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発表のポイント
◆ 量子回路における大規模な量子ランダムネスの生成速度が、その構成要素である小規模な量子ランダムゲートの選び方に本質的に依存しないことを理論的に示した。
◆ 多くの先行研究で仮定されてきた理想的な局所ランダムネスがなくても、効率的に大規模な量子ランダムネスを生成できることを明らかにした。
◆ 本成果は、ランダムネスを活用した量子情報処理のより頑強かつ効率的な実現や、熱平衡化などの物理現象の理解に貢献することが期待される。

量子回路における大規模な量子ランダムネス生成の概念図。構成要素として不完全なランダムネスを用いた場合でも、完全なランダムネスを用いた場合と同程度に速く大規模なランダムネスを生成できることを示した。
概要
東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻の矢田 季寛 大学院生、同大学素粒子物理国際研究センターの吉岡 信行 准教授、同大学大学院総合文化研究科の三橋 洋亮 東京大学特別研究員(研究当時、現・理化学研究所特別研究員)、ベルリン自由大学の鈴木 遼太郎 大学院生らによる研究グループは、大規模な量子ランダムネス(注1)の生成速度は、その構成要素である小規模な量子ランダムネスの詳細にほとんど依存しないことを、理論的に証明しました。本研究は、大規模な量子ランダムネスの生成が、局所操作の不完全性に対して、頑強であることを示しています。特に本研究では、格子上で隣り合う粒子間のみ操作が可能な場合や、粒子の位置が固定されておらず任意の相互作用が可能な場合など、実験的に想定される幅広いモデルを解析し、いずれの場合にも、頑強性が成立することを示しました。これらの成果は、量子ハードウェアの性能検証などで重要な量子ランダムネスを実験的に生成する際の自由度を大きく高めるとともに、量子多体系(注2)において普遍的に創発する、熱平衡化(注3)などの現象の理解に向けた理論的基盤となると期待されます。
本研究成果は、2026年1月20日(米国時間)に科学雑誌「Physical Review Letters」のオンライン版に掲載されました。
発表内容
【研究背景】
量子多体系におけるランダムネスの生成は、実験的な応用と基礎理論の両面から極めて重要な課題です。例えば近年の「量子優位性(注4)」の実証研究では、量子コンピュータ上にランダムネスを生成することで、古典コンピュータを上回る計算性能が実現されています。また量子ランダムネスは、量子多体系における熱平衡化などの量子カオス現象の創発を理解する上でも、中心的な役割を果たしています。
このような文脈で重要な問いは、少数の粒子に対するランダムな局所操作をどの程度重ねれば、多体系全体にわたる大規模な量子ランダムネスが生成されるのか、という点です。これまでの研究では、局所操作が完全にランダムに選ばれる理想的なモデルにおいて、量子ランダムネスの形成に要する時間が詳細に解析されてきました。しかし、実際の量子ハードウェアでは実装可能な量子ゲートに制約があり、完全にランダムな局所操作を実現することは困難です。そのため、より一般的で現実的な局所ランダムネスを用いた場合に、生成速度がどのように変化するのかは、重要な未解決問題として残されていました。
【研究内容】
本研究では、量子回路において大規模な量子ランダムネスが生成される速度が、その回路を構成する局所的なランダムゲートの選び方に大きく依存しないことを理論的に示しました。より具体的には、この生成速度が、局所ランダムネスが不完全だとしても、全体のサイズに依存しない定数倍程度しか変化しないことを証明しました。さらに本研究ではこの結果が、格子上に粒子が配置されている場合や、粒子が固定されておらず任意の相互作用が可能な場合など、幅広い状況で成立することを示しました。このことは、生成速度の頑強さが、特定の状況に限らない普遍的な性質であることを意味しています。
【研究の意義、今後の展望】
本成果は、量子情報や統計物理をはじめとする幅広い分野への応用が見込まれます。本研究により、量子ランダムネス生成における局所ゲート選択の自由度が大きく広がり、さまざまな量子ハードウェアにおいて効率的な量子情報処理が可能になると考えられます。具体的には、ランダムネスを活用した量子ハードウェアの性能検証や量子状態の推定などを実装する際の、実験的な制約を大きく緩和することにつながります。さらに本成果は、ランダム量子回路のモデルにおいて、熱平衡化などのカオス的な現象の創発にかかる時間が、局所的なランダムネスの詳細によらず普遍的であることを示しており、量子多体系における非平衡ダイナミクスの理解を深める理論的基盤になると期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院工学系研究科 物理工学専攻
矢田 季寛 博士課程
素粒子物理国際研究センター
吉岡 信行 准教授
大学院総合文化研究科
三橋 洋亮 研究当時:東京大学特別研究員(日本学術振興会特別研究員PD)
現:理化学研究所 量子コンピュータ研究センター 特別研究員
Freie Universität Berlin(ベルリン自由大学)
Dahlem Center for Complex Quantum Systems
鈴木 遼太郎 博士課程
論文情報
雑誌名:Physical Review Letters
題 名:Non-Haar Random Circuits form Unitary Designs as Fast as Haar Random Circuits
著者名:Toshihiro Yada*, Ryotaro Suzuki, Yosuke Mitsuhashi, Nobuyuki Yoshioka
DOI:10.1103/q172-8cmt
URL:https://doi.org/10.1103/q172-8cmt
研究助成
本研究は、JSPS科研費 特別研究員奨励費「量子多体系の情報熱力学(課題番号:23KJ0672)」、東京大学統合物質・情報国際卓越大学院(MERIT-WINGS)、JST ERATO「沙川情報エネルギー変換プロジェクト(課題番号:JPMJER2302)」、IBM Quantum、JSPS 科研費 特別研究員奨励費「対称性、エンタングルメントと熱力学のリソース理論(課題番号:23KJ0421)」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)量子ランダムネス
量子的な操作や状態が、偏りなくランダムに分布しているという性質のこと。量子多体系においてランダムな状態を生成することは、古典的にランダムな数列などを作る場合と比べて非常に困難であることが知られている。
(注2)量子多体系
量子的な性質を持つ多数の粒子の集まりのこと。粒子数が増えるにつれて、その振る舞いは複雑になる。
(注3)熱平衡化
系が時間の経過とともに、特定の安定した状態へと近づいていく現象。量子多体系においては、外部との相互作用がない場合でも、長時間が経過すると熱平衡化が起きることが知られている。
(注4)量子優位性
量子コンピュータが、ある特定の課題において、現実的な時間内では古典コンピュータで実行できない計算を実現することを指す。
プレスリリース本文:PDFファイル
Physical Review Letters:https://doi.org/10.1103/q172-8cmt