反強磁性体における巨大な磁気光学効果の実証に成功 ―非自明なスピン配列による新機構、磁気情報の読み出し方法として期待―

2026/05/27

発表のポイント

スピンの立体的な配列に由来する、光の偏光面がねじれる現象「トポロジカル磁気光学効果」を、磁化を持たない反強磁性体において実証しました。

従来、磁気光学効果の発現には外部磁場や物質の磁化が不可欠と考えられてきましたが、本研究ではこれらに依存せず、強磁性体に匹敵する大きさの効果を実現しました。

本成果は、巨視的な磁化を持たない反強磁性体において磁気情報を読み出す新たな手法としての応用が見込まれ、反強磁性体を基盤とした次世代の磁気記憶デバイスの実現につながることが期待されます。

 

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立体的なスピン配列の反強磁性秩序を磁気光学効果により読み出している模式図

 

概要

東京大学大学院工学系研究科の岡村 嘉大 助教(研究当時)、高橋 陽太郎 准教授らの研究グループは、同大学先端科学技術研究センターの関 真一郎 教授、理化学研究所創発物性科学研究センターの十倉 好紀 グループディレクターらとの共同研究により、スピン(注1)が立体的に配列することで生じた光の偏光面がねじれる現象「トポロジカル磁気光学効果」を、磁化(注2)を持たない反強磁性体(注3)において実証することに成功しました。一般に磁気光学効果(注4)は、強磁性体における磁気情報の読み出し手法として広く用いられ、その大きさは磁場や磁化に比例して現れることが知られています。それに対して、本研究で扱った反強磁性体では、スピンが四面体状に配列することにより、物質中に存在する電子が量子力学的な起源を持つ大きな仮想磁場(注5)を受けることが理論的に予測されていました。今回はこの特徴を利用することで、強磁性体に匹敵するほど大きな磁気光学効果が発現することを実験的に示しました。
本成果は、磁化を持たない反強磁性体における新たな磁気情報読み出し原理を提示するものであり、反強磁性体を基盤とした高速・高密度な次世代磁気情報素子の開発への展開が期待されます。本研究成果は、2026年5月27日(英国夏時間)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載されました。

 

発表内容

<研究の背景>    
ハードディスクや磁気抵抗メモリなどの従来型の磁気記憶デバイスでは、スピンが同一方向にそろった強磁性体が用いられ、スピンの上向き・下向きという二つの状態を情報の担い手として利用しています。このように有限の磁化を持つ系では、電気的応答に加えて、スピン状態に応じて光の偏光が回転する磁気光学効果が現れます。そのため、この効果は情報を読み出すための有効な手段として広く用いられてきました。
これに対し、スピンが互いに打ち消し合うように配列した反強磁性体では、巨視的な磁化が存在しないため、従来の磁気光学効果による情報読み出しは難しいとされてきました。ところが近年の理論研究では、スピンが同一平面に収まらない非共面的な配置をとる場合、隣り合う三つのスピンが張る立体角(スピンカイラリティ)に応じた仮想的な磁場を電子が受け、その結果として磁気光学応答が生じ得ることが示唆されています。このような現象は「トポロジカル磁気光学効果」と呼ばれ、外部磁場や磁化に依存しないという特徴を持ちます。そのため、反強磁性体における新しい情報読み出し原理として期待されてきましたが、実験的な実証はこれまで大きな課題として残されていました。

<研究の内容>
そこで本研究では、非共面的な磁気構造を持つことが最近明らかにされた反強磁性体CoNb3S6という物質に注目することで、その原理実証に取り組みました(関連情報を参照)。この物質は、二次元ファンデルワールス物質(注6)であるNbS2(硫化ニオブ)の層間に磁性イオンであるCo(コバルト)を挿入した構造を持っており、四面体状の非共面なスピン配列が実現していることが先行研究から明らかにされていました(図1(a,b))。実際にCoNb3S6で、幅広い光のエネルギー帯域で磁気光学効果測定を行ったところ、磁化に比例するような従来機構による磁気光学効果はほとんど観測されず、反強磁性の2状態が入れ替わることに由来するプラスとマイナスの値を持つ応答が発現することが明らかになりました(図1(c))。こうした振る舞いは、この現象が磁化ではなく反強磁性秩序(もしくはスピンカイラリティ)に由来するものであることを示しており、まさにトポロジカル磁気光学効果に由来することを証明しています。また、この現象を用いることで、反強磁性状態の実空間イメージングにも成功しています。さらには、今回観測された偏光のねじれ角をさまざまな磁性体との比較を行ったところ、その大きさは強磁性体にも匹敵するものであり、特に磁化の大きさで規格化した値を考えると従来物質の100倍から1000倍にもなる巨大応答であることがわかりました(図2)。これは今回実証した機構が磁化を必要とせず、反強磁性の新たな読み出し方法となることを直接的に実証する結果といえます。

 

<今後の展望>
本研究では、磁化を伴わない反強磁性体においても、量子力学的な効果を介したトポロジカル磁気光学効果を用いることで、スピンの情報を光学的に読み出せることを示しました。今回観測したような巨大効果は、強い光と磁気の相互作用の存在を意味するものであり、読み出しだけでなく逆に磁気ドメインを光によって制御できる可能性をも示唆しています。これらの知見は、反強磁性体を基盤とした新規な磁気情報デバイスの実現に向けた重要な一歩となると考えられます。従来主流であった強磁性体と比較すると、反強磁性体は漏れ磁場(磁性体から出る磁力線)をほとんど生じないため高密度化に適しているほか、外部刺激に対して非常に高速に応答し、さらに外乱の影響を受けにくいといった利点を有しています。こうした特性を活かすことで、次世代の高性能な情報媒体としての応用が期待されます。

 

fig_2図1:(a) 反強磁性体CoNb3S6の結晶構造。(b) CoNb3S6で実現している四面体状の非共面なスピン配列。(c) 磁気光学効果(青丸)と磁化(赤線)の磁場依存性。磁気光学効果が磁化に全く比例せず、反強磁性の2状態に対応するプラスとマイナスの2値的な振る舞いが観測された。

 

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図2:さまざまな物質における磁気光学効果の大きさを磁化の大きさに対してまとめたグラフ。本研究で反強磁性体において観測された偏光回転は強磁性体に匹敵するものであり、磁化の大きさで規格化すると最大級となっている。

 

〇関連情報:
プレスリリース「反強磁性体におけるトポロジカルホール効果の実証に成功――磁気情報の新しい読み出し手法としての活用に期待――」(2023/4/21)
https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2023-04-21-002

 

発表者・研究者等情報

東京大学
 大学院工学系研究科 附属量子相エレクトロニクス研究センター
   岡村 嘉大 助教:研究当時
   現:同大学先端科学技術研究センター 准教授
   兼:理化学研究所 創発物性科学研究センター 強相関物性研究グループ 客員研究員
  林 悠大 博士課程:研究当時

  ヌイェン ドウイ カーン 特任助教
     高橋 陽太郎 准教授

   兼:理化学研究所 創発物性科学研究センター 強相関物性研究グループ 客員主管研究員

 先端科学技術研究センター
  関 真一郎 教授

   兼:理化学研究所 創発物性科学研究センター 強相関物性研究グループ 客員研究員

 

理化学研究所 創発物性科学研究センター

 強相関物性研究グループ
  十倉 好紀 グループディレクター
   兼:東京大学卓越教授(国際高等研究所東京カレッジ)

学会情報

雑誌名:Nature Communications

題 名:Giant topological magneto-optical effect in noncoplanar antiferromagnet

著者名:Yoshihiro Okamura, Yudai Hayashi, Nguyen Duy Khanh, Yoshinori Tokura, Shinichiro Seki, Youtarou Takahashi

DOI:10.1038/s41467-026-72889-5

URLhttps://doi.org/10.1038/s41467-026-72889-5

 

研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業「ナノスピン構造とトポロジーがつくる光スピントロニクス(課題番号:JPMJFR212X)」、戦略的創造研究推進事業CREST「第三の磁性体「Altermagnet」の物質設計と機能開拓(課題番号:JPMJCR23O4)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 基盤研究S「磁性伝導体における新しい創発電磁誘導(課題番号:JP23H05431)」、基盤研究S「マクロな時間反転対称性の破れた反強磁性体の物質設計と電気的制御(課題番号:JP21H04990)」、基盤研究S「マルチカロリトロニクス(課題番号:JP22H04965)」、基盤研究A「スキルミオンが持つ新しい物質機能・物性現象の開拓とスキルミオニクスの創出(課題番号:JP25H00611)」、基盤研究B「Equilibrium skyrmion lattice at zero-magnetic field: Material exploration and magnetoelectric control(課題番号:JP25K00956)」、若手研究「A new material landscape of rare-earth intermetallics for exploration non-trivial topological spin textures(課題番号:JP23K13069)」、学術変革領域A「キメラ準粒子のエレクトロニクス(課題番号:JP24H02235)」、挑戦的研究(萌芽)「トポロジカル反強磁性体におけるスピンゲージ場による光物質双方向制御(課題番号:JP25K22214)」の支援により実施されました。

 

用語解説

(注1)スピン
エレクトロニクスの中心的な担い手である電子は、電荷に加えてスピンという二つの自由度を備えた粒子として知られています。このスピンは、電子が持つ内在的な角運動量に起因する性質です。スピンは微小な磁石のように振る舞い、磁性体中ではそれらが特定の規則に従って配列することで、特徴的な磁気秩序が形成されます。

(注2)磁化
スピンは「磁気モーメント」と呼ばれるベクトル量として表され、その空間的な密度、すなわち単位体積あたりの磁気モーメントは「磁化」と定義されます。この磁化は、磁性体内部におけるスピンの平均的な配列状態を反映した量とみなすことができます。

(注3)反強磁性体
日常で目にする磁石の多くは「強磁性体」に分類され、内部ではスピンが同じ向きにそろって配列することで、大きな磁化が現れます。これに対して、スピンが互いに反対向き、あるいは四面体状などの配置をとる場合には、それぞれの寄与が打ち消し合い、全体としての磁化はゼロになります。このように、巨視的な磁化を持たないスピン配列を示す物質は「反強磁性体」と呼ばれます。

(注4)磁気光学効果
光は進行方向と垂直な面内で電場と磁場が振動する横波です。偏光面とはこの振動電場と光の進行方向を含む面を指します。この偏光面をねじる(回転させる)現象の一つが磁気光学効果です。特に、今回のように磁化を持った磁性体に直線偏光を入射した時に、その反射光の偏光面がねじれる現象を磁気光学カー効果と呼びます。

(注5)仮想磁場
スピンが同一平面上にない非共面的な配列のもとで電子が運動すると、電子はあたかも磁場を受けているかのような影響を受けます。この効果は量子力学的な位相自由度に由来するもので、実際に外部磁場を印加していなくても、電子の運動に対して磁場に類似した作用が現れることから、「仮想的な磁場」と呼ばれます。

(注6)二次元ファンデルワールス物質
二次元の層が、分子間相互作用の一つであるファンデルワールス力によって緩やかに結びついた積層構造を持つ物質を指します。代表例としてグラフェンが挙げられ、各層を単独で取り出したり、異なる層状物質と組み合わせて多様なヘテロ構造を作製できたりする点から、近年注目を集めています。

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Nature Communications:https://doi.org/10.1038/s41467-026-72889-5