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トポロジカル物質で高い操作性を持つ光周波数変換機能を実現 ―ワイル半金属を用いた光スイッチングデバイスなどへの応用に期待―
発表のポイント
◆ 磁化と実効的な電気分極を併せ持つ新しいワイル半金属において、非線形光学効果の一種である光の周波数変換性能の効率が極めて高くなることを明らかにしました。
◆ 周波数変換によって生じる第二次高調波発生(SHG)が、電気分極と磁性のそれぞれに由来していることがわかりました。これらのSHGの干渉効果を用いることで、光の入射方向や磁化の方向に依存してSHG発生効率が大きく変化するスイッチング機能の実証に成功しました。
◆ 今回見いだした非線形光学効果における新たな光機能性は、トポロジカル物質の光スピントロニクス材料としての将来性を示すもので、その特性を生かした光スイッチングデバイスなどへの応用が期待できます。
ワイル半金属における光周波数変換機能のスイッチングを示す模式図
概要
東京大学大学院工学系研究科の正力健太郎大学院生、岡村嘉大助教、森石奎吾大学院生、高橋陽太郎准教授らを中心とする研究グループは、理化学研究所創発物性科学研究センターの十倉好紀センター長、大阪大学大学院理学研究科の村川寛助教、酒井英明准教授、花咲徳亮教授、学習院大学理学部の横井滉平助教、島根大学学術研究院理工学系の臼井秀知助教らの研究グループと共同で、磁化と実効的な電気分極(注1)を持つワイル半金属(注2)において、非線形光学効果の1つである第二次高調波(SHG、光の周波数を2倍に変換する現象)(注3)が極めて高い効率で発生することを示し、そのSHGの強度が光の進行方向や磁化の向きでスイッチング可能であることを実証しました。
トポロジー(注4)と呼ばれる数学上の概念で記述される物質や物理現象が世界的に注目されており、ワイル半金属はその代表例です。トポロジカルな性質が物質の新たな機能として活用されることが期待されていますが、いまだその例は限られています。今回、本研究グループが着目したワイル半金属PrAlGeは、実効的な電気分極を持つために、光を照射すると非線形光学効果であるSHGが生じます。実際にSHGの発生強度を測定した結果、発生効率の指標となる非線形感受率が、既知の物質と比べても極めて巨大なものであることがわかりました。また、同時に発生する磁化に由来したSHGとの干渉効果により、さまざまな光機能性が発現することを見いだしました。例えば、磁化の向きによってSHG発生強度が変調し、光の入射方向を反転するとSHG強度のスイッチングが起きるといった現象が観測されました。このような性質は将来の光スイッチングデバイスの基礎原理となるものです。本成果は、トポロジカル物質とマルチフェロイクス(注5)が融合した物質機能の実証といえるもので、今後期待されるさまざまな線形・非線形電磁気応答の開拓への道を開くものです。
本研究成果は、2024年3月14日(米国東部夏時間)に米国科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」のオンライン版に掲載されました。
発表内容
〈研究の背景と経緯〉
結晶固体において、機能的応答をもたらすための最も基本的な設計指針の1つは対称性の破れです。電気分極に代表される空間反転対称性(注6)の破れと磁化により生じる時間反転対称性(注6)の破れは、それぞれ強誘電体と磁性体で現れ、現代社会を支える機能性材料として利用されています。その両者の性質をあわせ持つ物質はマルチフェロイクスと呼ばれ、通常の電磁気現象とは異なるさまざまな電気磁気(ME)効果(注7)が静的電磁場や光学応答において発見されています。一方、トポロジカルな性質によって特徴づけられるワイル半金属は、その発現条件に時間反転対称性の破れ、もしくは空間反転対称性の破れが必要ですが、マルチフェロイクスのように両者の性質を併せ持つトポロジカル物質の機能についてはほとんど明らかになっていませんでした。
ワイル半金属では、ワイルノードと呼ばれる電子状態の特異点のペア(図1(a))が持つ量子幾何学的位相効果(注8)に由来して、さまざまな巨大電磁気応答が発現することが明らかになっています。実際に、これまでに観測された最も大きな非線形光学応答と赤外領域の磁気光学応答は、ワイル半金属において実現されています。そのため、時間・空間反転対称性がともに破れたワイル半金属では、一般的な非線形光学効果とME効果の相乗効果により、多彩な光学現象が生じることが期待できます。
〈研究の内容〉
本研究グループは、磁化と実効的な電気分極により時間・空間反転対称性がともに破れたワイル半金属であるPrAlGeに着目し、非線形光学効果の観測とその機能性開拓を目指した研究を行いました。非線形光学効果の一種であるSHGは、光の周波数を2倍に変換する現象であり、身近な光デバイスでも広く利用されています。PrAlGeに光を照射し、結晶表面で発生したSHG強度を観測したところ、極めて高い効率でSHGへの変換が起きていることが明らかになりました。実際に、変換効率を示す指標である非線形感受率が、これまで観測された物質の中でも最大級の大きさであることがわかりました。また、観測されたSHGには、磁性によって誘起される成分が含まれていることを見出しました。この磁性誘起SHGを非磁性のSHGと干渉させることで、SHG強度のスイッチングが可能な光機能性を実現しました。実際に、磁化の符号反転によるSHG発生強度の変調や、光の進行方向の反転によりSHG強度のスイッチングが生じること(図1(b))を実証しました。さらに、この光機能性の起源となっている磁性誘起非線形感受率が、ME応答を示す典型的な反強磁性体であるCr2O3と比較しても30倍程度の極めて大きな値を示すことが明らかになりました。これは、時間・空間反転対称性が同時に破れたワイル半金属では、トポロジカルなバンド構造の持つ量子幾何学的位相が、非線形光学現象において本質的に強いME結合を生むことを示唆しています。
図1:(a)ワイル半金属におけるバンド構造。(b)SHG発生の模式図。上段:結晶の左手側から光を入射させて、結晶表面で発生したSHGの強度を測定した。下段:右手側から光を入射した配置。光の入射方向により、発生するSHGの強度に大きな差が生じることが明らかになった。
〈今後の展望〉
本研究ではマルチフェロイクスとトポロジカル物質の融合から生じた現象として、巨大な非線形光学のME応答がワイル半金属で生じることを明らかにしました。これはトポロジカル物質に特徴的な電磁気応答を拡張したという点で大きな意義を持つだけではなく、トポロジカル半金属を利用した非線形光学効果のスイッチングデバイスなど、将来の光機能デバイスの開発へつながることが期待できます。
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院工学系研究科
正力 健太郎 博士課程
森石 奎吾 修士課程
岡村 嘉大 助教
高橋 陽太郎 准教授
兼:理化学研究所 創発物性科学研究センター
創発分光学研究ユニット ユニットリーダー
理化学研究所 創発物性科学研究センター
十倉 好紀 センター長
兼:東京大学卓越教授(国際高等研究所東京カレッジ)
大阪大学 大学院理学研究科
横井 滉平 博士課程:研究当時
現:学習院大学 理学部 助教
村川 寛 助教
酒井 英明 准教授
花咲 徳亮 教授
島根大学 学術研究院理工学系
臼井 秀知 助教
論文情報
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
題 名:Large nonlinear optical magnetoelectric response in a noncentrosymmetric magnetic Weyl semimetal
著者名:Kentaro Shoriki, Keigo Moriishi, Yoshihiro Okamura, Kohei Yokoi, Hidetomo Usui, Hiroshi Murakawa, Hideaki Sakai, Noriaki Hanasaki, Yoshinori Tokura, Youtarou Takahashi*
URL:https://www.pnas.org/doi/
DOI:10.1073/pnas.2316910121
研究助成
本研究は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(課題番号:JPMJFR212X)、日本学術振興会(JSPS)科研費「新学術領域研究(研究領域提案型)(課題番号:22H04470)」、「基盤研究S(課題番号:23H05431)」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)電気分極
通常の物質においては、物質全体の電荷の偏りがありません。ところが、強誘電体においては、物質中の正電荷と負電荷の重心位置が一致せず、電荷の偏りが生じます。これを電気分極と呼びます。
(注2)ワイル半金属
物質中の電子状態が非自明な幾何学的性質(トポロジー)(注4参照)を持つ物質のことをトポロジカル物質と呼びます。ワイル半金属は、トポロジカル物質の一種であり、固体中の電子の状態を運動量空間で記述したバンド構造において、磁石の「N極」と「S極」に相当する点(ワイルノード)が対となって現れます(図1(a))。
(注3)第二次高調波(SHG:Second harmonic generation)
物質に強い光を照射した際に、光の電磁場強度に比例しない(非線形な)相互作用に由来した光学応答が生じることがあり、それを非線形光学効果と呼びます。第二次高調波は、結晶の空間反転対称性(注6参照)の破れに起因して生じる非線形光学効果の一種です。入射した光の2倍の周波数の光が現れる現象であり、身の回りの光デバイスでも一般的に用いられています。さらに時間反転対称性が破れると、物質の磁性に由来した第二次高調波が現れます。
(注4)トポロジー
曲面の連続変形に対して不変な性質を扱う数学上の概念です。物理学においても、トポロジーの概念が重要な役割を果たすことがわかってきました。Thouless、Haldane、Kosterlitzの3氏は、物質におけるトポロジカルな性質についての理論的発見を行い、2016年にノーベル物理学賞を授賞しています。
(注5)マルチフェロイクス
磁性と強誘電性という2つの性質を併せ持った物質群であり、両者の性質が結合した交差相関応答が現れます。
(注6)空間反転対称性、時間反転対称性
空間座標の反転、または時間の進む向きを反転させる操作のことを、空間反転操作または時間反転操作と呼びます。こうした操作を行っても物質の性質が変化しないときには、空間反転対称性または時間反転対称性があるといいます。逆に、反転操作によって物質の性質が変化する際には対称性が破れていることになります。一般的に、物質の応答は、対称性の破れ方で分類されます。
(注7)電気磁気(ME:Magnetoelectric)効果
一般に、物質の電気分極は電場を印加することで誘起されますが、磁場によって誘起される場合もあります。逆に、物質の磁性が電場によって誘起される場合もあります。このような現象は電気磁気効果と呼ばれ、新たな動作原理に基づくメモリやスイッチング素子などへの応用が期待されています。
(注8)量子幾何学的位相
量子力学によれば、電子は波としての性質を持ちます。量子幾何学的位相は、この電子における波の性質が持つ位相のことを指し、この位相項がしばしば観測される物理現象にも大きな影響を与えます。
プレスリリース本文:PDFファイル
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America:https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2316910121