概要
東京大学大学院工学系研究科および京都大学エネルギー理工学研究所(兼任)の宮内雄平 教授、東京理科大学理学部第一部物理学科の西原大志 准教授、東京大学大学院工学系研究科の檜作未央子 助教らの研究グループは、構造(カイラリティ)の揃った単層カーボンナノチューブ(SWCNT)の集積膜をヒーターからの熱伝導により加熱し、量子効果の一種である励起子効果に由来した放射ピークを持つ励起子熱放射をマクロスケールのSWCNT膜から観測することに初めて成功しました。また、SWCNTと透明誘電体からなる平面4層の素子構造により、励起子熱放射のピーク強度を熱力学的限界の80%弱まで増強できることも実証しました。本成果は、従来の半導体とは大きく異なるSWCNT膜の熱光物性を明らかにするとともに、熱放射を光起電力セルに入力して発電する熱光起電力発電(熱光発電、TPV)技術において、既存のTPVが苦手とする中温域(700〜1000℃程度)での高効率化の鍵となる、高性能な波長選択型熱エミッターの実現に有望な道筋を示すものです。本研究成果は、2026年7月29日午前10時(英国夏時間)に国際学術誌「Nature Communications」に掲載されました。

カーボンナノチューブ膜からの励起子熱放射の模式図 ©️宮内研究室
1.背景
有限温度の物体からは、その温度に応じたスペクトルを持つ光(電磁波)が放出されます。この現象は「熱放射注1)」と呼ばれ、多数の原子から構成される一般的な物質が加熱されると、様々な格子振動モードによる振動分極や、様々な電子エネルギー準位間の遷移による電子分極が熱的に励起され、遠赤外から可視域程度までの幅広い波長にわたる広帯域な熱放射スペクトルが観測されます。熱放射スペクトルを特定の波長に絞り込む「波長選択型熱放射制御」は、熱エネルギーを近赤外光へと変換して光起電力セルで発電する「熱光起電力発電(TPV)注2)」など、次世代エネルギー技術における重要な課題です。特に、700〜1000℃程度の中温域の熱は、工業炉や焼却炉、高温作動型の燃料電池など、社会の様々な場面で発生しており、中温域で高効率なTPVが実現すれば、その波及効果は大きいと期待されます。しかしながら、この温度域では、一般的な材料からの熱放射の大部分が、光起電力セルが発電できない中・遠赤外域に放出されてしまうため、高効率なTPV発電を実現するには、極めて高度な熱放射制御技術が必要となります。
近年、熱放射制御技術は、物体の構造を作り込むことによる光の制御技術(フォトニクス)の一環として研究が進められてきました。一方、研究チームは、フォトニクスに加えて、ナノマテリアルの「熱光物性」を活用する新たなアプローチを提案してきました。一般に、半導体が光吸収などによって励起されると、電子(負電荷)と正孔(電子の抜け穴、正電荷)がクーロン引力で互いに結びついた「励起子注3)」と呼ばれる量子状態が形成されます(図1a)。励起子は、水素原子に似た準粒子であり、そのエネルギーも、原子のようによく定まっているため、励起子が関わる光吸収や発光のスペクトルは、励起子共鳴エネルギー近傍に鋭いピーク構造を持ちます。近赤外域に光学ギャップを持つバルク(三次元)半導体では励起子の束縛エネルギーが小さく(通常10 meV 程度以下)、室温(熱エネルギー〜26 meV程度)以上では熱的に解離してしまうため、常温・高温では、熱放射を含む光学スペクトルに明瞭な励起子効果は通常観測されません。一方、単層カーボンナノチューブ(SWCNT)注4)は、電子と正孔の移動方向が、円筒の軸方向に制限されている「擬一次元物質」であり、特に、半導体型のSWCNTでは、クーロン相互作用が著しく強まることで励起子束縛エネルギーが200〜300 meV以上に達します。このため室温を大きく超える高温でも励起子状態が壊れずに安定して存在し、励起子分極に由来する熱放射が原理的に可能です。
研究チームはこれまでに、単一のSWCNTをレーザーで加熱した実験において、熱的に生成された励起子(熱励起子)に由来する鋭いピークを持つ熱放射(励起子熱放射)が生じることを発見していました(図1b)。この発見から、もし多数のSWCNTを集積したマクロスケールのフィルム試料でも同様の励起子熱放射を発生させることができれば、熱エネルギーを高精度に近赤外光へと変換する実用的な大面積デバイスの創出が可能となり、TPV発電の高効率化につながると期待されます。しかし、1本のSWCNTで可能なことが、多数のSWCNTを集めて作ったマクロスケールの膜でも実現できるかどうかは、これまで明らかではありませんでした。SWCNTの集積体中では周囲のSWCNTの存在(図1c)によって励起子の束縛が弱まる可能性や、高温での励起子-フォノン(格子振動)散乱によるスペクトル線幅の広がりにより、鋭い励起子共鳴を維持できなくなる可能性があるからです。また、膜自体の高温安定性への懸念や、ヒーターからの熱伝導により試料を加熱する際に、外部熱源からの熱放射と試料自体の熱放射を分離するという技術的な困難を克服する必要もありました。本研究はこの問いに実験的に答えを出すとともに、励起子熱放射をさらに増強する工学的な方法論を提示し、実証しました。
2.研究手法・成果
研究グループは、まず、2つの整数(n,m)で指定されるSWCNTの構造(カイラリティ)がよく揃った、(7,5)カイラリティ純度の高いSWCNT集積薄膜を作製し、それを加熱しながら透過率スペクトルを測定することで、高温環境における励起子の状態を調べました(図2a)。その結果、温度上昇とともに、励起子共鳴ピークは低光子エネルギー注5)(長波長)側へのシフトや、ある程度のスペクトル線幅の広がりを示しましたが(図2b)、吸収の積分強度(振動子強度)は温度によらず一定であることが分かりました(図2c)。これは、800 Kという高温においても励起子状態が安定に維持されていることを示しています。
次に、本研究のために特別に設計した、穴の空いたタングステン製ヒーター上にSWCNT膜を設置し(図3a)、ヒーターからの熱伝導で加熱したSWCNT膜に光ファイバーを近づけて(図3b)、熱放射スペクトルを測定しました。図3cは850 Kにおける熱放射スペクトル、そして図3dは熱放射スペクトルを850 Kの黒体放射スペクトルで除した分光放射率スペクトルを示しています。得られた放射率注6)スペクトルには、励起子共鳴エネルギーに対応したピーク構造が観測され、この形状は別途測定した透過スペクトルから計算した吸収率スペクトルと良く一致しました。これは、観測された熱放射ピークが励起子に由来することを示す直接的な証拠です。熱伝導により加熱されたマクロスケールの面積を持つSWCNT薄膜において励起子熱放射が観測されたのは、これが初めてのことです。
近赤外域にバンドギャップを持つ一般的なバルク半導体では、高温になると、電子バンドギャップの端(バンド端)に自由キャリア(束縛されていない電子と正孔)が熱励起され、赤外域での吸収・放射が増大します。一方、本研究のSWCNT膜の光学ギャップは、高温安定な励起子共鳴に支配されており、バンドギャップエネルギーは、それよりも励起子束縛エネルギー分(200〜300 meV程度)だけ高エネルギー(短波長)側に位置するため、励起子が熱励起されるような温度でも、自由キャリアの熱励起は十分抑制され、光学ギャップ(励起子共鳴エネルギー:約1.1 eV、波長約1.1 µmに相当)より低エネルギー(長波長)側での透明性が維持されます。これにより、赤外域での熱放射の発生が強く抑制されることが確認されました。
今回測定したSWCNT膜の励起子共鳴ピークにおける分光放射率は、非常に吸収の強い薄膜の放射率の理論限界である0.5と一致していました(図3d)。そこで、この限界を超えて、さらに熱放射のピーク強度を増強することを狙って、SWCNT膜と透明誘電体層(MgO)を交互に積層した4層構造(SWCNT/MgO/SWCNT/MgO)を設計・作製し(図4a,b)、850 Kにおける放射率スペクトルを測定しました。その結果、励起子共鳴波長における放射率を、熱力学的限界の80%弱まで増強できることを確認しました(図4c)。この増強効果は、SWCNTにおける極めて強い励起子と光の相互作用と、光の干渉効果を掛け合わせることで実現したものです。さらに、今後のTPV応用への道筋として、シミュレーションにより、より直径が太く、耐熱性が高く、励起子共鳴エネルギーがより低エネルギー側(1200 Kでは約0.8 eV、波長約1.6 µmに相当)にある(10,3)カイラリティのSWCNTを用いた4層構造が1200 Kにおいて、TPV応用に適した波長選択性を示しうることが明らかになりました(図4d)。これは、GaSb系光起電力セルのバンドギャップ(0.67 eV、波長約1.9 µmに相当)に対応する波長域における高効率TPV動作に適した特性です。
3.波及効果、今後の予定
本研究により、カイラリティの揃ったSWCNTを集積して作製した高純度なSWCNT薄膜が、高温でも、励起子に起因する鋭い波長ピークを持つ熱放射を示すことが明らかになりました。これは、カイラリティ分離SWCNT集積膜が従来の半導体とは全く異なる熱光物性を持つユニークな材料であることを示しています。今後は、本研究で示した道筋に沿って、高性能な波長選択型熱エミッターの実現を目指します。また、本研究の知見は、従来から用いられてきた物体の構造を作り込むことによる光の制御技術(フォトニクス)に加えて、SWCNTのようなナノ物質の特徴的な熱光物性を組み合わせる熱放射制御アプローチの有効性を示すものであり、TPV以外にも、高温で安定な光学スペクトル構造が必要な熱フォトニクス全般への波及効果が期待されます。
4.研究プロジェクトについて
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 基盤研究(S)(JP25K24647、JP24H00044、宮内)、挑戦的研究(開拓)(JP22K18287、宮内)、基盤研究(B)(JP23H01791、西原)、若手研究(JP19K15384、JP21K14486、西原)、特別研究員奨励費(JP23KJ1390、檜作)、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST(JPMJCR25A5、JPMJCR18I5、宮内)、JST 創発的研究支援事業FOREST(JPMJFR222N、西原)の支援を受けて行われました。
<用語解説>
注1)熱放射:有限温度の物体から熱が電磁波(光)として放出される現象。温度が高いほど短波長(高エネルギー)の光が放出される。あらゆる波長の光を完全に吸収・放射する理想的な物体を「黒体」と言い、その熱放射を「黒体放射」と呼ぶ。
注2)熱光起電力発電(熱光発電、TPV:Thermophotovoltaics):高温に加熱された物体からの熱放射を半導体光電変換素子で受光して電力に変換する発電技術。波長選択型の熱エミッターを用いると、発電に適した特定の波長帯のみに熱放射を集中させることができ、変換効率の大幅な向上が可能となる。
注3)励起子(エキシトン):固体中で光などのエネルギーを受けた電子(負電荷)と、その抜け穴である正孔(正電荷)がクーロン引力(静電気力)で互いに引き付け合い、水素原子に似た中性の量子状態を形成したもの。励起子が持つエネルギーは物質ごとにほぼ固定されているため、励起子を通した光吸収・放射は鋭いエネルギーピークを示す。バルク半導体では束縛エネルギーが小さく室温以上で解離するが、カーボンナノチューブでは束縛エネルギーが数百meVと大きく高温でも安定する。
注4)単層カーボンナノチューブ(SWCNT):炭素原子のみからなるグラフェンシートを円筒状に丸めたナノ材料。直径は1〜2 nm程度で、その巻き方(カイラリティ)によって半導体型と金属型に分類される。半導体型SWCNTでは励起子束縛エネルギーが非常に大きく、高温でも励起子状態が安定に存在する。
注5)光子エネルギー:光子エネルギーは光の波長に反比例し、エネルギーが高いほど波長は短い(波長[µm]≒1.24/エネルギー[eV])。図1b、図2b、図3c,d、図4c,dの右側(高エネルギー側)ほど短波長に対応する。
注6)放射率(エミッシビティ):物体が実際に放出する熱放射量を、同温度の黒体の熱放射量で割った無次元量(0〜1)。放射率が1に近いほど強く熱放射し、0に近いほど熱放射しない(熱を反射または透過する)。キルヒホッフの法則により、特定の波長・温度での放射率(分光放射率)は分光吸収率に等しい。
<研究者のコメント>
本成果は、1本のカーボンナノチューブを対象に私たちが積み重ねてきたナノサイエンスの知見を、マクロスケールでのエネルギー変換技術へと繋げていくための土台となるものです。当初は材料技術と測定技術の両面で様々な課題がありましたが、多くの学生・研究室スタッフの皆さんの協力で一つ一つ乗り越え、今回の成果発表に至りました。技術開発の面で解決すべき課題はまだ多くありますが、これからも一歩一歩、着実に研究を進めていきたいと考えています。(宮内雄平)
<論文タイトルと著者>
タイトル:Exciton thermal radiation from macroscale membranes composed of chirality-sorted carbon nanotubes and its control
(日本語訳:カイラリティ分離カーボンナノチューブからなるマクロスケール膜からの励起子熱放射とその制御)
著者:高橋 諒旭†(京都大学)、檜作 未央子†(東京大学/京都大学)、寺西 開知†(京都大学)、高市 松ノ助(京都大学)、西原 大志*(東京理科大学/京都大学)、宮内 雄平*(東京大学/京都大学)
†:同等貢献、*:責任著者
掲載誌:Nature Communications DOI:10.1038/s41467-026-75711-4
<参考図表>

図1 カーボンナノチューブと励起子熱放射。(a)単一ナノチューブと励起子の模式図。(b)単一ナノチューブの励起子熱放射スペクトルと黒体放射スペクトルの形状比較。(c)カイラリティが揃ったナノチューブ集積体の模式図。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)

図2 カーボンナノチューブ(CNT)膜の高温透過スペクトル測定。(a)測定の模式図。(b)透過率スペクトルの温度変化。(c)励起子の振動子強度(共鳴ピークの積分値)の温度変化。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)

図3 熱放射スペクトル測定。(a)特注タングステンヒーターに転写したカーボンナノチューブ自立薄膜。(b)測定の模式図。(c)850 Kのナノチューブ薄膜からの熱放射のスペクトル。(d)850 Kのナノチューブ薄膜の放射率。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)

図4 カーボンナノチューブ(CNT)/MgO 4層構造による放射率の増強。(a)(7,5)CNT薄膜を用いた4層構造の模式図。(b)作製した4層構造の写真。(c)(7,5)CNT薄膜を用いた4層構造の850 Kにおける放射率スペクトル。(d)(10,3)CNT/MgO 4層構造の1200 Kの熱放射スペクトルのシミュレーション。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)
プレスリリース本文:PDFファイル
Nature Communications:https://doi.org/10.1038/s41467-026-75711-4
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