カーボンナノチューブは構造を記憶して伸び続ける ―変動環境の成長履歴を同位体の標識から読み解く―

2026/09/01

発表のポイント

触媒となるナノ粒子の寸法は途中で変化し続けるにもかかわらず、そこから伸びるカーボンナノチューブは数百マイクロメートルにわたって同一の原子配列を保つ構造記憶を持つことを明らかにしました。

ナノチューブ自身に記録された成長履歴から、炉の温度を上げ下げすると成長速度が約2倍になり、触媒が不可逆的に変化していることを読み出しました。

本成果は、ナノチューブの構造を決める初期段階と長く伸ばす過程でそれぞれ独立に条件を設定できることを示すもので、均一性と生産量を両立する合成技術として、次世代の半導体・光デバイス応用への貢献が期待されます。

 

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触媒粒子は成長の途中で変化するが、ナノチューブは同じ構造を保って伸び続ける

 

概要

東京大学大学院工学系研究科の大塚 慶吾 助教らによる研究グループは、カーボンナノチューブの成長途中で周囲の温度や触媒粒子の寸法が変化しても、ナノチューブ自身の巻き方(カイラリティ、注1)は生成初期のまま維持されることを明らかにしました。典型的には、カーボンナノチューブは数ナノメートル(nm10億分の1メートル)の触媒粒子から析出しながら成長し、両者のサイズは強く相関することが知られています。本研究では、ナノチューブの成長中に炭素の同位体標識を埋め込み、1本ごとの成長履歴をラマン散乱(注2)スペクトルから読み出す独自手法を用いました。合成を開始した後に炉の温度を上げてから元に戻したところ、成長速度は元に戻らず、あるナノチューブでは同じ温度でも約2倍の速度が維持され、触媒粒子が不可逆的に粗大化していることが示されました。それにもかかわらず、同一のナノチューブの直径とカイラリティは、数百マイクロメートル(µm100万分の1メートル)にわたって変化しませんでした。

本成果は、ナノチューブの構造が決まる過程と伸長する過程を分離して設計できることを示すものです。構造の揃ったナノチューブを大量に合成することは長年の課題であり、品質と生産量を両立する量産プロセスの設計指針となることが期待されます。

本研究成果は、202691日付で英国科学誌「Nature Communications」に掲載されました。

 

発表内容

〈研究の背景〉

カーボンナノチューブは、巻き方(カイラリティ)の違いによって金属にも半導体にもなる一次元の炭素材料です(図1a,b)。用途に適した特性を引き出すためには、構造の揃ったナノチューブが必要です。一方で、工業的に広く用いられる浮遊触媒化学気相成長法(FCCVD、注3)では、触媒ナノ粒子を反応管の中に流しながらナノチューブを合成するため、触媒粒子がさらされる温度や原料ガス濃度は刻々と変化し、粒子自体も徐々に大きくなっていきます。大きな触媒粒子からは太いナノチューブが成長するというのが定説であり、また、温度や原料ガス種、触媒サイズに合わせてナノチューブの径が途中で変化するという間接的な観察やシミュレーションの報告がありました。このような背景から、FCCVDのような連続的な合成法によってカイラリティが揃ったナノチューブを得ることが原理的に可能かどうかは、これまで明らかになっていませんでした。

 

 

fig1

1(a) 触媒ナノ粒子から成長するカーボンナノチューブの模式図、(b) (a)に示すナノチューブを平面状のグラフェンに展開し、ナノチューブの円周に対応するベクトル(赤矢印)を描いたもので、ここで現れる2つの整数(n,m)によってナノチューブの構造が一意に表現できる。(c) 同位体ラベルが埋め込まれたナノチューブの配列から得られたラマンマッピング像。右から水平に伸びる線が1本のナノチューブに対応する。緑や赤などの色は同位体標識の種類を、明るさはラマン散乱強度を表している。(d) (c)と同様のデータをもとに復元された個々のナノチューブの成長履歴の例。

 

 

〈研究内容〉

研究グループは、「触媒粒子が途中で大きくなると、ナノチューブの構造もその変化に追従するか?」という問いを立てました。成長中の触媒粒子を観察し続けるのは難しいため、ナノチューブの成長速度を触媒寸法の指標として利用することを着想しました。成長速度は触媒粒子の表面積に比例するため、速度の時間変化を追うことができれば触媒の寸法変化が推定できます。そこで、研究グループが独自に開発したデジタル同位体ラベリング法(注4)を適用し、ナノチューブ11本の伸長履歴を炭素同位体の標識としてナノチューブ自身に記録し、成長後にラマン散乱スペクトルから読み出しました。同じスペクトルからカイラリティも判別できるため、触媒とナノチューブの両方の寸法に関する履歴が数多く得られます(図1c,d)。

基板上に担持された鉄触媒粒子を用いて、炉温度を800℃と873℃の間で昇降させてカーボンナノチューブを合成したところ、あるチューブでは触媒の粗大化に伴い、同一温度でも成長速度が約2倍に加速した一方で、150 µm以上にわたり同一のカイラリティが維持されていました(図2a,b)。延べ9.4 mmにわたり分析すると、カイラリティ変化の頻度は約400 µm1回に留まり、これは定常的な合成環境の場合と同程度でした。分子動力学シミュレーション(注5)において、触媒粒子を徐々に大きくしながら炭素原子を供給し続けたところ、ナノチューブのカイラリティが維持されたまま伸長することも確認されました(図2c)。カイラリティが変化するには炭素六員環の中に五員環・七員環などの欠陥を含む必要がありますが、そうした不安定な欠陥は壁面に固定される前に触媒表面で取り除かれるため、最初に現れたカイラリティが維持されます。

 

fig2

2(a) 炉の温度推移(上段)と代表的なナノチューブの成長履歴(下段)。実線は、昇温段階の温度依存性から外挿した予測値。チューブ#6では、降温段階で測定データ(三角)と外挿値(実線)に乖離が見られ、不可逆な触媒サイズ変化を示している。(b) 同じナノチューブの軸方向に沿って得られたラマン散乱スペクトル。約150 cm−1のピークは直径を反映したもので、全長にわたって直径が同一であることを示す。(c) 分子動力学法によるナノチューブ成長シミュレーション結果。一定間隔で触媒粒子の原子数を増やしているが、ナノチューブのカイラリティは同一のまま伸びる。

 

 

〈研究の意義、今後の展望〉

本成果は、カイラリティは初期段階で決まり、その後の伸長過程で触媒粒子のサイズや周囲の環境が変化しても維持されるという構造記憶を示しています。触媒側だけが変化しやすいことを考慮すると、ナノチューブの直径が触媒粒子によってどのように規定されるか議論するためには、従来の“成長後の”観察だけでは不十分だと言えます。工業的な観点では、ナノチューブの構造制御と収量の最適化を独立に設計できることを意味するため、合成環境を時間的あるいは空間的に変調する戦略の有効性を裏付け、質と量を両立する合成プロセスの設計指針となることが期待されます。

 

発表者・研究者等情報

東京大学 大学院工学系研究科 機械工学専攻

大塚 慶吾 助教

藤原 隆二 研究当時:修士課程

丸山 茂夫 研究当時:教授

現:東京大学名誉教授

浙江大学 机械工程学院 求是席教授

名古屋大学 未来社会創造機構 特任教授

 

論文情報

雑誌名:Nature Communications

題 名:Isotope-labeled growth histories reveal persistent chirality in individual carbon nanotubes despite catalyst evolution

著者名:Keigo Otsuka*, Ryuji Fujiwara, Shigeo Maruyama

DOI10.1038/s41467-026-77101-2

URLhttps://www.nature.com/articles/s41467-026-77101-2

 

研究助成

本研究は、日本学術振興会(JSPS 科研費(課題番号:JP21KK0087JP23K22682JP25K24563JP26K00883)、科学技術振興機構(JST 戦略的創造研究推進事業 CREST(課題番号:JPMJCR20B5)、文部科学省 マテリアル先端リサーチインフラ(課題番号:JPMXP1225UT1108)の支援により実施されました。

 

用語解説

(注1)カイラリティ:

カーボンナノチューブは、炭素原子が六角形状に並んだシート(グラフェン)を2つの炭素原子が重なるように円筒状に丸めた構造を持つ。このときの巻き方の違いをカイラリティと呼び、2つの整数の組(n,m)で一意に表現できる。カイラリティに付随してバンドギャップなどの電子的な性質も定まるため、光・電子デバイス応用ではその制御が重要となる。1本のナノチューブに沿ってカイラリティを変えるには、五角形や七角形の欠陥が必要である。

 

(注2)ラマン散乱:

物質に光を入射すると、入射光からわずかに周波数がずれた散乱光が生じる。振動の周波数は原子の質量、結合の強さ、構造等で決まるため、カーボンナノチューブの場合、径方向に伸縮する振動モードが観測される。たとえば細いチューブほど高い周波数を持つため、ラマン散乱光から直径が推定できる。また、質量の大きい同位体13Cを多く含む部分では振動の周波数が下がるため、空間的に多点計測することで、同位体標識の位置と13C比率を判別できる。

 

(注3浮遊触媒化学気相成長法(FCCVD):

触媒となるナノ粒子を基板上に固定せず、原料ガスとともに加熱した反応管の中を流しながらカーボンナノチューブを合成する方法。連続的に合成できるため、工業的に広く用いられている。触媒粒子は、昇華性の金属化合物が高温で分解し、互いに衝突することで形成されていく方式が一般的である。触媒粒子が流れに乗って移動するため、周囲の温度やガス組成、さらに自身の粒径が時々刻々と変化する。

 

(注4同位体ラベリング法:

原料ガスに含まれる炭素の同位体比を人工的に切り替えると、その間に成長した部分のラマンスペクトルのピーク周波数がずれ、標識となる。ここでは、13C比率ごとに01の符号を割り当て、あらかじめ定めた順序で並べることで、各標識は前後数個の並びから一意に識別できる。標識の並びから該当部分の成長時刻が定まり、間隔から成長速度が算出される。

 

(注5分子動力学シミュレーション:

構成原子1つ1つに対してニュートンの運動方程式を解くことで、原子の座標や位置、エネルギーの時間変化を追跡する手法。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Nature Communications:https://www.nature.com/articles/s41467-026-77101-2