トポロジカル絶縁体で電気磁気効果を初めて観測 -トポロジーを利用した電子輸送に関する基本原理を実証-
理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター強相関量子伝導研究チームの川村稔専任研究員、十倉好紀チームリーダー(東京大学卓越教授/東京大学国際高等研究所東京カレッジ)、強相関界面研究グループの川﨑雅司グループディレクタ―(東京大学大学院工学系研究科教授)、強相関理論研究グループの永長直人グループディレクタ―(東京大学大学院工学系研究科教授)、東京大学大学院工学系研究科の森本高裕准教授、東北大学金属材料研究所の塚﨑敦教授(理研創発物性科学研究センター強相関界面研究グループ客員主管研究員)らの共同研究グループは、磁性トポロジカル絶縁体[1]の積層薄膜における電気磁気効果[2]を初めて観測しました。
本研究成果は、トポロジー(位相幾何学)を利用した新しいタイプの電子輸送に関する基本原理を実証したものであり、トポロジカル物質の応用研究への展開が期待できます。
今回、共同研究グループは、トポロジカル絶縁体[1]の(Bi, Sb)2Te3(Bi:ビスマス、Sb:アンチモン、Te:テルル)と、それに磁性元素であるCr(クロム)やV(バナジウム)を添加した磁性トポロジカル絶縁体の積層薄膜を独自に開発し、試料に加える磁場を変化させると、それに応答して電流が流れることを観測しました。これは、ロバートB.ラフリン教授(1998年ノーベル物理学賞受賞)が理論的に提唱した「ラフリン電荷ポンプ[3]」と呼ばれる現象の観測に相当します。
本研究は、科学雑誌『Nature Physics』オンライン版(1月19日付:日本時間1月20日)に掲載されました。
磁性トポロジカル絶縁体表面で生じるラフリン電荷ポンプの概念図
背景
近年、数学的なトポロジー(位相幾何学)の概念に基づく分類による、新しいタイプの物質相が注目を集めています。本研究で着目した「トポロジカル絶縁体」はその一つです。
トポロジカル絶縁体に磁性元素を添加した磁性トポロジカル絶縁体では、磁場を変化させると、その変化量に応じて決まった量の電子が輸送されることが理論研究で予測されています。この結果、磁場によって電気分極が誘起される「電気磁気効果」を生じることが期待されています。
この磁場による電子の輸送は「ラフリン電荷ポンプ」として知られ、輸送される電荷と磁場の変化量の比例係数が基礎物理定数であるプランク定数hと電気素量eだけで表されます。係数が物質に依らないことから、トポロジーに由来する普遍的な量子物理現象として重要だと考えられています。しかし、試料作製の難しさから、磁性トポロジカル絶縁体におけるラフリン電荷ポンプはこれまで観測されていませんでした。
研究手法と成果
共同研究グループは、まず薄膜結晶成長手法の一つである分子線エピタキシー法[4]を用いて、トポロジカル絶縁体の積層構造薄膜を作製しました(図1左)。非磁性のトポロジカル絶縁体である(Bi,Sb)2Te3(Bi:ビスマス、Sb:アンチモン、Te:テルル)を、(Bi,Sb)2Te3に磁性元素(Cr:クロム、V:バナジウム)を添加した磁性トポロジカル絶縁体(Cr,Bi,Sb)2Te3および(V,Bi,Sb)2Te3で挟んだ積層構造を作製しました。
この試料を極低温まで冷却すると、磁性層の磁化が膜面に垂直方向にそろい、試料端以外の部分は電流を流せない「量子異常ホール絶縁体」と呼ばれる状態になります。量子異常ホール絶縁体では、通常の板状の試料の場合には、板の側面に沿った一方向にのみ流れるカイラル端電流が発生します。このカイラル端電流は、ホール抵抗(電流を加えた方向と垂直方向に生じる電圧を電流値で割ったもの)が量子抵抗h/e2(h:プランク定数、e:電気素量)と等しくなる量子異常ホール効果をもたらします。
しかし、本研究の目的であるラフリン電荷ポンプの観測には、カイラル端電流の存在が妨げになります。そこで図1右のように、電極間をつなぐ側面が存在しない円盤状の試料を作製しました。この試料の鉛直方向に磁場を加えて、試料に流れる電流を測定しました。
図1 電荷ポンプ測定に用いた磁性トポロジカル絶縁体積層薄膜試料
左:作製した磁性トポロジカル絶縁体薄膜の積層構造。nm(ナノメートル)は10億分の1メートル。
右:測定に用いた円盤状試料。µm(マイクロメートル)は100万分の1メートル。
すると図2に示すように、磁場の振動的な変化に対応して、試料につないだコンデンサの電圧が振動的に変化する様子が観測されました。この実験結果から、磁場変化に応答して試料に電流が流れていることが分かります。
磁場振幅の大きさを変えて実験したところ、電荷ポンプによって運ばれた電荷量と磁場振幅の大きさが比例していることが分かりました。この比例係数は、試料の形状効果を補正すると、ラフリン電荷ポンプで理論的に予測されている係数e2/hと一致しており、本研究で観測した現象がラフリン電荷ポンプであることを示しています。
また、外部静磁場を加えてCrを添加した磁性層とVを添加した磁性層の磁化方向を反対向きにそろえると、電荷ポンプがゼロになりました。この結果は、磁化が反対向きの場合には、試料の上表面、下表面の電荷ポンプが互いに相殺していることを示唆しています。
図2 磁場変化による電荷ポンプの測定結果
磁場変化(下)に応答して試料から電流が流れ、試料につないだコンデンサの両端に電圧が発生する(上)。
µV(マイクロボルト)は100万分の1ボルト。
今後の期待
今回のラフリン電荷ポンプの実現は、物質のトポロジカルな性質を応用した新しいタイプの電流源の動作原理を実証したことになります。磁場の基本単位である磁束量子を一つずつ制御できる超伝導量子干渉デバイス[5]と組み合わせることができれば、電子を1個ずつ運ぶ量子レベルの精密電流源の創出へと発展する可能性があります。
また、物質のトポロジーが電子デバイス応用へ有用であることを示す結果であり、トポロジカル物質を応用した電子デバイスの研究が発展することが期待できます。
論文情報
<タイトル>
Laughlin charge pumping in a quantum anomalous Hall insulator
<著者名>
Minoru Kawamura, Masataka Mogi, Ryutaro Yoshimi, Takahiro Morimoto, Kei S. Takahashi, Atsushi Tsukazaki, Naoto Nagaosa, Masashi Kawasaki, and Yoshinori Tokura
<雑誌>
Nature Physics
<DOI>
10.1038/s41567-022-01888-2
補足説明
[1] トポロジカル絶縁体、磁性トポロジカル絶縁体
トポロジカル絶縁体は固体内部では電気を流さない絶縁体であるが、物質表面でのみ電気を流す金属として振る舞う。表面状態はトポロジーによって特徴づけられる特殊な金属状態で、通常の金属とは異なる振る舞いを示す。磁性元素を添加することによって、磁石としての性質も現れ、これを磁性トポロジカル絶縁体と呼ぶ。特殊な金属状態と磁石としての性質が作用する結果として、磁性トポロジカル絶縁体では量子異常ホール効果を生じる。
[2] 電気磁気効果
一般に、物質の電気分極は電場を加えることで誘起されるが、磁場によって誘起される場合もある。逆に、磁気分極が電場によって誘起される場合もある。このような現象は電気磁気効果と呼ばれ、新たな動作原理に基づく記録媒体やスイッチング素子への応用が期待されている。
[3] ラフリン電荷ポンプ
米国のロバートB.ラフリン教授(1998年ノーベル物理学賞受賞)が理論的に提唱した現象。円筒状に丸めた量子ホール効果を示す二次元電子系に対して、円筒の軸方向に加えた磁場を変化させると、電子が円筒の軸方向に平行移動する。本研究では、量子ホール効果に類似した現象を示す量子異常ホール絶縁体を用いた実験を行った。
[4] 分子線エピタキシー法
高品質な薄膜を成長させる方法の一つ。超高真空(約10-7パスカル、Pa)中で高純度の材料を加熱蒸発させ、加熱した基板上で薄膜を成長させる。
[5] 超伝導量子干渉デバイス
超伝導体でできた円環状の電気デバイス。リングの一部に薄い絶縁体を超伝導体で挟んだジョセフソン接合と呼ばれる構造を含む。円環の内側を貫く磁束が磁束量子の整数倍に量子化されるという特徴を持つ。高感度磁気センサーとして用いられる。
共同研究グループ
理化学研究所 創発物性科学研究センター
強相関量子伝導研究チーム
専任研究員 川村 稔 (カワムラ・ミノル)
客員研究員 茂木将孝 (モギ・マサタカ)
(マサチューセッツ工科大学 博士研究員)
研究員 吉見龍太郎(ヨシミ・リュウタロウ)
チームリーダー 十倉好紀 (トクラ・ヨシノリ)
(東京大学 卓越教授/東京大学 国際高等研究所東京カレッジ)
強相関界面研究グループ
上級研究員 高橋 圭 (タカハシ・ケイ)
グループディレクター 川﨑雅司 (カワサキ・マサシ)
(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
強相関理論研究グループ
グループディレクター 永長直人 (ナガオサ・ナオト)
(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
東京大学 大学院工学系研究科
准教授 森本高裕 (モリモト・タカヒロ)
東北大学 金属材料研究所 低温物理学研究部門
教授 塚﨑 敦 (ツカザキ・アツシ)
(理研 創発物性科学研究センター 強相関界面研究グループ 客員主管研究員)
研究支援
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「トポロジカル絶縁体ヘテロ接合による量子技術の基盤創成(研究代表者:川﨑雅司)」「ナノスピン構造を用いた電子量子位相制御(研究代表者:永長直人)」などによる助成を受けて行われました。
発表者
<発表者> ※研究内容については発表者にお問い合わせください。
理化学研究所 創発物性科学研究センター
強相関量子伝導研究チーム
専任研究員 川村 稔(カワムラ・ミノル)
チームリーダー 十倉好紀(トクラ・ヨシノリ)
(東京大学 卓越教授/東京大学 国際高等研究所東京カレッジ)
強相関界面研究グループ
グループディレクター 川﨑雅司(カワサキ・マサシ)
(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
強相関理論研究グループ
グループディレクター 永長直人(ナガオサ・ナオト)
(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
東京大学 大学院工学系研究科
准教授 森本高裕(モリモト・タカヒロ)
東北大学 金属材料研究所 低温物理学研究部門
教授 塚﨑 敦(ツカザキ・アツシ)
(理研 創発物性科学研究センター 強相関界面研究グループ 客員主管研究員)
プレスリリース本文:PDFファイル
Nature Physics:https://www.nature.com/articles/s41567-022-01888-2
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