発表のポイント
◆ 心臓オルガノイドの収縮力を、触れずにリアルタイム計測するセンサーを開発しました。
◆ 液面の微小な揺らぎを空気圧で読み取る新方式により、多検体測定を実現しました。
◆ 創薬評価や動物実験代替法の普及への貢献が期待されます。
ミニ心臓の拍動をワイヤレスで読み取る新センサー
概要
東京大学大学院工学系研究科のTimothée Mouterde(ティモテ・ムテルドゥ)准教授と、UNSW SydneyのHoang-Phuong Phan(ホアン・フオン・ファン)准教授、Victor Chang Cardiac Research InstituteのAdam P. Hill(アダム・P・ヒル)准教授らによる国際共同研究グループは、ヒトiPS細胞(注1)由来の心臓オルガノイド(注2)や3D心筋組織(注3)の収縮力を、リアルタイムでワイヤレスかつ物理的な接触がない状態で計測が可能なウェルプレート型センサー「Biomechanical Well Plate(BWP)」(注4)を開発しました。本研究では、魚の側線に着想を得た、液体、空気、シリコン製のカンチレバーを組み合わせた連成機構を用いることで、組織に触れずに微小な拍動を電気信号へ変換します。本成果は、顕微鏡観察や組織固定を必要としない点に新規性があり、創薬評価、疾患モデル研究、動物実験代替法の普及に貢献することが期待されます。
発表内容
創薬や疾患研究では、動物モデルだけではヒト特有の心臓の働きや薬剤応答を十分に再現することが難しいため、ヒトiPS細胞などから作製した心臓オルガノイドや3D心筋組織の活用が進んでいます。一方で、それらの小さな組織がどのように拍動し、薬剤や刺激に応答するかを調べる従来手法は、顕微鏡画像の解析に時間がかかり、組織をセンサー上で培養または固定する必要があるほか、多数のサンプルを同時に測定することが困難であるといった制約があります。
本研究グループは、魚が水流や圧力変化を感知する「側線」に着想を得て、心臓オルガノイドの拍動を非接触で読み取るウェルプレート型センサー「Biomechanical Well Plate(BWP)」を開発しました。心臓オルガノイドを培養液で満たした小さなウェルに入れると、拍動に伴う圧力変化によって液面がわずかに変形します。この変形が空気圧の変化として高感度シリコン製のカンチレバーセンサーに伝わり、電気信号として記録されます。これにより、組織に直接触れたり、顕微鏡で長時間撮影したりすることなく、拍動の強さやリズムをリアルタイムに計測できます(図1)

図1:ミニ心臓の拍動をワイヤレスで読み取るウェルプレート型センサー
心臓オルガノイドや3D心筋組織をウェルに入れるだけで、拍動に伴う力学信号を非接触で取得し、スマートフォンなどでリアルタイムに確認できる。
600〜2000マイクロメートルの心臓オルガノイドを用いた実験では、BWPの測定結果が従来の顕微鏡画像解析と良好に一致することを確認しました。また、温度変化、薬剤投与、電気刺激に対する応答も連続的に測定できました。例えば、拍動を速める薬剤や不整脈様の応答を引き起こす薬剤に対して、拍動頻度、収縮・弛緩時間、拍動間隔の乱れなどを検出できました。さらに、2×2の試作アレイでは、培養環境を保ったままワイヤレスで複数の3D心筋組織を同時測定できることを示しました(図1)。
本成果は、心臓オルガノイドを用いた創薬スクリーニングや心毒性評価をより簡便かつ高効率に行う基盤技術となることが期待されます。将来的には、患者由来の細胞から作製した心臓組織を用いて薬剤応答を調べる個別化医療や、動物実験に依存しないヒト生体に近い評価法の普及にも貢献すると考えられます。
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院工学系研究科 機械工学専攻
Timothée Mouterde(ティモテ・ムテルドゥ) 准教授
研究担当:センサー原理・解析モデルの構築
備考:共同責任著者
UNSW Sydney, Faculty of Engineering, School of Mechanical and Manufacturing Engineering
Chi Cong Nguyen(チー・コン・グエン) 助教
研究担当:センサー開発、実験、データ解析
備考:筆頭著者
Hoang-Phuong Phan(ホアン・フオン・ファン) 准教授
研究担当:研究構想、センサー開発、研究総括
備考:共同責任著者
Victor Chang Cardiac Research Institute
Adam P. Hill(アダム・P・ヒル) 准教授
兼:UNSW Sydney, Faculty of Medicine and Health, School of Clinical Medicine
研究内容:心臓オルガノイド・3D心筋組織実験、研究総括
備考:共同責任著者
学会情報
雑誌名:Nature Sensors
題 名:Wireless and contactless biomechanic well plate for monitoring cardiac organoid and 3D-tissue contraction
著者名:Chi Cong Nguyen, Jordan Thorpe, Dang Tran Bach, Azadeh Zahabi, Quang Anh Nguyen, Sinuo Zhao, Nhat Minh Doan, Michael A. Listyawan, Hongru Chen, Thanh Vinh Nguyen, Syamak Farajikhah, Ann-Na Cho, Nigel H. Lovell, Thanh Nho Do, Timothée Mouterde, Adam P. Hill, Hoang-Phuong Phan
DOI:10.1038/s44460-026-00087-3
URL:https://doi.org/10.1038/s44460-026-00087-3
研究助成
本研究は、Australian Research Council(課題番号:FT240100203、DP230101312)およびNational Health and Medical Research Council(課題番号:2037040)の支援により実施されました。また、3Dバイオエンジニアリング組織モデルの開発にあたり、NSW’s Non-Animal Technologies Network(NAT-NET)の支援を受けました。
用語解説
(注1)iPS細胞
人工多能性幹細胞のこと。皮膚や血液などの体細胞に特定の因子を導入して作製され、心筋細胞などさまざまな細胞へ分化させることができます。
(注2)心臓オルガノイド
ヒトの細胞から実験室で作製される、心臓組織の特徴を一部再現した小さな3次元組織。本研究では、拍動や薬剤応答を調べる対象として用いました。
(注3)3D心筋組織
心筋細胞などを立体的に組み合わせて作製した心臓組織モデル。平面培養よりも生体内に近い環境で、収縮や薬剤応答を評価できます。
(注4)Biomechanical Well Plate(BWP)
本研究で開発したウェルプレート型センサー。心臓オルガノイドや3D心筋組織の拍動に伴う液面の微小な変化を、空気圧とシリコンセンサーを介して非接触で計測します。
プレスリリース本文:PDFファイル
Nature Sensors:https://doi.org/10.1038/s44460-026-00087-3
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