ポイント
- 約200年前にヤングによって考案された二重スリット実験は波の性質を調べる基本的な実験として知られているが、原子スケールでの実現は困難であった。
- 本研究では、シリコンの隣り合う原子を2つの隙間(スリット)に見立て、そこに細く絞った電子線を入射することで「原子スケールの二重スリット実験」に成功し、隣り合う原子の振動を直接測定できることを示した。これは、ヤングの実験の約1000万分の1のスケールに相当する。
- 原子の揺れ方は熱の伝わり方に関係しており、半導体内部の熱の流れを原子レベルで調べることで、効率的な放熱設計に役立つことが期待される。
スマートフォンやパソコンなどに使われる半導体は、高性能化や小型化が進むにつれて発熱の効率的な制御が大きな課題となっています。熱の伝わり方は物質を構成する原子の振動によって決まりますが、隣り合う原子同士がどのように協調して振動しているかを直接原子スケールで調べることは容易ではありません。
JST 戦略的創造研究推進事業 ERATOにおいて、東京大学 大学院工学系研究科 附属総合研究機構の柴田 直哉 機構長・教授、田畑 浩大 東京大学特別研究員(日本学術振興会(JSPS) 特別研究員)、関 岳人 准教授、石川 亮 特任准教授の研究グループは、隣り合う原子を「2つの隙間」に見立てた極小の二重スリット実験注1)に成功し、電子が作るしま模様から原子の揺れを読み取ることが可能であることを示しました。
二重スリット実験は、2つの細い隙間に波を通すと、波が重なり合って明暗のしま模様ができる現象を利用した実験です。19世紀初めに英国の物理学者 トーマス・ヤングが光を用いて行って以来、波の性質(波動性)を示す最も基本的な実験として知られています(ヤングの実験)。この実験を物質内部の原子スケールにまで小さくできれば、原子の並びや動きを単一の原子結合レベルで直接調べられると期待されますが、そのような原子スケールの二重スリット実験は、これまで実現されていませんでした。
本研究グループは、走査透過電子顕微鏡(STEM)注2)により細く絞った電子線を、136pm(ピコメートル:1pmは1兆分の1m)だけ離れて隣り合う2本のシリコン原子列注3)の間に入射した際に、この原子対が「二重スリット」のように振る舞う現象を利用することで、電子線による原子スケールの二重スリット干渉注1)を観測することに成功しました。これはヤングの実験を約7桁(1000万分の1)小さくしたことに相当します。
さらに、しま模様の見え方を詳しく調べることで、隣り合う原子がどれくらい同じ向きに揺れているかを読み取れることを明らかにしました。これは、原子同士の結び付きの強さや、物質の中で熱がどのように伝わるかを調べるための新しい方法です。
本手法は、原子同士の結合の硬さや、熱の伝わり方を左右するフォノン(格子振動)注4)の情報を、一つ一つの原子結合に着目して調べる新しい計測技術です。今後、この方法を半導体材料の研究開発に応用することで、熱がたまりやすい場所や流れにくい場所を原子レベルで調べられる可能性があります。将来的には、半導体デバイスの放熱設計や、熱を効率よく利用する材料の開発への貢献が期待されます。
本研究は、ウィーン大学 Toma Susi(トマ・スシ) 准教授と共同で行いました。 本研究成果は、8月19日(現地時間)に英国の学術誌「Nature」のオンライン版で公開されました。
本成果は、以下の支援によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)
研究領域:「柴田超原子分解能電子顕微鏡プロジェクト」(JPMJER2202)
研究総括:柴田 直哉(東京大学 大学院工学系研究科 附属総合研究機構機構長・教授)
研究期間: 2022年10月~2028年3月
本プロジェクトでは、極低温から高温までの温度領域において原子スケールの構造および電磁場分布を同時に観察することを実現し、物質・生命機能の起源を直接「観る」ことができる、従来の原子分解能電子顕微鏡を超えた「超」原子分解能電子顕微鏡とも呼ぶべき新たな計測手法を構築することを目的としています。
その他、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)(課題番号:JPMJPR21AA)、創発的研究支援事業(課題番号:JPMJFR2033、JPMJFR245V)、JSPS 科学研究費助成事業(課題番号:JP25H00793、JP24K01294)、二国間交流事業(JRP-LEAD with UKRI、課題番号:JPJSJRP20211703)、特別研究員奨励費(課題番号:JP25KJ1083)による支援を受けて行われました。
また本研究は、東京大学 大学院工学系研究科「次世代電子顕微鏡法社会連携講座」、東京大学 日本電子産学連携室、および文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ事業(東京大学 マテリアル先端リサーチインフラ微細構造解析部門)の支援を受けて実施されました。
<研究の背景と経緯>
波は、2つの隙間(スリット)を通り抜けると、互いに強め合ったり弱め合ったりして、明暗のしま模様(干渉じま)を作ります(図1a)。19世紀の初めに英国の物理学者トーマス・ヤングが光を用いた実験で示したこの二重スリット干渉は、その後、電子や中性子、原子、さらには巨大な分子でも実証され、「物質も波として振る舞う」という量子力学の根幹を裏付けてきました。とりわけ電子については、日本の外村 彰 博士らによる単一電子の干渉実験(1989年)がよく知られています。現代の干渉実験は、波動性の証明にとどまらず、干渉じまの明暗の明瞭さ(干渉じまの可視度注5))や、しまの位置(位相)から、対象の物理量を精密に測る「干渉計測」へと発展しています。
干渉計測の大きな特長は、測りたい物理量を干渉じまの変化に変換して読み取れる点にあります。もしこの干渉計(二重スリット実験)を原子スケールまで小さくできれば、物質の中の原子そのものをスリットとして、物質の性質を単一の原子結合レベルで調べられると考えられます。原子が規則正しく並んだ結晶は、格子点に固定された原子を、間隔の定まった二重スリットとして利用できるため、この目的に理想的な対象です。ただし、実際の結晶から局所的な情報を取り出すには、原子スケールの微小な領域に相互作用を閉じ込める必要があります。この本質的な難しさにより、結晶を原子スケールの二重スリット干渉計として用いるという発想は、これまで実現されていません。
近年、走査透過電子顕微鏡(STEM)の技術は飛躍的に進歩し、細く絞った電子プローブによって、狙った原子対だけを選んで電子線を照射できるようになりました。同時に、照射位置ごとに収束電子回折(CBED)注6)パターンを高感度・高速に記録できるピクセル型検出器も実用化されました。本研究グループは、これらの最先端技術を組み合わせれば、結晶を使って「原子スケールの二重スリット干渉計」を実現できるのではないかと考えました。

図1 原子スケール二重スリット干渉の概念図
a:光を用いた古典的なヤングの二重スリット実験(スリット間隔 約1mm、距離 約1m)。b:ある方向からのシリコンの隣接する原子列を「二重スリット」として用いた原子スケール干渉の模式図(間隔 136pm、結晶の厚さ 約10nm(ナノメートル、1nmは10億分の1m)、検出器までの距離 約10cm)。
<研究の内容>
そこで本研究グループは、ピクセル型検出器を搭載したSTEMを用いて、原子サイズに絞った電子線をシリコン結晶の上で走査しながら、照射位置ごとにCBEDパターンを記録する4次元STEM(4D-STEM)注6)計測を行いました。シリコンに電子線をある方向から入射すると、2本の原子列が136pmの間隔で対(ダンベル構造注3))を成して並んでいるように見えます。記録した膨大なパターンの中から、電子線がちょうどこの原子対の中間に入射したときのCBEDパターンだけを選び出しました。
電子が結晶中を進むとき、原子核の引力ポテンシャルが導波路のように働き、電子線は2本の原子列に沿って閉じ込められます(チャネリング効果注7))。その結果、試料の出口面には、136pm離れた2つの小さな波源が生まれ、これらが互いに干渉してしま模様を作り出します(図1b)。
こうして選び出した、等価な356個の原子対のCBEDパターンを平均すると(図2a)、原子列を結ぶ方向と垂直に、明瞭な干渉じまが3次の明線まで現れました。しまの周期は、原子列の間隔136pmから期待される値と同じであり、この原子対がまさに「二重スリット」として働いたことを示しています。これは、ヤングの実験(スリット間隔 約1㎜)と比べて実に約7桁も小さな二重スリット実験に相当します。一方、電子線を1本の原子列の真上に置くと干渉じまは消失し、隣り合う原子対の「中間」という特別な位置でのみ二重スリット干渉が成立することも確認されました。

図2 原子スケール二重スリット干渉実験結果と協調的な熱振動の役割
a:実験で得られたCBEDパターン。b:隣り合う原子が互いに無関係に振動すると仮定したモデルの計算結果(高次の干渉じまが消える)。c:協調した原子変位を取り入れたモデルの計算結果(実験を再現する)。図中の2, 3はそれぞれ、2次、3次の明線。
さらに本研究グループは、この干渉じまに刻まれた「原子の協調した熱振動」の情報を読み解きました。結晶中の原子は、常温でも絶えず熱振動しています。もし隣り合う2つの原子が互いに無関係にばらばらに振動すると仮定して計算すると、1次より高次の干渉じまはすべて消えてしまい、実験と大きく異なりました(図2b)。ところが、シリコンのフォノン(格子振動)の理論から導いた「協調した振動」を取り入れると、高次の干渉じままで含めて実験を精度よく再現できました(図2c)。これは、隣り合う原子同士の振動がそろう傾向、すなわち協調した熱振動こそが、電子波の干渉を保つ鍵であることを示しています。この干渉じまは高温でも観測でき、900K(ケルビン注8)、約627℃)まで加熱しても干渉じまは維持されました。
この協調運動の痕跡は、原子振動の方向によって、干渉パターンの異なる場所に現れます。原子列を結ぶ方向(x)に2つの原子が同じ向きに動けば、スリット間隔136pmが保たれて高次の干渉じままで生き残りますが、逆向きに動くと間隔が揺らいで高次のしまが失われます。一方、それと垂直な方向(y)に同じ向きに動けば二重スリットの軸の向きが保たれ、逆向きに動くと軸が傾いて干渉じまが角度方向にぼやけます(図3)。効果の現れる領域が2つの方向で異なるため、1枚の干渉パターンから、2方向の協調振動の度合いを独立に読み取ることができます。

図3 方向別の協調運動が干渉パターンに与える効果の模式図
隣り合う原子が同じ向きに動く場合(上段)と逆向きに動く場合(下段)で、干渉パターンがどう変わるかを、a:原子列を結ぶ方向(x)に動く場合とb:それに垂直な方向(y)に動く場合について示す(白丸は原子列)。x方向に同じ向きに動くとスリット間隔136pmが保たれるが、逆向きに動くと間隔が揺らいで高次の干渉じまが消える。y方向に同じ向きに動くと二重スリットの軸の向きが保たれるが、逆向きに動くと軸が傾いて干渉じまが角度方向にぼやける。この違いにより、干渉じまの見え方から、2つの方向の振動のそろい方を区別して読み取ることができる。
本研究グループは、この性質を利用して干渉じまの見え方を詳しく解析し、隣り合う原子の振動がどれだけそろっているかを表す「相関係数注9)」を実験的に決定することに成功しました。得られた値は、格子振動の理論予測とよく一致しました。さらに、結合と平行な方向が垂直な方向よりも振動がそろいやすいこと、そしてその度合いは900Kまで温度を上げてもほとんど変わらないことが分かりました。これは、原子振動のそろい方が、温度によらない原子同士の結合そのものの性質を反映した量であることを意味します。
では、この相関係数は物理的に何を表しているのでしょうか。隣り合う2つの原子が硬い結合(強いバネ)で結ばれているほど、一方が動けばもう一方も引きずられて動くため、2つの原子の動きはそろいやすくなります。逆に結合が軟らかいほど、動きはばらばらになります。したがって、変位の相関係数は、原子結合の「硬さ」を表す力定数注10)と密接に関係しています。つまり、干渉じまから相関係数を読み取ることで、その原子結合がどれだけ硬いかを評価できるのです。今回観測された、結合と平行な方向では振動がそろいやすいという性質は、結合を伸び縮みさせる方向の「硬さ」が、横にずらす方向の「硬さ」より大きいことを反映しています。
<今後の展開>
本研究では、電子の干渉じまを利用して、これまで直接測定することが難しかった隣り合う原子同士の熱振動を、一つ一つの原子結合に着目して調べることが可能であることを示しました。原子の振動は、半導体や絶縁体の中で熱を運ぶ役割を担っています。近年、スマートフォンやコンピューターに用いられる半導体の高性能化・小型化に伴い、発熱を効率的に制御することが重要な課題となっています。今後、本手法を半導体材料の界面や欠陥など、熱の流れを妨げやすい場所の解析に応用することで、熱がどこを通りやすく、どこで滞りやすいのかを原子レベルで調べられるようになると考えられます。本研究成果は、将来的に半導体デバイスの放熱設計の高度化や、熱を効率よく利用する材料の開発への貢献が期待されます。
<用語解説>
注1)二重スリット実験、干渉
2つのスリット(隙間)を通り抜けた波が重なり合い、強め合う場所(明線)と弱め合う場所(暗線)が交互に並ぶしま模様(干渉じま)を作る現象を利用した実験。波に共通して見られる現象であり、波動性を示す代表例である。
注2)走査透過電子顕微鏡(STEM)
細く絞った電子線(電子プローブ)を試料上で走査し、透過・散乱した電子を検出して試料の構造を観察する装置。電子プローブは100pm以下まで絞ることができ、原子1個1個を見分けられる分解能での観察が可能である。
注3)原子列、ダンベル構造
結晶を特定の方向から見たとき、電子線の進行方向に重なって並ぶ原子の列を原子列と呼ぶ。シリコンを[110]方向から見ると、2本の原子列が近接して対を成し、その形状からダンベル構造と呼ばれる。本研究ではこの対を天然の二重スリットとして用いた。
注4)フォノン(格子振動)
結晶中で多数の原子が集団的に振動する様子を、粒子のように扱ったもの。物質の熱伝導や比熱を担う。
注5)干渉じまの可視度
干渉じまの明暗の明瞭さ(コントラスト)を表す量。波のコヒーレンス(干渉のしやすさ)が高いほど可視度は大きくなる。可視度には、波を回折させる対象(本研究では原子)の情報が刻み込まれる。
注6)収束電子回折(CBED)、4次元STEM(4D-STEM)
電子プローブを試料上で走査しながら、照射位置ごとに2次元の回折パターン(収束電子回折:CBED)をピクセル型検出器で記録する手法を4D-STEM法と呼ぶ。走査位置(2次元)と回折パターン(2次元)を合わせた4次元のデータが得られる。
注7)チャネリング効果
結晶中を進む電子が、原子列の引力ポテンシャルに導かれ、その列に沿って強度を集中させながら伝播(でんぱ)する現象。本研究では、この効果によって試料の出口面に2つの波源が形成される。
注8)ケルビン
熱による原子・分子の運動が完全になくなる温度を絶対零度(0K、約−273.15℃)とする、絶対温度の単位。300Kは約27℃、500Kは約227℃、900Kは約627℃に相当する。
注9)相関係数
2つの原子の変位(動き)がどれだけそろっているかを表す指標。+1に近いほど同じ向きに、0に近いほど互いに無関係に、−1に近いほど逆向きに動くことを示す。本研究では、結合と平行な方向と垂直な方向のそれぞれについて実験的に決定した。
注10)力定数
原子同士を結ぶ結合の硬さを表す量で、バネの強さ(バネ定数)に相当する。値が大きいほど結合は硬く、原子を平衡位置からずらすのに大きな力を要する。隣り合う原子の熱振動の相関(相関係数)は、この力定数と密接に関係しており、相関係数を測ることは、結合の硬さを実空間で評価することにつながる。
<論文タイトル>
“Atomic-scale double-slit interferometry with a focused electron probe”
(収束電子プローブによる原子スケール二重スリット干渉計測)
DOI:10.1038/s41586-026-10914-9
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