発表のポイント
◆ 新規開発した3次元電子顕微鏡法により、酸化物基板に担持された白金ナノ触媒の3次元構造の再構成に成功した。◆ 統計的解析手法および理論計算との融合により、ナノ粒子表面の動的な原子サイトに生じた負電荷の偏りが触媒活性に大きく寄与していることを初めて明らかにした。
◆ 3次元電子顕微鏡法と理論計算を融合することにより、触媒活性サイトが明らかになり、高性能な触媒開発を大きく加速することが期待される。

原子分解能電子顕微鏡像の統計的解析に基づく3次元原子構造および電荷密度分布
概要
東京大学大学院工学系研究科附属総合研究機構の石川 亮 特任准教授、窪田 陸人 大学院生(研究当時)、川原 一晃 助教(研究当時、現:東北大学金属材料研究所 准教授)、二塚 俊洋 特任研究員、幾原 雄一 東京大学特別教授(兼:東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 教授)、柴田 直哉 教授による研究グループは、新規に開発した3次元電子顕微鏡法と理論計算を用いることにより、チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)基板に担持(注1)された白金ナノ粒子の3次元原子構造とその電子状態の解明に成功しました。SrTiO3基板に担持された白金ナノ粒子は、水分解やさまざまな化学反応を促進する不均一触媒(注2)として非常に重要な材料です。触媒活性の本質的な理解のためには、触媒反応が進行する活性サイトの原子構造と電荷分布の関係を明らかにすることが極めて重要です。本研究では、原子分解能電子顕微鏡の像強度を定量的・統計的に解析することにより、酸化物基板に担持された白金ナノ粒子の3次元原子構造および動的構造を明らかにしました。さらに、得られた実験結果に基づいた理論計算を行うことにより、配位数が小さく不安定な原子サイトに負の電荷が偏っており、そこが活性サイトであることも明らかにしました。本成果は、触媒設計に新たな指針を与え、高性能な触媒開発を加速することが期待されます。
本研究成果は2026年2月27日(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載されました。
発表内容
〈研究の背景と経緯〉
複合酸化物の基板に担持された貴金属ナノ粒子は、水分解や排ガス処理などさまざまな化学反応を促進する不均一触媒として広く利用されています。白金はバルクの金属状態でも触媒活性がありますが、半導体・絶縁体である酸化物基板に担持することにより、触媒活性が大きく向上することが知られています。特に、ナノ粒子化すると、化学反応の起点となる表面積が増えるだけでなく、極微量の電子の授受がナノ粒子と基板との間で行われ、バルクとは異なる触媒活性の発現が期待されています。数ナノメートル(10億分の1メートル、nm)まで微細化・担持された白金は、触媒活性が高いものの、極微の世界であり、どのような原子サイトが触媒活性の起源となっているかは未解明でした。走査透過型電子顕微鏡(STEM: Scanning Transmission Electron Microscopy)(注3)は、0.1 nm以下の極めて高い空間分解能を有しており、原子配列を直接決定することができます。しかし、多くの場合、2次元に投影された原子配列の決定に留まっており、基板に担持されたナノ粒子の3次元構造解析はこれまでに実現されていませんでした。
〈研究の内容〉
今回、本研究グループは、代表的なペロブスカイト型酸化物であるSrTiO3(001)基板にエピタキシャル成長(注4)させた白金ナノ粒子に注目し、原子分解能STEM法による直接観察に基づいた白金ナノ粒子の3次元構造再構成を試みました。
図1に、環状暗視野法(注5)で得られた原子分解能STEM像を示します。背景に見られる周期的なコントラストは基板であるSrTiO3の原子像です。重畳した粒状の明るいコントラストが白金ナノ粒子に対応しており、直径1.76±0.4 nm程度の大きさであることが分かります。これらの白金ナノ粒子は、基板の原子配列から構造的制約を受けるため、整合性の高い結晶方位が優先され、白金ナノ粒子の多くは(001)面でエピタキシャル成長していることが分かりました。得られた像強度は投影方向の原子数に比例するため、像強度を精密に評価し、統計的解析を行うことで、白金原子の個数を1枚の投影像から計測することが可能になります。

図1:チタン酸ストロンチウム基板に担持された白金ナノ粒子から得られた原子分解能STEM像
図2(a)に注目した領域の環状暗視野像を示します。得られた原子の像の分布(散らばり方)は大変複雑であるものの、2次元ガウシアン分布という数学的手法を用いるとある程度単純化(近似)できるため、像強度のデータを回帰分析によって処理しました。最適解および回帰誤差を高精度に評価する方法として、統計的解析手法であるマルコフ連鎖モンテカルロ法(MCMC法)(注6)を用いました。白金原子は、Sr、Ti-O、Oの3つの原子コラム上に存在しており、それぞれの像強度を精密に評価します。これらの誤差を含めた像強度をSr、Ti-Oの原子コラムで積算したものを図2(b)(c)に示します。像強度の分布は複数のピークに分解されており、各ピークが白金原子数(下部の数字)に対応していることが明らかになり、これらの原子数に基づいて白金ナノ粒子の3次元構造を再構成しました。白金原子は投影方向に沿って最大5つであること、ナノ粒子の高さは1.96 nmと直径よりも少し大きいことが分かります。また、図2(a)に示す白い丸や四角の位置はSrTiO3表面に形成されたアドアトムや単原子空孔などの点欠陥(注7)に対応しており、本研究で開発した統計的解析手法が極めて強度に敏感かつ高精度な計測手法であることが分かります。

図2:(a)拡大した環状暗視野像、(b)チタン原子コラム、(c)ストロンチウム原子コラム上に位置する白金原子を統計的に解析した強度分布
図3(a)(b)に統計的手法により得られた3次元構造を入力として、第一原理計算(注8)による構造緩和を行った白金ナノ粒子の3次元構造を示します。第一原理計算では、電子密度分布が得られるので、各白金原子に帰属する電荷分布を求めることができ、図3(a)(b)の色は各原子サイトの電荷分布量に対応します。白金ナノ粒子の内部は暖色系であり、表面は寒色系の分布を示していることから、配位数の小さな表面に負の電荷が偏在していることが分かります。正・負に帯電している白金原子の電子状態を比較すると、図3(c)に示すように、赤線で示すd電子のエネルギー分布に明らかな違いが見られます。ナノ粒子内部の白金原子では、d電子が広いエネルギー範囲を一様に占有しているのに対して、表面では、d電子がフェルミレベル(黒破線)近傍に局在していることが分かります。このように、エネルギー準位の高いフェルミレベル近傍の電子は、外部の分子との結合に寄与しやすいため、触媒活性が高くなります。したがって、配位数の小さな乱れた原子サイトに局在した電子が触媒活性に寄与していると考えられます。また、これらの原子サイトについて電子顕微鏡を用いた動的観察を行った結果、最表面の白金原子が隣接する配位数の小さな原子サイトへ移動することが確認されました。さらに、配位数の小さな原子サイトは化学結合が弱い一方で、触媒活性が高いことが明らかとなりました。

図3:(a)(b)上部および側面方向の3次元再構成した原子構造モデルと電荷密度分布、(c)内部および表面の白金原子から得られたd電子のエネルギー分布
〈本研究の意義および今後の展開〉
本研究成果は、基板に担持された白金ナノ粒子の3次元構造の実験による再構成に成功するとともに、第一原理計算との組み合わせにより、配位数の小さな化学結合の弱い原子サイトが触媒活性を担っていることを明らかにした点に大きな意義があります。これまで、金属ナノ粒子の構造や物性についてはWulffの定理(注9)に基づく対称性の高い構造のみが議論されてきましたが、実際のナノ粒子は理想構造から大きく外れており、低対称な乱れた原子サイトに大きな電荷の偏りが生じ、触媒活性が高くなることが明らかになりました。このような、3次元原子構造に関する知見に基づき、白金ナノ粒子の構造を制御することで、高い活性を有する機能性触媒の設計が可能となり、さまざまな触媒材料への展開が期待されます。
〇関連情報:
「プレスリリース①白金3量体における3次元原子ダイナミクスの追跡に成功 ―高速原子分解能電子顕微鏡法により材料研究を加速―」(2024/2/29)
https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2024-02-29-001
発表者・研究者等情報
東京大学大学院工学系研究科附属総合研究機構
石川 亮 特任准教授
窪田 陸人 修士課程:研究当時
川原 一晃 助教:研究当時
現:東北大学金属材料研究所 准教授
二塚 俊洋 特任研究員
幾原 雄一 東京大学特別教授
兼:東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 教授
柴田 直哉 機構長・教授
論文情報
雑誌名:Nature Communications
題 名:3D dynamic structure of a Pt nanoparticle on SrTiO3 (001) during in-situ heating atomic-resolution ADF STEM imaging
著者名:Ryo Ishikawa, Rikuto Kubota, Kazuaki Kawahara, Toshihiro Futazuka, Yuichi Ikuhara, Naoya Shibata
DOI:10.1038/s41467-026-69767-5
URL:https://doi.org/10.1038/s41467-026-69767-5
研究助成
本研究は、科学技術振興機構(JST)「創発的研究支援事業(課題番号:JPMJFR2033)」、「戦略的創造研究推進事業 ERATO(課題番号:JPMJER2202)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業「新学術領域研究(課題番号:JP19H05788)」、「基盤研究(B)(課題番号:JP21H01614)」、「基盤研究(A)(課題番号:JP24H00373)」「挑戦的研究(開拓)(課題番号:JP25K21694)」、文部科学省「マテリアル先端リサーチインフラ(課題番号:JPMXP1223UT0321)」、東京大学大学院工学系研究科附属総合研究機構「次世代電子顕微鏡法社会連携講座」、東京大学・日本電子産学連携室の支援により実施されました。
用語解説
(注1)担持
基板となる材料にナノ粒子などを成長させる(載せる)こと。
(注2)不均一触媒
反応物質とは異なる相を用いた触媒のこと。特に、固体を用いた触媒を指すことが多い。工業プロセスや排ガス処理などに多く用いられている。
(注3)走査透過型電子顕微鏡法(STEM: Scanning Transmission Electron Microscopy)
0.1 nm以下に収束した電子線を試料上で走査し、試料を透過・散乱した電子線の強度分布から原子配列を直接観察する手法。今世紀に入り収差補正技術が開発され、現在の空間分解能は0.04 nmにまで達している。
(注4)エピタキシャル成長
2つの物質の格子定数が近い場合、結晶面を揃えて成長する様式のこと。
(注5)環状暗視野法
原子の振動により散乱された電子を用いた結像手法。空間分解能は、電子プローブのサイズと同程度である。得られる像強度はZ1.7(Z:原子番号)程度であり、重元素は明るく結像される。
(注6)マルコフ連鎖モンテカルロ法(MCMC法)
広いパラメータ空間を乱数により効率良く探索し、最適な回帰を行う方法。1つの回帰に100万回以上の試行を行う。
(注7)点欠陥
結晶中に導入される格子欠陥で、代表的な点欠陥として、単原子空孔(1つの原子が存在しない)やアドアトム(表面に追加された1つの原子)がある。
(注8)第一原理計算
実験から得られたパラメータに依存することなく、原子構造や電子状態を計算する手法。量子力学に基づいた計算手法で、観測された原子レベルでの現象解明に有効である。
(注9)Wulffの定理
熱力学的に安定なナノ結晶は、表面エネルギーの小さな結晶面で接頭した形状となる。白金の場合、{111}, {100}, {110}などの結晶面から構成されたナノ粒子が予想される。
プレスリリース本文:PDFファイル
Nature Communications:https://doi.org/10.1038/s41467-026-69767-5
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