プレスリリース

コロナワクチンや化粧品にも使用される ポリエチレングリコールの体内動態解明に貢献 ―将来の医療や製品開発に革新的なインパクトをもたらす可能性―

 

発表のポイント
◆ポリエチレングリコール(PEG)は、コロナワクチンや、医療用接着剤、化粧水など、広く人類のQOLを高めるバイオマテリアルに用いられていますが、皮下など生体局所環境からの代謝挙動は知られていませんでした。
◆系統的に分子量の異なるPEGを小動物皮下へ注射すると、分子量10,000以下のPEGは、皮下組織内で徐々に拡散し、その後、主に腎臓に集積した後、尿から排出されました。一方、分子量20,000以上のPEGは、皮下組織に滞留し、主に心臓・肺・肝臓に分布し、その後比較的長い時間をかけて、排出されました。
◆本結果は、PEGの分子量によって局所からの排出と、臓器局在が制御可能であることを示唆しており、多様なバイオマテリアルの設計指針を与えると期待されます。

 

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本研究成果の概要図:皮下からのPEGの拡散挙動は分子量によって大きく変化する

 

発表概要
東京大学大学院工学系研究科の石川昇平助教、酒井崇匡教授と、東京大学大学院医学系研究科の加藤基大学院生(当時)、東京大学医学部/医学部附属病院の栗田昌和講師らによる研究グループは、皮下に注入されたポリエチレングリコールの体内動態を明らかにしました。ポリエチレングリコール(PEG)(注1)は、ドラッグデリバリー、組織工学、診断など多様な生物医学的用途に広く利用されている高分子であり、本研究グループが開発した医療用ゲル(テトラペグゲル)(注2)の原料でもあります。本研究では、PEGのマウス皮下からの拡散、体内分布、および代謝挙動を明らかにしました。これまでに、多くの研究者がPEGを医療用途に活用しているにもかかわらず、皮下組織など局所注射時の代謝挙動はこれまで明らかにされていませんでした。
研究グループは、本研究により、PEGの分子量が生体内挙動に大きく影響することを明らかとしました。具体的には、分子量10,000以下のPEGは皮下組織で徐々に拡散し、脂肪組織へ移行し、その後主に腎臓に分布する一方、分子量20,000以上のPEGは皮下組織に滞留し、主に心臓、肺、肝臓に分布することが示されました。本研究は、広く使用されているPEGの生体内挙動を解明し、さまざまな材料開発の基礎的知見を提供するものです。
本研究成果は、「ACS Macro Letters」のオンライン版で公開されました。

発表内容
〈研究の背景〉
PEGは、生体に対して不活性であるために、生体適合性が高く、バイオマテリアルの材料として幅広く利用されています。ハイドロゲルや、薬剤キャリア、COVID-19ワクチンにもPEGが含まれていることから、その特性の理解がますます重要になっています。PEGと結合した薬剤や材料の生体内分布や排泄は、分子量、電荷、親水性/疎水性などの特性によって影響を受けることが知られています。よって、生体内でのPEGの代謝挙動を理解することは、PEGを材料としたバイオマテリアル開発において非常に重要であると言えます。
これまでに、静脈注射されたPEG複合体に関する研究は多く行われていましたが、皮下注射されたPEG、特に4分岐構造を持つPEGの代謝挙動は未解明でした。4分岐PEGは、止血剤、人工硝子体、細胞足場として機能するPEGハイドロゲルを作製するために必要不可欠な高分子で、皮下組織からの代謝挙動が理解されていないことが臨床応用の障壁となっていました。

〈研究の内容〉
本研究では、分子量5,000~40,000の4分岐PEGをマウスに皮下注射し、その拡散、生体内分布、代謝挙動を調査しました。PEGの局在を可視化するために蛍光分子をPEGに修飾し、蛍光イメージング解析により生体内での拡散挙動を観察し、遠隔臓器への生体分布を評価しました(図1)。結果として、分子量依存的な生体分布が観察されました。具体的には、分子量が10,000以下の4分岐PEGは、注射部位から深部脂肪組織に徐々に拡散し、腎臓などの遠隔臓器に主に分布した一方、分子量20,000以上のPEGは、注射部位や深部脂肪組織に滞留し、主に心臓、肺、肝臓に送達されました。また、皮下組織から脂肪組織へのPEGの拡散を詳しく評価したところ、リンパ節で局所的にPEGが確認されたことから、皮下注射されたPEGの一部は、血液循環系への移行に重要なリンパ管・リンパ節を介して血流へと移行することがわかりました。さらに、分子量10,000以下のPEGは、尿を介して速やかに体外へ排出されることがわかりました。本研究は、分子量の異なる4分岐PEGをマウスに皮下注射した際の拡散、生体内分布を包括的に調査することで、皮下注射されたPEGの代謝挙動を明らかにしました。

 

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図1:各臓器への分布挙動

分子量が10,000以下の4分岐PEGは、速やかに腎臓に移動した一方、分子量20,000以上のPEGは、主に心臓、肺、肝臓に移動した。

〈社会的意義〉
PEGの分子量依存的な拡散、生体内分布、代謝挙動は、医療用途に広く用いられているPEGベースのバイオマテリアルの合成と実装を加速させます。今回の知見は、ドラッグデリバリー、組織工学、再生医療に有効で安全なバイオマテリアルを開発するために極めて重要なものです。特に、特定の分子量のPEGがどのような挙動を示すかを理解することは、より効果的で安全な医療製品や治療法の開発に役立てられます。例えば、分子量を適切に調整することで、短期間での排出が求められる用途や、長期間にわたる局所治療が必要な場合など、さまざまな状況に応じたバイオマテリアルの設計が可能になります。この研究は、PEGベースのバイオマテリアルの適切な設計や選択、生体内での効果的かつ安全な応用を支援するものであり、医療分野における革新的な治療法や製品の開発を支援します。

発表者                                          
東京大学
大学院工学系研究科
石川 昇平(助教)
酒井 崇匡(教授)

大学院医学系研究科        
加藤 基(博士課程:研究当時、現:日本学術振興会研究員)

医学部/医学部附属病院
栗田 昌和(講師)

論文情報                                          
〈雑誌〉    ACS Macro Letters
〈題名〉    Molecular Weight-Dependent Diffusion, Biodistribution, and Clearance Behavior of Tetra-Armed Poly(ethylene glycol) Subcutaneously Injected into the Back of Mice
〈著者〉    Shohei Ishikawa,* Motoi Kato, Jinyan Si, Lin Chenyu, Kohei Kimura, Takuya Katashima, Mitsuru Naito, Masakazu Kurita,* and Takamasa Sakai*
〈DOI〉    10.1021/acsmacrolett.3c00044
〈URL〉    https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsmacrolett.3c00044

研究助成
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST(No.JPMJCR1992)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)ムーンショット型研究開発事業(21zf0127002)、データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト事業(JPMXP1122714694)、科学研究費補助金・学術変革領域B(20H05733)、挑戦的研究(開拓)(No.20K20609)、特別研究員奨励費(No.20J01344、21J10828)、若手研究(21K18063)の支援を受けたものです。

用語解説
(注1) ポリエチレングリコール(PEG): 
水に溶けやすく、毒性が低い高分子。医療分野や化粧品、食品産業、洗剤などの産業で広く使用されている。

(注2) テトラペグゲル:
東京大学大学院工学系研究科 酒井 崇匡教授によって開発された均一な網目構造を持つ高分子ゲル。止血剤、人工硝子体、細胞足場などさまざまな用途への応用が期待されている。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

ACS Macro Letters:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsmacrolett.3c00044