【工学部/工学系研究科】 プレスリリース

外力を用いないオンチップ濃縮によるデジタルバイオ分析の高感度化

 

1.発表者:
皆川 慶嘉(東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 助教)
中田 翔貴(東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 派遣職員)
伊達 基起(東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 修士課程)
井伊 祐太郎(東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 修士課程)
野地 博行(東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 教授)

2.発表のポイント:
◆水性二相分離の特徴を活かすことで、外部磁場、外部電場を用いずにデバイス中で核酸やタンパク質を数10~100倍に濃縮する手法を開発。
◆デジタルバイオ分析と組み合わせることで、デジタルバイオ分析の検出感度を10~100倍に向上。
◆診療所や在宅におけるオンサイトで超高感度バイオ分析への応用が期待。

3.発表概要: 
東京大学大学院工学系研究科の皆川慶嘉助教、野地博行教授らの研究グループは、高感度なデジタルバイオ分析法のためにデキストラン(DEX)とポリエチレングリコール(PEG)の水性二相分離(注1)に基づくオンチップ濃縮法を開発しました。これまで、デジタルバイオ分析法を高感度化するために、免疫複合体をビーズ表面で形成させるオフチップ濃縮や電場や磁場を用いるオンチップ濃縮が必要でした。これらの濃縮法は煩雑な溶液操作や外部装置が必要であることから、家庭や小規模な診療所での検査に適していませんでした。新しいオンチップ濃縮のために使用したDEXとPEGによる水性二相分離では、ある臨界濃度以上でDEXが濃縮された「DEXリッチ相」とPEGが濃縮された「PEGリッチ相」に相分離します。DNAやRNAといった核酸や一部のタンパク質はDEXリッチ相へ強く濃縮されることが知られています。本研究では、DEXリッチ相の均一径の微小液滴(DEX液滴)がPEGリッチ相の下に多数配置された「DEX液滴アレイシステム」を開発しました。そして、PEGリッチ相溶液にターゲット分子を導入することで、PEGリッチ溶液からDEX液滴に分子が高効率に濃縮されることを見出しました。この現象を利用することで、ウィルスRNAの1分子デジタル計測や、抗体によるタンパク質分子の検出効率を最大100倍程度に向上することに成功しました。本手法は、外部装置を用いないため、オンサイト計測のプラットフォーム技術として有望であることを実証しました。

4.発表内容: 
研究の背景・先行研究における問題点
デジタルバイオ分析法は感染症のバイオマーカーとなる核酸、タンパク質を高感度に検出する手法です。多量のマイクロメートルサイズの微小液滴に標的分子を0または1分子を閉じ込めて酵素反応を同時並行的に行い、標的に起因する信号を2値化(「0」と「1」)する手法です。「1」の信号を発する微小液滴の数から標的分子の濃度を高感度で定量することができます。デジタルバイオ分析法の検出限界は、全微小液滴の総体積で決まるため、より高い検出限界が必要となる場合には標的分子に対する濃縮が必要となってきます。例えば、デジタルバイオ分析法をELISA(注2)に適用したデジタルELISAの場合では、マイクロビーズ上で免疫複合体を形成し、未結合抗体の洗浄を行い、その後に最初のサンプル量よりも小さな溶液でビーズを懸濁することで標的分子を濃縮し、理論上の検出限界より10~100倍近い値が達成されています。このようにチップ外で濃縮を行うオフチップ濃縮プロセスによって容易に検出感度を向上させることができますが、これらの方法には煩雑な溶液の取り扱いや遠心分離機や溶液分注装置などの追加設備が必要でした。遠心分離を用いた方法以外にも、磁力や誘電泳動を利用したオンチップ濃縮法がいくつか報告されていましたが、いずれも磁石や外部電源などの機器を必要としました。このプロセスを小型化することが、家庭や小規模クリニックでの診断検査などのオンサイト分析に適した小型デジタルバイオアッセイシステムを実現するための技術的課題の一つでした。

研究内容
本研究グループは、デジタルバイオ分析法が可能なデキストラン(DEX)とポリエチレングリコール(PEG)の水性二相分離系(DEX/PEG ATPS)に基づくオンチップ濃縮法を開発しました(図1)。まず、微小チャンバアレイ内にDEXリッチ相によって形成される液滴アレイを作製することに成功しました(図2)。次にDEXリッチ相に濃縮されやすいデキストランスクラーゼ由来の DEX 結合ドメイン(DBD)によるタンパクの濃縮系の検討を行いました。ここでは、ELISAで汎用的に使用される酵素のアルカリホスファターゼ(ALP)をモデルタンパクとしてDBDタグを遺伝的に融合させました。DBDタグ付きALP 分子(ALP-DBD)を含むPEGを流路に流すことで、DEX液滴にALP-DBDを濃縮させることに成功しました。従来のデジタルバイオアッセイと比較して59 倍濃縮されました。更に、より実用的なアッセイで本システムの性能を評価するため、Cas13(注3)を用いたSARS-CoV-2のRNAを標的としたデジタルRNA検出を行いました。このアッセイでも、DBDタグ付きCas13に結合した標的RNA分子をDEX液滴中に効率よく濃縮させることに成功し、従来法と比較して31倍を達成しました。最後に本システムの拡張性を検証するために、非標識タンパク質の濃縮実験も行いました。酵素のβ-ガラクトシダーゼと免疫複合体を形成する抗体にDBDタグを結合させ、DEX液滴に濃縮させることでβgalを補足できるようにしました。PEGリッチ相からDEX液滴にβgalを濃縮させることで100倍の濃縮率を達成しました (図3)。

社会的意義・今後の予定
本研究成果はDEXとPEGの水性二相分離によって標的分子のオンチップ濃縮を可能とし、検出感度を高められることを示しました。外部機器を必要とせず、簡便な溶液操作のみで濃縮が可能なため、オンサイトでのデジタルバイオ分析やポータブル診断検査への応用が期待されます(図4)。

本研究の助成事業
本研究は、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)(課題番号:JPMJCR19S4)、科研費「基盤S(課題番号:JP19H05624)」、次世代臨床医用計測技術研究ネットワーク拠点(中谷医工計測技術振興財団)の支援により実施されました。

5.発表雑誌:
雑誌名:「ACS Nano」(オンライン版:12月29日)
論文タイトル:On-Chip Enrichment System for Digital Bioassay Based on Aqueous Two-Phase System
著者:Yoshihiro Minagawa, Shoki Nakata, Motoki Date, Yutaro Ii, and Hiroyuki Noji*
DOI番号:10.1021/acsnano.2c06007
アブストラクトURL: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsnano.2c06007

6.用語解説: 
注1 : 水性二相分離
2種類の水溶性の高分子を臨界濃度以上で混合した際に、それぞれの高分子が主成分となる2つの相に分離する現象。水を溶媒として共有しているので水溶性の物質のやり取りが可能。

注2:ELISA (Enzyme-Linked Immunosorbent Assay:酵素結合免疫吸着検定法)
試料溶液中に含まれる標的分子を抗体に結合した酵素の反応による生成物によって定量・検出する方法。一般的に、標的分子を酵素が結合した抗体によって認識、未結合抗体の洗浄、酵素反応の3段階の工程で行われる。洗浄時に標的分子が流れないように補足用の抗体を用いることが主であり、2種類の抗体で挟み込むことからサンドイッチELISAと呼ばれる。

注3:Cas13(Crisper associated protein 13)
原核生物の免疫獲得機構に関わるタンパクCasの一種。外部から侵入してきたファージ等の敵性RNAを認識することでRNA分解活性を活性化する酵素。RNAをRT-PCRによる核酸増幅を使用せずとも、自己消光プローブを蛍光基質とした酵素反応によって非増幅での検出ができることから着目されている。

7.添付資料:

fig1

図1:マイクロチャンバーアレイ上に形成したDEX液滴による標的分子の濃縮の模式図

 

 

fig2

図2:マイクロチャンバーアレイ内に形成されたDEX液滴の共焦点画像

 

 

fig3

図3:DEX濃縮タグ付き抗体を用いた非標識タンパクの濃縮

(a) 非標識のβガラクトシダーゼ(βgal)のオンチップ濃縮の模式図。 βgalを抗原とする抗体分子にDEX濃縮タグを付けDEX液滴内に保持することで、効率的にβgalをDEX液滴に濃縮。(b) DEX液滴及び濃縮タグ付き抗体を用いた時(右)と用いない時(左)のβgalのデジタルの蛍光画像 (c) (b)のときの輝点の割合と濃縮率。

 

 

fig4

図4: デジタルバイオ分析の将来展望。これまで病院の中央検査室で行われていた検査項目を反応のデジタル化によって定量化及び高感度化に既に成功している(1stイノベーション)。 次の課題は脱中央化のために高感度な計測を身近で行える技術開発となる(2ndイノベーション)。本研究は外部機器を用いないポータブル診断のプラットフォーム技術として有望である。

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

ACS Nano:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsnano.2c06007