プレスリリース

磁場をかけるだけで電気抵抗が25,000%も変化する 「巨大磁気抵抗スイッチ効果」を実現 ―機能性デバイス実現に向けて新たな原理を開発―

 

 

発表のポイント

◆ 強磁性体と酸化物の2層からなる電極をもつ半導体ナノチャネル素子を作製し、磁場をかけるだけで抵抗が25,000%変化する巨大な磁気抵抗スイッチ効果を実現しました。
◆ 酸化物層内の欠損にはスピンの向きの揃った正孔が束縛されており、隣接する欠損の正孔とつながることで強磁性の導電性フィラメントが形成されます。ここに磁場をかけると正孔の波動関数が収縮し導電性フィラメントが切れます。これが巨大磁気抵抗スイッチ効果の有力な起源と考えられます。
◆ 本研究成果は従来別々に研究されてきた抵抗スイッチ効果とスピントロニクス分野を結ぶもので、新たな機能性デバイスの実現につながるものと期待されます。

 

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巨大磁気抵抗スイッチ効果の原理の予想図

 

概要

東京大学大学院工学系研究科の大矢忍教授、鶴岡駿大学院生(当時)、金田昌也大学院生、新屋ひかり特任准教授、武田崇仁特任助教、Le Duc Anh准教授、吉田博嘱託研究員、田中雅明教授らのグループは、産業技術総合研究所の福島鉄也研究チーム長、海洋研究開発機構の真砂啓技術副主幹らと共同で、FeMgO2層構造からなる電極をもつホウ素(B)を添加した半導体Ge20ナノメートルのチャネル長を有する二端子デバイスにおいて、磁場で制御可能な抵抗スイッチ(RS)効果(注1)を初めて観測しました。これにより、抵抗変化率が25,000%におよぶ大きな抵抗変化を磁場で実現しました。本現象の起源については未解明な点もありますが、次のシナリオが有力だと考えられています。MgOMg欠損(注2)にはスピン(注3)の向きが揃った2つの正孔(注4)が存在します。電界の印加により隣接するMg欠損の正孔の波動関数がつながって強磁性の導電性フィラメントが形成され抵抗が低い状態となります。ここに磁場をかけると正孔の波動関数が収縮し導電性フィラメントが切れて抵抗が劇的に高くなります。本成果は、スピンを利用した抵抗ランダムアクセスメモリやニューロモルフィックコンピューティング(注5)デバイスなどの実現につながるものと期待されます。

 

発表内容

〈研究の背景〉

RS効果は、不揮発性メモリ、論理演算回路、ニューロモルフィックコンピューティング、情報セキュリティデバイスなど、次世代の先進的省エネルギー社会の実現に必要な新しいデバイスへの利用が期待されています。RS効果は、印加された電圧に応じて素子の抵抗が高抵抗状態と低抵抗状態の間を行き来する現象で、一般的に金属/絶縁体/金属からなる三層構造で生じます。この素子に電界を印加すると、絶縁層中の欠損が引き寄せられて導電性フィラメントが形成され、これにより抵抗が大きく減少します。一方、電圧を下げるとフィラメントが切れて抵抗が上昇します。絶縁体層には酸化物がよく用いられますが、その中に陽イオンの欠損が存在すると、欠損には複数の正孔が生じます。正孔は欠損付近に強く束縛されているため、それらの間には強いクーロン斥力(注6)が働き、スピンの向きが揃いやすくなります。この効果は大変強く、磁性元素がないにも関わらず強磁性が発現するいわゆる「d0強磁性」を誘起するほど強力になることもあります。RSデバイスにおける酸化物中のこのような特徴的な電子状態は、今までほとんど注目されていませんでした。

 

〈研究内容〉

本研究グループは、Fe層とMgO層の2層の電極をもつホウ素(B)添加半導体Geのナノチャネルを有する二端子デバイスを作製しました(図1)。電極間に電圧を印加したところ、典型的なRS効果に見られる電流-電圧特性が観測されました。さらに、抵抗が大きく変化するスイッチング電圧が、磁場をかけると変化することが分かりました。従来のRS効果では、フィラメントの方向と垂直な方向に磁場を加えた場合にこのような現象が起こることが報告されており、これはローレンツ力で説明されてきました。しかし、本研究では磁場方位によらずこのような現象が観測されました。さらに抵抗変化率が25,000%におよぶ磁場による巨大な抵抗スイッチを観測し、これを巨大磁気抵抗スイッチ(Colossal magnetoresistive switchingCMRS)効果と名付けました。

 

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図1:研究グループが作製したFe/MgOを電極とするホウ素(B)を添加した半導体Geのナノチャネル(チャネル長20 nm程度)を有する二端子デバイス。

 

本現象の起源については未解明な点も多く存在しますが、研究グループは、MgOのMg欠損内に生じるスピンの向きの揃った2つの正孔が誘起する強磁性、いわゆる磁性原子の関わらない「d0強磁性」が、1015年前からMgOでたびたび報告されていることに着目しました。この2つの正孔はMg欠損に強く束縛されているため、正孔間には強いクーロン斥力が働き、スピンの向きが揃います。今までMgOで観測されてきた強磁性はこれが起源だと考えられています。多くのMg欠損間には引力が働いており、電界を印加するとこれらが集まって導電性フィラメントが形成されます[図2(a):磁場なしで抵抗が低い状態]。Mg欠損が近づくと二重交換相互作用(注7)が働き強磁性が発現します。本研究で用いたMgO層は1 nmと非常に薄いため、この効果は強磁性を誘起するには不十分なのですが、隣接するFeからの近接効果(注8)も働き、強磁性に近い状態となります。この状態に磁場を印加するとスピンの向きが完全に揃います。しかし、同時にパウリの排他律(注9)により、同じスピンの向きをもつ正孔の波動関数(注10)同士は反発するため、波動関数が収縮してフィラメントが切断されます。その結果、抵抗が大きく増大します[図2(b):磁場をかけて抵抗が高くなった状態]。

 

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図2:Fe(鉄)層(赤)とホウ素添加Ge(青)の層に挟まれたMgO領域に形成された導電性フィラメントの模式図 (a)印加された電圧が大きく、MgO領域にフィラメントが形成されている場合。(b)磁場が印加され、導電性フィラメントが切断された状態。赤い球はMg欠陥を、小さな青白色の球はMg欠損中の正孔を模式的に表したもの、矢印はスピンを表す。大きな白い透明な球は正孔の波動関数を模式的に表したもの。Mg欠損への正孔の強い閉じ込め効果により、欠損中の2つの正孔のスピンは揃っている。(a)では、Mg欠陥の波動関数が電場によって重なり合い、導電性フィラメントが形成され、抵抗が低い伝導状態となる。二重交換相互作用および隣接するFe層による強磁性近接効果により、これらのフィラメントには弱いd0強磁性が現れる。そのため、フィラメント内のスピンはおおよそ整列する。(b)では、磁場が印加され、スピンがより強く揃う。パウリの排他律により、波動関数はお互いに避け合うため、収縮する。その結果、フィラメントが切断され、抵抗が高い絶縁状態となる。

 

〈社会的意義・今後の予定〉

一般的にRSデバイスにおいて、高抵抗状態と低抵抗状態のスイッチングは電界で制御されていますが、上記の結果は、磁場でもスイッチングが可能であることを意味しています。本現象はまだ20 K以下の低温でしか観測されておりませんが、これはフィラメントの強磁性が弱く、強磁性転移温度が低いためだと考えられます。動作温度を上げるための1つの方法は、本研究のような細いフィラメントの代わりに、太い自己組織化されたフィラメント、いわゆる「昆布相ナノ柱」と呼ばれる構造をMgO内に形成することです。この場合、フィラメントの体積を増やすことができるため、強磁性転移温度を上げることができます。他の方法としては、より強い強磁性秩序を持つ酸化物材料を用いることや、欠損濃度の大きな材料を用いること、あるいは電子間により強いクーロン斥力が働く材料を使用することなどが挙げられます。本グループが発見したこの酸化物中の欠損を用いるユニークな手法により、将来的には、新たな省エネルギー機能デバイスを実現できる可能性があります。

 

発表者・研究者等情報

東京大学大学院工学系研究科

電気系工学専攻

大矢 忍 教授

兼:附属スピントロニクス学術連携研究教育センター

 鶴岡 駿 修士課程:研究当時

 金田 昌也 修士課程

 武田 崇仁 特任助教

 但野 由梨子 博士課程

  遠藤 達朗 博士課程、日本学術振興会特別研究員

  Le Duc Anh 准教授

   兼:附属スピントロニクス学術連携研究教育センター

  田中 雅明 教授

   兼:附属スピントロニクス学術連携研究教育センター

 

 附属スピントロニクス学術連携研究教育センター

  新屋 ひかり 特任准教授

   兼:電気系工学専攻

  吉田 博 嘱託研究員

   兼:大阪大学 名誉教授

 

産業技術総合研究所 機能材料コンピュテーショナルデザイン研究センター

  福島 鉄也 研究チーム長

 

海洋研究開発機構 付加価値情報創生部門

  真砂 啓 技術副主幹

 

論文情報

雑誌名:Advanced Materials

題 名:Colossal Magnetoresistive Switching Induced by d0 Ferromagnetism of MgO in a Semiconductor Nanochannel Device with Ferromagnetic Fe/MgO Electrodes

著者名:Shinobu Ohya*, Shun Tsuruoka, Masaya Kaneda, Hikari Shinya, Tetsuya Fukushima, Takahito Takeda, Yuriko Tadano, Tatsuro Endo, Le Duc Anh, Akira Masago, Hiroshi Katayama-Yoshida, and Masaaki Tanaka*

DOI10.1002/adma.202307389

URLhttps://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/adma.202307389

 

研究助成

本研究は、科研費「挑戦的研究(開拓)(課題番号:21K18167)」、「基盤研究(S)(課題番号:22H04948)」、「基盤研究(S)(課題番号:20H05650)」、「学術変革領域研究(B)計画研究(課題番号:23H0380223H03805)」、科学技術振興機構「CREST(課題番号:JPMJCR1777)」、「ERATO(課題番号:JPMJER2202)」、スピントロニクス学術研究基盤と連携ネットワーク(Spin-RNJ)、文科省「マテリアル先端リサーチインフラ(ARIM)(課題番号:JPMXP1222UT1047)」の支援を受けた。

 

用語解説

(注1)抵抗スイッチ効果:

印加された電圧に応じて素子の抵抗が高抵抗状態と低抵抗状態の間を行き来する現象。これまでは金属/絶縁体/金属からなる三層構造で生じることが報告されている。素子に電界を印加すると、絶縁層中の欠損が引き寄せられて導電性フィラメントが形成され、これにより抵抗が大きく減少する。一方、電圧を下げるとフィラメントが切れて抵抗が上昇する。

 

(注2)欠損:

一部の原子が、結晶中の本来あるべき位置から抜けた箇所。

 

(注3)スピン:

電子がもつスピン角運動量やスピン磁気モーメントの向きの自由度。スピンは古典的には電子の自転により生じる角運動量と考えることができ、このスピンがもつ角運動量により電子は磁気モーメントをもつ。物質中で多数の電子スピンが1つの向きに揃った状態が強磁性体(磁石)であり、強い磁化や磁力の主な起源となっている。電子スピンは、電流、光、電磁波、熱などと相互作用があり、それらを制御して新たな機能を作り出すことが「スピントロニクス」といわれる分野の大きな目標となっている。

 

(注4)正孔:

本来電子が存在すべき箇所に電子が存在しない状態。プラスの電荷をもつ粒子としてとらえることができる。

 

(注5)ニューロモルフィックコンピューティング:

人間の脳の神経細胞(ニューロン)の機能を模倣したコンピューティング手法。

 

(注6)クーロン斥力:

負電荷をもつ電子と電子の間に働く反発力。力の大きさは電子間の距離の二乗に反比例するため、2つの電子の距離が近いほど反発力が大きい。

 

(注7)二重交換相互作用:

原子間を電子(または正孔)が飛び移ることにより運動エネルギー分だけエネルギーが下がり、強磁性が現れる作用のこと。

 

(注8)近接効果:

磁性体を接合した非磁性体において、磁性体との相互作用により非磁性体の界面に磁気秩序状態が誘起される効果。

 

(注9)パウリの排他律:

2個以上の電子が同じ状態を同時にとることはできないという原理。

 

(注10)波動関数:

電子の波としての性質を表す関数。波動関数の絶対値の二乗が電子の存在確率密度に対応する。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Advanced Materials:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/adma.202307389