リチウム金属電池の保護膜形成をシミュレーションで可視化 ―原子レベルで解き明かした保護膜形成メカニズム―

2026/10/28

発表のポイント

◆ 第一原理計算の結果を学習した機械学習力場を用い、数千原子規模のリチウム金属/電解液界面における初期保護膜(SEI)の形成過程を原子レベルで可視化。
◆ シミュレーション中に生じる結合の生成・切断を自動的に検出する反応解析手法を開発し、電解液成分の分解経路とSEI成分の形成過程を体系的に解析。
◆ 実験で観測される保護膜(SEI)の特徴を再現し、その形成メカニズムを解明。

 

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機械学習を活用した高精度シミュレーションによる保護膜(SEI)形成過程の可視化

 

 

発表概要

東京大学大学院工学系研究科の山田 淳夫 教授、竹中 規雄 特任講師、岩田 大河 大学院生(研究当時)、ENSTA ParisのThéophane Bernhard 大学院生(研究当時)らの研究グループは、第一原理計算結果を学習した機械学習力場(注1)による分子動力学(MD)シミュレーション(注2)と、自動反応解析手法を組み合わせることで、リチウム金属電池の性能を左右する保護膜である固体電解質界面(SEI)(注3)の初期形成過程を原子レベルで解析しました。約4,000原子からなる界面モデルを用いることで、従来の第一原理分子動力学計算では困難であった規模と時間スケールで、電解液の分解反応とSEI形成を追跡する計算手法を確立しました(図1)。

本研究では、電解液成分がリチウム金属表面で分解していく過程を追跡するとともに、シミュレーション中に生じる結合の生成・切断を自動的に検出し、反応経路を体系的に抽出しました。また、リチウム金属表面近傍にLi2O、その外側にLiFが分布する傾向を明らかにし、実験で報告されているSEIの空間構造と整合する結果を得ました。本成果は、実験のみでは直接捉えることが難しい初期界面反応を原子レベルで理解するための新たな解析基盤を提供し、リチウム金属電池用電解液の合理的な設計に貢献すると期待されます。

 

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図1:機械学習力場分子動力学と自動反応解析によるリチウム金属/電解液界面反応の解析

(a) 元素の組み合わせごとに定めた基準距離に補正値を加え、原子間距離がその判定基準を下回るか上回るかに基づいて、結合の生成および切断を自動的に判定する反応解析アルゴリズムの概略。(b) LiFSI/EC(モル比1:1.5)電解液におけるリチウム金属表面のシミュレーション結果。初期状態から500 ps経過後までに電解液の分解によって生成した反応生成物を自動的に抽出した。本手法により、電解液分解から初期保護膜(SEI)形成までの過程を原子レベルで解析できる。

 

 

発表内容

〈研究の背景〉

リチウム金属電池は、現在広く用いられているリチウムイオン電池よりも高いエネルギー密度を実現できることから、電気自動車や再生可能エネルギーの蓄電システムを支える次世代蓄電池として期待されています。しかし、リチウム金属は非常に反応性が高く、電解液と接触すると電解液が分解し、電極表面には固体電解質界面(SEI)が形成されます。SEIは、電子の移動を抑えながらリチウムイオンを透過させることでリチウム金属表面を保護しますが、その組成や構造によって電池の寿命や安全性が大きく左右されます。しかし、SEIの形成反応は電極と電解液の界面で進行するため、試料調製や測定時の影響、空間分解能の限界などから、その過程を実験で直接観測することは困難でした。そのため、電解液成分がどのような順序や経路で分解し、どのようなSEIが形成されるのか、その詳細なメカニズムは十分に解明されていませんでした。

 

〈研究の内容〉

本研究グループは、リチウム金属表面で起こる電解液の分解反応から保護膜(SEI)の形成までを、原子レベルで連続的に追跡・解析できる解析手法を開発しました。本手法では、第一原理計算を学習した機械学習力場を用いることで、従来の第一原理分子動力学計算では困難であった約4,000原子からなる大規模なリチウム金属/電解液界面のシミュレーションを可能にしました。さらに、シミュレーション中に原子間の結合の生成・切断を自動的に検出し、多数の反応生成物や反応経路を網羅的に抽出できる自動反応解析手法を開発しました。

 解析の結果、電解液の組成によってリチウム金属表面で優先的に分解する成分が変化し、それに伴って形成される初期保護膜(SEI)の組成や空間構造も大きく変化することが明らかになりました。特にLiFSI/EC高濃度電解液では、Li2Oがリチウム金属表面近傍に、LiFがその外側に分布することが分かりました。この結果は、LiFSI系電解液から形成されるSEIについて実験的に報告されている観測結果と整合しており、実験では直接観測が困難なSEI形成過程を本手法により原子レベルで可視化できることを示しています(図2)。

 

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図2:リチウム金属表面に形成される保護膜(SEI)の空間構造

(a) LiFSI/EC(モル比1:1.5)電解液におけるLiF(緑)およびLi2O(赤)の空間分布。Li2Oはリチウム金属表面近傍に、LiFはその外側に多く分布することが分かる。 (b) シミュレーションから得られた保護膜(SEI)の模式図。LiFSI系電解液について実験的に報告されているSEI構造の特徴と整合している。

 

 

〈今後の展望〉

本研究で確立した解析手法は、リチウム金属電池に限らず、さまざまな電極材料と電解液の界面で起こる反応の解析に適用できます。これにより、電解液の組成と界面で形成される保護膜との関係を原子レベルで理解し、高寿命・高安全性を目指した次世代蓄電池の電解液および界面設計に貢献することが期待されます。

 

発表者

東京大学 大学院工学系研究科 化学システム工学専攻

山田 淳夫 教授

竹中 規雄 特任講師

岩田 大河 修士課程:研究当時

 

ENSTA Paris

Théophane Bernhard 修士課程:研究当時

 

論文情報

雑誌名:npj Computational Materials

題 名:Machine learning force field molecular dynamics simulation of SEI formation on lithium metal(正式版:10月27日付掲載)

著者名:Norio Takenaka, Taiga Iwata, Théophane Bernhard, Atsuo Yamada

DOI:10.1038/s41524-026-02271-y

URL:https://www.nature.com/articles/s41524-026-02271-y

 

研究助成

本研究は主に、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT、課題番号:JPMJPF2016)の支援により実施されました。

 

用語解説

(注1)機械学習力場

第一原理計算から得られた原子のエネルギーや原子間に働く力などのデータを学習し、さまざまな原子配置におけるエネルギーと力を高速に予測する計算手法。第一原理計算に近い精度を保ちながら、より大規模・長時間のシミュレーションを実行できる。本研究では、汎用機械学習力場PFPを搭載した原子シミュレーターMatlantisを使用した。

 

(注2)分子動力学(MD)シミュレーション

原子や分子に働く力に基づいて、それらの運動をコンピュータ上で時間とともに追跡し、物質の構造や動的な変化を解析するシミュレーション手法。本研究では、化学結合の生成や切断を扱える機械学習力場を用いることで、電解液の分解反応と保護膜形成過程を解析した。

 

(注3)固体電解質界面(Solid Electrolyte Interphase:SEI)

リチウム金属表面で電解液が分解することによって形成される保護膜。電子の移動を抑えながらリチウムイオンを透過させる性質を持ち、その組成や構造が電池の寿命、安全性および充放電効率に大きく影響する。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

npj Computational Materials:https://www.nature.com/articles/s41524-026-02271-y