プレスリリース

TVを上回るソーシャルメディアの自己訂正力 ―変異種から変異株へ、テレビより速いX(旧Twitter)上の科学用語の扱いの変化―

 

発表のポイント
◆誤情報の温床として話題に上がることの多いソーシャルメディアにおいて、専門的な知識を持つインフルエンサーを中心に自己訂正機能が十分に発揮されるケースがあることを具体的な事例を通じて確認しました。
◆科学的に正しくない用語が、正しい用語に置き換わる傾向をX(旧Twitter)データを用いて分析した結果、正しい用語の比率がテレビニュースよりX上でより速いペースで増加していました。正しい用語の使用率が80〜90%まで増加した後も、正しくない用語を使用し続けるユーザは情報源としてYouTubeを頻繁に引用する傾向が見られました。
◆これらの結果は、専門的な知識を持つインフルエンサーがソーシャルメディア上で科学的知識の普及において重要な役割を果たす可能性を提示しています。

 

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X上での誤情報の修正

 

発表概要

東京大学大学院工学系研究科の鳥海不二夫教授と津田塾大学総合政策学部のイムドンウ助教らによる研究グループは、新型コロナウイルスに関連して科学的に正しくない用語の「変異種」と正しい用語の「変異株」が含まれた7,162,999ポスト(ツイート)と7,888件のテレビニュースデータを分析した結果、テレビニュースに比べて、X(旧Twitter)上で正しい用語の割合がより早い時期から増加していたことを示しました。早い段階から正しい用語を使用し始めたXのユーザは、伝統メディアやポータルサイトのアカウントからのポスト(ツイート)より、専門的な知識を持つインフルエンサーが発信したポストをより多くリポスト(リツイート)していました。一方で、正しい用語が定着した後でも正しくない用語の使用を継続していた一部のユーザは、情報源として主にYouTubeを利用していました。X上で自己訂正が発生することを、事例を通じて確認したこの研究は、専門知識を持つインフルエンサーがソーシャルメディアでの世論形成に影響を与える可能性を示唆するとともに、ハイブリッド・メディア環境(注1)においてメディアの境界を越えて情報源が活用される様子を実証的に確認しました。

 

発表内容

〈研究の背景〉

一度間違った情報が広まると、その修正は容易ではありません。20202月に日本で発生したトイレットペーパー品切れ騒動のように、間違った情報を訂正しようとする試みは、時には予想外の効果をもたらし、その結果むしろ人々が誤った情報にさらに依存する結果となることもあります(注2)。特にソーシャルメディアでは、事実ではない情報が事実である情報よりも迅速に広がることが知られており、多くの先行研究がXを間違った情報の温床と指摘しています。

しかし、ソーシャルメディアは、正しい情報が正しくない情報を駆逐する自己訂正機能を発揮することもあります。2020年下半期からイギリスなどを中心に広まった新しい種類のコロナウイルスは、最初は「変異種」として日本のメディアで報道されましたが、科学的には「変異株」が正確だと専門家によって指摘されました。間違った情報を訂正しようとするマスメディアと政府機関、国際機関などの試みに関する研究は多いですが、X上のインフルエンサーが中心的な役割を果たし、科学的に正しい情報が広まった成功例を分析した研究は少ないです。この研究は、X上での自己訂正プロセスにおいて、どのような情報発信者と情報源が影響を与えたかを把握することを目的として行われました。

 

〈研究の内容〉

本研究は、科学的に正しくない用語がX上で広まっている状況において、正しい用語はどのように拡散していくかを検証するために、「変異種」と「変異株」に関連する710万以上のポストと7,800件以上のテレビメタデータを分析しました。具体的には、

(1)X上で、科学的に不正確な用語と正しい用語の使用比率が時間経過とともにどのように変化したか、

(2)早い段階から正しい用語を使用したユーザはどのようなアカウントのポストをリポストしたか、

(3)正しい用語が定着した後も、頑固に正しくない用語を使用し続けるユーザはどのような情報源を参照しているかを調べました。

 

結果は以下の通りです。

(1)科学的に正しくない用語「変異種」のX上での使用率は、202012月末から減少し始め、20211月も継続的に減少しました。20212月には90%以上が正しい用語の「変異株」に置き換えられました。この変化はテレビニュースよりもやや早く始まりました(図1)。

(2)X上でのインフルエンサーが発信したポストをリポストしたユーザの場合は、早い段階から正しい用語の使用率が正しくない用語の使用率を上回りました。またデータ全体を対象に、最も多くリポストされたポストを分析した結果、トップ10のうち6つがインフルエンサーによって発信され、そのうち3人は医師でした。これはこの研究の対象がコロナウイルスと関連した医学的な用語であったためだと考えられます。医学専門家が発信した医療関連のポストを信頼することは合理的と言えます。一方、伝統的メディアやポータルサイトが発信したポストをリポストしたユーザは、全体ユーザの平均よりは早い時期に正しい用語の使用を始めましたが、多くのユーザが依然として正しくない用語を使用し続けました。 

(3)20213月以降、90%以上のユーザが正しい用語を使用するようになったにもかかわらず、一部のユーザは依然として正しくない用語を使用していました。このようなユーザの中ではYouTubeが最も頻繁に引用されるメディアでした。したがって、YouTubeを引用するユーザと正しくない用語を使用するユーザとの間に関連性がある可能性があり、おそらくこれらの人々は主流の科学とは異なる意見を表現するために正しくない用語を使用していると考えられます。

 

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1:正しくない用語(青)が正しい用語(赤と緑)に置き換えられる傾向

 

〈今後の展望〉

本研究は、X内で不正確な科学情報がユーザ間の相互作用を通じて効果的に訂正されるプロセスを具体的なケースの分析で確認しました。特に、この研究で示された専門的な知識を持つインフルエンサーの影響力は、ソーシャルメディア上の科学的情報の伝播において専門家の集団行動が重要な役割をする可能性を示唆しています。さらに、正しい用語を使用するユーザと正しくない用語を使用するユーザが、異なる情報源を活用していることが分かりました。特に、YouTubeが情報源としてどのような役割を果たしているかを含む研究が今後必要だと考えられます。この研究は特定のケースを分析したものであるため、結論を一般化することは難しいですが、ハイブリッド・メディア環境での科学的情報の伝播のメカニズムを理解するための手がかりを提供すると考えられます。

 

研究グループ構成員

東京大学大学院工学系研究科

  鳥海 不二夫(教授)

 

津田塾大学総合政策学部

  イム ドンウ Lim Dongwoo(助教)

 

筑波大学ビジネスサイエンス系 

  吉田 光男(准教授)

 

早稲田大学政治経済学術院

  田中 幹人(教授)

 

山口大学大学院創成科学研究科

  楊 鯤昊(講師)

 

論文情報

〈雑誌〉Journal of Computational Social Science

〈題名〉The variant of efforts avoiding strain: successful correction of a scientific discourse related to COVID-19

〈著者〉Dongwoo Lim*, Fujio Toriumi*, Mitsuo Yoshida, Mikihito Tanaka, Kunhao Yang

〈DOI〉10.1007/s42001-023-00223-w

〈URL〉https://link.springer.com/article/10.1007/s42001-023-00223-w

 

研究助成

本研究は、JST-RISTEX「現代メディア空間におけるELSI構築と専門知の介入(課題番号:JPMJRX20J3)」、JST-Mirai Program「社会リスク可視化システム、及び社会リスクに適切に対応する意思決定システムの開発(課題番号:JPMJMI20B4)」の支援により実施されました。

 

用語解説

(注1)ハイブリッド・メディア環境:マスメディアと、ソーシャルメディアに代表されるインターネットメディアが複雑に絡み合った現代のメディア空間を指す。

 

(注2)デマ情報よりもその訂正情報の方がトイレットペーパー不足を引き起こした可能性が高い。(Ryusuke Iizuka, Fujio Toriumi, Mao Nishiguchi, Masanori Takano, Mitsuo Yoshida “Impact of correcting misinformation on social disruption” PLoS ONE 17(4): e0265734. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0265734 (04/2022))

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Journal of Computational Social Science:https://link.springer.com/article/10.1007/s42001-023-00223-w