次世代半導体MoS₂の革新的ウエハースケール成膜技術を開発 ―結晶成長の自己整合および自己停止メカニズムにより高移動度を達成―

2026/01/21

発表のポイント

MOCVD法を用いて、サファイア基板上のMoS2結晶粒が自己整合して単結晶化する革新的な成長メカニズムを発見。
独自のプリカーサ選択により、成膜反応が単層厚さで自動停止する新たな現象を見いだし、2インチサイズのウエハー全体にわたって均一で再現性の高い単層MoS2膜を実現。
2つの成膜メカニズムの相乗効果により高い電子移動度を達成。量産化を見据えたウエハースケールで高品質な単層MoS2単結晶膜の形成という産業界からの要請に応えるとともに、次世代サブ1 nmノード論理トランジスタ実現に向けた重要な一歩。

 

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MoS2単結晶ウエハーとデバイス群

 

概要

物質・材料研究機構(NIMS)の佐久間 芳樹 NIMS特別研究員と東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻の長汐 晃輔 教授らの研究グループは、名古屋大学、筑波大学、東京エレクトロン テクノロジーソリューションズ(株)との共同研究により、有機金属化学気相成長法(MOCVD、注1)を用いた単層膜厚の二硫化モリブデン(MoS2)の成長に関して、サファイア基板上でのMoS2結晶粒の自己整合的な合体と成長膜厚の自己停止という2つの重要な成膜メカニズムを発見しました。これらのメカニズムを利用することで、単層MoS2単結晶膜をウエハースケールで再現性高くエピタキシャル成長(注2)させることが可能となりました。また、電子移動度の温度依存性から、本手法によるMoS2は欠陥密度が少なく高品質であることが実証されました。

本成果は、ウエハースケールで高品質かつ均一な二次元半導体(2D半導体)の単結晶薄膜を安定して製造できる道を切り開いたものであり、将来の大規模集積回路や低消費電力エレクトロニクス、さらには光電子デバイス応用においても大きな意義を持ちます。

 

発表内容

〈研究の背景〉

シリコンを用いた従来の半導体デバイスは微細化の限界に近づいており、サブ1 nm(ナノメーター、ナノは10億分の1)ノード世代においては、短チャネル効果(注3)を抑制できる新しい半導体材料が求められています。その候補として、わずか0.7 nmの原子層厚さを持つ二次元材料(2D材料)が注目されています。特に、MoS2は優れた電気的・機械的特性を併せ持ち、次世代論理デバイスのチャネル材料として有力視されています。

しかし、実用化に向けては、ウエハースケールで高品質かつ単結晶性を持つ原子層厚さのMoS2膜を安定的に成長させることが必須となります。これまでの研究では、粉末原料を用いた簡易的な化学気相成長法(粉末原料CVD)を用いてサファイア基板上にMoS2を成長させる試みが行われてきましたが、再現性や大面積化の課題のほか、60°反平行ドメインや回転ドメイン(各ドメインについては、図2を参照)の混在による結晶粒界の形成が避けられず、トランジスタの性能指標である電子移動度が著しく劣化するという問題がありました。

 

〈研究の内容〉

本研究では、産業展開に有利な高い制御性を備えたMOCVD法に基づく新手法を開発し、c面サファイア基板上にMoS2を成長させ、その成長過程を時間分解的に詳細に観察しました。その結果、従来の「核生成を一方向に揃えてつなぎ合わせる」手法(図1)とは異なり、核の初期生成時には個々のMoS2結晶粒がサファイア基板と準安定なスーパーセルの関係(注4)にあるねじれ角度を持った原子配置で形成され(図2)、その後の成長進行に伴い60°反平行ドメインや回転ドメインが合体時に自発的に消滅し、最終的にエネルギーが最安定な0°配向の単結晶が形成されるという新たな「自己整合的成長機構」が存在することを発見しました(図1)。この現象は差分暗視野透過電子顕微鏡(Differential DF-TEM、注5)や4D-STEM(注6)による実空間観察、さらに第一原理計算(注7)による界面エネルギー解析と一致しました(図3)。

 

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図1:従来手法と本手法の違い

 

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図2:MoS2/サファイアのスーパーセル関係

 

fig3

3Differential DF-TEMによる自己整合機構の直接的な証拠

成長進行に伴い60°反平行ドメイン(赤)や回転ドメイン(青)が合体時に自発的に消滅し、最終的にエネルギーが最安定な0°配向の単結晶(緑)が全面に形成される。

 

さらに、本手法で選定したモリブデン前駆体(MoO2Cl2)の反応特性により、MoS2の結晶成長が単層膜厚で「自己停止」することが判明しました。これは通常のCVD法では実現できないユニークな性質であり、成長時間を延長しても二層目の成長がほとんど起こらず、2インチスケールにわたって膜厚の均一性が保たれることがラマン計測やフォトルミネッセンス(PL)計測のマッピングからも確認されました(図4)。この膜厚の自己停止メカニズムは、直径300 mmの大口径ウエハー上での原子層膜形成に役立つと期待されます。

 

fig4

4:(a)自己制限的成長挙動、(b)ラマンおよび(cPLマッピング測定

(a)縦軸は吸光度、横軸は成長に要する時間。従来手法に比べ、本手法では成長が単層で制限される、つまり二層目の成長がほとんど起こらず、均一な単層膜ができていることがわかる。
(b)ラマン計測の結果から、できあがった膜の厚さは均一であるとわかる。
(c)縦軸は蛍光(PL)強度、横軸は発光エネルギー。特定のエネルギーにおいて強いPLが見られ、得られたMoS2膜が高品質かつ均一な単層膜であることがわかる。

 

このようにして得られたMoS2をSiO2/Si基板に転写してトランジスタを作製したところ、室温で66 cm2/Vs、20 Kで749 cm2/Vsという高い移動度が測定されました(図 5)。この移動度の温度依存性はフォノン散乱が支配的であることを示しており、本手法で粒界のほとんどない高品質単結晶が得られていることを裏付けています。

 

fig5

5:移動度の温度依存性と室温での移動度比較

左:縦軸は移動度、横軸は温度。温度変化に応じて移動度が変化する(温度依存性がある)ことがわかる。

右:室温での移動度比較。MoS2を含む他の2D半導体と比べ、高い移動度を示すことがわかる。

 

〈社会的意義・今後の予定〉

今回の成果は、2D半導体の「産業的なウエハースケール成長」の実現に向けた大きな進展です。特に、

 ・粒界のない単結晶の形成(高移動度デバイスの実現)
 ・自己制限的な単層成長(膜厚の均一性保証)
 ・MOCVD技術の利用(既存の半導体産業に直結したプロセス互換性)

という3つの特徴は、2D半導体をシリコンに代わる次世代ロジック材料として実用化するための重要な要件を満たしています。

今後は、欠陥密度のさらなる低減や、MoS2以外の遷移金属ダイカルコゲナイド(WSe2など)への適用拡大を進めるとともに、産業規模での大面積集積デバイス化を目指します。これにより、次世代の低消費電力エレクトロニクスや光通信デバイス、さらにはIoTセンサー技術に大きく貢献できると期待されます。

 

発表者・研究者等情報

物質・材料研究機構

 電子・光機能材料研究センター

  佐久間 芳樹 NIMS特別研究員

  大竹 晃浩 主幹研究員

 

 技術開発・共用部門

  廣戸 孝信 エンジニア

 

 ナノアーキテクトニクス材料研究センター

  奈良 純 主幹研究員

 

東京大学 大学院工学系研究科 マテリアル工学専攻

  渥美 圭脩 博士課程

  李 曙紅 博士課程:研究当時

  西村 知紀 技術専門職員

  金橋 魁利 助教

  長汐 晃輔 教授

 

東京エレクトロン テクノロジーソリューションズ株式会社 成膜技術開発センター

  小野 佑樹 スペシャリスト

  松本 貴士 グループリーダー

  牟田 幸浩 シニアスペシャリスト

  武田 魁 スペシャリスト

 

名古屋大学 未来材料・システム研究所

  狩野 絵美 助教

  安野 寿輝 修士課程

  楊 旭(ヤン シュウ) 特任助教:研究当時

  五十嵐 信行 教授

 

筑波大学 数理物質系

  鈴木 諒人 修士課程

  池沢 道男 准教授

 

論文情報

雑誌名:Nature Communications

題 名:Self-aligned and self-limiting van der Waals epitaxy of monolayer MoS2 for scalable 2D electronics

著者名:Yoshiki Sakuma*, Keisuke Atsumi, Takanobu Hiroto, Jun Nara, Akihiro Ohtake, Yuki Ono, Takashi Matsumoto, Yukihiro Muta, Kai Takeda, Emi Kano, Toshiki Yasuno, Xu Yang, Nobuyuki Ikarashi, Asato Suzuki, Michio Ikezawa, Shuhong Li, Tomonori Nishimura, Kaito Kanahashi, Kosuke Nagashio*

DOI10.1038/s41467-026-68320-8

URLhttps://www.doi.org/10.1038/s41467-026-68320-8

 

研究助成

本研究は、日本学術振興会 科研費(課題番号:JP17H03241、JP21H05237、JP21H05232、JP22H04957、JP22K04212、JP23K13622、JP23K03272、JP23K04592)情報通信研究機構(Grant Number:05901)、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST

(課題番号:JPMJCR24A3)、同 未来社会創造事業(課題番号:JPMJMI22E4)の支援により実施されました。

 

用語解説

(注1)有機金属化学気相成長法(MOCVD法)

半導体や酸化物などの薄膜を形成するための成長技術の1つ。金属元素を含む有機化合物(前駆体)と反応性ガスを高温基板上に供給し、化学反応によって結晶を成長させる手法です。分子レベルで供給量や反応条件を制御できるため、膜厚や組成の均一性に優れ、現在の半導体産業(LED、レーザーダイオード、パワーデバイスなど)でも広く用いられています。

 

(注2)エピタキシャル成長

薄膜結晶成長技術の1つで、単結晶の基板上に原子や分子を積み重ね、基板や下地層の結晶構造を維持したまま新たな結晶層を形成する手法です。この技術により、欠陥の少ない高品質な薄膜を製造できるため、半導体デバイスの性能向上に不可欠な工程です。本研究では、MoS2とサファイア基板の間のファンデルワールス力(分子間力)を利用した、より先進的なエピタキシャル技術を使っています。

 

(注3)短チャネル効果

短チャネル効果とはMOSFETの微細化に伴い、トランジスタのチャネル長が短くなることにより現れる特性劣化の総称です。代表例としては、チャネル長が短くなると、ゲート電圧でチャネルを閉じようとしても、ドレイン電圧の影響のためチャネル深部にゲートでは制御不能なリーク電流が流れてしまう現象があげられます。これにより、消費電力の増大や特性ばらつきなど、集積回路に深刻な問題が生じます。

 

(注4)スーパーセルの関係

異なる結晶構造を持つ材料同士を積み重ねたとき、両者の格子定数(原子の並ぶ間隔)のわずかな違いにより、界面には2つの結晶に共通で周期的に一致する格子点が現れます。この周期的な一致パターンを「スーパーセル」と呼びます。例えば、サファイア基板上にMoS2を成長させる場合、サファイアとMoS2の格子不整合のために、両者の相対的な面内ねじれ角に対応して、一定の二次元周期で両者の格子が一致するスーパーセルが形成されます。このスーパーセル構造によって、MoS2がサファイア基板上の特定の面内方向に秩序よく成長します。

 

(注5)差分暗視野透過電子顕微鏡(Differential DF-TEM)

透過電子顕微鏡の一手法で、結晶からの回折スポットを選んで観察する「暗視野像」を利用します。さらに、Friedelペアと呼ばれる回折スポット間の強度差を得る「差分法」を組み合わせることで、結晶内の方位差や対称性の違いを強調して可視化できます。今回の研究では、この手法によりMoS2膜に存在する0°と60°の反平行ドメインを明確に区別し、成長過程でそれらが合体や消滅を繰り返しながら単結晶化していく様子を直接観察することに成功しました。

 

(注6)4D-STEM(Four-Dimensional Scanning Transmission Electron Microscopy)

電子顕微鏡で試料を走査しながら、各点ごとに電子回折パターンを記録する手法です。「位置(x, y)」と「回折情報(kx,ky)」の四次元データを同時に取得できるため、結晶の方位やドメイン構造、ひずみ分布をナノメートル精度で可視化できます。今回の研究では、MoS2膜におけるドメインの合体・消滅過程を直接観察するために活用されました。

 

(注7)第一原理計算

第一原理計算とは、実験データを参照せず量子力学の基本法則のみに基づいて、物質を構成する元素の原子番号と構造を入力するだけで電子状態を計算し、物質の性質(電子状態、力学特性、光学特性など)を予測・解明する手法です。代表的な方法として密度汎関数理論(DFT)などがあり、新材料開発や物性研究の効率化に不可欠なツールとして広く利用されています。 

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Nature Communications:https://www.doi.org/10.1038/s41467-026-68320-8