発表のポイント
◆ 火成岩とCO₂が水を介さずに瞬時に反応し、炭酸塩鉱物を形成する新たな反応メカニズムを発見。
◆ 実際のCO₂地下貯留プロジェクトで観測されていた「想定以上に早いCO₂の鉱物化現象」の理由を初めて理論的に解明。
◆ 自然のサイクルを活用し、安全かつ恒久的に大量のCO₂を固定できる「CO₂鉱物化」という夢の技術を大きく前進させる成果。
地中でのCO2鉱物化のコンセプト図
概要
東京大学大学院工学系研究科の邵 子樺 大学院生、梁 云峰 特任研究員(研究当時)、辻 健 教授らによる東京大学の研究チームと、中国石油大学、ENEOS Xploraは、CO₂が玄武岩の表面に直接反応し、瞬時に鉱物化される新しい反応メカニズムを発見しました。
従来は、CO₂はまず地下水に溶けてから鉱物と反応し、炭酸塩鉱物として固定されるまでに数百年単位の時間がかかると考えられていました。しかし本研究では、先端的な分子動力学シミュレーションを用いてCO₂と玄武岩の反応を原子レベルで解析した結果、CO₂分子は水に溶けることなく、玄武岩表面の特定の部位と直接反応し、安定な炭酸塩鉱物が瞬時に形成されることが明らかになりました(図1)。この発見は、近年アイスランドやアメリカでのCO₂貯留プロジェクトで観測されていた「想定以上に早いCO₂の鉱物化現象」の科学的な裏付けとなるものであり、CO₂を鉱物として地下に安全かつ恒久的に封じ込めるという“夢のCO₂削減技術”を実現へと近づける研究成果と言えます。
本研究成果は、2025年7月7日(米国東部夏時間)に米国化学会の「Environmental Science & Technology」のオンライン版に掲載されました。
図1: CO₂が玄武岩と表面反応する化学反応プロセス
発表内容
〈研究の背景〉
地球温暖化対策の切り札の一つとされるCO₂回収・地中貯留(CCS)(注1)において、近年、火成岩にCO₂を圧入して鉱物として固定する「CO₂鉱物化」技術が注目を集めています。CO₂が鉱物化すれば、自然の岩石になるため、漏洩のリスクや環境への負荷が大幅に低減されます。その意味で、自然を利用した夢のCO₂削減技術と言っても過言ではありません。従来は、CO₂が鉱物として固定されるには数百年かかると考えられていました。しかし近年、アイスランドやアメリカでの実証実験により、わずか数年で鉱物化が進行する事例が報告され、その分子レベルでのメカニズムは長らく不明でした。また、このような急速な鉱物化が他の地域でも再現可能かどうかは、専門家の間で議論が続いてきました。
〈研究の内容〉
本研究では、この謎を解明するため、ab initio分子動力学(AIMD)シミュレーション(注2)を用いて、CO₂が火成岩(玄武岩)と接触したときの化学反応を原子レベルで再現しました。その結果、CO₂は水に溶けることなく、岩石表面の特定部位に直接反応し、炭酸塩鉱物を瞬時に形成するという、従来の理論とは異なる新しい「表面反応メカニズム」が明らかになりました。
さらに、火成岩に含まれる鉱物の種類(例:かんらん石、輝石)によって反応性が大きく異なることも確認されました(図2)。これにより、CO₂の鉱物化速度を地質条件から予測できる可能性が高まり、最適な貯留サイトの選定や貯留計画策定の精度向上に役立つと考えられます。また、初期の表面反応がその後の鉱物の溶解や再反応に影響することも分かり、長期的な鉱物化プロセスをより正確にシミュレーションするための新たな地球化学反応モデルの構築にもつながる成果であると考えられます。
現在、日本では先進的CCS事業として9つのプロジェクトが進行中ですが、いずれもCO₂を鉱物として固定する「鉱物化」を前提にはしていません。本研究成果は、火成岩を活用したCO₂鉱物化が、今後の日本のCCSにおける重要な選択肢となる可能性を示すものです。日本列島に広く分布する火成岩という地質的特性を活かし、より効率的で安全性の高いCO₂固定技術の実現に向けた、新たな道を切り拓くことが期待されます。
図2:CO2の鉱物化プロセス
(A)斜長石(正確にはAndesineであり斜長石の一種)、(B)カンラン石、(C)輝石の表面での反応。(D、E)鉱物構造とCO2の鉱物表面での反応の関係。(D)非架橋酸素(Non-bridging oxygen)の密度と表面反応速度の関係。(E)多様な表面水密度における玄武岩鉱物の表面反応速度。
〈今後の展望〉
今回明らかになったCO₂と火成岩との直接的な表面反応メカニズムは、これまでの常識を覆すものであり、地球規模での気候変動対策に向けた新たな突破口となる可能性があります。今後はこのメカニズムを実験的にも検証するとともに、反応速度や鉱物種の影響を定量的に把握することで、より正確な地球化学反応モデルの構築が期待されます。さらに、玄武岩類の鉱物組み合わせから化学反応に卓越した鉱物を知ることで、今後鉱物化の適地サイト選定評価にも活用できる可能性があります。
また、火成岩が広く分布する日本では、本成果を活かしてCO₂鉱物化の実証プロジェクトを国内で展開することも視野に入ります。特に地熱資源との連携や、既存の地下インフラとの統合を図ることで、低コストかつ現実的なCO₂貯留システムの確立につながる可能性があります。将来的に、CO₂地中貯留・鉱物化実証プロジェクトを検討する際に、本研究成果はその理論的基盤となることが期待されます。
将来的には、今回の知見を基盤とした国際的なCO₂鉱物化ネットワークの形成や、アジア諸国との協力による技術展開も想定され、脱炭素社会に向けた日本発のソリューションとしての役割が期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学大学院工学系研究科
邵 子樺 博士学生
梁 云峰 研究当時:特任研究員
現:ENEOS Xplora株式会社
崔 物格 研究当時:特任研究員
現:China Huaneng Group Co., Ltd.
辻 健 教授
中国石油大学
賈 冀輝 助教
ENEOS Xplora株式会社 e‐テクノロジー・イノベーションセンター
曺 奎煥 センター長
臼井 啓史 技術創造1グループ
谷口 智洋 デジタル推進部デジタル推進グループ
論文情報
雑誌名:Environmental Science & Technology
題 名:Surface reaction of CO2 with basaltic minerals as a mechanism for carbon mineralization
著者名:Zihua Shao, Jihui Jia, Yunfeng Liang*, Wuge Cui, Gyuhwan Jo, Keishi Usui, Tomohiro Taniguchi, Takeshi Tsuji*
DOI:10.1021/acs.est.5c03416
URL:https://doi.org/10.1021/acs.est.5c03416
研究助成
本成果は、ENEOS Xplora株式会社との社会連携講座において実施している研究の一環として得られたものです。また、日本学術振興会(JSPS)による科学研究費助成(主に課題番号:21H05202、22K03927、23K04647、24H00440)を受け、これまで継続的に進めてきた研究の成果でもあります。
用語解説
(注1)CO₂回収・地中貯留(CCS)
CCSはCarbon dioxide Capture and Storage の略。排出される CO₂を回収し、地下に圧入・貯留することでCO₂の排出を削減する技術。日本では2030年の本格運用開始を目指して法整備が進められており、すでに9つのプロジェクトが始動している。このCCS技術により、日本国内では年間1.2億トンから2.4億トン(日本の総CO₂排出量の約10〜20%に相当)のCO₂が削減される予定である。
(注2)ab initio分子動力学(AIMD)シミュレーション
基本原理である量子力学の法則から直接計算を行い、原子や分子の電子状態を解析しながら、その動きを追跡するシミュレーション手法。
プレスリリース本文:PDFファイル
Environmental Science & Technology:https://doi.org/10.1021/acs.est.5c03416
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