発表のポイント
◆ 電子機器の小型化・高性能化に伴い、半導体チップの発熱が増加の一途をたどっており、熱を効率よく取り除く技術が求められています。
◆ 特殊な三次元マイクロ流路構造を持つ水冷システムを開発し、世界最高レベルの冷却効率と高い安定性を達成しました。
◆ この熱管理技術により、AIチップや高出力電子機器の性能向上と省エネ化が可能となり、次世代電子機器の開発とカーボンニュートラルの実現への貢献が期待されます。開発した三次元マイクロ流路構造。毛細管現象を利用して熱いシリコンチップに水の薄膜を効率的に接触させ、水が気化してできた熱い水蒸気を流路中央に通すことで効率的かつ安定な冷却を実現している。
発表概要
スマートフォンやパソコン、データセンターなど、私たちの身の回りの電子機器や設備でますます小型化・高性能化が進んでいます。その一方で、小さな半導体チップから発生する熱は増加の一途をたどり、この熱をいかに効率よく取り除くかが大きな課題となっています。
東京大学 生産技術研究所の野村政宏教授らの研究チームは、シリコンチップに微細な水路(マイクロ流路)を形成し、その中を流れる水の気化熱を利用した高効率冷却技術を開発しました。この技術の最大の特徴は、「マニホールド構造」(注1)と呼ばれる分配構造と「キャピラリー構造」(注2)と呼ばれる毛細管現象を利用した構造を組み合わせたことにあります。これまでは、半導体チップの熱で生じた水蒸気が冷却水を壁面から遠ざけて効果的な冷却を妨げるとともに、動作を不安定にしていました。今回、この特殊な構造を使うことによって冷却水がうまく分配されるとともに、毛細管現象により冷却水が半導体チップに接触しやすくなることで、マイクロ流路に水を注入することで生じる圧力損失を従来の冷却方法と比べて62%も減らしながら、1cm²あたり700 W以上の放熱を実証しました。さらに、冷却性能を表す指標である「性能係数」(注3)が10万に達する世界最高レベルの冷却効率を達成しています。
発表者コメント:野村 政宏 教授の「もしかする未来」この研究を始めたきっかけは、私が専門とする半導体中の熱輸送に関する基礎知識や技術を使って、熱管理の側面から半導体デバイスの進化に貢献したいと思ったからです。この研究は、より省エネで静かな放熱技術になる可能があるため、持続可能なAI産業の発展に要求される「環境にも人にもより優しい電子機器」の実現に貢献すると期待できます。今後もさまざまな技術が組み合わさって半導体は進化していきますが、私もそのお手伝いができれば嬉しいです。
発表内容
〈研究の背景〉
コンピュータやスマートフォンなどの電子機器の心臓部である半導体チップは、ムーアの法則に従って小型化・高集積化が進んでいます。チップが小さくなる一方で、その内部で発生する熱は増加し続け、この熱をうまく逃がせないと性能が制限されたり、寿命が短くなったりする問題が生じます。これまでも冷却技術の研究は進められてきましたが、特に注目されているのが「埋め込み冷却」と呼ばれる方法です。これは、チップ自体に小さな水路を直接作り、その中を冷却液が流れることで熱を効率よく取り除く技術です。さらに、冷却液が液体から気体に変わる際に奪う熱(気化熱)を利用することで、より高い冷却効率が期待できます。
しかし、このような微小な水路の中で液体が沸騰して気体になる過程をうまく制御することは難しく、冷却効率の低下や流れの不安定さなどの問題がありました。本研究では、この課題を解決するため、「マニホールド」と「キャピラリー構造」という2つの技術を組み合わせた新しい冷却システムを開発しました。
〈研究の内容〉
今回開発した冷却システムは、2つのシリコン基板を組み合わせて作られています(図1)。一方の基板にはマイクロ流路が、もう一方には冷却水を効率よく分配するための太い水路(マニホールド)が形成されています。マイクロ流路の側壁付近には、微細な柱(マイクロピラー)が設置されており、これが「キャピラリー構造」として機能し、水の薄い膜が熱いシリコンに接触しやすくなることで効率的な冷却が可能になります。
冷却の仕組みは次のとおりです。冷却水はまずチップ②の入口から複数のマニホールド構造に流れ込み、その後、図の上方向に流れの向きを変えてチップ①のマイクロ流路に流れ込んで熱を吸収します。熱を吸収した水は一部が蒸気に変わることで、気化熱を利用して大きな熱をチップから奪います。そして、水蒸気は主にマイクロ流路の中央部を伝わって、最終的に再びマニホールド構造に戻ってチップ②の出口から排出されます。注入する冷却水と熱い排水は、マニホールド構造の壁面で分離されており、混ざることなく効率よく熱を運び出します。
図1. マイクロ流路層とマニホールド層を組み合わせたマイクロ流体デバイスの概略図。
実験の結果、9個のマニホールド構造を備えた設計では、1 cm²あたり700ワットという高い熱処理能力(臨界熱流束)(注4)を達成しながら、マニホールド構造のない従来設計と比べて水の流れの抵抗(圧力降下)(注5)を62%も低減することに成功しました(図2a)。これは、マニホールド構造によって水路内の流速が下がり、水が流れる距離が短くなったことによるものです。また、側壁付近に小さな柱状の構造(マイクロピラー)を設置した場合、ある程度の熱量(452 W/cm²)以上では、チャネル壁面の温度変動が大幅に減少すること、すなわち安定した冷却が実現していることが分かりました(図2b)。これは、マイクロピラー構造によって壁面に薄い水の膜が保持され、水蒸気が主に水路の中央部を流れるようになるためです(図1の右)。この構造により、熱い壁面が常に水と接触した状態が維持され、沸騰によって生じる水蒸気と分離されることにより安定した冷却が可能になります。
図2. (a) マニホールドを導入することで、水の流れの抵抗を60%以上低減しつつ、より高い放熱を実現したことを示すデータ。(b) キャピラリー構造が安定した冷却を実現したことを示すデータ。
本研究チームは、この冷却技術の性能を客観的に評価するため、他の研究グループによる水冷技術との比較を行いました(図3)。その結果、今回開発したマニホールドとキャピラリー構造を組み合わせた冷却システムは、冷却効率を表す「性能係数」が10万を超えるという、極めて高い値を達成しました。これは、冷却に必要なポンプの消費電力に対して、どれだけ多くの熱を処理できるかを示す指標です。また、冷却水の半分以上が蒸気に変換されていることも確認され、水の気化熱を効率よく利用できていることが分かりました。この高効率と低い流れ抵抗の組み合わせにより、小型のマイクロポンプでも十分な冷却が可能になる見通しです。
図3. 水を使用したマイクロ流路での二相冷却における臨界熱流束と性能係数のベンチマーク。
〈今後の展望〉
この冷却技術は、今後ますます高性能化・小型化が進む半導体チップを搭載する様々な最先端電子機器の熱管理に応用できると期待されます。特に現在、世界中で急速に普及が進む人工知能(AI)技術では、膨大な数の高性能半導体チップが使用されており、その冷却に莫大な電力が消費されています。本研究の成果をこうした分野に応用することで、AI産業の発展を熱管理面で支援しながらエネルギー消費量を削減し、カーボンニュートラルの実現にも貢献できると考えられます。
発表者
東京大学
生産技術研究所
グラール サイモン 特任研究員(当時)
柳澤 亮人 特任助教(当時)
ジャラベール ロラン 国際研究員
金 秀炫 准教授
野村 政宏 教授
大学院工学系研究科
電気系工学専攻
シ ホンユアン 博士課程学生(当時)
機械工学専攻
ポール ソウミャディープ 特任研究員(当時)
大宮司 啓文 教授
国際高等研究所東京カレッジ
ヴィオヴィ ジャン=ルイ 連携教員(兼:CNRS/キュリー研究所/IPGG名誉所長)
論文情報
雑誌名:Cell Reports Physical Science
題 名:Chip cooling with manifold-capillary structures enables 105 COP in two-phase systems
著者:H. Shi, S. Grall, R. Yanagisawa, L. Jalabert, S. Paul, S. H. Kim, J. L. Viovy, H. Daiguji, and M. Nomura*
DOI: 10.1016/j.xcrp.2025.102520
URL: https://doi.org/10.1016/j.xcrp.2025.102520
研究助成
本研究は、「戦略的創造研究推進事業 ALCA-Next(先端的カーボンニュートラル技術開発)」(グラントNo. JPMJAN23E3)、LIMMS internal project (2024-1)、中国奨学金委員会(No. 202106280047)などの支援により実施されました。
用語解説
(注1)マニホールド構造
マニホールドは、熱管理システムで使用される部品で、冷却剤を異なる部品からヒートシンクに効率的に分配するために使用されます。
(注2)キャピラリー構造
キャピラリー構造は、毛細管現象を利用して流体を輸送するシステムを指します。例えば布を水に浸すと、水が布を伝って液面よりも高い位置に上昇するように、外部の力(ポンプや重力など)を使わずに、液体と材料表面との間の分子間力によって狭い空間を液体が流れる能力のことです。
(注3)性能係数
性能係数(COP)は、抽出された電力と、所定の冷却レベルを達成するために必要なポンピング電力の比率を計算することによって決定されます。COPは、システムがエネルギーをどれだけ効率的に熱転送に利用しているかを定量化します。
(注4)臨界熱流束
臨界熱流束(CHF)は、二相システムにおいて熱伝達挙動が劇的に変化し、熱システムが効率的に熱を放出できなくなる前に適用可能な最大の熱流束を指します。この点を越えると、熱伝達率は熱入力の増加に伴って増加せず、場合によっては減少し、冷却システムが機能しなくなることがあります。
(注5)圧力降下
圧力降下は、流体(通常は空気または冷却剤)がヒートシンクのフィンやチャネルを通過する際に発生する圧力損失を指します。この圧力損失は冷却システムの設計において重要な要素であり、熱伝達効率やシステム全体の性能に影響を与える可能性があります。
プレスリリース本文:PDFファイル
Cell Reports Physical Science:https://doi.org/10.1016/j.xcrp.2025.102520
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