新・台風災害リスクランキング ―より包括的・包摂的な災害リスクアセスメントに向けて―

2025/07/10

発表のポイント

過去30年間に日本列島に上陸した87個の台風を解析し、社会にもたらした影響の大きさと気象学的な強さをとりまとめ、新・台風災害リスクランキングを作成した。
従来は経済被害額などの単一の指標を用いてランキングが作成され、国土計画などに活かされていたところ、本研究では台風がもたらす多様な社会影響をバランス良く考慮したランキングを作成する手法を新しく提案した。
経済被害額のみに注目したランキングでは大都市部に接近した台風に注目が集まりやすいが、本研究で開発したランキングでは多様な台風災害の社会影響をバランスよく考慮することができ、より包括的・包摂的な台風防災施策につながることが期待される。

 

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新・台風災害リスクランキングで第一位グループにランクインした8つの台風

気象衛星ひまわりの衛星画像をデジタル台風データアーカイブから取得して作成)

 

概要

東京大学大学院工学系研究科のエムディ レズワノール イスラム(Md. Rezuanul Islam)特任助教と澤田洋平准教授による研究グループは、台風がもたらす多様な社会影響指標(経済被害、死者数、負傷者数、家屋倒壊数、家屋浸水数)を考慮した新しい台風災害リスクランキングを発表しました。1979年から2019年までに日本に上陸した87個の台風をその社会影響の大きさと気象学的な強さに基づいてランク付けした結果、①社会影響の大きい台風が必ずしも気象学的に強大な台風であるわけではないこと、②関東・東海地域に上陸する台風は大きな経済被害をもたらす一方、九州・西日本に上陸する台風は人的被害が大きいこと、③社会影響の大きい台風が上陸する頻度は九州から東日本までおおむね同様だが、研究対象となる台風は経済被害額の大きい東日本に上陸した台風に偏りがちであること、を明らかにしました。先行研究と比較して、台風の多様な側面を考慮してそのリスクを分析しランク付けした点に新規性があります。作成した新・台風災害リスクランキングは経済被害額のみに依存することの無い、包括的・包摂的な台風防災施策の策定に役立つことが期待されます。

 

発表内容

台風は日本を含むアジア諸国および北米を中心に毎年甚大な風水害を引き起こしています。地域や国家の防災施策を考える上では、どれほどの規模の台風が襲来しうるかというシナリオを作ることが重要です。そしてそのシナリオを作成するためには過去の事例から学ぶことが必要です。そのような目的から、過去の台風のランキングの作成が研究として行われるのみならず、公的な防災担当機関(気象庁など)や民間企業(保険会社など)でも行われています。ランキングというのはわかりやすく情報を伝えるフォーマットでもあるため、防災の専門家と非専門家の間のコミュニケーションツールとしても有効です。

台風の社会への影響は、人的被害に加えて、農作物の被害、工場の操業停止、家屋浸水など極めて多様です。また一言に強い台風と言っても多くの雨をもたらすものから風が強いものなどさまざまです。しかしこれまでの先行研究では、社会影響としては経済被害額、台風の強さとしては最大風速といった単一の指標で過去の台風を評価・ランク付けしているという問題点がありました。本研究チームは経済学などで広く用いられるパレート最適性(注1)の考え方を活用し、1979年から2019年にかけて日本に上陸した87個の台風を解析し、社会影響として経済被害額、死者数、負傷者数、家屋倒壊数、家屋浸水数の全てを考慮した新・台風災害リスクランキングを作成しました。同様に台風の気象学的な強さに関しても風速、中心気圧、風害指標、降水指標の全てを考慮したランキングを作成しました。評価軸が複数ある以上、1つだけの台風を1位とすることはできませんが、87個の台風を第一位グループ、第二位グループ、第三位グループ、それ以外、といったように分類し、ランク付けを行いました。

このランキングを見ると、台風がもたらす災害リスクについて、さまざまなことがわかります。過去30年で最も大きな経済被害をもたらした台風は2019年東日本台風(Hagibis)で(図1左)、もちろん社会影響のランキングで第一位グループです。しかしHagibisは台風としての強さで見ると第二位グループ(図1右)であり、社会に大きな影響をもたらす台風は必ずしも気象学的な意味で強いとは限らないことがわかります。また、Hagibisのように大きな経済被害額を記録していない台風であっても、社会影響のランキングで第一位グループに入るものがあることがわかります(図1左)。こうした台風の多くは九州・西日本に上陸し、多くの死者・負傷者数を出しています。このような経済被害額の指標からは重要視されにくいものの、実際には社会影響が大きいとみなせる台風に関する学術論文の数は、首都圏に上陸し大きな経済被害額を記録した台風に関するものに比べて少ないこともわかりました。本研究で作成した新・台風災害リスクランキングは経済被害額のみに依存することの無い、包括的・包摂的な台風研究の在り方の方向性を示すとともに、気候変動下における台風防災施策の策定に役立つことが期待されます。

 

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図1:新・台風災害リスクランキング

左は社会影響に関するランキング、右は気象学的な強さに関するランキング。棒の色は、赤、オレンジ、緑がそれぞれ第一位、第二位、第三位グループを示す。色のついていないものはそれ以外の台風である。棒の長さはそれぞれの台風がもたらした経済被害額の合計を示している。棒が長くなくても上位グループに属する台風が多数あり、経済被害額ですべてを説明できないことがわかる。

 

発表者・研究者等情報

東京大学大学院工学系研究科

 澤田 洋平 准教授

 エムディ レズワノール イスラム(Md. Rezuanul Islam) 特任助教

 

論文情報

雑誌名:Bulletin of the American Meteorological Society

題 名:Multi-Dimensional Risk Ranking of Historical Tropical Cyclones

著者名:Md. Rezuanul Islam* and Yohei Sawada

DOI10.1175/BAMS-D-24-0137.1

URL:https://doi.org/10.1175/BAMS-D-24-0137.1

 

研究助成

本研究は、ムーンショット型研究開発事業(課題番号:JPMJMS2281)、科研費(課題番号:23K13531)の支援により実施されました。

 

用語解説

(注1)パレート最適性

本研究の文脈では、複数評価軸があるときに順位をつけるための数理的な枠組み。例えば台風ABCがあり、それぞれの台風がもたらした[経済被害額、死者数]の組がA2億円、10人]、B3億円、5人]、C1億円、1人]だったとする。この時ABを比較すると、Aは死者数でBを上回り、Bは経済被害額でAを上回っているため、この2つはランク付けの上では「無差別」と考えてABはどちらも第一位グループであると考える。一方でCは経済被害額、死者数どちらで見てもABより劣位にあるためランキング上では下位になる。パレート最適性とはこのような考え方を一般化したものである。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Bulletin of the American Meteorological Society:https://doi.org/10.1175/BAMS-D-24-0137.1