発表のポイント
◆ 時間分解型の原子分解能電子顕微鏡法により、結晶粒界における添加元素の拡散過程の直接観察に成功した。◆ 実験と理論計算を組み合わせることで、結晶粒界において空孔・格子間拡散機構により高速拡散が誘起されることをはじめて明らかにした。
◆ 電子顕微鏡法と理論計算による原子レベルでの拡散機構の理解に基づき、効率的で高性能な多結晶体材料の開発に繋がることが期待される。

本研究の概要
概要
東京大学大学院工学系研究科附属総合研究機構の幾原雄一東京大学特別教授(兼:東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)教授)、柴田直哉教授、石川亮特任准教授、二塚俊洋特任研究員らのグループは、名古屋大学の松永克志教授、横井達矢准教授と共同で、原子分解能電子顕微鏡法(注1)と理論計算(シミュレーション、注2)により、原子が結晶粒界(注3)に沿って高速拡散(注4)する機構を明らかにしました。
セラミックスの多結晶体に極微量の添加元素を導入すると、さまざまな材料物性の性能を向上させることができます。これまでに、結晶粒界が添加元素の高速拡散経路であることは知られていましたが、原子レベルでの高速拡散機構は不明でした。本研究では、ハフニウム(Hf)を添加した酸化アルミニウム(α-Al2O3)の結晶粒界を対象に、時間分解型の原子分解能走査透過型電子顕微鏡(STEM)(注5)を用い、個々のHf原子が結晶粒界に沿って拡散する様子を追跡することに成功しました。さらに、機械学習ポテンシャル(注6)を用いた大規模な分子動力学計算(注7)により、結晶粒界特有の格子間サイト(注8)を経由する新しい拡散機構を明らかにしました。これらの発見は、結晶粒界を介したイオン伝導など、材料特性の設計に新たな指針を与えるものです。
本研究成果は、2025年10月17日(英国夏時間)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載されました。
発表内容
〈研究の背景〉
材料開発においては、意図的に極微量の添加元素を導入することで、材料の物理的・化学的特性が飛躍的に改善することが知られています。セラミックスは通常、原料粉末を高温で焼き固める方法(焼結法)で作製するため、材料内部には無数の粒界が形成されます(図1)。このような多結晶体の強度や機能などの特性は、粒界の構造や組成と密接に関係しています。このような多結晶体に導入した添加元素は結晶粒界に沿って優先的に拡散(移動)していき、粒界に偏析することが知られています。これまでにも結晶粒界に沿った添加元素のマクロな濃度分布解析は行われてきましたが、静的な観察のため、焼結時における粒界偏析の形成過程は不明でした。合理的な焼結条件の探索のためには、焼結時の原子レベルでの粒界拡散の起源や拡散経路を同定することが必要とされてきましたが、未だ明らかになっていませんでした。また、理論計算においても焼結現象を対象とした場合、大規模かつ高精度の計算が要求されるため、理論計算を用いた粒界拡散の研究は極めて限定的でした。特にセラミックスにおいて、従来の原子間ポテンシャルを用いた理論計算では、添加元素を含むセラミックス結晶粒界の原子構造やエネルギーを正確に予測できませんでした。本研究グループは、個々の原子の動きを直接追跡可能な時間分解能型の原子分解能電子顕微鏡法と高精度な原子間ポテンシャルを用いた理論計算を融合し、酸化アルミニウム(α-Al2O3)の結晶粒界におけるHf原子の拡散機構を明らかにすることに挑戦しました。

図1:粒界偏析の模式図
多結晶体の模式図。粒界が網目状に形成される。(b) 添加元素(緑)の粒界偏析。(c) 粒界部の原子構造。
〈研究の内容〉
今回、本研究グループでは、原子分解能を有する時間分解型の原子分解能走査透過型電子顕微鏡(STEM)を用い、Hf原子が結晶粒界に沿って拡散する様子を直接観察することに成功しました。図2にHfを添加したα-Al2O3粒界の原子分解能STEM像を示します。輝点は原子位置を示しており、左上の構造モデルに示すように、Al原子が強い輝点、O原子が弱い輝点に対応します。結晶粒界はAl原子から構成される2つの7員環(A7、B7)および2つの6員環(C6、D6)が周期的に配列した構造を持ちます。Hfは白三角で示す明るい輝点に対応し、結晶粒界上のみで観察されています。観察されたHf原子の拡散過程は、(i) 結晶粒界内のAlサイト間での拡散(図3 (a)-(c))と、(ii) 結晶粒界内の格子間サイトを介した拡散(図3 (d)-(f))の2種類に分類されます。一般に結晶内では、格子間サイトを介する拡散は非常に高いエネルギーが必要とされるためほとんど実現されませんが、結晶粒界では格子間サイトが高速拡散の重要な役割を果たしていることが分かります。

図2:原子分解能走査型透過電子顕微鏡によるα-Al2O3粒界の原子分解能像
各輝点が原子サイトに対応する。結晶内のAl(青)およびO(暗赤)を構造モデルで示す。粒界構造ユニット(A7、B7、C6、D6)を白線で示す。白三角で示す明るい輝点がHfに対応する。

図3:α-Al2O3粒界におけるHf原子の拡散過程の原子分解能電子顕微鏡像
(a)-(c) Alサイト間のHf原子拡散過程(サイト1,2は原子位置を示す)。(d)-(f) 格子間サイトを介するHf原子拡散過程(サイト4は格子間を示す)。
次に、スーパーコンピューターを用いた理論計算により、Hf原子の粒界拡散機構を解析しました。このような計算には高い計算精度と高速な計算が要求され、名古屋大学の松永・横井グループにより開発された機械学習ポテンシャルを用いて理論計算を行いました。Simulated Annealing法(注9)という構造探索アルゴリズムを用い、α-Al2O3粒界の最安定な原子構造を決定し、結晶粒界におけるHf原子の欠陥形成エネルギー(注10)を評価しました。図4に示すように、結晶粒界では、A7環とB7環において、Al空孔(Al原子が不足した欠陥)およびHf原子の欠陥形成エネルギーが非常に低く、Hf原子とAl空孔が結晶粒界上で安定化することが分かりました。このように、結晶粒界にHf原子とAl空孔が密集することで、Hf原子とAl空孔の遭遇確率が大幅に増加し、空孔交換機構(注11)によるHf原子拡散が促進されたと考えられます。

図4:α-Al2O3粒界内の各Alサイトにおける欠陥形成エネルギー図
(青色は低いエネルギー、赤色は高いエネルギー、色の濃さはその大きさに対応する)
(a) Al空孔の欠陥形成エネルギー。(b) Al置換型Hf原子の欠陥形成エネルギー(欠陥形成エネルギーが低いほど欠陥が生じやすいため、粒界近傍に欠陥が生じやすいことがわかる)。
最後に、理論計算によりHf原子拡散経路および活性化エネルギー(注12)を評価しました。図5にHf原子の拡散経路および活性化エネルギーを示します。結晶粒界の大部分では、空孔交換機構(赤線)によるHf原子拡散の活性化エネルギーが結晶内よりも低く、拡散が大きく促進されることが示されました(平均1.37 eV、結晶内では2.00 eV)。しかし、B7環では空孔交換機構による活性化エネルギーが比較的高く、格子間サイト(三角形で示す)を介する拡散(青線)により拡散することが明らかとなりました。この拡散経路はB7環とA7環の右半分に局在しており、実験結果とも整合します。この格子間拡散については、複数のAl原子とAl空孔が関与し、活性化エネルギーが0.5 eVと著しく低い経路も確認されました。結晶粒界の構造が結晶と比較して大きく歪んでいるA7環の右半分とB7環において、格子間サイトを介する拡散の活性化エネルギーが低く、粒界拡散を高速化していることが明らかになりました。

図5:α-Al2O3粒界における拡散経路および活性化エネルギー
赤線はAlサイト間の拡散、青線は格子間サイトを介する拡散に対応する。三角形は格子間サイトを表す。
〈今後の展望〉
本研究では、先端電子顕微鏡法と理論計算を融合した解析により、結晶粒界における添加元素の拡散を直接観察し、添加元素が空孔・格子間サイトでの交換機構により高速拡散することを明らかにしました。本知見に基づき、結晶粒界での添加元素の拡散挙動を制御することで、イオン伝導性、電子輸送、熱伝導性などの材料特性を向上させることが期待されます。このような、原子レベルでの拡散機構の理解に基づいた材料設計は、高効率かつ高性能な新素材の開発に繋がると期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学大学院工学系研究科附属総合研究機構
幾原 雄一 東京大学特別教授
兼:東北大学材料科学高等研究所 教授
柴田 直哉 教授
石川 亮 特任准教授
二塚 俊洋 特任研究員
名古屋大学大学院工学研究科物質科学専攻
松永 克志 教授
横井 達矢 准教授
論文情報
雑誌名:Nature Communications
題 名:Direct observation of substitutional and interstitial dopant diffusion in oxide grain boundary
著者名:Toshihiro Futazuka, Ryo Ishikawa*, Tatsuya Yokoi, Katsuyuki Matsunaga, Naoya Shibata, Yuichi Ikuhara*
DOI:10.1038/s41467-025-64798-w
URL:https://doi.org/10.1038/s41467-025-64798-w
研究助成
本研究は、科学技術振興機構(JST)「創発的研究支援事業(課題番号:JPMJFR2033)」、「ERATO柴田超原子分解能電子顕微鏡プロジェクト(課題番号:JPMJER2202)」、日本学術振興会(JSPS)の科学研究費助成事業「新学術領域研究(課題番号:19H05785、19H05788)」、「基盤研究S(課題番号:22H04960)」、「基盤研究A(課題番号:24H00373)」、「基盤研究C(課題番号:23K04381)」、次世代電子顕微鏡社会連携講座、文部科学省「マテリアル先端リサーチインフラ(課題番号:JPMXP1222UT246)」、東京大学・日本電子産学連携室の支援により実施されました。
用語解説
(注1)原子分解能電子顕微鏡法
0.1nm以下に収束した電子線で試料上を走査し、透過・散乱した電子線の強度分布から原子配列を直接観察する手法。現在の空間分解能は0.04nmにまで達しており、材料内部の結晶粒界などの原子構造を直接観察できる。
(注2)理論計算(シミュレーション)
コンピューターを用いて材料の性質を予測する計算手法。
(注3)結晶粒界
多結晶体の結晶粒子間に形成される界面。微細な結晶粒により構成される多結晶体中には多数の結晶粒界が存在する。
(注4)拡散
固体中の原子が濃度勾配に従って移動する現象。
(注5)走査透過型電子顕微鏡(STEM)
(注1)を参照。電子線を1nm以下に収束し、試料上を収束した電子線で走査することにより、試料を透過・散乱した電子線の強度分布を用いて結像する方法。特に、0.1nm以下に収束した電子線を用いる場合、原子像が直接観察できるので、本報では原子分解能電子顕微鏡法と呼んでいる。
(注6)機械学習ポテンシャル
機械学習により、量子力学計算で求めた原子間相互作用を学習した原子間ポテンシャル。量子力学計算と近い精度かつ高速の計算が可能である。本研究では、学習にニューラルネットワークを用いた。
(注7)分子動力学計算
運動方程式を解き、原子の動きを追跡する理論計算手法。
(注8)格子間サイト
原子が占有しない結晶格子間の原子サイトのこと。結晶内部では通常、格子間サイトの占有には高いエネルギーが要求される。
(注9)Simulated Annealing法
コンピューター上で系を高温から絶対零度まで徐冷することで安定な原子構造を探索する手法。単純にエネルギーが低くなる方向に原子を動かす場合と比べ、広範囲の構造探索が可能である。
(注10)欠陥形成エネルギー
1個の格子欠陥(本研究ではHf原子およびAl空孔を指す)を生成するのに必要なエネルギー。欠陥形成エネルギーが低いほど、欠陥が指数関数的に生じやすくなる。
(注11)空孔交換機構
原子が空孔と入れ替わることで拡散する機構。多くの結晶において主要な拡散機構だと考えられている。
(注12)活性化エネルギー
原子が拡散するのに必要なエネルギー。活性化エネルギーが低いほど、指数関数的に拡散速度が向上する。
プレスリリース本文:PDFファイル
Nature Communications:https://doi.org/10.1038/s41467-025-64798-w
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