プレスリリース

ベンゼン環1個分の幅しかない 最細グラフェン“ポリアセン”を合成

 

発表のポイント
◆ベンゼン環が直線状に連結したアセンは、環の個数が増えるに従って光電子機能が向上しますが、既存技術ではベンゼン環12個までのものしか合成できませんでした。
◆ 規則性ナノ空間を反応場とすることで、無数のベンゼン環が直線状に連結したポリアセンを、世界で初めて合成することに成功しました。
◆最も細いグラフェンとみなせるポリアセンを合成できたことで、今後、物性解明やさまざまな光電子デバイスへの応用が期待されます。

 

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最も細いグラフェンとみなせるポリアセン

 

発表概要
東京大学大学院工学系研究科の植村卓史 教授、北尾岳史 助教、三浦匠 大学院生らは、分子で作ったナノサイズの空間を利用することで、無数のベンゼン環が直線状に連結したポリアセンの合成に、世界で初めて成功しました。
アセンは、ベンゼン環の個数が増えるに従って、優れた光電子物性を示すことが理論的に予測されています。そのため、長いアセンを合成するために、これまでさまざまな手法が開発されてきました。しかし、効率的にアセンを伸長させる手法がなかったため、連結可能なベンゼン環の個数に限界が見えはじめていました。植村教授らは、分子レベルの細孔を有する多孔性金属錯体(MOF)(注1)を反応場として用いることで、ポリアセンの前駆体となる高分子を精密に合成し、その後、熱変換することで、ポリアセンの合成に初めて成功しました。
ポリアセンは、100年以上にわたり多くの科学者が合成に挑んできましたが、全く実現できなかった物質です。グラフェン(注2)を最も細く切り出した構造をもつポリアセンは、特異な電子物性の発現が予想されるため、今後、物性解明やナノデバイスなどへの応用が期待されます。

発表内容
〈研究の背景〉
ベンゼン環が直線状につながった構造をもつアセン類は、ベンゼン環の数が増えるにつれて電子が広範囲にわたって移動しやすくなるため、優れた導電性・発光・磁気特性を示します。そのため、近年、有機エレクトロニクスやスピントロニクスの分野で大きな注目を集めています。1912年に5個のベンゼン環が縮合したペンタセン分子が合成されて以降、より長いアセン類の合成のために、溶液中での有機合成や金属基板表面を駆使した作製手法などが開発されてきました。しかし、アセン分子は、長くなると溶解性や安定性が大きく低下するため、その合成が非常に難しくなります。現在最長のアセンは、2020年に報告されたベンゼン環12個からなるドデカセンですが、従来法でアセン類の伸長を行うには限界が見えてきました(図)。そのため、多数のベンゼン環が連結したアセンである「ポリアセン」の実現には、常識にはとらわれない全く新しい作製手法の開発が必要でした。

 

fig2

 

図.アセン合成の歴史(左)とMOFを用いたポリアセン合成(右)

1912年にペンタセンが合成されてから100年以上経過した現在でも、ベンゼン環の個数は12個にとどまっていた。MOFを用いることで、多数のベンゼン環からなる最細グラフェン「ポリアセン」を合成することに成功した。

 

〈研究の内容〉
本研究では、金属イオンとそれをつなぐ有機物からなり、規則的なナノサイズの空間を有する多孔性金属錯体(MOF)に着目しました。本研究グループでは以前から、MOFのナノ細孔を反応場とすることで、高分子やナノカーボン材料の制御合成に成功しています。今回の研究では、まず、一次元状の空間をもつMOF内に、ポリアセンの原料となるモノマーを導入・連結反応を行うことで、ポリアセンの前駆体となる高分子を合成しました(図)。単にモノマーのみを加熱しただけでは、反応位置が制御できないため、枝分かれ構造が形成されてしまいます。一方、MOFの細孔内では、モノマーが一次元的に配列しているため、望みの反応位置でのみ連結させることが可能です。続いて、得られた複合体を塩基で処理して、MOF骨格のみを選択的に除去することで、前駆体高分子を単離しました。その後、加熱処理を施すことで、ポリアセンへと変換しました。奈良先端科学技術大学大学院の山田容子 教授(現在、京都大学)の研究グループと協力して、各種分光学的手法によってポリアセンの構造を詳細に解析したところ、長いものではベンゼン環が数十個以上繋がっていることが示唆され(平均個数は19)、これまでの最長記録を大幅に更新するものであることが分かりました。
本手法により、これまで誰も手にすることのできなかったポリアセンを合成できました。ポリアセンは、炭素原子一層からなるグラフェンをベンゼン環1個分の幅でリボン状に切り出した構造であることから、特異なトポロジカル機能が期待され、将来的なナノデバイスへの応用も視野に入ります。そこで、得られたポリアセンがどのような物性を示すのかを調べるために、東京大学の一杉太郎 教授、京都大学の関修平 教授らの研究グループと協力して、その構造安定性や電子・磁気特性の一端を明らかにしました。

〈今後の展望〉
本研究によって、これまで理論上の存在でしかなかったポリアセンを実際に合成することに成功しました。今後は、反応のスケールアップによる大量合成が可能なことから、これまで未踏であるポリアセンの光・電子・磁気特性の解明に取り組み、最細グラフェンの特異な機能を利用した太陽電池やナノデバイスなど広範な応用展開を目指します。

 

発表者
東京大学大学院工学系研究科 応用化学専攻
植村 卓史(教授)
北尾 岳史(助教)
三浦 匠(博士課程)

論文情報
〈雑誌〉    Nature Synthesis
〈題名〉    Synthesis of polyacene by using a metal−organic framework
〈著者〉    Takashi Kitao, Takumi Miura, Ryo Nakayama, Yusuke Tsutsui, Yee Seng Chan,  Hironobu Hayashi, Hiroko Yamada, Shu Seki, Taro Hitosugi, Takashi Uemura*
〈DOI〉    10.1038/s44160-023-00310-w
〈URL〉    https://www.nature.com/articles/s44160-023-00310-w

研究助成
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業PRESTO(課題番号:JPMJPR21A7)、CREST(課題番号:JPMJCR20T3)、日本学術振興会科学研究費補助金・基盤研究(B)(課題番号:21H01738)」、学術変革領域研究(A)(課題番号:21H05473)の支援により実施されました。

用語解説
(注1)多孔性金属錯体(MOF)
金属イオンと有機化合物とが結合することで構成され、無数の規則的な細孔を骨格中に有する物質群。吸着材や触媒などへの応用が幅広く検討されている。

(注2)グラフェン
炭素原子が六角形の格子状に連なった、原子一層からなる二次元シート。2004年に単離されて以降、その優れた電荷移動特性や機械的強度から、大きな注目を集めている。また、グラフェンを帯状に切り出したグラフェンナノリボンは、切り出し方によって、物性が大きく異なることが知られており、精密合成に向けたさまざまな取り組みがなされている。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Nature Synthesis:https://www.nature.com/articles/s44160-023-00310-w