大気中のCO₂を地中に貯留するには“CO₂純度70%” がカギ! ―貯留可能なCO₂の純度限界を分子レベルで解明―

2025/07/17

発表のポイント

分子動力学シミュレーションにより、DAC(直接空気回収)由来の低純度CO₂が地中貯留に与える影響を評価し、貯留に最適なCO₂純度を示す指標「不純物依存貯留効率」を提案。
幅広い温度・圧力条件下で、CO₂濃度の低下に伴う非線形的な密度減少を確認し、その物理的要因を分子間相互作用に基づいて解明。
回収コストと貯留効率のトレードオフ分析から、CO₂濃度70 mol%が経済的に実現可能な地中貯留の純度閾値であることを解明。

 

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不純物を含むCOの地中貯留における貯留効率の検討、最適なCO純度の解明

 

概要

東京大学大学院工学系研究科の張 楽 大学院生、梁 云峰 特任研究員(研究当時)、喜岡 新 特任准教授、および辻 健 教授は、大気から直接回収された純度の低いCO₂を地下に貯留する際の効率を、分子動力学(MD)シミュレーション(注1)を用いて評価しました。さまざまな圧力・温度範囲にわたって、CO₂濃度の低下に伴う非線形的な密度低下を計算し、この挙動がファンデルワールス力によって説明できることを示しました。これらの結果より、「不純物依存貯留効率(Normalized Storage Efficiency caused by Impurities: NSEI)」という指標を新たに提案しました(図1)。また、CO₂の回収コストと貯留効率のバランスを解析した結果、CO₂濃度が70 mol%以上であれば、窒素と酸素といった不純物を含む場合でも、経済的に成立するCO₂地中貯留が可能であることを明らかにしました。本成果は、Direct Air Capture(DAC)(注2)装置の設計や、不純物を含むCO₂を扱うCO₂回収・地中貯留(CCS)(注3)プロジェクトにおいて、実用的な設計・計画指針を提供するものです。

本研究成果は、英国夏時間2025年7月15日付で、Nature系列の「Communications Engineering」オンライン版に掲載されました。

 

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1CO₂純度(各パネル左上の数値)における、不純物による貯留効率(NSEI)の温度・圧力依存性

 

発表内容

〈研究の背景〉

DACは、大気中からCO₂を直接回収し、それを地中に貯留することでネガティブエミッションを実現できる技術として注目されています。この技術は、CO₂排出削減が困難な産業からの排出を補完し、カーボンニュートラルを達成するうえで重要な役割を担うとされています。現在のDACの年間回収能力は約0.01百万トンにとどまっていますが、国際エネルギー機関(IEA)の予測では、2030年までに年間8,500万トン、2050年には9.8億トンまでの拡大が求められています。このような大規模展開における最大の課題の一つが、CO₂を高純度に精製するために必要となる膨大なエネルギーコストです。

DACによって回収されたCO₂には、窒素や酸素といった大気由来の成分が不純物として含まれます。従来のCO₂地中貯留では、高純度に精製したCO₂(90%〜95%以上)を使用してきました。しかし、窒素や酸素は環境負荷の少ない物質であることから、これらを含んだまま地中に貯留することも現実的な選択肢となり得ます。そこで辻研究室では、これらの不純物を含んだCO₂を地中に圧入した場合の安定性や貯留効率、コストへの影響について、分子レベルでの評価を進めてきました。なお、不純物を含むCO₂を地中に貯留する場合には、これらの不純物も同時に岩石の細孔空間に注入されるため、より広い地下空間が必要となり、貯留コストの増大が懸念されます。このため、低純度CO₂の貯留においては、回収プロセスにおけるエネルギー削減効果(コスト削減)と、地中貯留効率の低下(コスト上昇)とのバランスを適切に評価することが極めて重要となります。

 

〈研究の内容〉

本研究では、20~120 °C、60~320 気圧という広範な温度・圧力条件下で、不純物を含むCO₂の密度変化を分子動力学(MD)シミュレーションにより解析しました。その結果、CO₂濃度の低下に伴う密度の非線形的な減少が、分子間のLennard–Jonesポテンシャル(注4)の変化とよく相関し、ファンデルワールス力が密度変化の主因であることが明らかとなりました。

さらに、不純物の影響による地中貯留効率の変化を定量的に評価するため、「不純物依存貯留効率(Normalized Storage Efficiency caused by Impurities: NSEI)」という新たな指標を導入しました。このNSEIを、アイスランドのCarbFix、米国のDecaturおよびCranfield、ノルウェーのSleipner、中国沿岸部や日本のCCS実証プロジェクトに適用した結果、地質条件の違いにより、不純物を含むCO₂の貯留性能に大きなばらつきがあることが示されました。とくに米国Cranfieldサイトでは、独自の圧力・温度条件により、低純度CO₂でも比較的高い貯留ポテンシャルが確認されました。

最後に、貯留効率とCO₂回収コストのトレードオフ分析から、CO₂濃度70 mol%が経済的な地中貯留に必要な最低純度であることが分かりました(図2)。貯留コストは回収コストに比べて相対的に低いため、一定の貯留効率低下を許容することで、プロジェクト全体のコストを大幅に抑えることが可能です。さらに、圧力・温度条件全体で貯留効率の曲線が70 mol%付近で屈曲点を示すことから、この濃度が実用的かつ経済的なCO₂地中貯留を実現する鍵となることが示唆されました。

 

fig2

2CCSプロジェクトにおける有効な貯留領域およびNSEIの変化

 

〈今後の展望〉

DACは、大気中から直接CO₂を回収できるため、設置場所に制約を受けないという利点があります。つまり、砂漠地帯や海洋プラットフォームなど、従来は活用が難しかった場所にも、DACと地中貯留を組み合わせたスタンドアローン型のCO₂削減システムを導入することが可能になります(図3)。大気中のCO₂を削減する手段の一つとして、このような新しいCO2削減コンセプトを最大限に利用することが期待されています。

fig3

3:砂漠などに設置できるスタンドアローン型のCO削減システムの模式図

 

またCCSは気候変動への対応において有効かつ実証された手法ですが、2020年までに稼働が予定されていた149件のCCSプロジェクトのうち、約100件が実現に至りませんでした。その要因の一つとして、CO₂の回収コストの高さが挙げられます。辻研究室では、不純物を含むCO₂を貯留することでプロジェクト全体のコストを削減し、CCSの社会実装を加速させる可能性を以前から検討してきました。本研究で得られた分子動力学に基づく結果は、今後、不純物を含むCO₂のCCSおよびDACシステムの開発において重要な技術的指針となると考えられます。

 

〇関連情報:

辻教授が九州大学在籍中に行ったプレス発表

「大気中からのCO₂直接回収と地中貯留でネガティブエミッションを達成するコンセプトを構築!」(2021/6/25、九州大学

https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/researches/view/628/

 

発表者・研究者等情報

東京大学大学院工学系研究科

 張 楽 博士課程

 梁 云峰 研究当時:特任研究員

  現:ENEOS Xplora株式会社

 喜岡 新 特任准教授

 辻 健 教授

 

論文情報

雑誌名:Communications Engineering

題 名:Economically Viable Geological CO2 Storage from Direct Air Capture has Critical Threshold of 70% CO2 Concentration

著者名:Le Zhang, Yunfeng Liang*, Arata Kioka, and Takeshi Tsuji*

DOI10.1038/s44172-025-00468-5

URLhttps://www.nature.com/articles/s44172-025-00468-5

 

研究助成

本成果は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(21H05202、22H05108、22K03927、23K04647、24H00440)およびENEOS Xplora株式会社との社会連携講座において実施している研究の一環として得られたものです。

 

用語解説

(注1)分子動力学(MD)シミュレーション

分子動力学シミュレーションとは、原子や分子の物理的な運動を解析するための計算手法です。この手法により、分子が時間とともにどのように変化するか(動的な「進化」)を詳細に評価できます。

 

(注2)Direct Air Capture(DAC)

DAC(直接空気回収技術)は、大気中のCO₂を直接回収する技術であり、火力発電所や製鉄所などの排出源に設置される従来のCO₂回収とは異なり、設置場所を選ばないという特長があります。しかし、DACの大規模展開においては、CO₂回収にかかるコストが大きな障壁となっています。

 

(注3)CO₂回収・地中貯留(CCS)

CCSはCarbon dioxide Capture and Storage の略。排出される CO₂を回収し、地下に圧入・貯留することでCO₂の排出を削減する技術です。日本では2030年の本格運用開始を目指して法整備が進められており、すでに9つのプロジェクトが始動しています。このCCS技術により、日本国内では年間1.2億トンから2.4億トン(日本の総CO₂排出量の約10〜20%に相当)のCO₂が削減される予定です。

 

(注4)Lennard-Jonesポテンシャル

Lennard-Jonesポテンシャルは、単純な原子・分子間の相互作用の特徴を簡潔に表現できるモデルであり、分子動力学シミュレーションにおいて広く用いられています。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Communications Engineering:https://www.nature.com/articles/s44172-025-00468-5