磁石の中の熱ゆらぎを“しぼる”ことに成功:マグノンの熱スクイージングを単一モード・二モードで初めて実証 ―量子センシングや次世代熱機関への応用に期待―

2026/06/01

発表のポイント

磁性体中の集団励起(マグノン)の熱ゆらぎを、位相空間で一方向だけ押し縮める「熱スクイージング」を観測しました。
単一モード熱スクイージングに加え、薄膜の上下表面に偏って存在する二つのマグノンモード間に相関が生じる二モード熱スクイージングも実証し室温付近でも持続することを示しました。
磁気デバイスにおける究極的な低ノイズ化や、将来の量子情報技術、高効率な情報熱機関の実現に向けた新たな基盤技術となることが期待されます。

 

fig

磁性体中の「熱スクイージング」

 

概要

東京大学大学院工学系研究科の日置 友智 助教、齊藤 英治 教授(兼:理化学研究所創発物性科学研究センター チームディレクター、東北大学材料科学高等研究所 主任研究者)、東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)のMehrdad Elyasi准教授、Gerrit Ernst-Wilhelm Bauer主任研究者らの研究グループは、磁性体中のスピンの集団運動である「マグノン」において、熱ゆらぎを特定の方向に圧縮する「熱スクイーズ状態(Thermally squeezed state)」を観測することに成功しました。

 

物理学において、系のノイズを特定の位相で減少させる「スクイーズ(絞り込み)」は、精密計測や量子情報処理の鍵となる概念です。これまで光や音の波(フォノン)では研究が進んでいましたが、磁性体における実現は困難とされてきました。

 

本研究では、マイクロ波によるパラメトリック励起(注1)を用いることで、マグノンの熱ゆらぎを特定の位相で熱励起レベル以下に抑制できることを証明しました。さらに、薄膜の上面と下面に分かれて存在するマグノン間に相関が生じる「二モード熱スクイーズ」の観測にも成功しました。この成果は、磁性体を用いた低ノイズなセンシング技術や、非平衡に特有なスクイーズ強度を自由度として用いることで、平衡熱力学の限界を超える熱機関の創出に道を開くものです。

 

本研究成果は、202661日(英国夏時間)に「Nature Physics」に掲載されました。

 

発表内容

研究の背景

「スクイーズ状態」とは、不確定性原理を維持したまま、特定の測定量(位相など)のゆらぎを減らし、別の量のゆらぎを増大させた状態を指します。特に、量子真空のゆらぎを下回る「量子スクイーズ」は重力波観測などで不可欠な技術です。一方で、量子限界には達しないものの、温度による「熱ゆらぎ」を特定の方向に押し潰して平衡状態より小さくした状態を「熱スクイーズ」と呼び、量子スクイーズの前駆体として重要視されています。

 

磁性体におけるマグノンは、強い非線形性を持ち、光や超伝導回路とも結合しやすいことから、将来のハイブリッド量子技術のプラットフォームとして期待されています。しかし、磁石の中の熱ゆらぎを直接制御し、その統計的性質を表すウィグナー関数(注2)を精密に描き出すことはこれまで困難でした。

 

研究内容と成果

研究グループは、代表的な磁性絶縁体であるイットリウム鉄ガーネット(YIG)薄膜に白金(Pt)層を積層した素子を用いました。この素子に、強磁性共鳴周波数の二倍の周波数のマイクロ波を照射(パラメトリック励起)し、白金層で生じる逆スピンホール効果(注3)を通じて磁気のゆらぎを電気信号として読み出しました(図1)。

 

fig1

1:実験のセットアップと単一モード熱スクイージングの観測

a. 実験に用いた試料の構造。外部磁場に対して平行な方向に振動磁場を加え、磁化ダイナミクスを引き起こす。b. 単一モード熱スクイージングを示す圧搾されたウィグナー関数。c. ウィグナー関数をbの縦軸(青)および横軸(赤)で切り出したグラフ。黒い線が熱励起レベルを示す。

 

実験の結果、単一モードにおいて、特定の位相方向で磁気のノイズが熱平衡状態のレベルを統計的に有意に下回っていることを確認しました(単一モード熱スクイーズ)。

 

さらに、薄膜の表裏でマグノン分布に非対称性を生じさせることで、異なる周波数を持つ二つのマグノンモードを同時に励起しました。この二つのモードのゆらぎの間には、一方が増えると他方も増える(または減る)といった相関が観測され、マクロな距離を隔てた磁気ゆらぎ同士が「二モード熱スクイーズ」の状態にあることを明らかにしました(図2)。これは将来的に、磁性体における「量子もつれ」を実現するための重要なステップとなります。

 

fig2

2:二モードスクイージングの測定概念図と観測

a. 二モードスクイージングを実現する二つのマグノンモードの概念図。磁性体薄膜の上下面に局在したマグノンのゆらぎが相関する。実験に用いた試料の構造。外部磁場に対して平行な方向に振動磁場を加え、磁化ダイナミクスを引き起こす。b. 二モードスクイージングを示す二モードウィグナー関数。縦軸と横軸が二つのモードのゆらぎを表し、斜めになったウィグナー関数が有限の相関を示す。

 

今後の展望

本成果により、磁性体における非平衡統計力学の新たな制御手法が確立されました。今後は、このスクイーズされた熱ゆらぎを「リザーバー(熱浴)」として利用することで、平衡熱機関の最大効率であるカルノー効率を超えた量の仕事を取り出せる「非平衡熱機関」や、極限までノイズを抑えた磁気センサの開発が期待されます。また、さらなる低温環境で実験を行うことにより、磁性体における量子もつれ状態の生成・制御へと発展させることが可能です。

 

発表者・研究者等情報

東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻

 日置 友智 助教

 東條 開斗 博士課程

 堀部 聡平 博士課程

 清水 祐樹 博士課程(研究当時)

 星 幸治郎 特任研究員(研究当時、現:東北大学 材料科学高等研究所 特任助教)

 齊藤 英治 教授

  兼:理化学研究所 創発物性科学研究センター チームディレクター

  兼:東北大学 材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 主任研究者

 

理化学研究所 創発物性科学研究センター

 巻内 崇彦 研究員

 

東北大学 材料科学高等研究所(WPI-AIMR

 Mehrdad Elyasi(メフルダード エリヤシ) 准教授

 Gerrit Ernst-Wilhelm Bauer(ゲリット エルンスト ヴィルヘルム バウアー) 主任研究者

 

論文情報

雑誌名:Nature Physics
題 名:Single- and two-mode thermal magnon squeezing
著者名:Tomosato Hioki*, Kaito Tojo*, Mehrdad Elyasi, Sohei Horibe, Hiroki Shimizu, Koujiro Hoshi, Takahiko Makiuchi, Gerrit E. W. Bauer and Eiji Saitoh (*Equal contribution)
DOI:10.1038/s41567-026-03294-4
URL:https://doi.org/10.1038/s41567-026-03294-4

 

研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST 非古典スピン集積システム(No. JPMJCR20C1)、戦略的創造研究推進事業さきがけ(No. JPMJPR24F9)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(No. JP21K13847JP22K14584JP22H04965 JP23KJ0607JP24H02231JP24KJ0927JP25K17943)、ATF研究助成、SCAT研究助成、東京大学・ソフトバンク Beyond AI 連携事業などによる支援を受けて行われました。

 

用語解説

(注1)パラメトリック励起:

磁化歳差運動の周波数の二倍の周波数を持つ交流磁場を加えることで磁化歳差運動周波数のダイナミクスを駆動する現象。一定の強度(閾値)以上の交流磁場を加えると、磁化歳差運動が生じ、閾値未満ではスクイージングが生じる。

 

(注2)ウィグナー関数:

磁化の平均的な向きとその周りのゆらぎを表す確率分布関数。熱平衡状態や通常の磁化歳差運動では円形の等方的な形状を持つが、スクイージングのようなゆらぎの変化があると、形状が楕円形などにゆがむ。

 

(注3逆スピンホール効果

電子が持つ性質のうち、磁気的性質を担うスピン角運動量が流れるスピン流を、電気的性質を担う電荷の流れである電流に変換する現象。本研究では、試料中で生じた磁化ゆらぎがスピン流を駆動し、これを電流に変換する際に用いた。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Nature Physicshttps://doi.org/10.1038/s41567-026-03294-4