Communications:https://doi.org/10.1038/s41467-026-76325-6
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