自律的に折り畳まれる自己伸縮性単分子膜を開発 ―圧縮で壊れず、しわ形成により応力に適応する新しい界面分子膜―

2026/09/10

発表のポイント

層状に強く自己秩序化する新しい両親媒性分子HP-BTBT-C10を開発。
水面上の単分子膜が、圧縮に応じて自律的にしわ・折り畳み構造を形成することを実証。
圧縮で壊れず、折り畳みにより応力を逃がす、応力適応型界面分子膜の新しい設計概念を提示。

 

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自律的な折り畳みを示すHP-BTBT-C10単分子膜

 

概要

東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻の飯塚 太一 大学院生、長谷川 達生 教授、山形大学有機エレクトロニクスイノベーションセンターの井上 研究専任准教授、理化学研究所放射光科学研究センターの眞木 さおり 研究員、同センターの米倉 功治 グループディレクター(東北大学多元物質科学研究所 教授を兼任)らは、層状に自己秩序化する顕著な性質を示す、新たな両親媒性分子(注1)を開発しました。この分子により水面上に形成された界面分子膜は、従来分子による単分子膜とは異なり、膜面内の圧縮に対して多層に折り畳まれた構造を自律的に形成し、膜が壊れることなく応力に適応することが明らかになりました。本研究は、分子の自己組織化(注2)現象が生み出す新たな機械応答を明らかにするとともに、水界面を安定的に制御する新しい界面活性分子や、応力適応型の人工界面膜の実現への道筋を示すものです。

本研究成果は、202699日(米国東部夏時間)に米国科学誌「Science Advances」オンライン版に掲載されました。

 

発表内容

〈研究の背景〉

脂質や脂肪酸などの両親媒性分子は、細胞膜や人工膜に関わる重要な分子群であり、また空気と水の界面に単分子膜を形成することが古くから知られています。これら界面分子膜は、生命現象の理解に重要なだけでなく、近年では、人工細胞膜、膜タンパク質研究、薬物と膜との相互作用の評価などに関わる重要なモデル系として幅広く研究されています。ただし、人工的に形成された界面分子膜は、界面に沿った方向から圧縮されると、不可逆的に崩壊しやすいという問題があります。そのため、機械的刺激に対して壊れることなく応力に適応できる界面膜の開発は、物質科学と生命科学をまたぐ重要な課題となっています。

本研究では、ある種の硬いπ電子骨格と柔らかいアルキル鎖を組み合わせることで、層状に分子が自己配列(自己秩序化)する性質が大幅に強化された新しい両親媒性分子HP-BTBT-C10を開発しました。この分子は、水面上で安定な単分子膜を形成するとともに、従来の両親媒性単分子膜とは異なり、横方向からの圧縮に対して崩壊しにくい性質を示しました。そこで、圧縮に伴う膜構造の変化を詳しく調べたところ、膜の面外方向にしわ状の多層折り畳み構造を自律的に形成し、圧縮応力を緩和することが明らかになりました。この多層折り畳み構造は、圧縮と緩和に応じて可逆的に生成・消失し、膜全体として粘弾性的な応答を示します。すなわち本研究は、折り畳みにより外部応力に適応する「自己伸縮性単分子膜」の実現を示すものです。

 

〈研究の経緯〉

棒状のπ電子骨格を持つある種の有機分子は、分子の長軸をそろえるように配列し、層状の分子集合体を形成する性質を示します。これに適切な長さのアルキル鎖を連結すると、π電子骨格とアルキル鎖の秩序化が相乗的に働いて、層状に自己秩序化する性質が著しく強化された分子超薄膜が得られることが、近年明らかになってきました。これらの分子超薄膜の一部は、有機半導体(注3)薄膜として極めて優れたキャリア輸送特性を示すため、これまで主に電子デバイス材料として研究が進められてきました。

一方、このような層状分子集合体を空気水界面に適用し、機械的刺激に応答する界面分子膜として活用する研究はほとんど行われていません。本研究では、層状秩序を形成しやすいπ電子骨格アルキル鎖連結分子に、親水性を与える水酸基を分子末端に導入した新しい両親媒性分子HP-BTBT-C10を開発しました。この分子について、ラングミュア法(注4)による圧縮実験、高分解能透過型電子顕微鏡によるトモグラフィー観察(注5)、電子回折、分子間相互作用計算、動的バリア振動解析などを組み合わせ、水面上で形成される単分子膜の構造と力学応答を詳しく調べることで、本研究成果が得られました。

 

〈研究内容〉

1.HP-BTBT-C10によるラングミュア圧縮実験

HP-BTBT-C10は、層状有機半導体として知られるPh-BTBT-C10に水酸基を導入し、水面上で安定に単分子膜を形成するよう設計した分子です(図1左)。フェニル基のメタ位を水酸基で置換することで、Ph-BTBT-C10と類似の層状分子配列構造を保持しつつ、水酸基を介した水素結合により多層分子配列構造が安定化され得ることが、単結晶構造解析とそれにもとづく分子間相互作用計算から示されました。これにより、水面上の単分子膜の安定性と、多層化した分子秩序の安定性が両立するものと期待されます。

1右に、水面上に形成したHP-BTBT-C10界面分子膜について、ラングミュア圧縮実験(図1下)を行った結果を示します。圧縮とともに表面圧が連続的に上昇し、高い表面圧でも急激な崩壊が起こらないことが分かりました。この挙動は、圧縮により表面圧が急激に低下する典型的な脂肪酸であるステアリン酸(注6)や、水面上の単分子膜が急速に不安定化するPh-BTBT-C10とは大きく異なっていました。HP-BTBT-C10分子膜では、長時間にわたって表面圧が保持されることも確認されました。界面を仕切るバリアの移動により膜を圧縮すると、バリアに平行なしわ状構造が現れ、またバリアの停止や再圧縮に応じて徐々に消失・再生成する挙動が、光学顕微鏡を用いたその場観察により分かりました。これらは、界面上で膜構造の変化が可逆的に生じていることを示しています。

さらに、毛細管波(注7)の伝搬を観察したところ(図1右下)、HP-BTBT-C10分子膜では波の伝搬に顕著な異方性と不均一性が生じることが分かりました。これらの結果は、水面上で圧縮に伴うしわ状構造が広い分子密度領域で形成されることを示しています。 

 

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1:ラングミュア圧縮実験の結果

界面分子膜の占有面積を狭めると、通常の両親媒性分子(ステアリン酸)の単分子膜では膜の崩壊に伴って表面圧が急激に低下する(グラフ灰色曲線)。一方、新開発分子HP-BTBT-C10では表面圧が保持され(赤色曲線)、圧縮に対して安定な界面膜が形成される。

 

2.高分解能透過型電子顕微鏡観察

水面上に形成した界面膜を基板上に転写し、電子回折と高分解能透過型電子顕微鏡を用いたトモグラフィー観察により膜構造を詳しく調べました。その結果、平坦な領域としわ状の領域のいずれにおいても、デバイ-シェラー環(同心円状の回折パターン、注8)が観測され、単結晶中に見られるヘリンボーン型分子配列が局所的に保持されていることが分かりました(図2左)。

さらに、しわ状領域を詳しく観察したところ、電子線の入射角に応じて縞(しま)状のドメイン構造が明瞭に観測されることが分かりました(図2中)。典型的には、16層の単分子層、すなわち8組の分子二層に相当する分子層が積み重なり、幅約40 nmの多層折り畳み構造を形成している様子が直接観測されました。縞状構造の周期は約5.45.8 nmで、結晶中の分子二層分の厚みと一致していました。

これらの結果から、界面膜中では、単分子膜と、複数の分子層が折り畳まれた膜構造が共存していることが実証されました。また、水面上の単分子膜と多層折り畳み構造の双方を安定化する上で、水酸基が重要な役割を果たしていると考えられます(図2下)。

 

fig2

2:界面分子膜の高分解能電子顕微鏡像

しわのない領域では局所的な分子秩序構造が観測される一方、しわ状領域では、単分子膜が多層に折り畳まれた縞状ドメイン構造が直接観察された。

 

3.粘弾性応答(注9の動的バリア振動解析

界面を仕切るバリアを振動させ、界面分子膜の圧縮と膨張に伴う動的粘弾性応答を調べました。従来の両親媒性分子(ステアリン酸)では、表面圧の変調幅は表面圧上昇とともに増大するものの、分子密度が一定以上になると、繰り返し運動により変調幅が急激に低下するという、膜の崩壊に伴う挙動が見られました(図3右)。

これに対し、HP-BTBT-C10では、表面圧の上昇とともに表面圧の変調幅がむしろ低下し、同時に振動応答に顕著な位相遅れが生じることが分かりました(図3左)。この応答は多数回の繰り返しに対して高い安定性を示しており、圧縮に対する高粘性の粘弾性応答と見なすことができます。これらの特異な力学応答は、HP-BTBT-C10界面膜の多層折り畳みと再伸長に由来すると考えられます。

 

fig3

3:界面分子膜の粘弾性挙動

HP-BTBT-C10単分子膜(左)では、自律的なしわ形成と多層折り畳みにより、通常の両親媒性単分子膜(右)とは大きく異なる粘弾性応答が観測された。

 

4.自己伸縮性を可能にする界面分子のメカニズム

従来の両親媒性分子による界面単分子膜は、横方向の圧縮に対して著しく脆弱で、不可逆的な崩壊を起こしやすい二次元分子集合体だと考えられてきました。これに対し、HP-BTBT-C10による界面分子膜は、横方向からの圧縮に応じて多層構造へと折り畳まれ、さらに圧縮を緩和すると再び単分子膜へと伸長するという、顕著な膜構造変化を示します。すなわち、HP-BTBT-C10では、面内方向の圧縮を面外方向の折り畳み変形に変換することで、単分子膜の崩壊を回避しつつ応力を緩和していると考えられます。

このような界面分子膜の応力適応を支える要因として、π電子骨格アルキル鎖連結系による顕著な層状秩序化と、水酸基による水面上単分子膜ならびに多層折り畳み構造の安定化が重要であると考えられます。これらに加えて、拡張π電子骨格アルキル鎖連結系でしばしば見られる層状液晶(注10)的な性質が、界面分子膜の大がかりな構造再編成を促している可能性も考えられます。ただし、層状液晶状態については本研究で直接確認したわけではなく、今後の検討が必要です。親水性基、置換位置、アルキル鎖構造などを系統的に変えた比較分子を用いて特性を検討することで、機械的適応性を持つ界面膜の分子設計指針がさらに明確になると期待されます。

 

〈今後の予定〉

両親媒性分子は、人工細胞膜として、また薬物と膜、あるいは膜タンパク質との相互作用を研究するためのプラットフォームとして幅広く利用されています。本研究により、顕著な層状性を示す有機半導体の研究から派生した新しい両親媒性π共役分子が、分子の自己組織化現象の新たな側面を見せることが明らかになりました。今後はこの知見をもとに、水界面を安定的に制御する新しい界面活性分子や、応力適応型の人工界面膜としての可能性を検討していく予定です。

 

発表者・研究者等情報

東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻

長谷川 達生 教授

飯塚 太一 修士課程:研究当時

 

山形大学 有機エレクトロニクス研究センター

井上 悟 研究専任准教授

 

理化学研究所 放射光科学研究センター

眞木 さおり 研究員

米倉 功治 グループディレクター

兼:東北大学多元物質科学研究所 教授

 

論文情報

雑誌名:Science Advances

題 名:Self-stretching molecular monolayers with autonomous folding and mechanical adaptation

著者名:Taichi Iizuka*, Satoru Inoue, Kiyoshi Nikaido, Seiji Tsuzuki, Saori Maki-Yonekura, Tasuku Hamaguchi, Koji Yonekura, Tatsuo Hasegawa*

DOI10.1126/sciadv.aeg8906

URLhttps://doi.org/10.1126/sciadv.aeg8906

 

研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST)のCRESTJPMJCR18J2)、A-STEPJPMJTR25RH)およびSPRINGJPMJSP2108)、日本学術振興会(JSPS)の科研費(JP21H04651JP25K24862)、日本医療研究開発機構(AMED)の生命科学・創薬研究支援事業(BINDS)(JP23ama121006)、ならびにJST未来社会創造事業(JPMJMI23G2)の助成を受けたものです。

 

用語解説

1両親媒性分子

水になじみやすい部分(親水性部位)と、油や有機物になじみやすい部分(疎水性部位)をあわせ持つ分子。水面では、親水性部位を水側に、疎水性部位を空気側に向けて並びやすく、単分子膜を形成することがある。石けんや脂肪酸、脂質分子などが代表例である。

 

2自己組織化

系全体に秩序ある構造が、個々の構成要素間の相互作用と自発的な運動の結果として形成される現象は、一般に自己組織化と呼ばれる。こうした現象のうち、特に構成要素の規則的な配列形成を強調する場合、本稿では「自己秩序化」という言葉を用いている。

 

3有機半導体

炭素を主成分とする有機分子や高分子からなる半導体材料。シリコンなどの無機半導体とは異なり、軽く、柔らかく、溶液から薄膜を作れるものが多いため、曲げられる電子デバイス、ディスプレイ、有機太陽電池、センサーなどへの応用が期待されている。本研究のHP-BTBT-C10は、有機半導体として研究されてきた層状有機半導体をもとに設計された。

 

4ラングミュア法

水面上に分子を広げて単分子膜を形成し、可動式のバリアで膜を横方向から圧縮しながら、表面圧や膜構造の変化を調べる方法。本研究では、HP-BTBT-C10単分子膜の圧縮に対する応答を調べるために用いた。

 

5トモグラフィー観察

試料をさまざまな角度から観察し、平面像だけでは分かりにくい立体的な構造を調べる方法。本研究では、角度を変えて得た複数の像を比較することで、界面分子膜のしわ状構造が多層に折り畳まれた構造であることを示した。

 

6ステアリン酸

油脂などに含まれる代表的な脂肪酸の一つ。水になじみやすいカルボン酸部分と、水になじみにくい長いアルキル鎖を持つため、水面上に単分子膜を形成する。本研究では、従来型の単分子膜をつくる比較対象として用いた。

 

7毛細管波

水面などの液体表面に生じる細かな波で、主に表面張力によって伝わる波。水面上の単分子膜の状態によって伝搬や減衰が変化するため、界面膜の構造や力学的性質を調べる手がかりとなる。

 

8デバイ-シェラー環

小さな結晶がさまざまな向きで集まっている試料に、電子線やX線を当てたときに観測される同心円状の回折パターン。分子が局所的には規則正しく並んでいる一方、結晶の向きは全体として一方向にそろっていないことを示す。

 

9粘弾性応答

液体のように時間をかけて変形する性質(粘性)と、固体のように元に戻ろうとする性質(弾性)をあわせ持つ応答。本研究では、HP-BTBT-C10単分子膜が折り畳みと再伸長を伴いながら、圧縮に対して時間遅れのある応答を示すことを指す。

 

10層状液晶

分子がある程度動きやすさを保ちながら、層状に秩序化して並んだ状態。液体のような流動性と結晶のような規則性をあわせ持つ。本研究では、単分子膜の折り畳みや再伸長を助ける要因の一つとして関与している可能性がある。

 

 

 

プレスリリース本文:PDFファイル

Science Advances:https://doi.org/10.1126/sciadv.aeg8906