生理前の不調を「仲間」とケア ―複数チャットボットが拓く新しいサポート―

2025/04/25

発表のポイント
複数のチャットボットを用いた「グループセラピー型」の対話システムを開発し、利用者がPMS(生理前症候群)を深く振り返りながら安心感を得られる可能性を示しました。
1対1の対話が主流だった従来のチャットボットを用いたシステムに対し、本システムでは複数のチャットボットとのやり取りを通し多様な視点と体験を取り入れられる点が特徴です。
PMSによる孤立感や周囲への相談のしづらさを軽減し、多くの女性が気軽にサポートを得られる環境づくりに寄与することが期待されます。

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本研究で構築したグループセラピー型の対話システム


概要

東京大学大学院工学系研究科の矢谷浩司准教授とその研究グループは、生理前に起こる心身の不調(PMS)を緩和する新たな方法として、複数のチャットボットが同時に利用者と会話を行う「グループ型対話システム」の有効性を明らかにしました。2か月間にわたる実験で63名の参加者に使用してもらったところ、仲間同士のような安心感に加え、他の利用者役として振る舞うボットが共有する多様な視点を通じて、自分の症状と向き合うきっかけが生まれることがわかりました。さらに、従来の1対1型チャットと比べて、参加者の発言量や対話への意欲が増し、より多彩な対処法の模索につながる傾向も確認されました。また、各ボットの役割分担によって具体的な提案や共感がより広範囲に得られる点も本システムの特徴です。外出や対面相談が難しい状況でも気軽にグループ形式で話せることで、PMSによる孤立感や相談のしづらさを和らげ、多くの女性がよりサポートを得られる環境づくりに貢献すると期待されています。

発表内容
PMS(生理前症候群)は、生理が始まる直前に起こるイライラや気分の落ち込み、あるいは下腹部痛などの身体的変化を含む症状の総称です。多くの女性が日々この不快感に悩まされている一方で、「周囲に理解されにくい」「相談しにくい」といった理由から、十分なサポートを得られないケースも少なくありません。 
本研究では、PMSに焦点を当て、複数のチャットボットと同時に対話する新しいシステムを開発しました(図1)。具体的には、1人の利用者に対して、ファシリテーター役のチャットボット1体と「仲間役」のチャットボット2体が参加し、グループでカウンセリングを行うように会話を進めます。これによりグループ形式のコミュニケーションを実現できる一方、実際の利用者は1名しかいないため、利用者のプライバシーや心理的安全性を保つことができます(図2)。63名の参加者を対象に約2か月にわたって実験を行った結果、複数のボットが「他の人も同じように悩んでいる」という雰囲気を作り出し、利用者は1対1のチャットよりも詳しく自分の症状や気持ちを表現する傾向が見られました。これは実際のグループセラピーで報告されている、「仲間同士の学びや安心感」をデジタル上でも再現できる可能性を示唆するものです。 

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図1:本研究で構築したグループセラピー型の対話システム
凛がファシリテーター(司会役)として振る舞うボット、花子と莉子が他の利用者役として振る舞うボットとなっている。実ユーザ(この画像ではIIS Labという名前のユーザ)の発話に対して、他の利用者役として振る舞うボットが応える場合もあり、グループで会話している感覚を醸成する。fig2
図2:チャットボットとのコミュニケーション環境コンセプトの比較
既存のカウンセリングシステムの多くにおいては、利用者が1名、ファシリテーター役のボットが1体という構成になっている。本研究で構築したグループセラピー型の対話システムでは、ファシリテーター役のボットに加えて、他の利用者役(ピア)として振る舞うボット2体を含めて、利用者と合わせて4名で対話する環境を提供する。これによりグループ形式のコミュニケーションを実現できる一方、実際の利用者は1名しかいないため、利用者のプライバシーや心理的安全性を保つことができる。


一方で、チャットボットからの助言が限られたり、複数の発言が重なることで会話が長引き、かえって負担を感じる場面があることもわかりました。今後は、利用者の体調やニーズに応じて対話の流れを柔軟に変化させたり、医療機関との連携によって専門的なケアにつなげたりするなどの改良が求められます。それでも、生理前の不調に悩む多くの女性に対して、気軽に「自分だけじゃない」と思える機会を提供する意義は大きく、オンラインを活用することで場所や時間にとらわれない新たな支援の形として、今後の展開が期待されます。


発表者・研究者等情報                                        
東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻
 矢谷 浩司 准教授
 耿 世嫻(ゲン シシャン) 博士課程    

発表学会                                          
学会名:2025 CHI Conference on Human Factors in Computing Systems(ACM CHI 2025)
会 期:2025年4月26日〜5月1日(発表は4月30日10:00-10:12(日本時間))
題 名:Beyond the Dialogue: Multi-chatbot Group Motivational Interviewing for Premenstrual Syndrome (PMS) Management
著者名:Shixian Geng*, Remi Inayoshi, Chi-Lan Yang, Zefan Sramek, Yuya Umeda, Chiaki Kasahara, Arissa J. Sato, Simo Hosio, and Koji Yatani*
DOI:10.1145/3706598.3713918
URL:https://doi.org/10.1145/3706598.3713918

研究助成
本研究の一部は、JSTさきがけ「複数のチャットボットで構成する動機づけ面接環境(JPMJPR23IB)」、およびJST TopのためのASPIRE「Mental Well-being Intelligence:人の心理的健康に関するデータ駆動的研究コミュニティ(JPMJAP2405)」の支援により実施されました。



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