原子を流しながら「休まず時を測る」光格子時計へ ―連続する原子の流れから1.2ヘルツ幅の分光を実証―

2026/08/06

発表のポイント

極低温のストロンチウム原子を光のベルトコンベヤーで絶えず運びながら、1.2ヘルツ幅の高分解能な時計遷移スペクトルを観測しました。

流れる原子に沿って時計レーザーを照射する「縦励起」による新しい分光方式を開発し、原子の準備、時計遷移の励起、状態検出を流路上の異なる場所で同時に行いました。

分光計測の空白時間(デッドタイム)をなくす「ゼロデッドタイム動作」への道を開く成果であり、光格子時計の小型化や、重力場などを測る高精度センシングへの展開が期待されます。

 

fig

時間軸での分業から、空間的な分業へ:従来の光格子時計では、同じ場所で原子の①冷却と準備、②分光、③検出を順番に行うため、測定の空白時間(デッドタイム)が生じます。本研究では、原子を連続的に運び、これらの操作を流路上の異なる場所に割り当てて同時に行う、光格子時計の新しい計測方式を実証しました。

 

概要

東京大学大学院工学系研究科の西田 光輝 大学院生、竹内 亮人 大学院生(研究当時)、香取 秀俊 教授(兼:理化学研究所 光量子工学研究センター チームディレクター)らと、日本電子株式会社の共同研究グループは、光格子時計の測定の空白時間(デッドタイム)をなくすために、極低温ストロンチウム原子を絶えず供給して分光する方法を開発しました。移動光格子(注1)を「原子のベルトコンベヤー」として用い、原子流に沿って時計レーザーを照射する縦励起(注2)を行いました。原子の準備、時計遷移の励起、状態検出を流路上の異なる場所で同時に進め、原子を供給し続けながら、フーリエ限界(注3)に近い1.2ヘルツ幅のスペクトルを得ました。本成果は、測定のデッドタイムをなくす「ゼロデッドタイム動作」への基盤となります。この動作が実現すれば、原子が時計レーザーの周波数を絶えず測ることで、その揺らぎを連続的に補正できます。これにより、短い測定時間で安定した計測が可能になるとともに、レーザーを安定に保つための大型装置への依存を減らし、光格子時計の小型化につながります。

本研究成果は、202686日(英国夏時間)付で国際科学雑誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載されました。

 

発表内容

研究の背景

光格子時計は、多数の原子の共鳴周波数を基準に時を測る、最も正確な時計の一つです。従来の光格子時計では、原子の冷却、状態準備、時計遷移の励起、状態検出を順番に繰り返します。このうち、原子が時計レーザーの周波数を測っていない空白時間を「デッドタイム」と呼びます。デッドタイムがあると、時計レーザーの周波数揺らぎの一部を捉えられず、時計の安定度が低下します。デッドタイムをなくす「ゼロデッドタイム動作」を実現するには、冷却した原子を絶えず供給しながら、原子の準備、時計遷移の励起、状態検出を同時並行で進める必要があります。

 

研究内容と成果

研究グループは、極低温のストロンチウム原子を移動光格子に閉じ込め、連続的に輸送しました(論文)。また、流れる原子を高精度に分光するため、時計レーザーを原子流に沿って照射する「縦励起」(論文)を採用しました。原子を光格子に強く閉じ込めるラム・ディッケ束縛(注4)によって、縦励起でも速度分布によるドップラー広がりを抑えられます。さらに、局所的に磁場を加えた領域だけで時計遷移を起こし、相互作用を時間ではなく場所で区切りました。これにより、上流での原子準備、中央での時計遷移の励起、下流での状態検出を、異なる原子に対して同時に行えます。

 

原子の位置がレーザーとの相互作用時間に対応することを利用し、基底状態と励起状態の間を行き来するラビ振動(注5)を空間的な縞(しま)模様として直接可視化しました(図1)。

さらに、原子を供給し続けた状態で時計遷移を測定しました。原子は長さ12ミリメートルの励起領域を秒速16ミリメートルで通過し、0.75秒間、時計レーザーと相互作用します。この有限の相互作用時間から決まるフーリエ限界に近い、半値全幅1.2ヘルツのスペクトルを得ました(図2)。

 

fig1

1:原子の流れに刻まれたラビ振動

原子は下流(図の上方向)に進むほど、時計レーザーの光を受けた時間が長くなります。そのため、時間とともに変化する原子の状態が、流れに沿った縞模様として現れます。

 

fig2

2:原子を供給し続けながら得た時計遷移スペクトル

赤点は実験値、黒線は実験値に対するフィッティング曲線です。相互作用時間から決まるフーリエ限界に迫るスペクトル幅1.2ヘルツを観測しました。

 

 

本成果の意義と今後の展望

本成果は、冷却した原子を絶えず供給しながら、高い分解能で時計遷移を測定できることを示しました。原子の準備、時計遷移の励起、状態検出を流路上で同時進行させることで、ゼロデッドタイム動作への道が開かれます。この動作が実現すれば、原子が時計レーザーの周波数を絶えず測り、その揺らぎを連続的に補正できるようになります。その結果、短い測定時間で安定した計測ができるだけでなく、レーザー自身を安定に保つための大型で精密な装置への依存を減らすことができ、光格子時計の小型化につながります。今後、光格子時計のフィールド運用を広げ、重力場や地殻変動などを高精度に捉えるセンシングへの応用が期待されます。

 

○関連情報:

論文① S. Okaba, R. Takeuchi, S. Tsuji, and H. Katori, Continuous generation of an ultracold atomic beam using crossed moving optical lattices, Physical Review Applied 21, 034006 (2024).

 

論文 H. Katori, Longitudinal Ramsey spectroscopy of atoms for continuous operation of optical clocks, Applied Physics Express 14, 072006 (2021).

 

発表者・研究者等情報

東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻

香取 秀俊 教授

兼:理化学研究所 光量子工学研究センター

時空間エンジニアリング研究チーム チームディレクター

岡場 翔一 助教:研究当時

現:理化学研究所 光量子工学研究センター

時空間エンジニアリング研究チーム 研究員

西田 光輝 博士課程

兼:理化学研究所 光量子工学研究センター

時空間エンジニアリング研究チーム 研修生

竹内 亮人 博士課程:研究当時

現:株式会社Yaqumo 研究開発本部 量子プロセッサー開発部

 

日本電子株式会社

辻 成悟 経営戦略室 経営企画部 経営企画グループ シニアスペシャリスト

兼:理化学研究所 光量子工学研究センター

時空間エンジニアリング研究チーム 客員研究員

 

論文情報

雑誌名:Nature Communications

題 名:Spatially defined Rabi spectroscopy for uninterrupted optical clock interrogation

著者名:Koki Nishida, Ryoto Takeuchi, Shigenori Tsuji, Shoichi Okaba and Hidetoshi Katori

DOI10.1038/s41467-026-76017-1

URLhttps://www.nature.com/articles/s41467-026-76017-1

 

研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業 大規模プロジェクト型「クラウド光格子時計による時空間情報基盤の構築」(研究開発代表者:香取秀俊、グラント番号:JPMJMI18A1)の支援により実施されました。

 

用語解説

(注1)移動光格子

向かい合う2本のレーザー光の周波数にわずかな差をつけることで、光によって作られる格子状の原子閉じ込め位置を移動させる技術です。原子を閉じ込めたまま一定速度で運ぶことができ、本研究では「原子のベルトコンベヤー」として用いました。

 

(注2)縦励起

原子流と同じ軸に沿って分光用レーザーを照射する方法です。動く原子にレーザーを当てると、原子の運動によって共鳴周波数がずれて見えます。この影響を避けるため、従来は原子流と直交する方向からレーザーを照射する「横励起」が基本でした。これに対し、本研究では、原子を光格子に閉じ込めて運動の影響を抑えることで、原子流に沿ってレーザーを照射する「縦励起」でも高分解能な分光を可能にしました。

 

(注3)フーリエ限界

原子とレーザーが相互作用できる時間によって決まる、理論的なスペクトル線幅の目安です。一般に、相互作用時間が長いほど狭いスペクトルを観測できます。

 

(注4)ラム・ディッケ束縛

原子の運動範囲を、原子が吸収する光の波長より十分小さな領域に閉じ込めることで、原子の運動に伴うドップラー効果を抑える状態です。光格子時計で狭い時計遷移スペクトルを観測するために重要です。

 

(注5)ラビ振動

原子に共鳴するレーザーを照射すると、原子は基底状態と励起状態の間を周期的に行き来します。この現象をラビ振動と呼び、この性質を利用して原子の共鳴周波数を測定する方法がラビ分光です。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Nature Communications:https://www.nature.com/articles/s41467-026-76017-1