高分子塗膜の強さを決める架橋構造の役割を解明 ―分子シミュレーションによる塗膜の変形メカニズムの解析―

2026/11/02

発表のポイント

◆ 分子動力学シミュレーションを用いて、高分子からなる塗膜の変形挙動を解析し、高分子同士をつなぐ架橋構造が塗膜の強さに与える影響を明らかにしました。
◆ 塗膜の変形に対する抵抗は、架橋剤の種類や局所的な結合構造よりも、形成される架橋の総数に大きく依存することを示しました。
◆ 数学的な構造解析手法であるパーシステントホモロジーを用いて、架橋に由来するネットワーク構造とその変形を可視化しました。本成果は、少ない架橋剤で必要な塗膜の強さを確保するための材料設計への応用が期待されます。

 

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架橋ポリマー塗膜の引張試験シミュレーション及び架橋構造のパーシステント図による可視化

 

概要

東京大学大学院工学系研究科の佐藤 龍平 助教、澁田 靖 教授らと、日本ペイント株式会社の川上 晋也 研究員らによる研究グループは、分子動力学シミュレーション(注1)を用いて、高分子からなる塗膜の架橋構造が、ポリマー塗膜の強さに与える影響を解析しました。

水性塗料用の高分子塗膜では、高分子鎖同士を結ぶ架橋構造が、塗膜の強さに重要な役割を果たしています。そこで、架橋剤の種類や量、形成される架橋構造と塗膜の強さの関係を分子レベルで理解し、効率的に性能を向上させるための材料設計指針が求められています。

本研究では、架橋した高分子塗膜の引張変形シミュレーションを行いました。その結果、架橋数が増えるほど、変形抵抗が増加する一方で、変形初期の弾性応答への影響は小さいことが明らかになりました。また、複数の高分子鎖を結びつける多官能架橋剤を用いることで、少ない架橋剤でも機械的な補強効果が得られる可能性を示しました。

さらに、パーシステントホモロジー(注2)を適用し、架橋や引張変形に伴う局所構造変化を可視化しました。

本成果は、高分子塗膜の微視的な構造と変形に対する強さとの関係についての理解を深め、環境負荷の低い塗料の材料設計に貢献することが期待されます。

なお、本成果は2026年10月26日付で学術誌「Macromolecular Theory and Simulations」に掲載されました。

 

発表内容

近年、環境負荷の低減に向けて、有機溶剤の使用量を削減できる水性塗料の開発が進められています。塗膜の強さ、機械的性能を制御する方法の一つに、高分子鎖を化学結合させる架橋構造の導入が挙げられます。しかし、架橋剤の種類や使用量、形成される架橋構造と塗膜の強さとの関係は複雑であり、高分子ネットワークが変形する仕組みを分子レベルで理解することが重要です。

本研究では、高分子鎖を複数の粒子で表現する粗視化分子動力学シミュレーション(注3)を用い、架橋の数や結合構造を変化させた仮想的な高分子塗膜モデルを構築しました。これらのモデルに対して引張変形シミュレーションを実施し、塗膜の変形に必要な応力と高分子ネットワーク構造の関係を解析しました。

その結果、架橋数が増加すると、高分子鎖の移動や配向変化が制限され、大きな変形に対する抵抗が増加することが明らかになりました。一方、変形初期の弾性領域では、架橋数による応力の変化は限定的でした(図1)。

 

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図1:架橋数の異なる高分子塗膜の引張変形挙動

(a) 架橋なし 及び (b) 6400本の架橋のあるポリマー塗膜の引張試験シミュレーションの様子、(c) シミュレーション中の応力-ひずみ曲線(注4)(Nckは塗膜内の架橋本数)。

 

さらに、架橋構造の違いによる影響を調べるため、図2のような異なる架橋構造モデルについても解析しました。その結果、塗膜の変形挙動は架橋の局所的な構造よりも、形成された架橋の総数に強く依存することが分かりました。特に、複数の結合部位を有する多官能架橋剤では、少ない架橋剤でも多数の架橋を形成できるため、使用量を抑えつつ機械的性能を確保できる可能性が示されました。

 

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図2:異なる架橋剤構造による高分子塗膜の変形挙動の比較

(c) (d):引張試験シミュレーション中の応力-ひずみ曲線、(a) (b):(c) 及び (d) のシミュレーションに用いたポリマー塗膜内の架橋構造の模式図。

 

また、高分子ネットワークの構造を解析するため、パーシステントホモロジーと呼ばれる数理科学手法を適用しました。解析の結果、架橋の導入によって特徴的なリング構造が形成されることが確認され、引張変形に伴って、これらのリング構造を構成する結合の一部が引き伸ばされる様子を捉えることができました(図3)。この結果は、架橋が高分子鎖の移動を制限し、架橋ネットワークの一部に変形が集中することを示唆しています。

 

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図3:パーシステントホモロジーによる架橋ネットワークの構造解析及び引張試験前後での架橋結合の延伸

(左)架橋数を変えたポリマー塗膜内のリング構造に関するパーシステント図(≈異なる大きさを持つリングの分布)、(右)パーシステント図上の (Birth, Death) = (3.4, 6.0) 近傍の架橋に起因したリング構造の引張前後(ひずみ 0% 及び40%)でのBirth(リング内の粒子間の最小距離)の変化に関する分布。

 

これらの成果は、塗膜の機械的性能が架橋剤の分子構造だけでなく、架橋によって形成されるネットワーク全体の構造に大きく依存することを示しています。今後、実際の水性塗料における架橋反応や塗膜内部の不均一性などを考慮することで、機械的に強い塗膜をより適切な架橋剤種類と分量で確保するための材料設計指針につながることが期待されます。

 

本研究は、東京大学と日本ペイントホールディングス株式会社との産学協創協定に基づき設置された社会連携講座「革新的コーティング技術の創生」の共同研究テーマとして実施されました。

 

発表者・研究者等情報

東京大学大学院工学系研究科 マテリアル工学専攻

佐藤 龍平 助教

澁田 靖 教授

 

日本ペイント株式会社 技術統括本部

川上 晋也 研究員(建設塗料技術部)

佐藤 弘一 研究員(技術統括本部長)

 

日本ペイントコーポレートソリューションズ株式会社 Corporate R&D

石田 聡 研究員(Applicationチーム)

 

論文情報

雑誌名:Macromolecular Theory and Simulations

題 名:Coarse-Grained Molecular Dynamics and Persistent Homology Analysis of Crosslinker Effects on Polymer-Film Deformation

著者名:Ryuhei Sato*, Shinya Kawakami, Satoshi Ishida, Koichi Sato, Yasushi Shibuta

DOI:10.1002/mats.70064

URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/mats.70064

 

用語解説

(注1)分子動力学シミュレーション

材料を構成している原子の運動について、運動方程式を解くことによりその軌跡を追跡する計算手法。各原子に作用する力および初期位置・速度が分かれば、各時間のすべての原子の位置および速度が一意に決定される。

 

(注2)パーシステントホモロジー

数学のトポロジーの考え方に基づき、粒子の空間的な配置からリングや空隙などの構造的特徴を抽出する解析手法。異なる空間スケールにおける構造の特徴を可視化・定量化でき、不規則な構造を持つ材料の解析などに応用されている。

 

(注3)粗視化分子動力学シミュレーション

複数の原子をまとめて一つの粒子として扱うことで、計算コストを低減する分子動力学シミュレーションの一種。多数の高分子鎖からなる大規模な構造や、その変形挙動を解析する際に有効である。

 

(注4)応力-ひずみ曲線

材料の引張試験において得られる応力とひずみの関係を示す曲線。それぞれの材料の基礎的な機械的性質(ヤング率、引張強さなど)を得ることができる。 

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Macromolecular Theory and Simulations:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/mats.70064