ポイント
⚫︎ ミトコンドリア※1とメラノソーム※2の接触を定量する新技術「MiMSBiT※3」を開発 ― 生細胞内のオルガネラ※4同士の接触を測定可能に
⚫︎ 色素をつくる細胞小器官メラノソームに、ミトコンドリアが接触しエネルギー(ATP※5)を供給していることを発見
⚫︎ この接触が壊れるとメラノソームでのメラニン※6合成が低下することを発見 ― ミトコンドリア機能と色素形成が密接に関係する新原理を解明
研究の概要
学習院大学理学部生命科学科の椎葉一心助教、柳茂教授らの研究グループは、岡山理科大学、東京大学、金沢大学、東京都健康長寿医療センター、東京薬科大学などの共同研究チームとともに、細胞内におけるミトコンドリアとメラノソームの新たな関係について明らかにしました。
本研究ではまず、ミトコンドリアとメラノソームの接触を生きた細胞内でリアルタイムに定量できる新技術「MiMSBiT(Mitochondria–Melanosome contact reporter applying NanoBiT)」を開発しました。これにより、これまで計測が困難であったオルガネラ間コンタクトの変化を経時的に追跡し、接触の程度を定量的に評価することが可能となりました。この解析から、メラノソーム上に存在するSTIM1※7 と、ミトコンドリア外膜タンパク質 Mfn2(Mitofusin 2)※8が結合し、ミトコンドリアとメラノソームの接触を制御していることを見出しました。従来、メラニン合成は主に酵素活性や遺伝子発現の調節として理解されてきましたが、本研究は、オルガネラ間の物理的接触という新しい制御機構が色素形成に重要であることを示した点に新規性があります。さらに、この接触が破綻するとメラノソームの成熟※9が阻害され、メラニン合成が低下することを実証しました。
本成果は、ミトコンドリア機能と色素形成が密接に関連していることを示すものであり、白髪など老化に伴う色素変化の細胞学的理解を深める新たな基盤を提供します。今後、色素形成異常の分子機構解明や、老化研究、美容・医療分野への応用につながることが期待されます。
本研究成果は、2026年4月20日(英国時間)に国際学術誌「Nature Communications」に掲載されました。
研究の背景・研究の内容
本研究では、色素産生能を持つメラノーマ細胞を用いて、ミトコンドリアとメラノソームの関係を多角的に解析しました。
●ミトコンドリアとメラノソームは接触しているのか?
まず私たちは、電子顕微鏡観察や蛍光イメージングを用いて、ミトコンドリアとメラノソームが物理的に近接していることを確認しました。しかし、これらの解析からは「どの程度接触しているのか」「時間とともにどう変化するのか」を詳細に解析することは困難でした。そこで新たに、MiMSBiT(Mitochondria–Melanosome contact reporter applying NanoBiT)を開発しました。この技術は、ミトコンドリアとメラノソームが一定距離以内に近づいたときにのみ発光する仕組みを利用しています。これにより、生きた細胞内でオルガネラ同士の接触をリアルタイムで測定し、数値として定量化することが可能になりました。MiMSBiT解析の結果、メラノソームが色素を産生する能力を獲得する成熟過程で、ミトコンドリアがメラノソームと接触していることが明らかになりました。

図1
ミトコンドリア(緑)とメラノソーム(紫)が細胞内で近接している様子(上段)と、電子顕微鏡による接触部位の観察像(左下)。右下は、両オルガネラの接触を発光で検出する新技術 MiMSBiT の概念図。
●ミトコンドリアーメラノソーム接触を制御している分子は何か?
次に、接触を制御する分子機構を解析しました。接触が最も増加するタイミングで、接触領域に存在する分子(タンパク質)を網羅的に探索したところ、STIM1とMfn2の関与が示唆されました。STIM1は細胞内カルシウム濃度の変化を感知するタンパク質であり、Mfn2はミトコンドリアの形態や他の小器官との接触に関わることが知られています。遺伝子ノックダウン※10(特定のタンパク質の発現を減少させる操作)を行うと、MiMSBiTで測定されるミトコンドリア–メラノソーム接触が有意に減少しました。この結果から、メラノソーム上に局在するSTIM1とミトコンドリア上に存在するMfn2が協調して両者の接触を形成していることが示されました。
●接触はメラニン色素形成に本当に必要か?
次に、この接触が機能的に重要かどうかを検証しました。STIM1やMfn2を抑制すると、メラノソームの成熟が障害されました。メラノソームは未熟段階(Stage I/II)から成熟段階(Stage III/IV)へと変化することで、内部にメラニンを十分に蓄積できるようになります。しかし接触が減少すると、この成熟過程が滞り、メラニン量が低下しました。さらに、ミトコンドリアのATP産生を薬理学的に阻害すると、同様にメラニン合成が低下しました。これは、接触が単なる構造的近接ではなく、エネルギー供給を介してメラノソーム機能を支えていることを示しています。

図2
α-MSH(メラニン産生刺激ホルモン)※11によりメラノソームの成熟を誘導すると、メラニン合成が促進され遠心分離で集めた細胞の塊が黒くなる。一方、ミトコンドリア–メラノソーム接触やミトコンドリアのATP産生を阻害すると、メラニン合成が低下し黒色化が抑制される。
●生体レベルでの検証(ゼブラフィッシュ※12)
最後に、モデル生物であるゼブラフィッシュを用いて生体レベルでの検証を行いました。ゼブラフィッシュは体表に明瞭な黒色色素細胞を持つため、色素形成の解析に適しています。ミトコンドリア–メラノソーム接触を薬理学的に破壊すると、体表の黒色色素が著しく減少し、色素が消失しました。この結果は、細胞レベルで明らかになったコンタクト機構が、生体全体の色素形成に直結していることを示しています。

図3
ミトコンドリア–メラノソーム接触を阻害する MFI-8(Mitofusin阻害剤)をゼブラフィッシュに処理すると、体表の黒色斑点(メラニン色素形成)が減少する。
●本研究が示したこと
以上の結果から、本研究は以下を明確に示しました。
- ミトコンドリアはメラノソームに物理的に接触している
- STIM1とMfn2がその接触を制御している
- 接触はメラノソーム成熟とメラニン合成に不可欠である
- 生体レベルでも接触は色素形成に直接影響する
これにより、色素形成は酵素や遺伝子だけでなく、オルガネラ同士の接触という空間的制御機構によって支えられていることが明らかになりました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)および今後の展開
本研究は、色素形成の仕組みを「酵素」や「遺伝子」だけでなく、細胞内小器官同士の「接触(コンタクト)」という新しい視点から捉え直した点に大きな意義があります。これまでメラニン合成は主に化学反応の調節として理解されてきましたが、本研究により、ミトコンドリアがメラノソームに直接接触し、局所的にエネルギーを供給することで色素形成を支えていることが明らかになりました。
ミトコンドリアは細胞の「発電所」と呼ばれ、加齢とともに機能が低下することが知られています。本研究は、ミトコンドリア機能の低下が色素形成の破綻につながる可能性を示すものであり、白髪など加齢に伴う色素変化を細胞レベルで理解する新たな基盤を提供します。これは老化研究の観点からも重要な発見です。
また、メラニンは皮膚や毛髪だけでなく、眼や内耳などにも存在し、光や音から体を守る重要な役割を担っています。本研究は、色素がどのように維持されているのかという根本的な問いに対し、細胞内構造の連携という新しい答えを提示するものです。色素形成異常や関連疾患の理解にもつながる可能性があります。
さらに、本研究で開発したMiMSBiTは、ミトコンドリアとメラノソームの接触を生きた細胞内でリアルタイムに定量できる新技術です。この技術は、色素研究にとどまらず、神経細胞や心筋細胞など、他の細胞種における細胞小器官間相互作用の解析にも応用可能です。つまり、本研究は一つの現象の解明にとどまらず、細胞生物学研究全体に新たな解析基盤を提供するものです。
今後は、加齢やストレス条件下でミトコンドリア–メラノソーム接触がどのように変化するのかを明らかにするとともに、この接触を制御する分子機構のさらなる解明を進めます。将来的には、老化に伴う色素変化の理解を深めるだけでなく、医療や美容分野への応用につながる可能性も期待されます。
発表者
椎葉一心(学習院大学・助教(研究当時)/現在 東北大学 大学院薬学研究科助教)
石川悠人(学習院大学・大学院生(研究当時))
大塩聖(学習院大学・大学院生(研究当時))
伊藤直樹(学習院大学・研究員(研究当時))
山口風哉(学習院大学・大学院生(研究当時))
長島駿(東京薬科大学・講師)
安藤秀哉(岡山理科大学・教授)
梅澤啓太郎(東京都健康長寿医療センター研究所・准主任研究員)
三浦ゆり(東京都健康長寿医療センター研究所・研究部長)
荒磯裕平(金沢大学・准教授)
中村航規(東京大学・特任研究員)
平林祐介(東京大学・准教授)
稲留涼子(学習院大学・研究員)
柳茂(学習院大学・教授)
論文情報
論文名:STIM1-Mitofusin2 interactions tether mitochondria and melanosome contacts that promote melanosome maturation
雑誌:Nature Communications
著者名:Isshin Shiiba, Yuto Ishikawa, Hijiri Oshio, Naoki Ito, Fuya Yamaguchi, Shun Nagashima, Hideya Ando, Keitaro Umezawa, Yuri Miura, Yuhei Araiso, Koki Nakamura, Yusuke Hirabayashi, Ryoko Inatome & Shigeru Yanagi
URL:https://doi.org/10.1038/s41467-026-70282-w
DOI:10.1038/s41467-026-70282-w
(研究助成)
本研究は、JSPS/MEXT科研費(JP22K15399, JP22H05574, JP24H01327, JP24K18382, JP23K14185, JP22K20637,JP21K06844, JP23K02691, JP20H04911 and JP20H03454)、武田科学振興財団、興和生命科学振興財団、上原記念生命科学財団、第一三共生命科学研究振興財団および日本医療研究開発機構(AMED)(課題番号 JP20gm5010002 and JP25gm2110001)の支援を受けて実施されました。
用語解説
※1 ミトコンドリア
細胞の中に存在する小さな構造(細胞小器官)の一つで、栄養からエネルギー(ATP)を作り出す働きを持つ。細胞の活動に必要なエネルギーを供給することから「細胞の発電所」とも呼ばれる。
※2 メラノソーム
メラニン色素を作り、蓄える細胞小器官。皮膚や毛髪、目の色を決めるメラニン色素は、このメラノソームの中で作られる。
※3 MiMSBiT(Mitochondria–Melanosome contact reporter applying NanoBiT)
ミトコンドリアとメラノソームが近づいたときに発光する仕組みを利用し、両者の接触を生きた細胞内でリアルタイムに測定できる新しい解析技術。本研究で開発された。
※4 オルガネラ(細胞小器官)
細胞の中にある、特定の働きを担う小さな構造の総称。ミトコンドリア、メラノソーム、小胞体などが含まれる。
※5 ATP(アデノシン三リン酸)
細胞が活動するためのエネルギーを蓄えた分子。多くの場合、ミトコンドリアで作られ、細胞内のさまざまな反応を動かすエネルギー源として利用される。
※6メラニン
皮膚・毛髪・目などに存在する黒色または褐色の色素。紫外線などから体を守る役割を持つ。メラニン量の変化は、肌の色の違いや白髪などにも関係する。
※7 STIM1
細胞内カルシウム濃度の変化を感知するタンパク質。本研究では、メラノソーム上に存在し、ミトコンドリアとの接触形成に関与することが示された。
※8 Mfn2(Mitofusin 2)
ミトコンドリア外膜に存在するタンパク質で、ミトコンドリア同士の融合や、他の細胞小器官との接触を調節する役割を持つ。
※9 メラノソーム成熟(Stage I–IV)
メラノソームが形成されてからメラニンを蓄積するまでの発達過程。未熟なStage I/IIから、メラニンを多く含む成熟したStage III/IVへと段階的に変化する。
※10 ノックダウン
特定の遺伝子やタンパク質の発現量を減らす実験手法。ある分子の働きを弱めることで、その分子の機能を調べるために用いられる。
※11 αMSH(αメラノサイト刺激ホルモン)
メラニン産生を促進するホルモン。メラノサイト(色素細胞)に働き、メラニン合成を活性化する。
※12 ゼブラフィッシュ
体が透明に近く、遺伝子操作がしやすいことから生命科学研究で広く利用される小型の魚。体表の色素細胞が観察しやすいため、色素研究のモデル生物としても用いられる。
プレスリリース本文:PDFファイル
Nature Communications:https://doi.org/10.1038/s41467-026-70282-w
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