発表のポイント
◆ 電気抵抗がゼロになる「超伝導」の性質と強磁性体(磁石)の性質を、高い電子移動度をもつ半導体(インジウム砒素)に組み込んだ新しいトランジスタ構造を作製しました。
◆ 極低温で半導体に電気抵抗ゼロの電流を流し、外から加える電圧で、その電流の大きさを制御することに成功しました。さらに、電流の向きによって流れやすさが異なる「超伝導ダイオード効果」を観測しました。
◆ 強磁性相互作用が超伝導電流に影響している可能性を示す結果も得られました。電圧と磁性を利用して超伝導電流を操る、将来の省エネルギー電子回路やエラーに強い量子コンピュータを実現するための新しい基盤技術となります。

概念図:ゲート電圧で制御する超伝導と磁性の融合
概要
東京大学大学院工学系研究科の原 拓嵩 大学院生、レ・デゥック・アイン 准教授と田中 雅明 教授らによる研究グループと米国ニューヨーク大学の共同研究グループは、電気抵抗ゼロで流れる「超伝導電流」を、強磁性半導体(注1)を含む半導体チャネルの中に流し、ゲート電圧で制御できるトランジスタ素子を作製しました。電流の通り道(チャネル)となる高い電子移動度(注2)をもつ半導体(InAs)を、低温で超伝導(注3)になる金属(Al)と磁石の性質をもつ強磁性半導体((Ga,Fe)Sb)で挟み、半導体チャネルに強磁性と超伝導の影響を及ぼしていることが特徴です(図1)。
超伝導状態では電気抵抗が完全にゼロであるため、電流が流れる際に電気抵抗による発熱が生じません。電子回路でこの性質を利用するには、電流の大きさや流れる向きを制御する必要があります。本研究では、極低温で、ゲート電圧による電流の制御と、電流の向きによる流れやすさの違い(超伝導ダイオード効果(注4))を実現しました。また、磁場を加えた履歴によって電流の流れ方が変わり、強磁性半導体中の強磁性相互作用(注5)が、隣接する半導体チャネルへしみ出して超伝導電流に影響を与えることも示されました。これらの結果は、トランジスタにおいて半導体チャネル中の電流の電圧制御という機能に、超伝導と磁性という新たな機能を付加し、将来の省エネルギー電子回路やエラーに強い量子コンピュータを実現するための基盤となる成果です。

図1:ゲート電圧で制御する超伝導と磁性の融合
非磁性半導体InAs/強磁性半導体(Ga,Fe)Sbからなるヘテロ接合をチャネルとするトランジスタ構造において、上部の超伝導体アルミニウム(Al)電極から横に広がるクーパー対(青)と、下部の強磁性半導体(Ga,Fe)Sbから伝わる磁気的相互作用(赤)が、薄膜半導体インジウム砒素(InAs)チャネル内で重なる様子を示す概念図。ゲート電圧によってInAs内の電子状態を変調し、InAsチャネルを流れる超伝導電流を制御できる。
発表内容
〈研究の背景〉
超伝導を使う電子回路の基本要素として、薄い絶縁体を2つの超伝導体電極で挟んだ「ジョセフソン接合」(注6)があります。ジョセフソン接合では、超伝導体電極の間に絶縁体を介したトンネル電流が流れます。これは、超伝導量子コンピュータをはじめとするさまざまな量子回路で中心的な役割を担う重要な素子です。ジョセフソン接合中の薄い絶縁体の代わりに半導体を使うと、外から加える電圧で電子の数(電子濃度)を変え、超伝導電流の大きさを調整できます。さらに磁性の性質を組み合わせることができれば、電流の流れ方に新たな特徴が現れることが期待されます。しかし、通常の超伝導と磁性は互いに妨げ合うため、両者の性質を同じ半導体内で発現させる材料や構造を作製することは、従来は不可能でした。
〈研究の内容〉
研究グループは、高い電子移動度をもつ半導体InAs(インジウムヒ素)の下に、磁石の性質をもつ強磁性半導体(Ga,Fe)Sb(鉄を添加したガリウムアンチモン)を置き、上に超伝導体Al(アルミニウム)を重ねた構造を作製しました。隣接する材料の性質が半導体の電子に伝わる「近接効果」(注7)を利用し、超伝導と磁性の影響を同じ電流経路に組み込むことを目指したものです。異なる材料が接する界面(ヘテロ接合界面)に欠陥、乱れ、汚染などがあると、電流が流れにくくなり、超伝導の性質も伝わりにくくなります。このため、超高真空中で材料を一原子層ずつ積み重ね、すべての層を大気に触れさせずに作製しました。透過型電子顕微鏡による観察では、超伝導体と半導体の界面が清浄で、原子レベルで平坦かつ急峻であることを確認しました。
このヘテロ接合材料を加工し、2つのAl電極間に長さ約100 nm、幅5 µmの半導体InAsチャネルをもつ図2(a)のトランジスタ素子を作製しました。温度0.03 Kという絶対零度に近い極低温で測定したところ、小さな電流では電圧が発生せず、電気抵抗ゼロの状態が現れました。ゲート電極のない素子では、最大3.00 µAの超伝導電流が流れました。さらに、InAsチャネルの上に電流を制御するためのゲート電極を設け、負の電圧を加えて半導体内の電子を減らすと、電気抵抗ゼロの超伝導状態を保てる電流の上限(超伝導臨界電流Ic)も小さくなりました。これにより、半導体の特徴を生かして、ゲート電圧で超伝導電流を制御できることを示しました。
また、外部から垂直方向に磁場を加えた測定では、電流を流す向きによって、Icが異なることが分かりました。すなわち、電流が正の向きのときのIcをIc+、電流が逆向きのときのIcをIc-とすると、Ic+とIc-の大きさは異なり、Ic+とIc-の間の大きさの電流を流すと、一方の向きでは抵抗ゼロを保つのに対し、逆の向きでは抵抗が生じます。これが「超伝導ダイオード効果」です。普通の半導体pn接合ダイオードと同様に電流の向きによって流れやすさが変わり、さらに一方の向きでは電気抵抗ゼロを利用できる点が特徴です。Ic+とIc-の差をその和で割った指標である「ダイオード効率η = (Ic+-Ic-)/(Ic++Ic-)」は、最大20%に達しました(図2(d))。
図2(b)(c)に外部磁場を垂直方向に印加しながらソースとドレイン間のInAsチャネルに流れる電流を測定した結果を示します。黄色は抵抗ゼロで超伝導電流が流れる領域です。このような振動的な振る舞い(フラウンホーファーパターン)は高品質のジョセフソン接合であることを意味します。磁場を増やす場合(b)と減らす場合(c)では、超伝導電流が最大になる磁場も変化しました。磁場の履歴が電流の流れ方に影響を与えるこの特徴(ヒステリシス)は、複数の素子で繰り返し観測されました。この結果は、下部の強磁性層((Ga,Fe)Sb)から半導体(InAs)に磁性の影響を与え、超伝導電流に関与していること(磁気近接効果)を示しています。

図2:トランジスタ中の半導体チャネルに超伝導と磁性を融合するデバイス構造とその特性
(a) 本研究で作製したトランジスタ素子。中央の薄膜半導体InAsが電流の通り道(チャネル)となる。上部の両側のAlは超伝導になる金属でソース電極とドレイン電極、下部の(Ga,Fe)Sbは磁石の性質をもつ強磁性半導体である。隣接する材料の性質が界面を越えて伝わる「近接効果」により、InAsチャネルに本来の半導体の性質に加えて超伝導性と磁性が同時に誘起される。上部のゲート電極(Au/Ti)に電圧を加えることで、InAs内の電子状態を調整し、超伝導電流を制御できる。(b, c) 外部磁場(垂直方向に印加)を変えながらソースとドレイン間のInAsチャネルに流れる電流を測定した結果。黄色は抵抗ゼロで超伝導電流が流れる領域を示す。磁場をスキャンする向きによって模様が変わる(ヒステリシスがある)ことは、磁性の影響を示している。(d) 超伝導臨界電流Icおよび超伝導ダイオード効率ηの磁場依存性。Bshiftは(b)(c)において最大の臨界電流(黄色い領域のピーク)が観測される磁場に対応する。ηは超伝導ダイオード効果(電流の向きによって超伝導電流の流れやすさが変わること)の大きさを表している。
〈今後の展望〉
今回の成果は、強磁性半導体/非磁性半導体からなるヘテロ接合をチャネルとする新しいトランジスタ構造を作製し、半導体がもつ「電圧で物性を制御できる性質」に、超伝導と磁性の性質を付加することによって、新しい量子回路を生み出すための材料基盤技術を築いたことにあります。従来は互いに妨げ合いやすい超伝導と磁性を、同じ半導体チャネルに作用させることで、電流の大きさだけでなく、超伝導電流が流れやすい向きにも特徴をもたせることができました。これは、電気抵抗ゼロで電流を流す超伝導の利点と、電圧や磁性による制御を兼ね備えたデバイスの開発につながる一歩です。ジョセフソン接合は超伝導量子回路の中核を担う素子であるため、今回の材料とデバイス構造は、将来の省エネルギー電子回路やエラーに強い量子コンピュータに新たな機能をもたらす可能性があります。現在は極低温で動作原理を明らかにし制御性を高めるための基礎研究を進めている段階ですが、今後は強磁性層の性能を高め、電圧と磁性が超伝導電流に及ぼす作用を明らかにすることで、より多彩な制御が可能な量子回路の設計と作製へとつなげてゆきます。
発表者・研究者等情報
東京大学大学院工学系研究科 電気系工学専攻
原 拓嵩 博士課程
三浦 真元 博士課程
石原 奎太 研究当時:博士課程
田中 雅明 教授
兼:同研究科附属スピントロニクス学術連携研究教育センター 教授
兼:同大学ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構 教授
レ デゥック アイン(Le Duc Anh) 准教授
兼:同研究科附属スピントロニクス学術連携研究教育センター 准教授
ニューヨーク大学 Center for Quantum Information Physics
Lukas Baker 博士課程
Axel Leblanc 博士研究員
Melissa Mikalsen 博士課程
Patrick J. Strohbeen 博士研究員
Jacob Issokson 博士課程
Javad Shabani Center for Quantum Information Physicsセンター長、教授
論文情報
雑誌名:Communications Materials
題 名:Interplay of superconductivity and ferromagnetism in ferromagnetic-semiconductor-based
Josephson junctions
著者名:Hirotaka Hara*, Lukas Baker*, Axel Leblanc, Shingen Miura, Keita Ishihara, Melissa
Mikalsen, Patrick J. Strohbeen, Jacob Issokson, Masaaki Tanaka, Javad Shabani†, Le Duc Anh†
*共同筆頭著者 †責任著者
DOI:10.1038/s43246-026-01393-6
URL:https://www.nature.com/articles/s43246-026-01393-6
研究助成
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP19K21961、JP20H05650、JP22K18293、JP23K17324、JP24H00018、JP25H00840)、科学技術振興機構(JST)CREST「強磁性量子ヘテロ構造による物性機能の創出と不揮発・低消費電力スピンデバイスへの応用(JPMJCR1777)」、JST NEXUS(JPMJNX25D5)、スピントロニクス学術研究基盤と連携ネットワーク(Spin-RNJ)の支援を受けて実施されました。また、原 拓嵩 氏のニューヨーク大学での研究滞在および実験は、ヒロセ財団、丸文財団、東京大学大学院工学系研究科の海外派遣プログラムの支援を受けて実施されました。
用語解説
(注1)強磁性半導体
電気の流れを調整できる半導体の性質と、磁石の性質を合わせ持つ材料です。電子の数や状態を変えることで、電気的な性質と磁性の両方を制御できる可能性があり、新しい電子素子への応用が期待されています。本研究では、ガリウムアンチモン(GaSb)に鉄(Fe)を添加した (Ga,Fe)Sbを用い、隣接するInAsの電子に磁性の影響を伝えています。
(注2)電子移動度
固体中(主に半導体)で電子が電界によってどれだけ速く、スムーズに移動できるかを示す指標です。移動度が高いほど、トランジスタなどの半導体素子を高速で動作させたり、消費電力を減らしたりするのに有利です。
(注3)超伝導
物質をある温度以下に冷やすと、電気抵抗がゼロになる現象です。この状態では、電流が流れる際に電気抵抗によるエネルギー損失が生じません。超伝導を担う電子は「クーパー対」と呼ばれる対をつくり、集団で振る舞います。超伝導は、強力な磁石や高感度なセンサー、量子コンピュータなどに利用されています。
(注4)超伝導ダイオード効果
電流を流す向きによって、電気抵抗をゼロに保てる電流の上限が異なる現象です。2つの上限値の間の大きさの電流では、一方の向きには抵抗ゼロで流れますが、反対の向きには抵抗が生じます。通常のダイオードのように電流の向きを選びながら、超伝導の低損失という利点を生かせるため、新しい電子回路への応用が期待されています。
(注5)強磁性相互作用
電子がもつ小さな磁石のような性質「スピン」を、同じ向きにそろえようとする相互作用です。多くのスピンがそろうことで、物質は磁石の性質をもちます。本研究では、強磁性半導体 (Ga,Fe)Sbに隣接するInAs内の電子にも磁性の影響が伝わり、超伝導電流の流れ方を変える可能性があることが分りました。
(注6)ジョセフソン接合
2つの超伝導体を、薄い絶縁体や短い半導体などを介してつないだ素子です。間の材料が単独では超伝導にならなくても、量子力学的な効果によって、電圧がゼロのまま電流を流すことができます。超伝導量子コンピュータの量子ビットや高感度な磁気センサーなどで、中心的な役割を担っています。
(注7)近接効果
接している材料の影響によって、界面付近に、もとの材料にはない性質が現れる現象です。本研究では、InAsに隣接するAlから超伝導の性質が伝わる「超伝導近接効果」と、(Ga,Fe)Sb から磁性の影響が伝わる「磁気近接効果」を利用しています。これにより、同じ半導体の電流経路で、超伝導と磁性の両方が作用する状態をつくります。
プレスリリース本文:PDFファイル
Communications Materials:https://www.nature.com/articles/s43246-026-01393-6
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