細菌の接着を担う分子に、結合をほどくpHセンサーを発見 ―強固な接着を支える化学反応が、周囲の環境への迅速な応答も担う―

2026/10/22

発表のポイント

◆ 細菌の接着分子における「チオエステルドメイン(TED)」と呼ばれる領域が、周囲のpHを検知して標的への結合・解離を調節する機能を持つことを発見しました。

◆ pH応答性の分子機構を解明し、この仕組みが幅広い細菌に共有されている可能性を示しました。

◆ 細菌が接着分子を介して環境に迅速に応答するという新たな視点は、細菌の生存戦略や感染機構を理解する手がかりになると考えられます。

 

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細菌接着分子におけるチオエステルドメインのpH応答的接着

 

概要

東京大学大学院工学系研究科の徳永 悠希 大学院生(研究当時)、松長 遼 助教、津本 浩平 教授、同大学医科学研究所 疾患プロテオミクスラボラトリーの秦 裕子 シニアエキスパート(技術)、尾山 大明 准教授による研究グループは、幅広い細菌系統(注1)の接着分子(注2)に含まれるチオエステルドメイン(TED)(注3)が、周囲のpH(注4)に応じて標的との結合・解離を調節することを示しました。

病原細菌は周囲の環境に応じて、宿主(注5)への付着などに使うタンパク質の種類や量を変化させます。従来、細菌のpH応答では、こうした調節を担う機構として遺伝子発現の制御(注6)が主に研究されてきました。一方で、すでに作られたタンパク質自体がpHにどう応答するかについては不明な点が残されていました。

TEDは標的と強固な化学結合を形成するため、当初は一度結合すると離れない錨(いかり)のような役割を持つと考えられてきました。しかし本研究では、分子間相互作用(注7)をリアルタイムで計測するバイオレイヤー干渉法(注8)を用いることで、TEDの強固な結合が周囲の弱酸性化によって速やかに解離することを示しました(図1)。本成果は、TEDの生理的意義を捉え直し、遺伝子発現制御に比べて迅速な、接着分子自体の化学反応による環境応答モデルを提案するものです。今後、多様な細菌の生存戦略や感染機構の理解につながると期待されます。

 

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図1:TEDによる共有結合型接着の反応モデルとpH応答的解離

(A)TEDと標的分子の反応モデル。TEDは非共有結合により標的分子を認識し、その後チオエステル結合を介して分子間を強固に架橋する。本研究では、二段階目の架橋反応が可逆反応であり、pH応答的に制御されていることを明らかにした。

(B)バイオレイヤー干渉法を用いた分子間相互作用のリアルタイム計測。TEDと標的分子を120秒間反応させた後、pHの異なる溶液で洗浄したところ、pHが低いほど二分子は急速に解離した。

 

 

発表内容

TEDは幅広い細菌系統の接着分子に含まれるドメインで、分子内に高反応性のチオエステル結合(注9)を持ちます。この結合が標的分子と反応すると、細菌と標的分子が強固な共有結合(注10)でつながり、咳や血流などによる物理的な力に耐えて、付着を維持すると考えられています。一方、強い力のかからない穏やかな環境でTEDがどのように振る舞うかについては明らかになっていませんでした。

本研究では、タンパク質同士の結合や解離をリアルタイムで計測できるバイオレイヤー干渉法を用い、A群レンサ球菌(注11)の接着分子SfbI(注12)に含まれるTED領域(SfbI-TED)と、その標的分子であるヒト血漿タンパク質フィブリノゲン(注13)の相互作用を解析しました。その結果、SfbI-TEDは一度形成したフィブリノゲンとの共有結合を自発的に切断し、解離できることが分かりました。また、この解離は環境が弱酸性になると促進されました(図1)。

さらに、熱力学的解析から、このpH応答は主に、チオエステル結合を介した化学反応そのものの性質に由来することが示されました。つまり、pHによって、標的との共有結合を形成する反応と、それを解消する逆反応の起こりやすさのバランスが変わります。この反応はTEDファミリーに共通するため、今回発見されたpH応答性はA群レンサ球菌のみならず、幅広い細菌のTEDに共有されていると考えられます。実際、A群レンサ球菌とは分類学的に遠縁なウェルシュ菌(注14)の接着分子CpTIEに含まれるTEDでも、チオエステル結合の反応にpH依存性が確認されました(図2)。

この性質は、細菌と宿主との相互作用の切り替えに利用されている可能性があります。例えばA群レンサ球菌は、フィブリノゲンを身にまとうことで宿主の免疫細胞による排除を受けにくくなる一方、他の接着因子の働きが妨げられ、宿主細胞への付着効率が低下することが報告されています。そのため、pHに応じたフィブリノゲンの結合・解離は、免疫回避と宿主細胞への付着の切り替えに役立つ可能性があります。また、本研究の対象とした接着分子SfbIには、宿主細胞への侵入を助ける領域があります。こうした細胞内への侵入は、咽頭炎の治療後にも細菌が残り、再発につながる一因として指摘されています。フィブリノゲンの結合状態がこの領域の働きにも影響するのであれば、TEDのpH応答は細胞侵入の調節にも関与する可能性があります(図3)。

本研究は、物理的な力に耐える接着因子として知られてきたTEDに、遺伝子発現制御を介さず、分子自体の化学反応によって迅速に環境に応答するという新たな役割を提案するものです。これらの成果は、病原細菌の感染機構や、土壌・海洋細菌の生存戦略の理解につながると期待されます。

 

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図2:系統的に離れたTEDにおけるpH応答性

(A)TED保有細菌の系統樹(一部抜粋)。(B)共有結合接着のしやすさ(チオエステル結合の反応性の高さ)。A群レンサ球菌由来のSfbI-TEDとウェルシュ菌由来のCpTIE-TEDの両方がpH応答性を示した。

 

 

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図3:TEDを介した感染形態の切り替えに関する仮説モデル

pH 7.4ではTEDは組織液や血液中のフィブリノゲン(Fg)と結合することができる。これにより、A群レンサ球菌が宿主免疫系による排除を受けにくくなる可能性がある。一方、pH 6.0ではTEDと結合していたフィブリノゲンが解離し、SfbI根元のフィブロネクチン結合部位が露出することで、宿主細胞への侵入が促進される可能性がある。

 

 

発表者・研究者等情報

東京大学

大学院工学系研究科

津本 浩平 教授

兼:同大学医科学研究所 附属疾患プロテオミクスラボラトリー 教授

松長 遼 助教

徳永 悠希 研究当時:博士課程

現:同大学医科学研究所 特任研究員

 

医科学研究所 附属疾患プロテオミクスラボラトリー

尾山 大明 准教授

秦 裕子 シニアエキスパート(技術)

 

論文情報

雑誌名:Science Advances

題 名:Chemically encoded pH-tunable covalent adhesion by a bacterial thioester domain

著者名:Yuki Tokunaga, Ryo Matsunaga*, Hiroko Kozuka-Hata, Masaaki Oyama, Kouhei Tsumoto*

 

研究助成

本研究は、AMED「ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業(ワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点群東京フラッグシップキャンパス(東京大学新世代感染症センター))」、「ワクチン・新規モダリティ研究開発事業(100日でワクチンを提供可能にする革新的ワクチン評価システムの構築)」、「創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(創薬モダリティ開発加速及び機能制御分子探索のための物理化学的解析支援)」、JSPS科研費「国際共同研究加速基金(国際先導研究)(課題番号:JP22K21343)」、JST「ACT-X(課題番号:JPMJAX222I)」の支援により実施されました。

 

用語解説

(注1)細菌系統

進化の道筋や共通祖先との関係に基づく、細菌のまとまり。TEDの場合、A群レンサ球菌やウェルシュ菌が属する厚壁菌門に加え、放線菌門でも報告されている。このように、近縁な菌種の間だけでなく、「門」という大きな分類区分をまたいで分布しており、TEDは多様な細菌が接着に利用する共通の仕組みを持つことが示唆されている。

 

(注2)接着分子

細菌が宿主の細胞や組織、周囲の物質などに付着するために使う分子。細菌の表面にあるタンパク質などがこの役割を担い、細菌の定着を助ける。接着分子には、TEDのように特定の標的と相互作用するものの他に、標的を問わず多様な物質に結合できるものもある。

 

(注3)チオエステルドメイン(TED)

タンパク質の中で、まとまった立体構造を持ち、特定の機能を担う部分をドメインという。TEDは、内部にチオエステル結合(注9)を持つドメインで、細菌の接着分子に見られる。TEDはさまざまな細菌から見つかっているが、そのアミノ酸配列や標的分子はTEDごとに異なる。これらの多様なTEDを総称してTEDファミリーと呼ぶ。

 

(注4)pH

水溶液の酸性・アルカリ性の程度を表す指標。25℃ではpH 7が中性で、それより小さい値では酸性、大きい値ではアルカリ性となる。本研究では、中性付近のpH 7.3や弱酸性のpH 6.0などでTEDの性質を調べた。

 

(注5)宿主

細菌やウイルスなどが生息・感染する相手となる生物。本研究で扱うA群レンサ球菌とヒトの関係では、ヒトが宿主にあたる。

 

(注6)遺伝子発現の制御

生物の設計図である遺伝子の中から、どのタンパク質や核酸をどれだけ作るかを変える仕組み。例えば、体ができる過程で各臓器がそれぞれの場所に形作られることや、感染に応じて免疫細胞が抗体を盛んに生産することにも関わる。細菌もこの仕組みを使い、周囲の環境に応じて必要なタンパク質を作り分けている。

 

(注7)分子間相互作用

分子同士の間に働く引力や反発力などの作用。タンパク質は他の分子と相互作用することで、細胞への付着や情報伝達など、さまざまな生命活動を担う。本研究では、TEDと標的タンパク質が結合し、解離する過程に着目した。

 

(注8)バイオレイヤー干渉法

センサー表面で分子が結合・解離する様子を、光の干渉の変化からリアルタイムで測定する手法。センサーに固定した分子に別の分子が結合すると、表面の分子層の厚さが変わることを利用する。タンパク質や低分子化合物などの結合や解離の速さ、結合のしやすさなどを調べることができる。

 

(注9)チオエステル結合

カルボニル基と硫黄原子を含む、反応性の高い化学結合の一種。TEDでは、この結合が標的タンパク質のアミノ基と反応する。反応に伴ってTED内部のチオエステル結合が切れ、代わりにTEDと標的タンパク質をつなぐ新たな共有結合(イソペプチド結合)が形成される。

 

(注10)共有結合

原子同士が電子を共有して強く結びつく化学結合。タンパク質を構成するアミノ酸同士をつなぎ、その骨格を形作る結合も共有結合である。一方、タンパク質が他の分子と結びつく際には、通常、比較的弱い非共有結合を複数組み合わせている。TEDは、分子内部のチオエステル結合と、標的分子につながるイソペプチド結合という二つの共有結合の状態を切り替えることができる。

 

(注11)A群レンサ球菌

学名はStreptococcus pyogenes。咽頭炎や扁桃炎などを引き起こす細菌で、皮膚や軟部組織の感染症の原因にもなる。致死率の高い劇症型溶血性レンサ球菌感染症を引き起こすこともあり、「人食いバクテリア」として報道されることもある。国内では2023〜2024年に劇症型感染症の報告数が増加した。

 

(注12)SfbI

A群レンサ球菌の表面にある接着タンパク質。フィブリノゲン(注13)と結合するTEDに加え、別の宿主タンパク質であるフィブロネクチンに結合する領域を持ち、宿主細胞への付着や侵入に関わる。

 

(注13)フィブリノゲン

血液に豊富に含まれ、止血のために働くタンパク質。出血時にはフィブリンという繊維状の物質に変わり、血液を固めて出血を止める。A群レンサ球菌を含む一部の病原細菌は、このタンパク質を自身の表面に結合させ、免疫細胞による取り込み・排除を受けにくくするために利用していることが知られている。

 

(注14)ウェルシュ菌

学名Clostridium perfringens。土壌やヒト・動物の腸管などに存在し、煮物料理で発生する食中毒の原因菌としても知られる。本研究では、この菌の接着分子CpTIEに含まれるTEDを調べた。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル