プレスリリース

水のノーベル賞「ストックホルム水大賞」受賞 ―東京大学大学院工学系研究科 沖 大幹 教授―

 

発表内容

東京大学大学院工学系研究科の沖 大幹教授が「水のノーベル賞」とも呼ばれる「ストックホルム水大賞(Stockholm Water Prize)」の2024年の受賞者に選ばれました。

 

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沖 大幹教授

 

「ストックホルム水大賞」は世界で最も権威のある水関連の賞です。ノーベル賞の選考を行っているスウェーデン王立科学アカデミーの協力によりストックホルム国際水研究所が決定し、スウェーデン国王カール16世グスタフ国王より授与されます。受賞者は国連が定めた世界水の日(322日)に発表され、8月のストックホルム世界水週間の一環として王室による授賞式が行われ、王室晩餐会はノーベル賞と同じくストックホルム市庁舎にて開催されます。

「ストックホルム水大賞」の国際的な評価は毎年あがっており、学術研究だけではなく政策や実践も対象業績(注1)に含まれるため、受賞者は世界のトップの科学者、官僚、ジャーナリスト、あるいは研究組織など多岐にわたります。研究分野としても、水文学(注2)や水処理技術、水管理のみならず、法律や健康、社会科学、生態学など、自然科学から社会科学、そしてガバナンス論まで多岐にわたり、あたかも、ノーベル物理学賞、化学賞、医学賞、経済学賞、平和賞が水という旗印の下に集結しているかのようです。

Stockholm Water Prizehttps://siwi.org/stockholm-water-prize/

 

なお、日本人の受賞は、建設省で日本の下水道の普及に尽力された久保赳氏(1994年)、水処理研究で世界的に高名なカリフォルニア大学名誉教授の浅野孝教授(2001年)以来23年ぶり3人目となります(浅野博士は現在アメリカ国籍)。日本で活躍する科学者が受賞した前例がないため日本での知名度は低いかもしれませんが、賞金の額や希少性からすると、化学、農業、数学、医学、物理学、芸術の分野で国際的に卓越した業績を上げた科学者および芸術家に贈られるウルフ賞や、建築分野のノーベル賞と言われるプリツカー賞を凌ぐ栄誉ある賞です。

 

沖大幹教授は人新世における地球規模の水文学の先駆者であり、世界の水の供給と需要の現状と、気候や社会の変化の下での将来予測推定を可能にし、水の持続可能な管理に向けた国際社会の取り組みを促進しました。こうした業績に対し、沖教授が2024年のストックホルム水大賞受賞者に指名されました。

沖教授は、複雑系の数値モデリングを通じて人間が水、気候、生物圏をいかに変化させているかに関する重要な洞察を提供し、水文学、気候変動、持続可能性の間の結びつき(nexus)に関する理解を大きく前進させる卓越した学識を示しました。沖教授の主な科学的貢献は、水管理と気候変動における重要な変数である「総貯水量」に光を当てた点にあります。特に、世界の主要河川のデジタルマッピングである沖教授のTotal Runoff Integrating PathwaysTRIP)は、世界で最も広く利用されており、世界の河川流量を従来よりもはるかに正確に定量化し、さまざまな土地管理や気候シナリオのもとで必要とされる緑の水資源(土壌水分)を明らかにしました。

グローバルな水循環と水収支、仮想水の世界的な流れ、気候変動が再生可能な水資源量の時空間変動に及ぼす影響と持続可能な開発といった研究への沖教授の卓越した貢献の集大成が評価された今回の受賞は、本学、ひいては日本における当該分野の研究レベルの高さの現れです。

 

沖教授は20248月のストックホルム世界水週間に執り行われる式典に臨むと共に記念講演を行う予定です。ストックホルム国際水研究所による報道発表が日本時間32223時に行われました。

 

〇受賞者:

東京大学 総長特別参与/大学院工学系研究科社会基盤学専攻

教授 沖 大幹(おき たいかん)

 

〇受賞者のコメント:

水分野では世界最高峰であるストックホルム水大賞に選ばれ、身に余る光栄を感じています。藤井輝夫総長をはじめご推薦いただいた皆様方、審査いただいた方々、恩師である虫明功臣東京大学・福島大学名誉教授をはじめとする先輩諸氏、学内外ならびに国内外の同僚の皆様方、一緒に研究をしてくださった卒業生・修了生の皆様、そして家族や友人に深く感謝します。

日本人として3人目、日本に本拠を置く研究者としては初めてという事態に、大変身の引き締まる思いです。自分が面白いと思った地球規模の水循環に関する研究を他の方々からも面白いと思っていただけたのに加えて、世界の水問題や気候変動問題が学術的にも社会的にも重要課題になり、注目を浴びるようになったのが大変幸運だったと感じています。理論的な水文学で高名なMITPeter S. Eagleson博士、水マネジメントにおける社会経済的側面の重要さを説いたA. K.Biswas博士、仮想水貿易という概念を生み出したJ. Anthony Allan博士、水文学の包括的な大著の教科書でも知られるWilfried Brutsaert博士ら、多少面識のある歴代の受賞者の皆様の顔ぶれを改めて拝見するとまさに圧倒される思いで、彼らのように研究を通じて世界の水問題解決にもっと貢献しなければならないという途方もない重圧を感じています。受賞を機に世界の水資源の持続可能な利用と保護に資する教育研究にさらに邁進する所存です。

 

〇略歴:

1964年東京生まれ、西宮育ち。1989年東京大学大学院工学系研究科修了、1993年博士(工学、東京大学)、1994年気象予報士。1989年東京大学助手、1995年同講師等を経て2006年より東京大学生産技術研究所教授。2016年より21年まで国連大学上級副学長、国際連合事務次長補を兼務。 2017年より東京大学総長特別参与、2020年より現職。東京大学地球環境データコモンズセンター長、気候と社会連携研究機構長。専門は土木工学で、特に水文学、地球規模の水循環と世界の水資源に関する研究。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書統括執筆責任者、国土審議会委員ほかを務めた。書籍に『水の未来』(岩波新書、2016年)、『水危機 ほんとうの話』(新潮選書、2012年)、『水の世界地図第2版』(監訳、丸善出版、2011年)など。生態学琵琶湖賞、日経地球環境技術賞、日本学士院学術奨励賞など表彰多数。 アメリカ地球物理学連合(AGU)フェロー(2014年)、2021年国際水文学賞Doogeメダル、2023年ヨーロッパ地球科学連合(EGUJohn Dalton Medal202010月より日本学術会議会員(202310月より第三部・部長)、ローマクラブ正会員。202310月よりEarth CommissionCommissioner202110月より東京財団政策研究所研究主幹(非常勤)として「未来の水ビジョン」プログラムを担当。水文・水資源学会会長。

 

用語解説

(注1)ストックホルム水大賞の対象となる業績

https://siwi.org/stockholm-water-prize/nominate?accordion-categoriesより)

候補者の主な業績は、次の部門のいずれかまたは両方に該当する必要がある。

● 政策と実践(Policy and Practices

この広範な部門には、天然および経済資源、または人権および基本的サービスとしての水のガバナンスおよび管理を改善した、政治的取り組みから実際的な実施までの一連の成果が含まれる。

  • 人権、紛争解決、政策への影響、水分野での応用を伴う国際協力
  • 水資源の持続的かつ安全な管理
  • 給水および衛生サービスの提供
  • 適切な技術の開発と応用
● 研究(Research

この部門には、以下に関する新しい知識の構築と科学的リーダーシップを発揮するための基礎研究と応用研究の両方が含まれる。

  • 自然、物理的、および/または技術的プロセス
  • 複雑なシステムの機能
  • 効率的、公平かつ持続可能な水管理およびサービス提供のための経済的、立法的、制度的または行政的原則の開発または改善。

どちらの部門でも、アウトリーチと意識向上における大きな成果が功績とみなされる。これには、学生、水の専門家、地域社会への教育と訓練のほか、意思決定者や一般大衆への情報の普及と意識向上が含まれる。

 

(注2)水文学(すいもんがく)

「水文学」は「すいもんがく」と読む。天文学が天(宇宙)の全てに関する学問であり、人文学が人に関わるすべてを取り扱う学問であるのと同様、水文学は水にまつわる森羅万象を対象とする学問である。1933(昭和8)年には阿部謙夫による日本における最初の水文学の教科書が岩波書店より出版されている。

国際連合教育科学文化機関(UNESCO)が1964(昭和39)年に水文学の国際研究10年計画を立案した。政府間パネルによって合意されたその計画文書には、

水文学(hydrology)は地球上の水を扱う科学である。水の発生、循環やこの惑星上での分布、水の物理的ならびに化学的特性、そして物理的・生物的環境と水との相互作用を対象とし、人間活動に対する水の応答を含む。水文学は地球上の水循環の経路全体をそっくりそのまま取り扱う分野である。

という定義が掲げられている。(「水危機ほんとうの話」新潮選書、2012年より)

 

 

 

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