開閉自在の固体ナノポアが生体分子を識別―DNA塩基とアミノ酸を読み分ける次世代一分子センサへ―

2026/07/31

【研究成果のポイント】

  • 化学反応で自ら開閉し、分子を読み取る新しい固体ナノポア※1センサを開発
  • DNA塩基分子※2とアミノ酸※3を1分子ずつ電気信号で見分けることに成功
  • DNA配列解読、創薬・診断、環境モニタリングを支える次世代一分子センサへの展開に期待

概要

大阪大学産業科学研究所の筒井真楠准教授・川合知二招へい教授、同微生物病研究所の阿部隆一郎特任准教授(常勤)、東京大学大学院工学系研究科の大宮司啓文教授・徐偉倫准教授(研究当時)、産業技術総合研究所の横田一道主任研究員、イタリア技術研究所(IIT)のDenis Garoli研究員らによる国際共同研究チームは、化学反応で状態を変える固体ナノポアを用いて、DNA塩基分子やアミノ酸を一つずつ識別する新しい一分子センサ技術を開発しました(図1)。

ナノポアは、ナノメートルサイズ(1ナノメートルは10億分の1メートル)の小さな孔です。この孔に分子を通すことで、イオン電流の変化から、分子の種類や性質を読み取ります。試薬で分子に目印を付ける必要がなく、リアルタイムで直接観察できるため、DNA解析、タンパク質解析、医療診断などへの応用が進んでいます。

本研究では、固体ナノポアの、析出と溶解が繰り返し起こる仕組みを利用しました。孔は完全に開いたままではなく、閉じた状態から一瞬だけ小さな通り道を作り、すぐに再び閉じます。この短い開口の瞬間に分子が通過すると、電流信号の高さ、幅、出現間隔などが分子ごとに少しずつ変化します。研究チームは、この電流波形を機械学習※4で読み取り、4種類のDNA塩基分子と7種類のアミノ酸の識別に成功しました。

本研究成果は、2026年7月30日(木)23時(日本時間)にAmerican Chemical Societyが刊行する学術誌 『ACS Nano』 のオンライン版で公開されました。

 

fig1図1. 自動で開閉する固体ナノポアセンサの概念図

 

 

【筒井准教授のコメント】
固体ナノポアは、タンパク質でできた生体ナノポアに比べて丈夫で、半導体技術とも相性がよい一方で、孔の大きさや状態をその場で変えることが難しいという問題がありました。今回、化学反応を利用することで、固体ナノポアが自ら状態を変え、その変化を分子識別に利用できることを示しました。現段階では、DNAを構成するモノマー塩基分子とアミノ酸を対象とした原理実証ですが、今後は長鎖DNAやタンパク質の配列情報を読み取る高度な生体分析技術へと発展させたいと考えています。

 

研究の背景
私たちの体の中では、イオンや分子が小さな孔を通って移動することで、神経の信号伝達や物質輸送など、生命に欠かせない働きが成り立っています。この仕組みに着想を得たナノポア技術は、分子を一つずつ孔に通し、その時に流れる電流の変化を測ることで、分子の種類や性質を読み取ります。試薬で分子に目印を付ける必要がなく、リアルタイムで直接観察できるため、DNA解析、タンパク質解析、医療診断などへの応用が進んでいます。
現在実用化されているナノポアシークエンサでは、生体由来のタンパク質ナノポアが使われています。生体ナノポアは、原子レベルで精密に作られた孔を持ち、分子を高い精度で見分けられるという優れた特徴があります。しかし、タンパク質でできているため、熱や薬品、乾燥などに弱く、使用できる溶液や環境が限られます。また、人工デバイスとして多数の孔を自由に配置したり、半導体チップ上に大規模に集積したりすることも容易ではありません。
そこで注目されているのが、窒化シリコンなどの丈夫な材料にナノメートルサイズの孔を開けた固体ナノポアです。
固体ナノポアは壊れにくく、半導体の微細加工技術を利用してチップ化や多孔化ができるため、将来の小型・高速・大量並列センサとして期待されています。しかし、孔の形や大きさは加工した時点でほぼ固定されるため、DNAの一つひとつの塩基やアミノ酸のような極めて小さな分子を識別するには、大きな課題がありました。特に、長鎖DNAの配列解読では、A、T、G、Cという4種類の塩基が次々と孔を通過する時に、それぞれを正確に見分ける必要があります。この点において、生体(タンパク質)ナノポアでは、分子モーターなどを利用してDNAの動きを制御し、読み取りを助けています。一方の固体ナノポアで同様の機能を実現するには、固定された孔に分子を通すだけではなく、分子のわずかな違いを電気信号として引き出す新しい仕組みが必要でした。

 

研究の内容
研究チームは、固体ナノポアの持つ課題を克服する鍵として、孔そのものを動かすことに着目しました。私たちの体の中にあるイオンチャネルは、周囲の環境や刺激に応じて開いたり閉じたりします。これと同じように、固体ナノポアの中で化学反応を起こし、分子が通る瞬間に孔の状態を変えることができれば、固定された孔では捉えにくかった分子のわずかな違いを、電気信号として読み出せる可能性があります。
研究チームは、厚さ約50ナノメートルの窒化シリコン膜に、直径約70ナノメートルの固体ナノポアを作製し、膜を隔てて一方に塩化マンガン水溶液、もう一方にリン酸を含む水溶液を配置しました。電圧を加えると、これらの成分がナノポアの中で混ざり、リン酸マンガンを主成分とする化合物が析出します。この析出物は、孔を塞ぐフタのように働き、イオンの流れを止めます。
孔が塞がれると、析出物を作るためのイオンの流れも止まります。その結果、今度は酸性である塩化マンガン水溶液によって析出物が少しずつ溶け始めます。溶解が進むと、ある瞬間にごく小さな孔が再び生じ、イオンが一気に流れます。この時に観測される短い電流信号が電流スパイクで、分子が通過すると、その高さや幅が変化します。このイオンの流れによって再び析出物が形成され、孔はすぐに閉じます。この、“閉じる→溶ける→一瞬だけ開く→再び閉じる”というサイクルが、一定の電圧のもとで自律的に繰り返されるわけです(図2)。

 

fig2図2. 化学反応で自ら開閉する固体ナノポアを用いた1分子検出の仕組み。固体ナノポア膜を隔てて異なる溶液を入れて電圧をかけると、孔の中で析出反応が生じ、ナノポアはいったん塞がれます。その後、析出物が少しずつ溶けることで、ごく短い時間だけ小さな通り道が生まれます。通り道が開くとイオンが流れ、再び析出物ができて孔は閉じます。この「閉じる、溶ける、一瞬だけ開く、再び閉じる」というサイクルが自動的に繰り返されることで、分子が一つずつ通過できる一時的なナノサイズの通路が作られます。

 

本研究では、この一瞬だけ開いた孔を、分子が通過する通り道として利用しました。DNAを構成する4種類のモノマー塩基分子(デオキシアデノシンモノリン酸、チミジンモノリン酸、デオキシグアノシンモノリン酸、デオキシシチジンモノリン酸)を測定したところ、分子が通過した時の電流スパイクの高さ、時間幅、発生頻度などが、分子ごとに異なる特徴を示すことが分かりました(図3)。

 

fig3図3. DNA塩基分子ごとに現れる異なる電流信号。DNAを構成する4種類の塩基分子が、化学反応で一瞬だけ開いたナノポアを通過すると、短い電流の変化として検出されます。電流信号の高さ、幅、出現の仕方は、デオキシアデノシンモノリン酸、チミジンモノリン酸、デオキシグアノシンモノリン酸、デオキシシチジンモノリン酸で少しずつ異なります。本研究では、このわずかな信号の違いを読み取ることで、固体ナノポアによりDNA塩基分子を一つずつ見分けられることを示しました。

 

さらに、得られたスパイク波形を機械学習で解析することで、4種類の塩基分子を識別し、複数の塩基分子が混ざった試料でも、それぞれの割合をおおよそ推定できることを示しました。
同じ仕組みを、7種類のアミノ酸(グリシン、アラニン、ロイシン、イソロイシン、アスパラギン酸、グルタミン酸、ヒスチジン)にも適用しました。その結果、アミノ酸ごとに異なる電流波形が得られ、化学的に多様な小分子にも応答できることが確認されました。
本手法の重要な特徴は、測定のたびに孔の状態が自動的にリセットされる点です。従来の固体ナノポアでは、分子が孔に詰まったり、孔の状態が不安定になったりすることが問題でした。これに対し本手法では、化学反応によって孔が何度も作り直されるため、分子ごとに新しい読み取り状態が自然に生まれます。この特徴は、将来、長鎖DNAを連続的に読み取る固体ナノポアシーケンシングにおいて、大きな利点になります。

 

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究は、固体ナノポアに丈夫さとしなやかな応答性を同時に持たせる新しい考え方を示すものです。特に、DNAを構成する4種類のモノマー塩基分子を識別できたことは、長鎖DNAの配列解読に向けた重要な一歩となります。今後、DNAの通過速度を制御する技術や高度な波形解析を組み合わせることで、固体ナノポアによる次世代DNAシークエンサへの発展が期待されます。また、アミノ酸にも応答できることから、将来的にはタンパク質やペプチドの解析、疾患マーカーの検出、薬剤候補分子の評価などにも応用が広がる可能性があります。半導体加工技術を用いて多数のナノポアをチップ上に並べれば、微量試料を高速に読み取る小型分析装置や、環境中の汚染物質を分子レベルで検知するセンサへの展開も期待されます。

 

特記事項
本研究成果は、2026年7月30日23時(木)(日本時間)にAmerican Chemical Societyが刊行する学術誌 『ACS Nano』 のオンライン版で公開されました。
タイトル:Autonomous molecular sensing with a chemically stateful solid-state 
nanopore
著者名:Makusu Tsutsui, Yuki Komoto, Kazumichi Yokota, Wei-Lun Hsu, Denis 
Garoli, Ali Douaki, Germán Lanzavecchia, Ryuichiro Abe, Hirofumi Daiguji, Tomoji Kawai
DOI : 10.1021/acsnano.6c08258

 

用語説明
※1 固体ナノポア
窒化シリコンなどの固体材料に開けたナノメートルサイズの小さな孔。丈夫でチップ化しやすく、分子を一つずつ通すセンサとして注目されている。

※2 DNA塩基分子
ヌクレオチドと呼ばれるDNAを構成する基本単位となる分子。今回の研究では、デオキシアデノシンモノリン酸、チミジンモノリン酸、デオキシグアノシンモノリン酸、デオキシシチジンモノリン酸という4種類を対象にした。

※3 アミノ酸
タンパク質を構成する基本単位。分子の大きさ、電荷、水とのなじみやすさなどが種類によって異なる。

※4 機械学習
多数のデータから特徴を学び、新しいデータの分類や予測を行う情報処理技術。今回の研究では電流波形から分子の種類を推定するために用いた。

 

参考URL
筒井准教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/350a1072cefba177.html

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

ACS Nano:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsnano.6c08258