発表のポイント
◆ 正確な評価指標の開発:セメント系材料が吸収したCO2のうち、工場排ガス等の特定の供給源(化石燃料)由来のCO2を、炭素同位体比(13C/12Cおよび14C/12C)を用いて識別・定量化することに成功しました。◆ 測定の『ものさし』を最適化:従来の標準的な計算手法では誤差が生じやすかった混合ガス環境に対して、同位体分別の影響を適切に補正する新たな計算モデルを導入し、解析結果の正確さを飛躍的に向上させました。
◆ 脱炭素の見える化に貢献:本手法により、コンクリート製品による化石燃料由来のCO2固定量を科学的に証明し、環境ラベルやカーボンクレジット等の信頼性を高めることが可能になります。

同位体分別の概念図
概要
東京大学大学院工学系研究科の丸山 一平 教授、栗原 諒 助教、伊神 竜生 大学院生、名古屋大学宇宙地球環境研究所の南 雅代 教授、同大学大学院環境学研究科のアイリ アブドゥシャラム助教(研究当時、現 広島大学大学院先進理工系科学研究科 准教授)、産業技術総合研究所の高橋 浩 主任研究員らによる研究チームは、炭素同位体比(13C/12Cおよび14C/12C )(注1)を指標に用いることで、セメント系材料に固定されたCO2の由来を特定し、その量を正確に算出する評価手法を開発しました。
近年、コンクリートにCO2を吸収させて固定するCCUS(CO2回収・利用・貯留)技術が注目されていますが、加速炭酸化試験(注2)などのプロセスにおいて、大気中のCO2が混入するため、特定の供給源(化石燃料由来など)からの正味の固定量を評価することが困難でした。
本研究では、放射性炭素(14C)を含まない化石燃料由来のCO2ガスを用いて炭酸化実験を行い、安定同位体比(13C/12C)および放射性同位体である14Cと安定同位体12Cとの比(14C/12C)の挙動を詳細に解析しました。その結果、微量な大気混入を検知・定量化する実用的なフレームワークを確立し、供給源を識別した上でのCO2固定量の算出を可能にしました。本成果は、建築材料による炭素貯留量の信頼性を保証し、脱炭素社会の実現に向けた資源循環の評価基盤を提供します。
発表内容
地球温暖化対策として「2050年カーボンニュートラル」の実現が急務となる中、建設セクターにおけるCO2排出削減策として、コンクリートへのCO2固定技術の導入が進んでいます。特に、大気中のCO2や化石燃料由来の工場排ガス中のCO2をセメント系材料に吸収させる手法は、有効なCO2吸収源として期待されています。現在までに本研究チームは、大気中のCO2固定量評価手法の開発(関連情報1、2)や、その手法を用いて築50年の構造物へのCO2固定量を評価する実証研究を行っています(関連情報3)が、このたび、石油などの化石燃料を燃焼させた時や、石灰石を分解した時に排出されるガスを対象に測定手法の検討を試みました。実用化にあたっては大きな障壁がありました。それは、材料が吸収したCO2のうち、「狙い通りに工場排ガスから固定したもの」と、「意図せず大気中から吸い込んでしまったもの」を区別して正確に評価することが極めて困難だった点です。この区別ができないと、コンクリートやセメント系材料が実際にどれだけの環境価値(CO2排出起源による環境価値、注3)を生み出したかを科学的に証明することができません。
研究チームは、この問題を解決するために「炭素同位体比(13C/12Cおよび14C/12C)」に着目しました。化石燃料は、地下深くに長い年月の間隔離される中で14Cが消滅しているため、その燃焼CO2の14C/12Cは、現代の大気中のCO2とは大きく異なる指紋を持っています。この違いを利用して、それぞれに由来するCO2の固定量を知ることができます。
しかし、ここで重要な技術的障壁がありました。CO2がコンクリートに吸収される化学反応過程では、質量の異なる同位体が取り込まれる割合が微妙に変化する「同位体分別(Isotope Fractionation)(注4)」が起こります。従来の一般的な14C測定では、自然界を代表する大気中のCO2から反応して、平衡状態で固定された炭素を対象として議論していたため、測定した試料の13C/12Cを「一定の基準値」に合わせることで、この同位体分別を補正することが通例でした。しかし、本研究で対象としているような「化石燃料由来の排ガスと大気が混ざり合うような環境」では、混合ガス中のCO2の濃度や同位体比が、大気中のCO2とは大きく異なるため、通例に従った基準値を用いた補正をすると同位体分別を正確に評価できず、求めた固定量は実態と乖離し、正確に導き出せない(間違った数値を出してしまう)可能性がありました。本研究で、混合ガスであることを考慮に入れてガス組成から同位体分別を計算するモデルを構築して、14C濃度の原理的な評価を試みたところ、従来法とは異なる結果となること、その差は状況に応じて大きくなることが明らかになりました。そこで、さまざまな混合ガスの特性に合わせて、分別効果を適切に計算して補正する考えを追加し、混合ガスからコンクリートに固定される化石燃料由来のCO2量を求める新しい計算フレームワーク(図1)を構築し、その妥当性を検証しました。
いわば、特殊な状況下でも狂わない「精密なものさし」を開発したことで、大気の影響を排除し、化石燃料由来のCO2が具体的に何グラム固定されたのかを、高い信頼性で定量化できるようになりました。

図1:フローの概念図
本手法の確立により、建築材料がどれだけのCO2を「意図した供給源」から削減したのかを、科学的な根拠(エビデンス)に基づいて証明することが可能になります。これは、建設業界におけるカーボンクレジットの創出や、環境ラベルの信頼性向上に直結する成果です。
今後は、この評価手法を多様な低炭素コンクリートの開発に適用し、脱炭素社会の実現に向けた資源循環の「見える化」を加速させていく予定です。
〇関連情報:
[1] プレスリリース「コンクリートによる空気中のCO2固定を証明する方法を開発」(2023/11/24)
https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2023-11-24-001
[2] 論文:Z. Wang, A. Aili, M. Minami, I. Maruyama, Verification method of direct air capture by cementitious material using carbon isotopes, J. Adv. Concr. Technol. 21 (2023) 934–940.
https://doi.org/10.3151/jact.21.934
[3] 論文:I. Maruyama, H. Takahashi, Y. Asahara, H. Yoshida, A. Aili, M. Minami, Evaluation of atmospheric CO2 sequestration by 50-year-old concrete structures based on 14C and 13C measurements, Cem. Concr. Res. 202 (2026) 108129.
https://doi.org/10.1016/j.cemconres.2025.108129
発表者・研究者等情報
東京大学大学院工学系研究科
丸山 一平 教授
伊神 竜生 博士課程1年/日本学術振興会特別研究員
栗原 諒 助教
名古屋大学宇宙地球環境研究所
南 雅代 教授
名古屋大学大学院環境学研究科
アイリ アブドゥシャラム 助教:研究当時
現:広島大学大学院先進理工系科学研究科 准教授
産業技術総合研究所活断層・火山研究部門
高橋 浩 主任研究員
論文情報
雑誌名:Cement and Concrete Research
題 名:Quantification of sequestered fossil-derived CO2 in cementitious materials and its atmospheric contamination using carbon isotope measurements(6月2日付掲載)
著者名:Ippei Maruyama, Ryusei Igami, Ryo Kurihara, Masayo Minami, Hiroshi A. Takahashi, Abudushalamu Aili
DOI:10.1016/j.cemconres.2026.108290
URL:https://doi.org/10.1016/j.cemconres.2026.108290
研究助成
本研究は新エネルギー・産業技術総合研究開発機構(NEDO)グリーンイノベーション基金事業/コンクリートにおけるCO2固定量評価の標準化に関する研究開発・JPNP21023の支援により実施されました。
用語解説
(注1)炭素同位体比:炭素の同位体の存在比率で、12Cに対する13Cの比率、あるいは14Cの比率のこと。
(注2)加速炭酸化試験:セメント系材料の炭酸化反応を加速させる目的でCO2濃度の高い環境にセメント系材料を設置する試験のこと。
(注3)CO2排出起源による環境価値:現在、脱炭素市場では、単純なCO2排出削減量だけでなく、その価値が「どこで、どのようにして生まれたか」という属性情報を重視する傾向にあり、たとえば、バイオマス由来のCO2を固定化することはネガティブエミッションと呼ばれ高い価値があるという考え方があります。
(注4)同位体分別(Isotope Fractionation):化学反応などの過程で、同じ元素でも質量の異なる同位体(13Cや14Cなど)が取り込まれる割合が変化すること。本研究では、この変化を正しく計算(補正)することが、正確なCO2固定量の算出に不可欠であることを解明しました。
プレスリリース本文:PDFファイル
Cement and Concrete Research:https://doi.org/10.1016/j.cemconres.2026.108290
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