発表のポイント
◆ 原子1層の窒化ホウ素(BN)の結晶格子に炭素を原子レベルで取り込むことで、p型半導体として動作するホウ素炭素窒化物(BCN)を初めて実現しました。原子置換によって電子状態を変化させるという、シリコン半導体のドーピングにも通じる材料設計の考え方を、原子1層のBCNへ展開した成果です。
◆ 2種類の原料分子の反応経路を制御する成長法により、この単層p型BCNを2インチウエハースケールで作製しました。BCNトランジスタは、室温で約100 cm² V⁻¹ s⁻¹の電界効果正孔移動度と約10⁸のオン・オフ電流比を示しました。
◆ 3回の成長バッチから作製した224個のトランジスタを評価し、素子特性の均一性を確認しました。原子レベルの組成・構造制御からウエハースケールのデバイス特性までをつなぐことで、将来の相補型電子回路や3次元集積に向けたp型2次元材料の基盤を示しました。

2インチウエハー上に作製した単層BCNトランジスタアレイと素子構造
概要
東京大学大学院工学系研究科のTUNG Vincent(タン ヴィンセント)教授、FU Jui-Han(フー レーハン)助教らが参画する国際共同研究グループは、原子1層の窒化ホウ素(BN)結晶格子に炭素を原子レベルで取り込むことで、p型2次元半導体(注1)として動作するホウ素炭素窒化物(BCN)(注2)を初めて実現し、これを2インチウエハースケールで成長させる手法を開発しました。半導体産業を支えるシリコンでは、結晶中の一部の原子を異なる元素で置き換える「ドーピング」によって電子状態や電気伝導を制御します。本研究では、原子1層のBN格子に炭素を置換的に取り込むことで電子状態を変化させ、BCNにp型半導体特性を発現させるという材料設計を示しました。
さらに、2種類の原料分子の反応経路を制御することで、この原子レベルの構造を2インチ基板全体へ拡張しました。原子分解能電子顕微鏡、走査トンネル分光、第一原理計算およびトランジスタ評価を組み合わせ、炭素の原子置換、電子状態、p型電気伝導の関係を調べました。作製したBCNトランジスタは約100 cm² V⁻¹ s⁻¹の電界効果正孔移動度と約10⁸のオン・オフ電流比を示し、3回の成長バッチから作製した224個の素子でも特性の均一性を確認しました。本成果は、原子レベルの材料設計からウエハースケールの半導体デバイスへとつなぐ新たなp型2次元材料基盤を示すものです。
なお、本研究成果は、2026年9月30日(英国夏時間)に学術誌「Nature」オンライン版で公開されました。
発表内容
〈研究の背景〉
現代の電子回路を支える相補型電子回路(注3)では、電子を運ぶn型半導体と、正孔を運ぶp型半導体の両方が必要です。原子数層まで薄くできる2次元半導体は、次世代の微細トランジスタや3次元集積への応用が期待されています。しかし、高性能なn型2次元半導体の研究が進む一方で、それに匹敵するp型材料は限られており、特に高い輸送性能と大面積成長を両立することが課題となっていました。
シリコン半導体では、結晶格子の一部の原子を異なる元素に置き換えるドーピングによって、電子や正孔の濃度を制御し、n型・p型の電気特性を作り分けています。研究グループはこの考え方を原子1層の材料へ拡張し、電気を流しにくい窒化ホウ素(BN)の原子格子に炭素を組み込むことで、新しい半導体電子状態を生み出せないかと考えました。しかし、ホウ素、炭素、窒素からなるBCNでは、成長時に3元素の供給・反応を原子レベルで制御することが難しく、炭素がBN格子に取り込まれず、グラフェン状の炭素領域として凝集しやすいという問題がありました。したがって、炭素をBN格子の原子サイトへ取り込みながら、均一な単層膜を大面積で形成することが大きな課題でした。
〈原料分子の反応経路を制御する成長法〉
研究グループは、銅(111)面上で単層BCNをエピタキシャル成長させる低圧化学気相成長法(注4)を開発しました。この手法では、モノメチルアミンボラン(MMAB)とアンモニアボラン(AB)の2種類の分子前駆体を用い、炭素を含む化学種とホウ素・窒素を含む化学種を供給します。第一原理計算に基づき、それぞれの前駆体の分解・表面反応経路を解析し、成長条件を設計しました。
本研究で提案する反応機構では、ABがホウ素・窒素種を供給する一方、MMABは段階的な結合切断と脱水素反応を経て炭素を放出するため、反応性の高い炭素の放出に速度論的な遅れが生じます。これにより、銅表面で炭素が急速に凝集してグラフェン状領域を形成することが抑えられ、炭素がホウ素・窒素種とともに核生成しやすくなります。すなわち、単に炭素を加えるのではなく、炭素が「いつ」「どのような化学種として」表面に供給されるかを分子設計によって制御することで、炭素をBN格子へ取り込むことを狙いました。条件を最適化することで、2インチ基板上に連続した単層BCN膜を得ました。
〈原子構造と半導体特性の関係〉
原子分解能の電子顕微鏡観察では、窒化ホウ素格子内に個々の炭素原子や炭素対が取り込まれていることが確認され、解析した領域では窒素サイトでの置換がより多く見られました(図1)。断面の観察により単層構造であることを確認し、原子間力顕微鏡では膜の段差高さが約0.5 nmであることが測定されました。ラマン分光とフォトルミネッセンスのマッピングから、膜が空間的に均一であることが示されました。
走査トンネル分光法で測定した電子的バンドギャップ(注5)は約1.90 eVでした。計算でも約1.92 eVという近い値が得られ、窒素サイトへの炭素置換とp型特性の関係を支持する結果となりました。これらの結果は、BCNの電気特性が単なる炭素領域の混在によるものではなく、BN結晶格子中への炭素の原子置換と密接に関係していることを示しています。

図1:単層BCNに取り込まれた炭素原子
原子分解能の電子顕微鏡像と構造モデルから、ホウ素・窒素サイトでの炭素置換や炭素対が確認できる(a、b)。断面像は単層構造を示す(c)。青:B、赤:C、緑:N。
出典:論文原稿の図2。Nature (2026). https://doi.org/10.1038/s41586-026-11047-9
〈トランジスタ性能と均一性〉
研究グループは、BCN膜を厚さ20 nmの酸化ハフニウムのゲート絶縁膜上に転写し、ニッケル・金の電極を用いた電界効果トランジスタ(FET)(注6)を作製しました。チャネル長1 µm、幅5 µmの素子は室温でp型動作を示し、電界効果正孔移動度は約100 cm² V⁻¹ s⁻¹、オン電流はチャネル幅1 µm当たり約0.9 mA、オン・オフ電流比は約10⁸、しきい値電圧は約−0.45 Vでした(図2、注7)。
さらに、3回の成長バッチから得た224個の素子を、2インチウエハー上の異なる位置で評価しました。得られた特性分布は、評価した素子間およびバッチ間での均一性を支持する結果となりました。
〈今後の展望〉
本研究により、原子1層のBN格子に炭素を取り込むことでp型半導体特性を発現させ、その材料をウエハースケールへ拡張できることが示されました。今後、炭素の置換量や置換サイトをさらに精密に制御することで、シリコンにおけるドーピングのように、BCNのキャリア濃度や電子状態を原子レベルで設計・制御する材料技術へ発展する可能性があります。BCNは、二硫化モリブデンなどのn型2次元半導体と組み合わせることで、原子層材料による相補型電子回路への展開が期待されます。また、本研究では3次元形状に加工した酸化シリコン/シリコン基板上への単層BCNの成膜も実証しており、将来の立体的なデバイス構造や3次元集積への応用につながる可能性があります。一方で、炭素濃度とキャリア濃度・バンド構造との定量的な関係の解明、低温成長、相補型回路への集積化、および量産プロセスへの展開は今後の課題です。

図2:ウエハースケールのBCNトランジスタアレイと電気特性
(a、b)2インチウエハー、トランジスタアレイおよび素子構造。(c、d)伝達特性と出力特性。(e、f)既報のp型材料との比較。(g)3回の成長バッチから得た224個の素子の電気特性分布。破線は論文で用いたロードマップの基準値を示す。比較対象の素子構造や測定条件は同一ではない。
出典:論文原稿の図5を改変せず掲載。Nature (2026). https://doi.org/10.1038/s41586-026-11047-9
発表者・研究者等情報
東京大学 大学院工学系研究科 化学システム工学専攻
TUNG Vincent(タン ヴィンセント) 教授
FU Jui-Han(フー レーハン) 助教
Chien-Chih Tseng(チェンチー ツェン) 博士課程:研究当時
国立台湾大学 材料科学工学系
Yi-Chia Chou 教授
Chang-Hsun Huang(チャンシュン ホアン) 博士研究員
国立陽明交通大学 材料科学工学系/中央研究院 応用科学研究センター
Jui-Cheng Kao 博士課程
中央研究院 応用科学研究センター
Chun-Wei Pao 研究員
このほか、東京大学大学院工学系研究科附属総合研究機構およびマテリアル工学専攻、物質・材料研究機構(NIMS)、長庚大学、国立清華大学、国立中山大学、National Institutes of Applied Research、National Centre for Theoretical Sciencesの研究者が参画しています。
論文情報
雑誌名:Nature
題 名:Wafer-scale epitaxy growth of high-mobility p-type boron carbon nitride
著者名:Chien-Chih Tseng†, Chang-Hsun Huang†, Jui-Cheng Kao†, Jui-Han Fu*, Aowen Li, Ryo Ishikawa, Seong Rae Cho, Chenxi Lei, Kai Qi, Chih-Zong Deng, Po-Yu Yang, Wei-Chun Chen, Ming-Chung Wu, Fong-Zhi Chen, Yu-Wei Lin, Cheng-Tang Pan, Yu-Chieh Lo, Ya-Lun Ho, Kosuke Nagashio, Yi-Chia Chou*, Naoya Shibata, Chun-Wei Pao*, Vincent Tung*
(†共同筆頭著者 *責任著者)
DOI:10.1038/s41586-026-11047-9
URL:https://www.nature.com/articles/s41586-026-11047-9
研究助成
本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科研費(JP23H00253、JP24K21233、JP25KF0196)、科学技術振興機構(JST)のASPIRE(JPMJAP2531)およびCREST(JPMJCR24A3)の支援を受けました。
また、台湾の国家科学及技術委員会(113-2119-M-492-001-MBK、114-2622-E-492-001、111-2112-M-001-085-MY3、113-2628-E-002-021-MY4、113-2221-E-A49-012-MY3)、Dragon Gate Program(113-2926-I-002-511-G)、中央研究院のInvestigator Award(AS-IA-112-M05)、長庚大学(URRPD2Q0041)の支援を受けました。National Center for High-performance Computingから計算・ストレージ資源の提供を受けました。
用語解説
(注1)p型2次元半導体
極めて薄い半導体のうち、正の電荷を持つ粒子のように振る舞う「正孔」が主に電流を運ぶ材料です。単層は、原子または構造単位が1層だけの状態を指します。
(注2)ホウ素炭素窒化物(BCN)
ホウ素、炭素、窒素を含む材料です。本研究では、原子1層の窒化ホウ素格子に炭素を取り込むことで、電子的性質を変化させています。
(注3)相補型電子回路
p型とn型のトランジスタを組み合わせた回路で、CMOSなどが含まれます。3次元集積は、素子の層を上下に重ねて集積密度を高める技術です。
(注4)エピタキシャル成長と化学気相成長法
エピタキシャル成長は、下地の結晶方位の影響を受けて結晶が成長する現象です。化学気相成長法は、気体の原料を基板上で反応させ、固体の膜を形成する方法です。
(注5)バンドギャップ
価電子帯と伝導帯の間のエネルギー差です。適切なバンドギャップがあることで、トランジスタの電流が流れる状態と流れにくい状態を切り替えやすくなります。
(注6)電界効果トランジスタ(FET)
ゲート電圧によって、ソースとドレインの電極間にある半導体チャネルの電流を制御する素子です。
(注7)トランジスタの性能指標
電界効果正孔移動度は、トランジスタの電気特性から求めた、正孔の動きやすさを表す指標です。オン電流は導通時の電流、オン・オフ電流比は導通時と非導通時の電流の比、しきい値電圧はチャネルがオンになるゲート電圧を特徴付ける値です。いずれも素子構造や測定条件の影響を受けます。
プレスリリース本文:PDFファイル
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