プレスリリース
- 研究
- 2024
「主鎖編集」により微生物で分解するプラスチック合成へ新たな道 ―プロピレンと一酸化炭素と過酸化水素から合成―
発表のポイント
◆ 安価で豊富な工業原料であるプロピレンと一酸化炭素と過酸化水素から、土壌中の微生物による分解性を示す高分子を合成しました。
◆ 本手法は、目的の高分子を直接合成するのではなく、まず別の高分子を合成し、その高分子の鎖に対してさらなる化学反応を施す「主鎖編集」の戦略をとることで、低コスト原料から目的高分子を合成するものです。
◆ 従来法では、同様の構造を持つ生分解性プラスチックを、微生物を用いた発酵や高価な化学原料を用いて合成していたため製造量や生産コストに課題があったのに対し、本手法では、安価で豊富な工業原料を用いるため、潜在的には大規模で低い生産コストでの製造が可能であり、生分解性プラスチック活用の拡大へ道が開けました。
微生物による分解性を示す分子の合成概略
概要
東京大学大学院工学系研究科の野崎京子教授、山口和也教授、高橋講平特任研究員、Haobo Yuan(ハオボー ユエン)特任研究員、林慎也大学院生(研究当時)、Chifeng Li(チーフォン リー)大学院生(研究当時)、同大学生産技術研究所の吉江尚子教授、中川慎太郎講師、Jian Zhou(ジェン ジョウ)特任研究員(研究当時)、群馬大学大学院理工学府の粕谷健一教授、同大学食健康科学教育研究センターの鈴木美和助教、藤掛伸宏研究員(研究当時)らの研究グループは、工業原料として安価で豊富に得られるプロピレンと一酸化炭素と過酸化水素から、生分解性プラスチックとして知られるポリ3-ヒドロキシブタン酸(P3HB、注1)と同じ構造を持つ高分子(注2)を合成する方法を見出し、さらにその一部は土壌微生物により無機化(注3)されることを明らかにしました。
今回、本研究グループは、目的の高分子を直接合成するのではなく、目的とは異なる高分子をまず合成し、その分子の鎖に対して別の反応を施す「主鎖編集」戦略を採用しました。まず、既知の方法に従い、プロピレンと一酸化炭素との反応により高分子であるポリケトン(注4)を合成しました(図1-1)。続いて、このポリケトンへ酸化反応(注5)による「主鎖編集」を行いエステルへと変換されたポリエステル(図1-2)を得ることを想定し研究を行いました。一般的な酸化反応に加えて数多くの方法を検討しましたが、高分子であるポリケトンは、反応性が低いため、ほとんどの場合全く反応が起こりませんでした。
ところが、安価かつ豊富な酸化剤である過酸化水素を用い、反応を促進するために塩化アルミニウムを加えたところ、速やかに反応が進行し、ケトン全体の約40%がエステルへと酸化された、「ポリケトンエステル」が得られました(図1-3)。ポリケトンエステルは、生分解性ポリマーのP3HBと同一の構造を含むため、微生物により分解されることが期待されます。得られたポリケトンエステルを土壌から得られた微生物に与えたところ、無機化が確認され、微生物による分解性を示すことがわかりました。また、得られたポリケトンエステルの応用を目指し、脆く、製品への応用が難しい生分解性ポリ乳酸に添加したところ、耐久性が向上することが示唆されました。したがって、ポリケトンエステルが既知の生分解性プラスチックの性質改善に応用できる可能性も見出されました。
図1:本研究の概要
生分解性プラスチックであるP3HBは、現在は微生物を用いたバイオプロセスによって生産されており、その高い生産コストの低減にはいくつかの課題があります。今回のようにプロピレンと一酸化炭素と過酸化水素という非常に安価かつ豊富に得られる原料から化学合成する道が開かれたことは画期的であり、上記の生分解性プラスチックの大規模かつ低コストな生産プロセスへとつながる重要な成果です。
なお、本研究成果は、5月6日(米国東部夏時間)にアメリカ化学会が発行する学術誌である「Journal of the American Chemical Society」の速報版としてジャーナルHPに公開されました。
発表内容
〈研究の背景〉
P3HBは、代表的な生分解性プラスチックとして知られており、微生物により速やかに無機化されるため、環境負荷の低いプラスチックとして期待されています。このプラスチックは、微生物を用いたバイオプロセスにより合成されていますが、化学プロセスにより大規模に生産される汎用プラスチックと比べると、生産コストがかかることが問題でした(図2)。
図2:従来のポリ3-ヒドロキシブタン酸の合成法
一方、高分子合成の新たな方法論として、一度合成した高分子の分子の鎖に対してさらに反応を施してその性質を大きく変える「主鎖編集」戦略が近年注目を集めています(図3)。従来の手法では、望みの高分子を与える小分子を無数に反応させることで目的の高分子を合成していましたが、それとは異なる新たな性質を持った高分子の合成や、既存の高分子をより安価に合成できる可能性を秘めています。
図3:主鎖編集による高分子の合成
本研究グループは、この「主鎖編集」戦略を活用することで生分解性プラスチックとして知られるP3HBと同じ構造を含む高分子を合成することを目指しました(図4)。野崎京子教授は、2000年代にすでにこの着想に至り研究を開始しましたが、原料が高価であることや反応の効率が低いことが問題となっていました。今回の研究で、安価な原料を用い、かつ反応効率を高めることに成功しました。さらにはその生分解度や、可塑剤としての応用などについて研究を行いました。
図4:主鎖編集による標的高分子の合成
〈研究の内容〉
本研究グループは、まず、既知の方法にしたがってプロピレンと一酸化炭素の反応を行い、これらが無数に連なった高分子、ポリケトンを合成しました(図5)。続いて、これに酸化反応による「主鎖編集」を施し、P3HBと同じ構造を持つ高分子の合成を検討しました。一般的な有機化学の知識に基づき、さまざまな酸化反応を試しましたが、いずれもほとんど反応が進行しなかったため、反応を促進する物質をさらに加えることにしました。網羅的に検討を行った結果、安価で豊富な化学原料である過酸化水素を酸化剤として、塩化アルミニウムを加えることで反応が促進され、ポリケトンの約40%がポリエステルへと変換されたポリケトンエステルが生じることを発見しました(図6)。
図5:ポリケトンの合成
図6:ポリケトンの主鎖編集によるポリケトンエステルの合成
群馬大学で採取した土壌を微生物接種源としてこのポリケトンエステルを与えたところ、その一部が無機化されていることが明らかになりました。この結果より、プロピレンと一酸化炭素と過酸化水素を原料として、微生物分解する高分子を合成できることがわかりました。さらに、ポリケトンエステルの応用を目指し、他の生分解性プラスチックとの混合を検討しました。その結果、一般に脆く、製品への応用が難しい生分解性ポリ乳酸と混合することで脆さが軽減され、より柔軟になることがわかりました。
〈今後の展望〉
本研究成果は、生分解性プラスチックを安価で豊富な原料から合成する新たな方法としてポリケトンの「主鎖編集」を提案するものです。今後は、ケトンからエステルへの酸化反応の効率をさらに向上させることで完全なポリエステル、すなわちP3HBそのものへと変換することができれば、生分解性ポリマーをより低コストかつ大規模に生産できるため、廃プラスチックによる環境汚染問題の解決に向け大きく前進することが期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院工学系研究科
野崎 京子 教授
山口 和也 教授
高橋 講平 特任研究員
Haobo Yuan(ハオボー ユエン) 特任研究員
林 慎也 研究当時:博士課程
Chifeng Li(チーフォン リー) 研究当時:博士課程
生産技術研究所
吉江 尚子 教授
中川 慎太郎 講師
Jian Zhou(ジェン ジョウ) 研究当時:特任研究員
群馬大学
大学院理工学府
粕谷 健一 教授
兼:群馬大学食健康科学教育研究センター センター長
食健康科学教育研究センター
鈴木 美和 助教
藤掛 伸宏 研究当時:研究員
論文情報
雑誌名:Journal of the American Chemical Society
題 名:Synthesis of Novel Polymers with Biodegradability by Main-Chain Editing of Chiral Polyketones
著者名:Haobo Yuan, Kohei Takahashi*, Shinya Hayashi, Miwa Suzuki, Nobuhiro Fujikake, Ken-ichi Kasuya, Jian Zhou, Shintaro Nakagawa, Naoko Yoshie, Chifeng Li, Kazuya Yamaguchi, Kyoko Nozaki*
DOI:10.1021/jacs.4c04389
URL:https://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/jacs.4c04389
研究助成
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(ERATO)「野崎樹脂分解触媒プロジェクト(課題番号:JPMJER2103)」(研究総括:野崎 京子)の支援により実施されました。
用語解説
(注1)P3HB:ポリ(3-ヒドロキシブタン酸)。3-ヒドロキシブタン酸が無数に連なったもの。生分解性プラスチックとして注目されており、広く研究されている。
(注2)高分子:小さな分子が無数に連なったものからなる物質の総称。プラスチックとして用いられるもののほとんどがこれに当たる。
(注3)無機化:本プレスリリース文中では、プラスチックの炭素原子が二酸化炭素に変換されることを言う。
(注4)ポリケトン:アルケンと一酸化炭素が交互かつ無数に連なったもの。高い耐熱性や機械的強度を持つプラスチックとして知られる。
(注5)ポリケトンへの酸化反応:一般に、ケトンを酸化するとエステルが得られる。
プレスリリース本文:PDFファイル
Journal of the American Chemical Society:https://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/jacs.4c04389